038
三人の警官が夜空を切り裂くように飛翔し、
その手から放たれた火球が紅い流星となって船へと迫った。
灼熱が空気を歪め、甲板の人々の顔を赤黒く照らし出す。
「や、やばい! 当たったら木っ端みじんだ!」
「船長、何とかしろ! 金を払ったのは死ぬためじゃないぞ!」
絶望と恐怖の叫びが夜の海に響き渡り、甲板は修羅場と化した。
だが――
船の中央、豪華な椅子に腰掛けた男は、ただ葉巻をくゆらせていた。
その眼差しは嵐の中心のように揺るぎなく、
この亡命船を支配する「大将」と呼ばれる存在であった。
「……黙れ、クズども。」
低く響いた声は、混乱を一瞬で断ち切る。
次の瞬間――
ドォン!!
三つの火球が直撃する寸前、船全体を覆う巨大な光の壁が出現した。
透明な障壁は炎を呑み込み、爆音と轟炎を無力化する。
熱風だけが甲板を薙ぎ払い、人々の髪を乱した。
「ば、馬鹿な……防いだだと!?」
「誰が……誰がやった!?」
人々が驚愕する中、大将はゆっくりと立ち上がり、肩の灰を払った。
口元には不敵な笑み。
「――舐めるな、小僧ども。」
片手を掲げると、後方に控えていた魔導士たちが一斉に詠唱を開始する。
甲板に幾重もの魔法陣が浮かび上がり、船体を青白い光が包み込んだ。
「加速魔法、全開!」
「推進結界、起動!」
轟音とともに船が震え、弾丸のように海を突き進む。
「待てぇぇぇッ!」
空の警官たちが追撃に移ろうとした瞬間、船の両舷から無数の光弾が放たれた。
風刃、炎槍、水弾、土礫――死の花火のごとく夜空を覆い尽くす。
「ぐっ……! 防御陣を張れ!」
「止めきれねぇっ!」
炸裂する光と轟音が夜空を埋め尽くし、海はまるで戦場のように荒れ狂った。
甲板では人々が叫び、泣き、祈り続ける。
だがその中心で、大将は再び椅子に腰を下ろし、葉巻をくゆらせながら薄笑いを浮かべた。
「――これが、てめぇらが金を払った理由だろう?」
その言葉は皮肉にも、恐怖に凍りついた亡命者たちの胸に一縷の希望を灯した。




