第19話 「咆哮は氷を裂き、剣は魂を刻む」
朔が魂剣を構えたその瞬間――
氷を砕くような声が、三方向から響き渡った。
「――俺たちの“巣”に、のこのこ飛び込んでくるとはなぁ……とんだ間抜けだな、人間!」
「兄者、この魂……やべぇよ……絶対うまいって!俺に食わせてくれよォ!」
「はぁ? お前は前に食っただろ! 今度は俺の番だッ!」
三つの頭が、ガルルル……と低く唸りながら、互いに喉を鳴らす。
――異形の獣、氷冷地獄の番犬《ヴォルグ=ケルベロス》。
だが、朔は一歩も退かない。
「……逃げられない、か」
唇の端をわずかに吊り上げ、魂剣を構え直す。
「なら――やるしかない」
氷の地獄に、決戦の火蓋が落とされた。
三つ首のうち、左の頭が獰猛に叫んだ。
「いただきーっ!!」
牙を剥き、朔に向かって飛びかかる。
「ちょ、兄貴ずるいってば!!」
「ずるいぞ!俺も食べるっつってんだろッ!!」
右と中央の首がわめきながら、すぐさま追うように突進してくる。
三つの首が同時に襲いかかる――!
「いただきーっ!!」
左の首が先行して猛突進。
「ずるいぞ!俺も食う!!」
右の首が右サイドから襲撃。
「喧嘩はあとだ!喰らえッ!!」
中央の首が咆哮を響かせ、頭上から覆いかぶさる。
ズドン!!
氷面を割って、三方向からの牙が朔を囲む。
――だが、
「……舐めるなよ」
朔は一瞬で地を蹴った。
舞い上がる氷塵。
振るわれるは、魂で形づくった“斬撃”。
ギィィィン――!!
一太刀。左の頭の牙を弾き飛ばす。
「ガァァッ……!? こいつ、やりやがったッ!」
「させるかッ!!」
右の頭が、反射的に朔の横腹に噛みつこうとするが
「くっ……!」
朔は魂の剣を横にかざし、防ぐ。
だが、牙の圧は重い。魂ごと削られるような咆哮とともに、押し込まれていく。
「兄者ァ! このまま身体ごと引きちぎっちまえ!!」
三つの頭が一斉に距離を詰める――
「……こいつ、ほんとにやべぇな……!」
朔の顔に、冷たい汗がにじむ。
だが、目の光は死んでいない。
魂を研ぎ澄ませる。
己が生きてきた理由、歩いてきた地獄を、すべて込めて。
「――喰えるもんなら、喰ってみろよ」
ドンッ!
魂が弾けた。
朔の背後から“気”の奔流が噴き上がり、剣に宿る。
斬撃、解放。
バギィィィィッ!!
空間を断ち割るような一閃が、ヴォルグ=ケルベロスの中央の首をかすめた。
「が……あぁッ!? 兄者アアアアアアア!!!」
血のような蒼い魂が、霧散する――
「この俺に傷をよくもつけやがったな!」
三つ首のケルベロス――ヴォルグの猛攻。
朔は、その全てを魂の剣で迎え撃っていた。
「ハッ!」
左の頭が飛びかかると同時に、右の首が下から噛みつこうとし、中央の首がタイミングを合わせて咆哮を浴びせる。
「させるか……!」
朔は両手に魂の剣を構える。
二刀流。魂を片方に集中させるのではなく、両手に均等に分けて扱う、極めて高度な技術。
「すっげぇ! こいつ、二本も剣出してやがる!」
「でも、三本の牙にゃ勝てねぇよなァ!」
「そろそろ終わりにしてやるかァ!!」
三つの首が、一糸乱れぬ動きで、同時に襲いかかる。
ガンッ!ガギンッ!
斬撃と牙が交錯し、閃光が弾けた。
だが――
「……チッ、間に合わないッ!」
刹那。
中央の首が隙を見逃さなかった。
「それ、クリティカルヒット!!」
バシュゥウッ!!
鋭い牙が朔の左肩を捉え、魂のバリアごと貫いた。
「ぐああああッ……!!」
凄まじい衝撃が、朔の全身を襲う。
背中から吹き飛び、氷壁に叩きつけられた。
「兄者! 今の一発、決まったんじゃねぇか!?」
「やっぱ三人揃えば、最強なんだよなぁ!!」
朔は、痛む肩を押さえながら、うずくまる。
肩からは蒼い光――魂が、少しずつ漏れ出していた。
「クソ……このままじゃ……」
拳を握る。
だが、息が荒い。
魂が揺らいでいる。
ヴォルグ=ケルベロスは、楽しげに三つの首をくるりと巡らせる。
「まだやれるか、人間。
でもなぁ――こっからが、俺たち“本気”なんだよ」
氷冷地獄の空気が、一段と重くなる。
そして、第二ラウンドが始まろうとしていた――




