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アラガは声を裏返しながら絶叫した。
「降参だ!! もう降参する!!」
その恐怖に満ちた叫びは闘技場全体に響き渡り、観客たちの背筋をも凍らせた。だが――クロウはすでに完全に意識を失っていた。彼の瞳は虚無に沈み、深淵のように黒く濁り、全身を包み込むのは圧倒的な殺気と濃厚な闇の瘴気だった。
クロウの足元から大地が裂け、砂塵が舞い上がる。一歩踏み出すたびに空間そのものが押し潰されるかのような轟音が鳴り響き、観客の心臓は止まりそうになる。重苦しい圧迫感に空気は歪み、観客席の人々は胸を押さえ、呼吸を乱し、まるで解き放たれた悪魔を目にしたかのように震え上がった。
アラガは慌てて後退し、滝のように冷や汗を流す。頭の中では「逃げろ!」という声が響くが、その足は死の気配に縫い付けられたように動かない。
「出場者アイスデン・クロウ!!」
司会者の声が震えながら響く。
「今すぐ攻撃をやめろ! さもなくば我々は強制手段を取る! 聞こえているのか、クロウ!?」
しかし返事はない。クロウはただ獲物を狙う獣のようにアラガを見据え、ゆっくりと歩を進めるだけだった。
事態が制御不能に陥った瞬間、運営の二人の上級魔導士が闘技場へ飛び降りた。
一人目が拘束魔法を展開する。
無数の黄金の氷鎖に古代文字が浮かび上がり、クロウの手足に絡みついた。鎖は瞬時に彼の魔力を吸い取り始める。
「ぐっ……くそっ!」
クロウは咆哮し、全身に力を込めて鎖を引き千切ろうとする。鎖が悲鳴を上げ、今にも破れそうになったその時――二人目がすかさず封印魔法を発動した。
透明な黒い立方体が出現し、クロウを閉じ込める。
一層、二層、三層……そして四層の魔方陣が重なり、クロウは虚空の檻に完全に封じられた。
黒炎も狂気の殺気も消え失せ、視界が闇に覆われる。クロウの身体は力を失い、やがて崩れ落ちた。
――翌朝。
クロウが目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。全身に激痛が走り、筋肉が裂けるような苦しみに襲われる。窓から差し込む朝日が眩しく部屋を照らすが、その心は重苦しい影に覆われていた。
すでにニュースは広まっていた。
クロウは試合に勝利した。だが同時に――失格処分となったのだ。
「……っ!」
クロウは拳を握り締め、唇を噛み切った。血の味が口に広がる。勝利したはずなのに、栄光はすべて奪われた。
目を閉じ、深く息を吸う。だが胸の奥底では、昨日の“黒い力”の残響がまだ蠢いていた。まるで闇の魔物が、彼の名を囁いているかのように――。




