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016

教師ガクはようやく仕事を終え、見慣れた校門を出た。


だが、校舎のそばの石のベンチに目を向けた瞬間、思わず足を止めた。




そこには、やせ細った少年がきちんと腰掛けていた。


ぼさぼさの髪を揺らし、両手を膝に置き、期待に満ちた瞳でじっとこちらを見つめている。




「お前……いつからここに座っていたんだ?」


驚きと戸惑いの入り混じった声が漏れた。




クロはうつむき、ぎこちなく小さな声で答える。


「……はい、先生に会ったときから、ずっと待っていました。」














ガクの胸に、説明できない感情が広がった。


この子はただ学びたい一心で、ひとり静かに待ち続けていたのだ。


老いた心が、温かさに包まれていく。




彼はそっと歩み寄り、優しく微笑んだ。


「よし。今日から、授業を始めよう。」




クロの瞳が丸く見開かれる。胸が高鳴り、言葉が出てこない。


生まれて初めて「生徒」と呼ばれた瞬間だった。


少年はただ小さくうなずき、頬を赤らめた。




ガクは静かに尋ねる。


「では……今の実力はどの程度なのだ?」




クロは戸惑い、しばらく黙ったあと、首を横に振った。


「……わかりません。」




その言葉に、ガクは一瞬言葉を失った。


少年の目を見据え、重く息を吐く。


「まさか……今まで学校に通ったことがないのか?」




クロは顔を伏せ、膝の上の拳をぎゅっと握りしめ、小さく答える。


「……はい。今まで一度も……」




短い沈黙。


だが、叱る代わりに、ガクはふっと優しく笑った。


「大丈夫だ。今日から、お前には学ぶ場所がある。」




その言葉は、暗闇の中に差し込む光のように、クロの心を照らした。


少年の瞳がうるみ、声を震わせる。


「……ありがとうございます、先生。」




ガクは彼の肩に手を置き、静かに言った。


「さあ、まずは見せてみろ。お前が得意とする技を。」




クロは深く息を吸い込み、手を前に差し出す。


次の瞬間、掌に真っ赤な炎が燃え上がった。


続いて、稲妻が体を包み、バチバチと激しい音を響かせる。


足元の地面は揺れ、ひび割れが走った。




さらにクロの体が霞のように消え、残像だけを残して高速で駆け抜ける。


最後に振り下ろした一撃は、鋭い衝撃音となって校庭を震わせた。




技を終えると、クロは荒く息をつきながら、心配そうに振り返った。


――まだ足りないのではないか、と。




だがガクは立ち尽くし、その目には驚きの光が宿っていた。


やがて満足そうに笑みを浮かべる。


「見事だ……。どの技も素晴らしい。だが――」


彼は一拍置いて続けた。


「木と水の系統は使えないのか?」




クロは肩を落とし、寂しげに答える。


「……はい。誰にも教わったことがないので。」




ガクは拳を握りしめた。


この子は、ずっと一人で戦ってきたのか……。


本来なら、もっと早く守られ、導かれるべき存在だったのに。




彼は強くうなずき、真剣な眼差しで告げた。


「よし。ならば私が教えよう。もう一人で学ぶ必要はない。」




その声は、夜の静寂に温かく響いた。

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