023
それから彼は、闇の世界へと堕ちていった。
仲間とつるみ、喧嘩し、盗みを繰り返し、ただ生きるために日々を過ごした。
夜遅く帰るたびに、彼は盗んだ食べ物や玩具をユウトに渡し、笑顔で言った。
「これはな、兄ちゃんが働いて稼いできたんだぞ。」
時が経つにつれて、彼が所属するギャングは次第に勢力を拡大していった。
抗争、襲撃、縄張り争い――血と暴力が日常となり、彼自身も戦いに慣れ、敵はその名を聞くだけで震えるようになった。
だが、その厳しい世界は彼の心と体に深い痕を刻んでいった。
全身に彫られた刺青は増え続け、肩から胸、背中、腕にまで広がっていった。それは単なる極道の証ではなく、罪と後悔の刻印であり、彼が辿ってきた道を示す傷跡そのものだった。煙草、酒、汚れた遊び…彼は次第に「獣」のような存在へと変わっていった。
しかし――家へ帰るときだけは、すべてが変わった。
彼は必ず長袖の服を着て刺青を隠し、ピアスを外し、外の世界での自分を覆い隠した。弟・ユウトには絶対に本当の姿を見せないようにしたのだ。ユウトにとって兄は、真面目に働き、一生懸命お金を稼いで学校へ通わせてくれる優しい存在でなければならなかった。
毎晩のように、血まみれで傷だらけの体を引きずりながら帰宅する。
それでも玄関を開ける瞬間、彼は笑顔を作り、痛みをすべて飲み込んだ。机の上に置くのは、菓子や食べ物、あるいは小さなおもちゃ。どれも盗んできたものだが、彼はいつも「働いて買ったんだ」と嘘をついた。無邪気に喜ぶユウトの笑顔だけが、彼の心を救い、罪深い日々に小さな意味を与えてくれた。
ギャングの中で、彼はやがて一人の仲間と特別に親しくなった。
それは自分と同じ白髪を持つ男――ユコン。
ユコンは冷静で頭が切れ、戦いにも強かった。最初の頃、二人はまるで本当の兄弟のように肩を並べ、死線を共にくぐり抜けた。何度も互いの命を救い合い、彼は「ユコンがいなければ、自分はとっくに死んでいた」とさえ思った。
だが時が経つにつれて、二人の間に決定的な違いが生まれていった。
彼は弟のために戦い、失うことの恐怖を知っていた。だが、ユコンはどんどん冷酷になり、人としての感情を失っていった。仲間を傷つける者は容赦なく殺し、金を奪う者には徹底的な報復を与える。そこに哀れみも情けも存在しなかった。
彼はまだ義理や絆を信じていた。
だがユコンはただ力と支配だけを求める存在へと変わってしまった。
――かつて共に戦い抜いた二人。
その違いが年月を経て、今や二人を敵同士へと変えてしまったのだった。
戦場の混乱の中で――剣がぶつかるたび、爆発が響くたび、彼の記憶はますます鮮明によみがえっていった。
彼の頭に浮かぶのはただ一人。弟、ユウト。
血と闇にまみれたこの世界で、自分が生き続ける唯一の理由。
彼はすべてを隠してきた。
刺青も、傷跡も、罪も、手についた血さえも――。
ユウトにとって兄は、正しい人間であり、頼れる存在でなければならなかったからだ。
だが、ユウトは成長するにつれて、少しずつ気づき始めていた。
ある夜、ユウトは問いかけた。
「兄ちゃん……どうして服からいつも煙と鉄の匂いがするの?」
彼は笑って弟の頭を撫でながら答える。
「工場で働いてるからな。ちょっと埃っぽいんだよ。」
しかし真実は、弟が想像していた以上に深かった。
ユウトは知っていたのだ。
――買った覚えのない玩具。
――血に染まって帰ってくる兄の姿。
それでも、ユウトは一度も責めなかった。
ただ心の中でこう誓ったのだ。
「兄は自分のために戦っている。だから、自分は必ず勉強して、いつか兄をこの闇の世界から救い出すんだ。」
だからこそ、敵が「ユウトを差し出せ」と要求したとき、彼にとって答えは一つしかなかった。
ユウトは弟であるだけではない。彼の人生、彼の希望、そして母との最後の約束そのものだった。
炎の中心で、彼は咆哮する。
「俺はここで死んでもいい!だがユウトだけは――誰にも渡さない!!」
ユコン――クロウの兄貴分の怒りは、もはや抑えられなかった。
彼の身体を覆う炎は爆発的に燃え上がり、空さえ焼き尽くさんとする。
筋肉も血管も、すべてが炎に包まれ、彼の肉体そのものが巨大な生ける炎と化していく。
彼の咆哮は雷鳴のように轟いた。
「俺に逆らえると思ったか!? 全てを焼き尽くしてやる!!」
赤く燃え盛る炎は、瞬く間に変化を始めた。




