第13話 灼熱地獄 決戦 前編
陽葵の放った《氷のバリア》は、灼熱地獄そのものを凍らせるほどの力だった。
地を焼いていた溶岩の流れがピキピキと音を立てて凍りつき、吹き荒れていた熱風すら、白い霧のような冷気に包まれて静まっていく。
「すごい……本当に……」
奏多が、陽葵を支える手を震わせながら呟いた。
炎に焼かれ、焦げついた自分の腕。その腕が今、陽葵の作り出した冷気によって――救われていた。
朔も、少しだけ顔を伏せ、そして静かに口を開いた。
「……君は……強い女の子だったんだな」
その声に、陽葵が恥ずかしそうに俯いた。だが、その目は、もう涙に濡れてはいなかった。
「……わたし……怖かった。でも、奏多お兄ちゃんが……守ってくれて……それに……」
陽葵は、そっと奏多の袖を握りながら、小さく続けた。
「……朔お兄ちゃんの背中も、ずっと見てたから……」
朔は何も言わずに目を伏せたまま、ほんの少しだけ肩を揺らす。きっと、彼なりの照れ隠しだ。
「僕は、ただ信じただけだよ」
奏多の言葉は、きっとそれ以上でも以下でもなかった。
でも、それだけで――陽葵の心は、また強くなれた。
*
しばらく進むと、空気の温度が明らかに変わった。
凍りついていた地面に、再び熱が戻ってきたかのように、ぬるく、重く、熱気が立ちこめてくる。
そして――
「……皆、気を引き締めろ」
朔が立ち止まり、低く、静かに言った。
その目線の先。
赤黒く焼け焦げた大地の上に、異様な気配を放つ影が立っていた。
巨大な体躯。燃え盛るような鬣。地を割るような呼吸。
灼熱地獄の“門”――そこに立ち塞がっていたのは、この地獄の“門番”。
その名も、《灼熱鬼》。
「こんなところに……人間か……。面白い……いや、“焼き甲斐”があるってもんだ……!」
声が、地響きのように響いた。
炎のように歪んだ目が、じろりと三人を睨む。
朔が剣に手を添え、奏多は陽葵の手を取りながら構える。
「行くぞ……」
「ここは“灼熱の門”。通すわけにはいかん!」
「業火に焼かれ、魂ごと灰になれいッ!!」
次の瞬間、鬼の咆哮と共に、天地を割るような火柱が上がる。
朔が真っ先に踏み出した。
「奏多、陽葵から離れるな。あいつの炎は、触れただけで焼き尽くす」
魂の剣を握り、朔は炎の中へ飛び込んだ。
だが――
剣が、徐々に揺らぎ始める。
(クソ……陽葵の傍を離れたせいで、魂が乱れて……!)
炎に包まれた地獄では、魂の安定が命取りとなる。
「朔お兄ちゃん、戻って!」
陽葵が叫ぶ。彼女の瞳に、決意が宿った。
陽葵は、朔の背中を見て、叫んだ。
「朔お兄ちゃん、私、戦う!!」
「……っ?」
朔が振り向いた瞬間、少女の足元に、冷気が走る。
「魂は、想いだって……お兄ちゃん、言ってたよね?」
「だったら、私は――この力で!」
炎の中を駆ける陽葵。
魂のバリアが変質していく。
“氷”の力が、少女の身体を纏い、まるで雪の羽衣のように冷気が舞い上がる。
小さな手のひらから放たれた氷の刃が、鬼の腕をかすめ――
ゴオオオオオ!!!
灼熱鬼の雄叫びが響く。
「陽葵っ!!」
奏多が叫ぶが、陽葵は止まらない。
「大丈夫……私、ひとりじゃない!」
少女の足元には、確かに“凍った道”が伸びていた。
魂が、恐怖を乗り越えて前へと進む――その意志が、大地をも凍らせる。
「いくよっ……!」
陽葵が放った氷のバリアが灼熱鬼の前で炸裂する。
しかし――
ゴッ!
「きゃあっ!」
鬼の腕が陽葵を弾き飛ばした。
バリアが砕け、冷気が霧散する。
「おまえの炎なんか、怖くない……!」
陽葵の掌から、冷気が解き放たれる。
それは彼女の“魂”が呼応した力だった。
だが。
灼熱鬼は、怯まない。
「我を侮るなァアアアアアアア!!」
鬼は、天へと手を翳す。
「地獄の業火よ……我が血肉を燃やし、天を灼け!」
「“天獄魔炎陣”――喰らえ!人間どもッ!!」
その瞬間、上空からいくつもの“隕石”が落ち始めた。
真っ赤に燃える炎の塊。
触れれば魂ごと焼き尽くされる――まさに、地獄のメテオ。
「だめっ……止めないと……!」
陽葵は震えながらも、両手を広げた。
「凍れっ……! 全部、凍れえええええっ!!」
魂の叫びが、氷を強化する。
巨大な氷の結界が、空へ向かって展開され――
バァンッ!!
凄まじい衝撃と爆音。
氷は砕け、陽葵は膝をついた。
大気が震える。
小さな身体に、全身の魂を込める。
氷のバリアが、空へ向かって立ち上がった。
メテオの炎と激突し――
ギギギギ……ッ!
氷の壁が、音を立ててきしむ。
「くっ……っ、だめ……まだっ、足りないっ!」
その時だった。
誰かが、陽葵の手を強く握った。
「――一人で、耐えなくていい」
奏多だった。
「奏多お兄ちゃん……!」
「僕も、一緒に守るよ」
奏多の魂が、バリアに流れ込む。
“守る”という意志が、氷の盾をさらに強化していく。
――メテオが、バリアに激突した。
バァァアアアアンッ!!
轟音と衝撃が世界を包む。
だが――崩れなかった。
「……止めた……!」
陽葵と奏多、ふたりの魂が作った“絆の壁”が、地獄の隕石を食い止めたのだ




