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毎朝、クロは落ち着いた表情でハタミット高校の門をくぐる。
本を抱え、女子に微笑み、クラスメイトの質問に丁寧に答える。
「クロくん!一緒にお昼食べよ!」
「クロ、特別昇級試験受けるんだって?」
「クロさん、マナコントロール教えてください!」
クロは優しく微笑む。
「うん。放課後に手伝うよ。」
誰も気づかなかった。
彼の目の下に薄く広がる クマ にも。
身体から漏れ出す 静かな圧力 にも。
完璧すぎるほど“普通”に振る舞っていることにも。
クロは――
あまりにも“普通”すぎた。
⭐ 夜:禁じられた修行
太陽が沈むと、クロは部屋のドアを鍵で閉めた。
カーテンを引き、
壁の前に立つ。
その瞬間――
クロの影が、
ゆっくりと…不自然に…伸び始めた。
影に四本の手が生え、
壁に沿って蠢き出す。
そして――
ブワァァァァッ――
クロの影から“もう一つの影”が分離した。
クロの形をしているが、鋭く、歪んでいて、あまりにも生々しい。
クロは小さく呟く。
「…またお前か。」
影は首を傾げる。
「当たり前だ。今夜も修行だ。いつも通り。」
クロの手が微かに震えた。
「どうして…まるで俺じゃないみたいに話すんだ?」
影は薄く笑った。
「だって俺は、"お前じゃない" からだよ。」
影は壁からすっと抜け出し、
クロの隣に立つ。
その声は低く、冷たく、しかしどこか楽しげだった。
「俺は“封じられていたお前”。
お前の本能。
もう一人の“クロ”だ。」
クロは息を呑む。
「…もう一つの人格、なのか。」
影はくすりと笑った。
「そう呼びたければ、好きに呼べばいい。」
⭐ 秘密の修行、開始
影の四本の腕が持ち上がると、
部屋中の壁に 古代魔法陣 が浮かび上がる。
クロは一歩後ずさる。
「…これ、本当に安全なのか?」
影の返事は即答だった。
「安全じゃない。」
クロは目を瞬かせた。
「…じゃあ、なんでやるんだ?」
影はクロに顔を寄せ、囁く。
「お前は勝ちたいんだろう。
グランツにも、ハルキにも、
世界のすべてにも――勝ちたいはずだ。」
クロは俯く。
「…勝ちたい。」
影は笑みを深くする。
「なら、“普通のクロ”でいるのをやめろ。
お前の身体に眠る本当の力、教えてやるよ。」
影は四本の指をクロの胸に突き刺すように触れた。
ズアァァァァ――ッ!
冷たい魔力がクロの全身を駆け抜ける。
影は囁いた。
「三日後だ…。本当の試練が始まるのは。」
魔力の奔流が本からクロの身体へ吸い込まれる。
クロは震えた。
恐怖ではない。
期待で。
「……続けよう。」
影は満足げに笑う。
「いい子だ。」
⭐ 三日目の夜
クロの部屋。
無数の魔法陣が浮かぶ中、クロは静かに立っていた。
影は倍以上の大きさに膨れ、
存在感はほとんど“別の生き物”だった。
クロは息を吐く。
「…感じる。新しい力が。」
影の四本の腕がクロを包み込む。
「三日後――
お前の身体は『完成する』。」
クロは目を閉じる。
「うん…
グランツ、驚くだろうな。」
影は静かに答えた。
「驚く? …違うよ。」
影の声が低く落ちる。
「グランツは―― 恐れる。」




