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午後の太陽がハタミット高校の教室を照らし、窓から差し込む光が机の上に金色の線を描いていた。

生徒たちはすでに帰り始め、廊下には笑い声が遠くに響いている。

しかし、クロだけは教室に残っていた。


彼の視線は、一人の銀髪の少女に向けられていた。

彼女は静かに教科書を鞄にしまっている。

その横顔はどこか懐かしく、胸の奥がざわついた。


まさか…そんなはずはない。でも――


クロは小さく息を飲み、ゆっくりと彼女に近づいた。

「なあ……ナオミ。」


少女が顔を上げた。透き通るような青い瞳。だが、その眼差しには冷たい距離があった。

「え? 何か用ですか?」


クロの喉がかすかに震える。

「その……前に、ガマスって町に行ったことある?」


ナオミは少し考え込み、首を横に振った。

「ガマス? 聞いたことないです。そんな場所、行ったこともありません。」


クロの心が締めつけられる。

「でも、君はナオミだろ? 昔、雪の町で……赤いマフラーをしてた。」

「赤いマフラー?」


彼女の眉がわずかに寄る。

クロは一歩近づき、必死に言葉を続けた。


「君、笑うといつも目尻が少し下がって……それに、ガク先生の家の近くに住んでたんだ。覚えてないのか?」


ナオミはしばらく黙っていた。

彼女の目に一瞬だけ戸惑いの色が浮かんだ。

ほんの一瞬――クロは希望を感じた。


だが、次の瞬間、彼女は静かに言った。

「……ごめんなさい。人違いだと思います。」


その言葉は、冷たい刃のようにクロの胸を刺した。

教室の空気が急に重くなる。


「……そっか。」クロは無理に笑おうとした。

「俺、ちょっと勘違いしてたみたいだ。」


ナオミは心配そうに首をかしげる。

「大丈夫? 顔色が悪いですよ。」


「平気だよ。ただ、少しだけ――大事な人を思い出しただけさ。」


ナオミは小さく微笑んだ。

「その人に、また会えるといいですね。」


そう言って、彼女は静かに教室を出て行った。

銀色の髪が夕日を反射して、淡く光る。

クロはその背中を見つめながら、声にならない息を吐いた。


「……違う人、なのか。」


胸の奥が痛む。けれど、同時に奇妙な感覚が広がっていた。

――まるで何かが繋がっているような、不思議な違和感。


クロはポケットから古びた赤いマフラーを取り出した。

それは、かつてナオミに贈ったもの。

今では少しほつれているが、まだ温かさが残っていた。


ふと、その布が淡い青い光を放った。

「……え?」


クロは息を呑む。光はすぐに消えたが、確かに見えた。

マフラーが、反応した。彼女が近くにいた時だけ――。


クロはぎゅっと布を握りしめ、立ち上がる。

「……やっぱり、偶然なんかじゃない。」


窓の外では、春だというのに冷たい風が吹き抜け、雪の匂いを運んできた。


まるで、ガマスの冬が再び訪れるかのように――。

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