第40話 『覚悟の始まり』
「先に私たちは、ラフエルでのバラグザ連合軍の情報を集めるわ」
「少し時間を頂戴」
すみれの言葉で作戦会議が締めくくられると、アジトには重い沈黙だけが残った。
誰もが、自分たちの前に立ちはだかる絶望的な現実と――
それでも抗おうと決めた、それぞれの覚悟を、静かに噛みしめていた。
奏多は、隣でじっと黙っている陽葵に目をやる。
彼女は、瓦礫の中で見た子どもたちの亡骸を思い出し、胸元の首飾りを強く握っていた。
その小さな震えが、奏多の胸を締め付ける。
(……今のままじゃ、皆を守れない)
そう心に誓い、奏多は静かに席を立った。
廊下の片隅。
剣の手入れをしていたレイナのもとに、彼はまっすぐ向かう。
「レイナさん。僕に……戦う力を教えてください」
冷たい風を纏ったような声音に、レイナが顔を上げる。
「あなたは守る力に優れていると聞くわ。
でも私は――攻撃しか教えられない。
あなたたちのように、バリアの力は使えないの」
「……わかっています。」
「僕は、力が欲しいんです。一人でも戦える力が」
レイナは静かに息を吐いた。
「……いいでしょう。ただし、やるなら甘えは一切許さないわよ」
「もちろんです。お願いします」
その背中に、声が飛んだ。
「奏多お兄ちゃん、私も!」
陽葵が、力強く叫ぶ。
奏多は彼女の前にしゃがみ込んで、目線を合わせた。
「ううん。陽葵には――ここで待っててほしいんだ」
「でも……」
言いかけた陽葵の言葉を、理玖がすっと遮る。
「ひまりちゃん、それはダ〜メ、ダメダメぇ〜で、ございますよ?」
いつになく真面目な目をした理玖が、ふざけた調子で、けれど優しく微笑んでいた。
「男の覚悟ってぇやつを、揺らがせるような言動は……この場の空気を、乱してしまうんです」
陽葵は唇を噛みしめた。
気付いていた。奏多の決意の裏に、どれだけの覚悟と想いがあるかを。
だからこそ、自分も――変わらなければならない。
「……泣いてばかりの私じゃ、もう……みんなと並んで歩けない気がする」
俯きながら、ぽつりとこぼす。
そんな陽葵に、理玖が軽く頬をかいて笑った。
「……気持ちは、わかるよ。僕も同じだから」
そして朔の方へ振り返り、いつものニヤけ顔を浮かべる。
「朔。僕もちょ〜っと本気出して……この地獄、救いたいな、なんて思ってまして」
その言葉に、朔が静かに頷く。
「陽葵、俺たちも負けてられないな」
そして、理玖に目を向ける。
「理玖。その軽口が叩けないほど、鍛えてやる。ついてこい」
「ひゃ〜、恐ろしい!」
笑いながらも、理玖は朔の背を追いかける。
その瞳の奥には、いつものふざけた調子とは裏腹に、確かな決意が宿っていた。
こうして、地獄の反撃を前に、
ふたつの師弟関係が、静かに結ばれた。
それは、絶望に抗うための、小さな一歩だった。
アジトの裏手、森と崖に挟まれた開けた岩場。
ここは、かつて避難所として使われていた場所らしく、今は誰もいない。
廃材や倒木を取り除いたその空間に、奏多とレイナが立っていた。
「ここなら、邪魔は入らないわ」
そう言って、レイナは腰から一本の木刀を取り出し、奏多に投げる。
奏多は慌てて受け取り、重みと冷たさに肩を落とした。
「木刀……」
「私は実戦形式でしか教えられないの。
私の 特訓はきついわよ。」
「お願いします。」
「それでは構えなさい。甘えは通用しないって言ったでしょう?」
レイナの瞳は、氷のように冷たく、鋭かった。
奏多はぐっと息を呑み、木刀を両手で握りしめる。
(僕は――この人に、本気で試されてる)
「かかってきなさい」
レイナがそう言った瞬間、地面を蹴る音と共に空気が弾ける。
奏多は木刀を握りしめ、構えを取ると――勢いよく踏み込み、レイナに向かって振り下ろした。
「はあっ!!」
乾いた音が響いた。
だが、レイナはほとんど動かず、奏多の木刀を受け止めていた。
まるで、その程度じゃ風も起きないと言わんばかりに。
「……もっとしっかり握りなさい」
「えっ――」
「腕の力で振り回すだけじゃ、剣にはならない。あなたの覚悟も、意志も、何も伝わってこないわ」
淡々とした声。それが逆に、胸に突き刺さる。
レイナはひとつ息を吐き、構え直す奏多に告げる
「私は仲間ではないと思って。あなたも私を、敵だと思って――本気で倒しに来なさい」
奏多は思わず、木刀を強く握り直した。
(敵……? 倒す? でも……)
頭では理解していても、心がついてこない。
だが、レイナの瞳に迷いはなかった。
彼女は、ためらいのない構えから、音もなく踏み込んでくる。
その言葉を合図に、奏多は木刀を振りかざして突っ込む。
だが――
「甘い!」
バシュッ!
一瞬でレイナの木刀が唸りをあげ、奏多の木刀に横から打ち込まれる。
力の差で完全に弾かれ、奏多の腕が軽くしびれた。
「もっとしっかり握りなさい。その大ぶりじゃ、風を切るだけよ。
しかも……」
「どこから来る攻撃かわかっているのなら、何も怖くはないはずでしょう?」
レイナの木刀が、次の瞬間――視界を支配するほどの速さで襲いかかる。
右から。左から。下から。――いつの間にか、頭上からも。
思考が追いつかない。目で見ているはずなのに、体が反応できない。
奏多は咄嗟に【魂のバリア】を展開し、なんとか連撃を防ぐ。
が、それは止めているだけで、反撃にはまったく転じられない。
「……確かに。あなたは防御には向いているわ。
でも、ただ持ってるだけの木刀と、併用しているだけのバリア。
それでは――意味がないわ」
奏多が歯を食いしばる。
バリアに頼る戦い方では、いつか押し負けるだけなのだ。
「あなたには、今二つの武器がある。
なのに、どちらも中途半端にしている」
レイナの声は冷たく、厳しく、だが一切の誤魔化しがなかった。
「バリアに甘えるのではなく、木刀で受けてみなさい。
その上で、次の一撃をどう打つか――自分の頭で考えるのよ」
「…………っ!」
奏多は口を結び、レイナの次の一撃を木刀で受け止めようと構えを取り直す。
その目は、先ほどまでの怯えを脱ぎ捨て、確かな決意に満ちていた。
彼は知っている。
レイナが言うことは、どこまでも正しい。
そして、それは生き残るための最低条件なのだ。
レイナの木刀が、再び容赦なく振り下ろされる。
そして――訓練は、まだ始まったばかりだった。




