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権謀術数


 お呼びですか――と、障子の向こうに人の気配があった。


 用があるから呼んだ――とは口に出さず、土方は「入れ」と短く応えた。

 音もなく障子が開くと、色黒の男が静かに入ってきた。


「急ぎとのことですが、なんでっしゃろ」


 上方訛りの男は、いかにも一癖ありそうに微笑んだ。


「頼みたいことがある」

「頼みでっか。さて何でっしゃろ」


 嬉々とした笑みを貼りつかせたまま、男――山崎烝がにじりよる。


 山崎は大阪の薬種問屋の出身であるという。夏の初めごろ、ある事件が切っ掛けで土方と知りあった。


 京の暮らしが長く町衆の事情に詳しいことから、土方の情報屋のようなことをしていた。


 裏社会にまで精通した情報網の深さに加え、時にえげつないまで隙のない仕事ぶりを気にいり、芹沢一派の粛清後に、土方が新撰組に引き込んだのだ。


「大方、蔵の中の()()をどうにかせぇ――ちゅうところですかな」

「相変わらず察しが良すぎるな」


 その愛想の良い顔に、土方が薄く嗤う。


「そないに褒めんといてください」


 山崎が嬉しそうに頭をかいた。


「せやけど、ええんですか。局長は兎も角、山南はんは納得せぇへんのとちゃいます?」


 構わん――と、土方が言いはなつ。


「あんな奴、まともに取り調べる価値もない」

「ほなら、そのまま放免にしてやったほうが楽なんとちゃいます?」

「いいか山崎。この世にはな、神も仏もありゃしねぇのさ。まして(まじな)いや卜占(ぼくせん)など。あんなものは気の迷いだ」

「そうでっしゃろか。土方はんら、お江戸の方はどうか知らんけど、京に住んでると結構身近に感じるもんでっせ。現に貴船はんの辺りに行けば、藁人形に五寸釘刺すような輩は仰山おりますで」


 むう――と、腕を組み、山崎が首を傾げる。


「馬鹿か。呪いなんぞで人が殺せるなら、武士なんざ最初から商売上がったりだ」


 吐き捨てると、土方が鼻を鳴らす。


「だがな、山南の野郎はそうじゃねぇ。奴はそういった情のようなものを殊の外に重んじる」

「確かに山南はんはそういうところ、ありまんな」


 山崎が大きく頷いた。


「野郎は、どこか俺たちと違うのさ」


 お前も含めてな――と、山崎を睨みつけた。


「違いまっか」


 まぁ違いますな――と、山崎は噛みしめるように呟いた。


「あの方からは、錆び臭い血の匂いがしまへん」

「どういうことだ」

「なんでっしゃろな。あの方とて、斬った数は一人や二人やあらしまへんやろ。せやけど、土方はんや局長なんぞと違い、山南はんからはそれが感じられまへんのや」

「俺らは匂うか」


 匂いますな――と、山崎がいった。


「わっちも含めて、酷くどぶ臭い」


 くくくっ――と、肩を揺らして笑う。


「総司のやつはどうだ? 臭いのか」

「沖田はんでっか? あの方は――」


 まだ乳臭い――と、山崎は苦笑した。


「そうか」

 

 そうかもな――と、土方が口元を歪めた。


「まぁ良いさ。俺らと奴、たとえ済む世界が違おうとも呉越同舟、一蓮托生。この船(新撰組)で、近藤さんを船頭に抱いている以上は仲間だ」


 だがな――と、言いかけて、土方は首を振った。このように言い澱む土方は珍しい。少なくとも、山崎は見たことがなかった。


「なんであれ奴は、近藤さんの片腕であることは間違いない」

「それはつまり、山南はんの顔を立てるために逃がせ言うんですな」


 無言の一瞥が、土方の答えだった。


「けんど、泳がして後の()()までは、わっちじゃ良うできまへんで」

「本当にお前は察しが良すぎる」


 おおきに――と、山崎が頭を下げた。


「だがな、その先はお前には関係ない」


 突き放すような口ぶりに、山崎は口をつぐんだ。


「で、いつ仕掛ければええんで」

「山南は夕刻前に出かけるそうだ。ちょうど近藤さんも居ないことだ。そこで仕掛けろ」

「あと一刻程やないですか」

「出来ぬのか」

「いいえ」


 山崎が嗤った。


「で、誰に被せますのや」

「住之江に被せろ」

「久慈はんと同室だった?」

「そうだ。ちょうど今、蔵の見張りを言い渡してある。久慈が伏見丹に手を出していたことを、奴は知っていたんだろ」

「怖いお人や」


 承知しました――と、山崎が立ち上がった。


「おい。それもそうだが、その伏見丹の方はどうした」


 部屋を出て行こうとする山崎を、土方が引きとめた。


「そちらの方やったら、もう暫しお持ちを。もしかしたら、根っこの方を掴めそうなんですわ」


 振り向いた山崎の口元に、自信ありげな笑みが浮かんでいた。


「ぬかるなよ」


 承知――と応じ、山崎は部屋を後にした。


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