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その瞬間、黒の心の奥底で「パキン」という音が響いた。
まるで長い間縛られていた鎖が砕け散ったかのように――。
漆黒の瘴気が、彼の全身を包み込む。
瞳は虚ろに沈み、底の見えない奈落のように深く、そして暗い。
その闇の中から現れたのは、血に飢えた獣のような漆黒の眼だった。
観客席は一瞬の静寂に包まれ、次の瞬間、悲鳴が響き渡る。
アラガの背筋に冷たいものが走った。
呼吸すら困難になるほど、凝縮された殺気。
「な……なんだ、これは……!?」
彼の目の前にいるのは、もはや15歳の少年ではない。
それは――怪物だった。
黒の圧倒的な殺気に押され、アラガの分身三体が同時に後退する。
そして、そのうち二体は耐えきれず、パリンと砕け散り、跡形もなく消え去った。
「グアアアアアアアッ!!!」
黒の咆哮と共に、瘴気が爆ぜる。
刃のような黒い奔流が四方八方に飛び散り、観客席を薙ぎ払った。
観客たちは次々と倒れ込み、悲鳴を上げる。
アラガの心臓は凍りつき、頭の中に「降参」という言葉が過ぎった。
だが、誇りがそれを許さない。
「まだ……まだ終わっていないッ!!」
黒が一歩、また一歩と前へ進む。
その度に大地は砕け、地面は裂けた。
漆黒の眼はアラガを捕らえ、まるで死刑宣告のように冷徹だった。
アラガは慌てて巨大な岩壁を築き、冷気を吐き出して戦場全体を凍りつかせる。
しかし、それは一瞬で無に帰す。
黒は何もせず、ただ壁を通り抜けただけだ。
バキィンッ――岩は粉々に砕け、氷は瘴気に呑まれて霧散した。
「……ありえないッ!!」
黒の拳が振り下ろされる。
一見、ゆっくりとした動き。
だが、その中に宿るのは破滅の力。
アラガは必死に拳を振り返す。
拳と拳が正面からぶつかり合った瞬間――
ズドォォォンッ!!
信じられない光景が広がる。
アラガの右腕が――跡形もなく消えた。
「ギャアアアアアアアアアッ!!!」
絶叫と共に、彼は片腕を抱え、地面を転げ回る。
観客席は沈黙し、誰も言葉を発せなかった。
そこに立つのは、英雄と呼ばれた少年ではない。
それは――目覚めたばかりの闇の魔神だった。




