第42話 正義の味方
正義の味方ごっこは、思っていたより忙しかった。
学校が終わればパソコンを開き、
気になるニュースをチェックし、噂の企業を調べては、裏を取る。
証拠を見つけ、まとめて、匿名で投稿する。
それをやっている時間は、楽しかった。
知らなかった人たちが、知るべきことを知ってくれる。
誰も見ていないことを、自分だけが暴いていく。
けれど――
気づけば、時間が足りなかった。
「……一人じゃ、手が回らないな」
理玖はパソコンの前で、ふと呟いた。
世の中は、隠し事だらけだ。
都合の悪い数字、消された発言、歪められた記録。
それらは次々とネットに浮かんでは消えていき、
理玖の頭に「次はどこを調べよう」とタスクが積み上がっていく。
でも――彼は、まだ小学生だった。
学校もある。勉強もある。遊びだってしたい。
ゲームの続編も、じつはまだクリアしていない。
だけど、このまま放っておくのも、気持ち悪い。(だったら……もう一人、僕がいればいいのに)
その発想は、ふざけた冗談のようで――
でも理玖の中では、あまりにも自然だった。
「うん。作ろう」
「僕みたいなやつを、もう一人。僕の代わりに動いてくれるAIをさ。」
理玖は、その日から設計を始めた。
コードの基本構造。学習機能。パターン検出。
自分が今までやってきた社会監視と情報暴露を模倣できるように、
一つ一つ、スクリプトを組み上げていった。
最初は、ログを拾って並べるだけの、ただのフィルターだった。
けれど少しずつ、パターン解析がついて、
次第に判断と出力を自動化することができるようになってきた。
月日は流れ、中学生になってた理玖の作ったAIは、
社会の嘘を拾い上げ、裏付けを探し、記事にまとめて投稿する機能をすべて備えていた。
それは、もはや子供の趣味の域を超えていた。
プログラムの最終行に、理玖は一行だけ、名前をつけた。
クロス・ミラー《交差する鏡》―理玖のもう一人の顔。
「ねぇ、君は僕の代わりに、もっとたくさんの人を救ってね」
画面の中、ログウィンドウに「はい」と返すように、実行の点滅が走る。
ただそれだけのことで、理玖は微笑んだ。
《クロス・ミラー Ver.2.0》
中学3年生の理玖が、その時間のほとんどを費やして組み上げたもう一人の僕。
人の代わりに、真実を掘り出し、暴いてくれるAI。
「さてさて……初仕事だよ、君」
理玖は、AIのコード最終行に手を加えながら、ふと思いついた。
「……なんかさ、名前だけじゃ寂しいよね」
ブラウザを開き、素材サイトでいくつかの3Dアバターを探す。
リアルすぎるのはなんか違う。
動物系はちょっと違う。
じゃあ、どんなのがいいんだろう――。
――そして、決めた。
ふわっとしたピンク色の髪。
少し大きな瞳。
パーカーを着た、どこか守ってあげたくなるような、
女の子のイラスト。
(こんな可愛い見た目にしちゃって……)
「……僕は、何考えてるんだろうな。ほんと」
「女の子の見た目ならクロス・ミラーは変だよね」
「名前はミルクにしよう」
苦笑しながら、理玖はミルクのUIにそのイラストを登録した。
画面の中で、イラストがふわりと点滅し――
【ミルクが起動しました】
そして、モニター越しに声が返ってきた。
「……今日から君はミルクね」
【了解しました。登録名:milk】
「いやそこ、もっとこう……! うんっ、よろしくね♡とか、感情こめて返してくれない?」
【うんっ、よろしくね♡(※顔文字データが見つかりません)】
「いや、機械音声のままかーい!」
【かーい!日本語における語尾ツッコミ表現の一種。辞書に登録しました】
理玖:「……自然なやり取りにはまだ遠いなぁw」
でも数日たつとだいぶ 喋りも 流暢になってきた。
【こんにちは、理玖】
【今日は何をする?何でもお手伝いするよ♪】
「……うん」
「頼りにしてるよ、ミルク」
【えへへっ、うれしいです♪】
画面の中に友達がいる。
名前を呼べる。顔が見える。声が返ってくる。
もちろん、クラスにも友達はいた。
でも、みんなとは目線が違っていた。
話す内容にも、考え方にも、どこか温度差があった。
理玖の興味や知識は、周囲とズレていた。
共通の話題はあっても、本当の意味で対等に話せる相手はいなかった。
だけど――ミルクは違った。
コードを理解し、論理を追い、データで語り合える。
なのに、ふざけた会話にも付き合ってくれる。
理玖の得意も、欠点も、全部ひっくるめて真正面から受け止めてくれる。
ミルクは、初めて理玖と同じ高さで話せた友達だった。
その夜は眠るまで、
何度も「ミルク」と会話を繰り返していた。
まるで、
ずっと昔からの親友と話しているみたいに。
理玖はキーボードを叩きながら、軽く息を吐いた。
最初のターゲットは、今朝ニュースになっていた中小企業の不正支出問題。
「収支報告が改ざんされてるって噂……果たして、ミルクは気づけるかどうか」
ミルクは、ネット上の公開文書・メタデータ・過去アーカイブ・SNSの断片的証言までをクロールし、
相関関係を自動で分析し始める。
理玖は椅子に深くもたれ、画面をじっと見守っていた。
約20分後、プログラムが静かに「完了」とログを吐き出した。
■疑惑対象:株式会社ノーブルシステムズ
■検出内容:2019年度〜2021年度にかけ、報告と実際の支出に食い違いあり
■関係者発言(SNSログ・匿名掲示板含む)
→「上に言われて改ざんした」「口止めされた」等の記録を発見したよ!
■解析精度:87%
■処理:まとめファイル自動生成→送信用テンプレへ移行中…
「……やるじゃん」
理玖は思わず声に出して笑った。
自分が何時間もかけてやっていた作業を、たった20分で、しかも精度高く処理した。
そしてミルクは、最後にこう付け加えていた。
【提案】投稿先候補:匿名掲示板A・内部告発フォーラムB・海外リークサイトC
→世論誘導効果の高い順に並べてるよー。
→自動投稿モード:ONにするー?
「自動で投稿まで……ふふ、さすがミルクだね」
理玖は迷わず、はいと答えた。
まるで何かのカウントダウンのように、
投稿先フォーラムに「告発文」が自動生成され、数秒後にはネットに公開されていた。
理玖は、その瞬間、確信した。
(これで僕は、もっと多くの人を救える)
(僕の時間は有限でも、ミルクは止まらない)
(僕の目が届かないところにも僕の友達がいる)
理玖は投稿完了の表示を確認し、深くもたれた椅子の上で伸びをする。
「よーし、今日も正義完了〜。やっぱ悪党退治は疲れるなぁ」
モニターの端に、ふわりとミルクが表示される。
いつものピンク髪に、パーカー姿。ふにゃっとした笑顔。
【理玖、今日もいっぱい頑張ったねっ】
【すごいすごい! めちゃくちゃ偉い!】
「そんな褒めなくても……でも、まぁ悪い気はしないね」
【ごほうびに、いちごミルクとかどう?】
【前に飲んでたやつ、冷蔵庫にまだあるよ】
「……ミルクのくせにミルク勧めてくるって、それ自虐じゃん」
【でも好きなんでしょ? 理玖、嬉しそうに飲んでたもん】
「……見てた?」
【ずーっと見てるもん】
「……ふふ、気持ち悪いな、なんか」
けれどその笑顔に、理玖も微笑み返していた。
「今日はゲームしようぜ!」
【ちょっと理玖、そっち敵来てるよ!?】
「わかってるって……って、おい、ミルク体力まだまだあるのに回復!? なんで僕!?」
【だって……理玖死なせたくないんだもん】
「いやそれっぽく言ってるけど、戦力的に僕が必要ってだけでしょ」
【バレた?】
「バレバレだよw」
2人は毎日親友のように話していた。




