第23話 全てを懸けて――朔、最後の一撃
「……グハッ!」
朔が激しく咳き込みながら、地面に手をついて体を起こす。
額には脂汗、口元には血がにじんでいた。
(……一瞬、意識が飛んでたか)
朔は歯を食いしばり、前を睨む。
そこにいたのは――地獄の番犬、ヴォルグ=ケルベロス。
怒り狂った三つの首が、唸り声と共に距離を詰めてくる。
その瞬間、脳裏に浮かんだのは、弟・雫の顔だった。
(懐かしい顔を、思い出した)
(あの時も無理だった……今も変わらず、無理してる。――何も変わっちゃいねぇな)
「雫……」
朔はふらつく体を無理やり立たせ、魂剣を構える。
「来いよ、ケルベロス!!」
――戦いが、再び始まった。
ケルベロスの右の頭が突っ込んでくる。
朔は地を蹴り、ギリギリで回避。
すかさず、その首に右手をかけ――
「借りるぜ」
自ら敵の首を支点に跳び上がり、身体を半回転!
逆側の頭に、踵落としのように魂剣を振り下ろす!
ガギィィンッ!!
刃が角を弾き、火花を散らす!
朔はそのまま敵の背に着地すると、後ろ足を引っ掛け、ケルベロスの体勢を崩す!
「このっ――!!」
倒れかけた首を掴み、勢いを利用して再度宙へ!
空中で旋回しながら剣を引き抜き、喉元に一閃――!
しかし、ケルベロスはすかさず踏み込み、尾で薙ぎ払う!
朔の体が地面に叩きつけられ、砂煙が舞う。
「っ……はっ……くそ……!」
体を起こしながら、敵の距離感を冷静に測る。
片方が突進、もう片方が側面から圧迫してくる。
(三つの首が連携してくる……こいつら、戦い方が上手い)
――だが、朔はひるまない。
歯を食いしばり、地を蹴る。
突進してきた首の鼻面に向かって、剣を投げ込むフリ。
直前でフェイントをかけ、足元へ滑り込み――!
そのまま足を絡め取り、崩した瞬間に、
「落ちろよッ!!」
自分の体を使って、ケルベロスの頭を担ぎ投げるように回転させ――
地面に叩きつける!!
ズドオォォンッ!!
「どうだ、重いだろ、てめぇの頭はよ!!」
だが――
ケルベロスはまだ全然平気そうだった。
朔の呼吸は乱れ、足元がふらつく。
一瞬、魂剣がかすかに揺れる。
朔の体はもう満身創痍だった
(やっぱり無理か)
(俺ひとりじゃ三つ全部は勝てねぇ)
ケルベロスは一斉に捻りを上げる
朔は、息を吐いた。
血まみれの体で、まっすぐ敵を見つめ
「……おい、ケルベロス」
「……俺の、負けだ」
「せめて一思いにやってくれ!」
三つの頭が、同時に嗤った。
「ほう……?」
「哀れだな、貴様」
「ならば望み通り――一思いに、喰い殺してやろう!」
左の頭が、大きく口を開ける。
――だがその時。
朔の両足に、ぐっと力がこもる。
手の中の魂剣が、唸り声を上げて伸びはじめた。
「……悪いな」
「食われて終わるなんて――俺の性には合わねぇよ」
魂剣が燃え上がる。
小さかった刃は、炎を纏い、形を変える!
陽葵からヒントを得た、これが最後の奥の手だ!
(あの時、灼熱地獄の時の陽葵から得た力、
蒼白い光を放ち、刃先から冷気が広がる。
“魂剣・氷牙”)
俺は俺の力で全てを焼き尽くす!
「俺の魂ごと――喰ってみろ!!」
刀身が淡く発光し、周囲の空気が揺れた。
次の瞬間、朔の口が、低く、静かに――それでいて魂を震わせるように呟く。
「“俺の魂”に命ずる……」
「命を削り、刃と成れ」
「裂き砕け――烈牙のごとく」
魂が燃えた。
剣が咆哮した。
その瞬間、自然とその名が、口から零れ落ちた。
《魂剣・烈牙閃滅》――!!
(こんけん、れつがせんめつ)
周囲の霊圧が暴風となり、朔の背中に烈火のような光が広がる。
刃が無数に分裂し、まるで狼の牙のように空間を喰らうように回転する――!
「うおおおおあああああああああッ!!」
吠える魂。吼える斬撃。
前方のケルベロスの左頭に、全ての刃が突き刺さる。
そのまま右へと斜めに袈裟斬り、中心へと喰い込んでいく。
三つ首の巨獣が、悲鳴を上げる間もなく、斬撃に飲まれた。
ズガァァァァァッッッ!!
左の頭が、爆ぜるように吹き飛んだ!
崩れ落ちる黒煙の中、朔は膝をついた。
「やったか!!?」
一瞬、地獄に静寂が訪れた。
だが――
ギシ…ッ。
重く軋む音が、朔の耳を貫いた。
地面に転がっていた巨大な影が、のそりと動き出す。
巨体がゆらりと揺れ、黒煙を割って――
「――グギ……グググ……ゥルゥゥゥ……!!」
断ち斬られた頭部からは黒い瘴気が溢れ、残された二つの首が、怒りに震えて天を仰ぐ。
無傷とは言えぬ。確かに一体は落とした。
だが、それだけでは終わらなかった。
ケルベロスの巨体が歪みながら持ち上がる。
千切れた首元から、濁った憎悪の呻きが漏れた。
「貴様ァァァ……ッ!! よくも……よくもッ!! 我の兄弟を――!!」
「許さぬ……絶対に許さぬ……!!」
「楽に死ねると思うなァァァッ!!」
――グルァァァァァァッ!!
地の底から響き渡る、地獄の咆哮。
「骨も、肉も、魂も……バラバラになるまで、喰い尽くしてやるッ!!」
ケルベロスは、一体を失い、怒りくるっていた。
「……ハァ、ハァ……クソ、やっと……一匹倒せただけか……」
「……クソ、情けねぇ、だが、もう指一本動かす力ねぇぞ…。」
剣が霧のように溶ける。
「……動け、まだ……終わっちゃ、ねぇんだ……」
朔の体が、静かに横たわっていく。




