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混乱の中でも——
肘打ちも、蹴りも、押し合いも続く中でも——
黒は遅れなかった。
なぜなら彼は他の受験者とは違う。
毎晩訓練した。
毎日限界まで走った。
毎時、毎分、自分を壊し続けた。
だから魔力が封じられていても——
脚は痛みを覚えていた。
肺は炎を覚えていた。
心臓は重圧を覚えていた。
そして、黒の体は応えた。
歯を食いしばって——
ダンッ!!
黒は加速した。
速い。
とても速い。
最速ではないが、中位集団を突き破るには十分だった。
後ろから驚く声が聞こえる。
「えっ!? あの1A2の子、めっちゃ速いぞ!」
「魔力強化無しで!? ありえねぇ!!」
だが黒の周囲には、まだまだ怪物がいた。
今日集まっているのは畑海高校だけではない。
近隣の強豪校。
私立魔術学院。
そして――最悪の存在。
ジュジュ学院の生徒たち。
ジュジュ学院は
「身体能力型魔術師」の名門。
鍛錬は狂気的で、
その走力は学園都市でも伝説級だ。
すでに数名のジュジュ生が猛獣のように前方へ走り抜けている。
一人が振り返って叫ぶ。
「追いつけるもんなら追いついてみろよ、畑海の雑魚ども!!」
別のジュジュ生が、畑海の学生2人を突き飛ばし、草むらへ転がした。
「クソっ!!」
「ふざけんな!!」
黒の拳がわずかに震えた。
これは走るだけじゃない。
ここは戦場だ。
走りながらの殴り合い、
足払い、
顔面への肘、
シャツを掴んで引きずり落とす者までいる。
「離せ!!」
「オレの夢なんだよ!!!」
1メートル進むごとに攻防。
1秒経つごとに戦い。
そして黒は見つけた。
前方の集団。
白い髪。
落ち着いた顔。
乱れのないフォーム。
全く焦っていない。
恐れもない。
無駄が一つもない。
黒の心臓が跳ねた。
「……あれは——」
ハタカ・レンツ。
才能祭の決勝で見た男。
近接戦闘の天才。
彼の学校のエース――または二番という噂。
どちらにせよ、
人間離れした化け物。
彼の走りは鋭く、美しく、そして速い。
ハタカも黒を見た。
視線が一瞬交わる。
しかしハタカの表情は変わらない。
ただ淡々と、
しかし確実に——
さらに加速した。
足元の地面が割れ、砂煙が舞う。
「なっ!? アイツやばすぎだろ!!」
「速度が人間の範囲じゃねぇ!!」
黒は背筋が震えた。
だがその震えは恐怖ではなかった。
興奮だった。
走りながらの戦闘
前方の道が再び狭くなる。
ジュジュの学生たちが道を塞ぎ、
後ろから来る者を崖へ蹴り落とそうとしていた。
畑海の学生一人が追い抜こうとした瞬間——
ゴッ!!
ジュジュの膝蹴りが腹に叩き込まれた。
「ぐあっ!!」
そのまま斜面に転がっていく。
別の者は足を蹴られ、足首が不自然な方向へ曲がった。
「いってぇええ!!」
そのとき、審査員の声が魔法拡声器で響く。
「この区間では“戦闘行為”を認める。
ただし殺傷は禁止。
負傷は……想定内だ。」
黒は息を呑んだ。
つまりこれは――
走力だけの勝負じゃない。
走り続けながら殴り合い、蹴り合い、奪い合う。
“生き残りレース”だ。
黒は体を低くし、スピードを上げた。
横からのパンチを避け、
袖を掴まれそうになって身をひねり、
前方の足払いを跳び越える。
だがそこで——
ジュジュの一人が黒に気づいた。
「お前が黒か? ハルキを倒したって噂の。」
口元が歪む。
「足、折ってやるよ。」
黒の膝を狙って、鋭い蹴りが飛ぶ。
速い。
鋭い。
正確。
しかし黒の身体は反応した。
訓練が叫んだ。
スッ——!!
蹴りを紙一重で避ける。
黒は反撃として肩で突っ込んだ。
ドガッ!!
ジュジュの男は木に吹き飛び、動けなくなった。
黒は足を止めずに言った。
「……邪魔。」
⭐ 先頭集団へ
ハタカ・レンツ
ジュジュ学院の精鋭5名
畑海のAランク3名
そして——
黒がその領域に近づき始めた。
呼吸は焼けるように熱い。
脚は石のように重い。
手錠が腕から体力を奪う。
だが黒は進む。
誰よりも努力した。
誰よりも走った。
そして影が囁く。
「いいぞ……
もっと行け。
奴らに遅れるな。」
黒の目つきが鋭くなる。
「……落ちる気はない。」
さらに加速。
風が血を切り裂くように流れた。
黒は――
怪物たちに追いつこうとしていた。




