第39話 作戦会議と覚悟の選択
「ふむふむふむぅ〜……お話をまとめると、でっすねぇ〜?
この地獄の鍵は、街を囲む《封鎖》と、その中での支配の構造にあると。
でもって……そこにたどり着くための道は、ほぼ、ほっぼ〜ぅ! 断たれているときた」
理玖が腕を組みながら、低く呟いた。
すみれは、静かに頷く。
「ええ。封鎖を解くには、ガザル=ロアを奪還する必要がある。
でも、そこにたどり着くためのに地上ルートは使えない。地雷と銃弾の嵐。生き残れるものはゼロよ。
「方法はもうないの?」
「可能性はこれも低いけど、シオル・ラビリンスを通ること。少しは抜けれる可能性がある。」
「でも地図は不完全。敵がどこに潜んでいるかもわからない。……一歩先が、地獄かもしれない」
理玖がふと顔を上げた。
「さ〜てさてさてぇ〜……ここで一つ、ちょぉ〜っと気になることを聞いても、よろしいかしらぁ〜ん?
このアジトから〜、例のハヌカリスとやらへ〜、ずずいっと突撃ぃ〜! なんてコトはぁ〜……まだ可能ぅ〜?」
すみれは一瞬思案し、静かに答える。
「可能よ。危険は伴うけど、地雷もなく、砦のような拠点もない。
ただし、バラグザ連邦軍の巡回に注意が必要。見つかれば、即座に攻撃される」
「オッケ〜イでございますぅ♪(ぱんっ)」
理玖がぱんっと手を打った。
「では、我々はまず、ハヌカリスまで行かせていただきましょう。
で〜、そのあたりで《暁の矢》の皆様にも、ちゃ〜んと合流していただいて〜……
戦地の門番役、お願いしても、よろしいでしょうかぁ〜?」
すみれが、目を細める。
「……その先は?」
理玖の目がわずかに光を帯びる。
「ん〜で、我々は〜〜……シオル・ラビリンスを通って、ガザル=ロアへズズズィ〜ッと突入ぅ!
中からメツガルをバンバンッと叩き〜まして〜!
そのタイミングで〜、《暁の矢》がハヌカリスからレクイエム・ラインへ、
ドドド〜ンと進軍〜ッ! 挟み撃ちの、完成でぇ〜す☆」
その戦術を聞いたレイナが、口笛を吹いた。
「ふぅん……大胆ね。言ってることは無茶苦茶だけど、嫌いじゃないわ。それにガザル=ロアにも離れ離れになった仲間はいるはず。」
奏多が目を見開く。
「確かに……それなら、可能性がある……!」
すみれはしばし沈黙し、腕を組んだまま、ゆっくりと息を吐いた。
「……0%が、3%になったくらい、かしらね」
「でも、ゼロじゃないんだよね?」
陽葵が、小さな声で言う。
すみれは彼女を見つめ、頷いた。
「ええ。ゼロじゃない。」
「……でも、あなたたちが犬死にする可能性の方が高いわ。
この地獄で、正面から軍に挑むなんて、愚かとしか言えない」
すみれは、ふと天井を見上げ、わずかに目を伏せた。
そして、静かに――けれど、震えるほど真っ直ぐな声で語り出す。
「……確認させて」
その言葉に、部屋の空気が張りつめる。
「ここから先は、本当の地獄よ。
目を背けたくなる現実が、どこまでも広がっている。
子どもも、母親も、何もかも……容赦なく焼き尽くされる世界」
「……《暁の矢》なんて名乗ってはいるけれど、本当は……もう、諦めてた。
戦い続けるふりをして、ただ、時間を潰してただけ。
仲間は、弱い者から順に死んでいった。何人もの名前を、もう思い出せない」
小さく笑う。その声は、あまりにも静かで。
「正直……死んでしまった方が、どれほど楽だったか。
でも私は……娘の仇を討つことだけを支えに、生きてきた」
沈黙が落ちる。誰も口を挟めなかった。
「他のメンバーも同じよ。誰も、この地獄をどうにかできるなんて、本気で思っていなかった。
ただ、最後の死に場所を探して、歩いていただけ」
その目が、ゆっくりと陽葵たちへ向く。
「……そんな時だった。あなた達が来たのは。
えんじゅが私に遺した手紙。
そして――その首飾りを、あなた達がつけていた」
陽葵が、そっと胸元のネックレスに手を添える。
それは、氷冷地獄で助けた鬼の母娘が託してくれたもの。
信頼と希望のかけら。
「それは、鬼たちにとって信頼の証。
……誰かが、あなた達に救われた。
誰かが、あなた達を信じたいと願った」
朔が黙って目を閉じた。
その隣で理玖がぽつりと呟く。
「……命ってやつはぁ、時に受け継がれることもあるんですなぁ。
それが血じゃなく、想いでも――
いや、首飾り一つでも、充分に、ねぇ……?」
すみれの声が、わずかに震える。
「だから――私も、信じるわ」
そして、しっかりと顔を上げる。
「この地獄に、希望を持ち込んだあなた達を。
えんじゅが、私に託してくれたあなた達を。
……この首飾りが教えてくれた。私は、あなた達に賭ける」
最後の一言は、声ではなく――覚悟そのものだった。
そしてすっと立ち上がると、鋭く、しかし静かな声で告げた。
「《暁の矢》は、協力する。
この戦争に、終止符を打つ可能性があるのなら――乗らせてもらうわ」
すみれが告げた瞬間、
アジトの空気が、音を立てずに変わった。
その場にいた全員が、その言葉の重みを――正面から、受け止めていた。
朔が、一歩前に出る。
「任せろ」
その声に、誇張も虚勢もない。ただ一つ、揺るぎのない覚悟があった。
奏多が、すみれにまっすぐ視線を向ける。
「……僕たちは、あなたたちを支えたい。
そのために、ここまで来た。……だから、全力でやるよ」
陽葵が、胸元のネックレスをぎゅっと握りしめながら、少し震える声で続ける。
「……私も、頑張る。
この首飾りを託された意味……忘れたくないから」
そして、最後に理玖が軽く肩をすくめ、静かに笑った。
「おぉっとぉ〜、いよいよですねぇ〜……。
……ま、地獄で一番イカれた場所に突っ込むってなら、
このメンバーにしては、悪くないチョイスですなぁ」
その声には、いつものふざけた芝居がかった調子はなかった。
ただ、心からの同意がにじんでいた。
すみれは、目を閉じて頷く。
「……ええ。じゃあ、始めましょうか。
本当の地獄への、反撃を」
その瞬間、アジトに沈んでいた空気が、かすかに揺れた。
絶望に支配された焦土に、微かな希望の芽が生まれた――そのとき。
「……1ついいか?」
朔が静かに口を開く。
「ハヌカリスに《暁の矢》が向かうのはいい。
だが、それによって今度はラフエルに残るバラグザ連邦軍が、
逆に《暁の矢》を背後から挟む可能性が出てくる」
すみれの瞳が鋭く細められる。
「……つまり、挟み撃ちになるのは、こちらの方だと?」
「その通りだ」
朔はまっすぐ、すみれを見据える。
「だから――先にこのラフエルにいる連合軍を叩いておく必要がある。
そしてその後は……スピード勝負だ」
朔の声に、場の空気が引き締まる。
「動き出したら、一気にハヌカリスへ進軍し、
そこからは予定通りガザル=ロアに突入する。」
そのとき、静かに、壁際にいたレイナが一歩、前に出た。
「すみれ様」
その声は、静かで、よく通る。
「そのパーティーに、私も同行します」
一同が目を見開く中、レイナは視線を逸らさず、淡々と続けた。
「この地の地理もある程度把握している。
シオル・ラビリンスの構造、メツガルの動き、私には戦える理由が揃っている」
沈黙が落ちる。
すみれは、じっとレイナの瞳を見つめる。
そして、口の端にごくわずかな笑みを浮かべた。
「……あなたが、そこまで言うとは、ね」
レイナは、ぴたりと頷いた。
「責任は、私が取ります。
この作戦、乗る価値は――十分にあると判断しました」
すみれは深く息を吐き、再び全員の顔を見渡した。
静かな言葉だったが、その場にいた全員が――
その瞬間、作戦が本当に動き出したことを理解していた。
焦土と戦火の果てに。
次なる地獄への扉が、ゆっくりと開かれようとしている。




