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後編

 ゲイル国首都の郊外。やや赤茶けた平原が広がるその土地をマナは歩き、幾つかの岩が並ぶ場所までやってきていた。

 その岩場の影には、一つ、大きく異質な輪郭が隠されている。

 アークハイト。この世界の存在では無い様に見える、金属の巨人。タクミなどは、自分の世界の言葉でロボットなどと呼んでいたか。

 マナから見れば、これは高度な魔法に寄り作られた金属質のゴーレムという表現になるかもしれない。

(そうね。ロボットって呼ぶ方が短くて良いかも)

 このロボットとやらは、何度見ても威圧される大きさと見た目をしている。

 人型であるというのは見慣れたものであると思うのだが、大きいというだけで、これ程に脅威を覚えるものになるとは。

「多分、これを作った人って、大分趣味悪いわよね」

「わかんねぇけど、趣味悪いなら金目の物も無いんじゃねぇか?」

 隣で同じ様にアークハイトを見上げているジャーイング。お互い、このロボットが凄い物であろうという見方は変わらないらしいが、そこに感じる価値については相違があるらしい。

「良い? あの金属板の一部でも剥がせれば、それだけで買うって人間も居るはずよ?」

「どうやって剥がすんだよ。傷一つ付かねえのに」

「そうねぇ。だからその案はさっそく潰れた形になるのだけど……」

 アークハイトは本当に頑丈なのだ。ロックドラゴンを容易く倒してしまった事からも分かるが、相当な衝撃にも耐え、その装甲はどれほどの攻撃に遭えば傷つくのだろうと疑問に思う程。

 なので、その一部分を売り払う事など実際問題不可能だった。

「ま、仕方ないわね。ちょっと後ろめたさもあったし、出来ないって分かれば少しはすっきりした」

「行動に移す前にそうなるべきだと思うがなぁ」

 頭をぽりぽりと搔いているジャーイングの言葉はいちいちもっともだった。上手く売り払える物が無いという事が分かった時点で、マナの頭も急速に冷えて行く。

 馬鹿な事をしようとしていたという自覚が漸く生まれたのだ。

「そうね。あなたが言った通り、別にお金を稼ぐ手段を見つけるわ。そっちの方がまだ現実的って事だし」

「んだんだ。冒険者業ってのも、なかなか一攫千金だから、この国でもやってみるか? タクミの奴が帰って来れば、三人で何か出来る仕事があるかもしれねぇ」

「そうねぇ……何かしらの魔物退治とかは需要はどこにでもあるし……待って。何か聞こえなかった?」

 話を中断し、周囲を見渡す。大きな岩が立ち並び、夜の闇がそこに衣着せた様なそんな景色。

 マナ達以外に人気など無さそうなそんな光景だと言うのに、足音の様な物が聞こえたのだ。

「……気のせいだったかしら」

「いんや。居るぜ居るぜ。くそっ。俺とした事が、すっかり囲まれちまってる!」

 ジャーイングが自らの愛用の武器であるらしいを石質のガントレットを握り込みながら、周囲を警戒し始めた。

 マナも釣られて、同じ様に周囲を見るも、先ほどと同じ景色が見えるのみだ。

「ちょっと、本当に誰か居るの? ここに私達以外が」

「タクミと似た様な立場だってのに、タクミより勘が鈍いのか? あいつならもっと早く気が付いて逃げてるところだぜ。おい! そっちが居るのはもうバレてんだ! さっさと姿を現しな!」

 冒険者としては玄人らしいジャーイングだからこそ、そういう気配というものが分かるのだろうか。タクミも分かるという話であるから、まるでマナだけが不得手みたいに思えるが、今の状況では劣等感を覚える暇も無さそうだ。

 暗闇の中から、ジャーイングの言う通りに、人影が数人。何時の間に隠れていたのか、岩場の影から姿を現して来たから。

「やれやれ。君ら冒険者というのは、時々、驚くべき生存本能を発揮してくるね。この時代の特異的な部分はそういうところにあると私なんぞは考えるわけだが」

 現れた影は見覚えがあった。

 黒い鎧の兵士達。ゲイル国の兵士の装備。そうしてその隊長格の男の姿は、やはり以前に見た通りのそれ。

「ミスター・カトー……あんたまた……アークハイトを……!」

「その名は過去の名前だ。今はカトー隊長とでも呼んで貰おうか。そうしてその名で私を呼ぶ君は……そうか。魔法の時代の人間だね?」

 何か納得した風な顔を浮かべているカトー。そんな彼を見て、マナは怒りを抑えるのに必死だった。

「あんた……その口振りからすると、私が知ってるミスター・カトーとやっぱり同一人物みたいね。確か別の世界では加藤・義弘なんて呼ばれていたんですって?」

「ふふん。なるほど? 別の世界。君らにとってはそういう見方になるか。だが、私の興味はどちらかと言えば、そっちの名前を知っている者もいるという方にあるかな。なんたる偶然。何らかの必然とも呼びたいが、私の理論であれば、それは間違いなく偶然と呼べる物になるのだろう」

「悪いけど、小難しい話がしたいなら、ムカつかない言い方にしてくれる? 冷静になろうとしてる私の努力を無下にしないで」

 言いながら、マナは杖をカトーに向ける。杖に込められた魔法は、相手を眠らせる魔法以外にもあるのだ。

「その型式の杖は……ああ、電気ショックを与える魔法が込められているな。やめておきたまえ。私が着込んでいるこの鎧は、他の鎧とデザインこそ同じかもしれないが、魔法による世界の変化を阻害する機能が仕込まれていてね、大半の魔法が無意味に終わる。ほーら、見ての通りだ」

「ちっ……」

 長話になる前に、その電気ショックを与える魔法とやらを放ってやったのだが、カトーの顔は涼しい物である。

「お、お前。口より先に手が出るよなぁ……」

「黙っててジャーイング。本当に手が出る事は我慢しているから」

「人に対して魔法を使う事は手が出るより凶悪だと思うがね。まあ良い。君は私に対しては無力だ。という事は……ふん? 簡単に捕らえられるな。諸君。彼女らを囲め」

「逃げるわよ、ジャーイング!」

 手が早いのでは無く、足だって速い事を見せてやろう。囲まれているとは言え、まだ逃げ出す先ならあるのだ。

「逃げ足に関してはタクミと似た者同士だな、お前よぉ!」

 ジャーイングの足の方は焦れたくなるくらいに鈍足だが、いざとなれば見捨てれば良いだろう。

 逃げ込む先は決まっているのだ。後は間に合うかどうかの問題でしか無かった。

 そうして、幸運な事に兵士達に捕まるより先に、マナもジャーイングもそこに滑り込む事が出来た。

 タクミ曰く、アークハイトのコックピットと呼ばれる空間に入ったのである。

「よーし! 動かすわよ。あの兵士どもを蹴散らしてやりましょう!」

「とは言うけどよー。動かし方分かるのか?」

「えっと……ほら! タクミだってぶっつけ本番で出来てたじゃない? アークハイト! 私にも動かし方教えなさい!」

 叫ぶマナであるが、コックピット内部は沈黙で返して来る。

「アークハイト……?」

『呼び出しを確認。名前と立場、その後に用件をどうぞ』

「あーびっくりした。無視されたのかと思った。えっと、名前と立場と用件ね。私はマナ・ウィーンザント。立場はえっと……タクミの仲間で、用件はあなたを囲んでる……っていうかよじ登って来ようとしてる連中を手で払ってちょうだい」

『……』

 また沈黙が帰って来る。なんだろう? タクミが相手の時と比べて態度が悪く無いだろうか。

『マナ・ウィーンザント。あなたは当機の操縦者として認められません』

「ちょっと! どういう事!? 選り好み? 顔がタイプじゃない? じゃあこの髭面は? この髭面は駄目?」

『登録。ヒゲヅラ氏。あなたも当機の操縦者としての適正が認められていません』

「ヒゲヅラじゃねえよ。いや髭面だけど。俺やマナじゃ駄目だってのか? じゃあ誰なら良いんだ」

『現在、当機の操縦者として登録されているのは二名です。うち直近の一名はタクミ・カセ』

 やはり好みの問題らしい。まったく。結構面食いなのだろうか、このロボット。

「って悠長にしてらんないのよ! ほら! すぐ近く! そこに兵士が来てる!」

 操縦席の出入口である蓋がガンガンと叩かれている。アークハイトの装甲は頑丈ではあろうが、こんな環境にずっと居ればマナの精神の方が駄目になってしまう。

『緊急時、登録された操縦者が近くに居ない場合、操縦者の元へ向かう機能は使用できます』

「タクミが居る場所へは行けるって!? ううーん……し、仕方ないけど、今はそれでも良いわ。それ、してちょうだい!」

『緊急避難プログラム3を実行します。操縦席内部に居る方は身体を安定させてください』

「安定って……それ、必要なの……?」

「待て待て待て。なんか嫌な予感がうわああああああ!」

 ジャーイングの叫び声を聞きつつ、マナも操縦席に身体を押し付けられる。

 何が起こったか? コックピット内に映る外の景色を見ればすぐに分かった。

「空を……飛んでるの!?」

 視界がどんどん上がり、さらには放物線を描く様に、ゲイル国の首都へと向かっていく。

 アークハイトがあった遺跡から脱出した時と同じだ。それは飛行というより投擲された石を思い起こさせる。

 それにしたところで、加速する視界と激しい振動で頭の中から振り落とされていくが。

「わ、わわああああ!」

 叫び声を上げながら、マナは色々と後悔を始めていた。

 ここに来るまでの、どの部分を後悔しているのかと聞かれれば、困ってしまうものの……。




「何か聞こえた?」

 ふと、タクミは歩く施設の天井を見た。

 静かな夜。意識して静かに歩く自分。どうにも落ち着きの無さを感じて、タクミは呟いていた。

「あたしは聞こえなかったけど、あんまり良い事じゃないね。ここで聞こえる音なんて、大半が嫌なもんさ」

 施設の職員から逃げつつ、施設の中心へと向かう。

 確かに、こんな状況で聞こえて来る音なんて、良く無い物に決まっている。

「じゃあ、いちいち耳を澄まさずに、さっさと行こうか」

「馬鹿言っちゃいけないよ。慌てて見つかれば、それこそ元も子も無い」

 施設の中央部まであと少し。そういう場所で捕まってしまうのは、タクミだって勿体ない話だと思う。

(さすがに、好奇心が湧いて来てるな。そもそもここには何があるのか。単純に知りたくなってきてるぞ、僕は)

 隠された宝箱を見つけ、開けようとしている気分。もし、この感情すら、この施設の人間が用意したものだとすれば、それこそいったい何が狙いなのか気になってくる。

「もう少しってところかな。これは」

 廊下が広くなり、何時の間にか部屋の様な幅にまでなっていた。

 薄暗かった道は、魔法に寄る照明の明かりで照らされ始めており、さらにその奥へと続いている。

「これは……待った。なんだ? 見た事あるぞこれ。デジャヴ?」

 施設中央への道は広く、天井も高くなっていく。そうして今、それが見えて来た。施設中央の空間に繋がっている扉……いや、この大きさは門だ。

 金属で来た、ひたすらに大きな門。細かな構造は違うが、それでも印象としては似通っていた。

(アークハイトが居た遺跡……ここはまるでそれを模倣したみたいだ)

 さすがにすべてが金属で出来ているわけでも無いだろうが、外観は似せていると断言出来る程のものだった。

「待てよ……? じゃあこの門の先にあるものはもしかして……」

「あん? 何か分かったのかい? あたしは……ちょーっとここが何なのか分からなくなってきて、頭が痛いんだけどさ」

「多分、あの門の向こうにあるものが僕の予想通りなら、君はさらに頭が痛くなると思うよ。吹っ飛びそうなくらいに」

「嫌な予感をさせてくるねぇ」

 だが仕方あるまい。この施設、率直に言わせて貰えれば、そもそもからして嫌な印象のある施設なのだから。

(何が待っていたとしても、すごく不安になってくる事請け合いだ。けど、それでも僕は足と手を止めないってわけさ)

 遺跡と大まかな構造が同じだとすれば、その開け方も同じかもしれない。

 そう考えて門の脇へとやってくれば、遺跡で見たのとやはり同じである、ディスプレイの様なものが存在していた。

(向こうよりかはまだ技術的に劣っているかな? けど、再現は出来ているし、魔法とかの……この世界における技術も使われてるっぽいな。何と言うか、正しくこの世界で作られた、そんな印象を受ける)

 以前の遺跡との大きな違いはそこだろうか。向こうの場合は、まさに違う世界。異世界がそのままそこに移動してきたかの様な光景であったが、この施設は不思議と馴染んでいた。

(ま、僕にとっては、この門が開けばそれで良いだけ……っと)

 パネルとディスプレイに触れ続け、直感を働かせ続けた結果、前回と同じく、ゴールへと辿り着く。

「あんた……何したんだい? 勝手に門が開いて行く……」

「僕も分からないよ。けど、警備を手薄にしてるっていうのは本当らしい」

 一度経験があるとは言え、タクミの勘だけで開く門なんて、作るだけ無駄だろう。

 わざわざ中に招き入れる意図があるとしたら別だが……。

「さて……門の向こうは……やっぱりこれだ」

「金属の……巨人……?」

 予想外の光景に呆気に取られているザヌカに対して、タクミの方は予想通りであった。

 が、だからと言って驚かないという事もない。むしろ予想通りであったからこそ、いったいこれはどういう事なのだろうと驚いてしまう。

 以前の遺跡とは椅子に座っては居なかったが、金属の巨人が壁にもたれ掛かる様に座っていた。

 じっと、その巨人はこちらを見つめて居るかの様に思える。身体の姿勢は、だらんと力を抜いた形で、背中だけ壁に預けている状態であるものの。

「なあ、タクミ。あんた、これがここにあるって知ってたのなら、いったい何なのか分かるのかい?」

「分かれば良かったんだけどね。僕も分からない。いや……まだ分からないって言うべきなのか?」

「まだ……?」

 そうだ。恐らく……まだ分からない。だがいずれ……。

「どうやら、そちらの坊やの方の勘はなかなかの様だな?」

「……!」

 声が聞こえた方へ咄嗟に振り返る。

 タクミ達が入ってきた門。

 そこからまた別の人間達が入って来ていた。

 黒い服の女と施設の職員御一行。どうやら、警備を手薄にして侵入者を泳がせる期間が過ぎたらしかった。

「まだ……もうちょっと頭を働かせる時間が欲しいんだけどね」

「欲しいのは逃げるだけの時間だろう? だがこれまでだ。ここへ容易く侵入してしまえる人間を、私達は求めている。目の前の君がそれだ」

「なるほどね。また考えなきゃいけない材料が増えたらしい」

 姿勢を低くする。何時でも走り出せる様にするためだが、周囲を伺っても、ここから逃げ出せる場所はさっき入った大きな門以外には存在していない。

「どうするんだいタクミ。ここから……逃げる方法だってあるんだろう?」

「ザヌカ……それは僕が言いたい台詞だったんだけど」

「ったく。追い詰められる瞬間が先延ばしになっただけかい!」

 そう言わないで欲しい。まだ逃げる事を諦めたわけでは無いのだから。

「はっはっは。中々愉快な侵入者らしい。これからが楽しくなりそうだな? 恐らく、それなりの付き合いになる」

 黒い服の女は笑うものの、こっちはそこまで長く付き合いたくない。隙さえあればすぐにでもこの場から去るのだが、向こうの人の数がそれを許してくれそうに見えない。

 だから、それを作るための行動を開始する。

「あんた達の狙い、それなりに分かって来た気がするよ」

「ほう?」

 興味深そうにこちらを見つめて来る黒服の女。

 別に何が分かった訳では無いが、ハッタリでも向こうの興味を惹けたのなら、上手くやれば隙を作る事だって出来るだろう。

「この巨人。それとあんた達のやり口……それが恐らく重要だ。いったい何を狙っているのか……うん。そうだ。適正のある人間を探してる。そうだろう?」

 漸く勘が働き出した。何も分からなかった状況から、光が差し込んで来る感覚。

「ほう? 続けてみると良い」

 こちらを見据えてくる黒服の女。ただの興味本位だけではあるまい。きっと、今、タクミが何に気が付いたのかすら、彼女にとってはテストなのだ。

「あんた達が手を抜いて施設の警備をしているって事は分かってる。なら、重要になってくるのは僕達の方だろう? この施設で僕達は碌に情報も与えられず飼い殺しみたいな環境を与えられていた。これはつまり……その中から積極的の動き出す人間が出て来るのを待っていると言える。で、ここまでが常識的な考え方での予想だ」

 ザヌカの方もそんな答えには辿り着けている。

 タクミの考えは、さらに一歩、そこから常識を外してみたものとなっている。自分自身が、違う世界から来たという常識から外れた立場だからこそ出せる答え。

「僕達の中で、偶発的にここへ来て、偶然に施設の事を知る事が出来る人間。それをあんた達は選ぼうとしているんだろう?」

「お、おい。何言ってるんだタクミ……」

「ふふん。実際にお前は辿り着けているわけだ。その答えに」

 ザヌカはこちらの正気を疑ってくるが、黒服の女はタクミの答えに満足そうだった。だが、まだ肝心の隙を見せてはくれなかった。

「良いかい? ザヌカ。この施設は……そうしてこの金属の巨人は、違う世界を移動できる装置なんだよ。理解出来ないかもしれないし、僕が狂ったと思うかもしれないけど、この装置を使えば、世界を移動できる。けど多分、それをするには適正が必要で、その人間を見つけ出すために、この施設と僕らは彼女らに用意された」

 運命力……そう表現するべきなのだろうか。世界と世界を移動する際に必要になってくる適正とやらは、多分、この装置に自然と引き寄せられるのでは無いかと思う。

 だから黒い服の女は、適正者が自然とこの装置へ人が向かう様な状態を施設内で作り出していたのだ。

 故にザヌカがそれに失敗した時は失望していた。結局ただのコソ泥だったと。

 今の黒服の女は、むしろ笑うのを我慢している様子だったが。

「なんだ? 何で笑いたがってる」

「いやなに……ここまで独力で来て、さらにそこまで予想出来ているのなら、既に分かっているのに、目を逸らしている事があるなと思ってな」

 タクミに向けられた言葉。タクミの答えもまた、正確には正しくは無いと彼女は言っている。その事にタクミ自身も気付いているだろうとも。

「それは……」

「貴様は……違う世界から来た人間だな? 適正があるのはむしろ当たり前か」

 タクミの立場を黒服の女は看破してくる。だがそれはつまり、タクミが違う世界から来た現象について、彼女は大きく関係する立場にあるという事だ。

「あんたは……何者だ? もしかして僕の……」

「いいや違うぞ。私は純然たるこの世界の人間だ。いや、正しい言い方では無いな。この〈時代〉の人間だ。シリアン・ケイエスフと言う」

「時代……」

 タクミが目を逸らしていた部分。それを黒服の女……シリアンは付き付けて来る。

 この施設で見た資料から、タクミだって気が付いていた事なのだ。他にも気が付くべき材料ならあった。

 加藤・義弘に関する話。確かマナはミスター・カトーと呼んでいたか。彼女の話からも分かっていた。

「この機械は……金属の巨人は、タイムマシンなんだな?」

「お前の世界の言葉だとそうなるのか? 我々はこう呼んでいる。時間旅行装置と」

 ああそうだ。きっとそうなのだ。

 思い出して行く。元の世界……いや、自分が生きた時代の記憶を。

 加藤・義弘は良くニュースで賞賛されていた。宇宙を満たす時空に関する新しい見地を発見したと。

 彼は理論上、従来想定されていた理屈より遥かに少ないエネルギーでそれに干渉出来る計算式を発見したのだと。

 そうして、当時の世界もまたその発見を後押しした。彼の理論を実現させるために奔走し、そうしてその快挙へと辿り着く。

 タクミにとっては最悪の日の始まり。あの日、朝のニュースでは何と流れていたか。

(タイムマシン……時間を自由に旅が出来る装置が実現する……そうだ。そういうニュースがあの日にあった)

 馬鹿々々しい話だと思った。そんなの実現できるわけ無いだろうと別の学者が話をしていて、タクミもその意見に賛同していた。詳細については良く分かって居なかったが……。

 けれど、それは間違いだった。それは実現したのだ。実現したから、今、こうなっている。

「この世界は……僕が生きた世界より過去なのか? それとも未来? 僕が知る限り、僕が生きた時代の過去に、こんな時代は無かったはずだ」

 特に違うのは魔法とモンスターの存在だ。

 その様な存在は無かったはずだ。少なくともタクミが知る限りは。

「ならば、未来なのではないか? 我々とて分からんさ。カトー隊長曰く、今の時代の前には、魔法がより隆盛していた時代があっとか、そういう話をしていたな?」

「未来……未来……? 僕が生きた世界の未来にこんな……」

 どこかで魔法やモンスターが生まれたのか。なら、タクミが生きた時代の機械技術はどうなったのか。

 確かタクミが知る限り、作られたタイムマシンと呼ばれたものは、遥かに大きな円盤状の施設だったはずだ。

 ここにある金属の巨人みたいに小さくは無かった。ならば、未来、こういう機械の巨人が作られる時代になったのか。そうして、その次の時代にはマナが生きた時代の様に、魔法に関わる何かが発展した……?

「理屈が合って来ている……のか?」

「恐らくはそうだ。この時間旅行装置は、それを操縦する人間を選ぶらしい。因果を収束させようとする……だったか? 必然、その人間はここへやってくるのだそうだ。適切な知識を得た上でな。ここに来るまで、お前は幾つ、偶然があった? 不自然に思う程の幸運があって、ここへやって来たのではないか?」

 幾つもの偶然の積み重ね。奇跡的な出会い。因果の巡り合わせ。

 そんな物を操れるものかとタクミは叫びたいが、今、時間を旅出来るという装置を目にして、常識などを語る事の方が馬鹿らしくも思えた。

(そうして……僕自身がその奇妙な装置の力を実感した立場だって言うんだから、どうやって否定出来る?)

 元の世界。タクミが本来生きて行くはずだった世界が、実は違う世界では無く、今から遥かな過去の世界だったというのは、そもそも違う世界に来てしまったという事よりも現実的では無いだろうか。

「ま……どっちでも良いか」

「うん?」

 首を傾げるシリアンが疑問符を浮かべて来る中、タクミは笑った。

 自分がいったい何に巻き込まれたのか? そこは本当にどうでも良い事だったからだ。そんな事で頭を悩ます必要は無い。

 だってそうだろう? 漸く、元の世界に戻る方法を見つけたのだから。

「僕をこの世界にまで連れて来た装置があるのなら、これほど有難い話は無い!」

「タクミ!?」

 困惑するザヌカを後目に、タクミは走り出した。部屋の出入口では無い。そこに付け入る隙が無いのは今も変わらない。

 だが後ろにはあった。あの日、遺跡の奥でアークハイトを見つけた時と同じだ。あの遺跡をこの場が模倣していて、部屋に置かれた金属の巨人がアークハイトと同じだと言うのなら、逃げる方法も同じになるはず。

「ほう? あれに乗り込むつもりか? これもまた、操縦者を選ぶための因果か何かか」

 違和感があったとすれば、シリアンから聞こえて来た言葉が、些かの焦りも混じって居ない事だろうか。

 実際、その理由はすぐに分かった。

 壁にもたれ掛かった姿勢のその金属の巨人の身体を登り、アークハイトの様にコックピットへ入ろうとしたその時、タクミは気が付いた。

「コックピットへの入り口が……無い?」

「残念だったろうが、それは未完成なのだよ」

 声の方向に振り向き、嘲笑う様に笑みを浮かべるシリアンの表情を見てしまう。

「でなければ、侵入者に対して好きにさせるわけが無いだろう? 万が一盗まれる危険性があるならば、そもそもこんな悠長な警備はしていない。それが操縦者を選び出す事に必要だと言えな」

 ならば、今のタクミは追い詰められた状態と変わらない。いや、むしろ、逃げ出す意図を見せつけてしまった分、警戒は増してしまった。

「くそっ……性格が悪いぞ、あんた!」

「そうかな? 我々がどれだけそれを作る事に国力を捧げていると思って居る。それを容易く奪おうとするお前の方が、どれほど良い性格をしているか」

 シリアンが話しながら、一歩一歩と、余裕を持ってこちらへと近付いて来た。

 急ぐ必要も無いのだろう。追い詰められたタクミは、逃げ出す方法が一つも無いのだと確信している。

「タクミ! あんたねぇ!」

「いきなり無茶して失敗した事は謝るさ! けどそっちだってどうするか良い考えなんて無かったんだろう? 状況がどうしようも無いっていうのなら……無いっていうのなら……」

 シリアンを挟んでザヌカと口論を始めようとするタクミであったが、それを途中で止めて、ぽかんとシリアンでは無く虚空を見つめ始める。

「貴様……遂に狂ったか?」

「狂いたくもなってきた。なるほど? こういうのも単なる偶然じゃなくて、因果が収束するって言うのかな?」

「……なんだと?」

 聞き逃せない。そんな表情を浮かべているザヌカであるが、肝心な物を聞き逃している。

 今、徐々に近づいてくる音を。

「僕にも説明は出来ない。これが何なのかを。けど、僕に関係があるってのは分かるさ。ここに及んではね! ほうら大変な事になるぞ!」

 音が、何かを噴出する様な轟音が、さすがにこの場所に居る全員の耳へしっかりと届いたはずだ。

 彼らの騒めきすらもかき消して、ついでに天井も破壊しながら、それはこの空間へと降り立った。

 というか墜落してきた。

「アークハイトか!」

 タクミは叫び、誰よりも早く、その墜落してきたアークハイトへと向かう。誰しもが呆気に取られる中だからこそ、行動を先んじられればそれだけ状況を有利に運べる。

 実際、そのコックピットの中からふらふらと揺れているマナが出て来たのだから、さっさと近寄っておいて正解だ。

「マナ! なんか揺れてるけどどうかしたのか!?」

「そ、そーのーこーえーはー……タク……タクミ?」

 頭を手で抑え、身体を左右に揺らしているその姿は独特を過ぎて不気味であるが、マナで間違い無い様子。

「そうだよ! タクミだけどそっちは何!? 何でここにこんな状況で!?」

「わっかんない……全然わっかんない。奥で髭面が泡吹いて倒れている事くらいしか分からない……」

 マナの方も随分と大変な状況であった事くらいは分かるが、それ以上の説明を求めるのも酷だろう。

 というか話し合っている暇すら無い。

「ザヌカ! こっちに来い! ほっといたらまた囲まれる!」

 さすがに状況に混乱していたシリアン達も正気を取り戻し、タクミへと再度、迫って来ていた。

 ここでザヌカを取り残せば、彼女だけが捕まってしまうだろう。

「なんなんだよお前! 妙な奴だとは前から思ってたけど、本格的だなぁ!」

「そう言うなって。これでも僕はまだまともさ。僕を取り巻く環境に比べたらね」

 ザヌカがシリアン達より速くこちらへと走って来て幸いだ。彼女がタクミに連れられる様にコックピットの中へと入って来てくれた。

 そうして、広めとは言え、アークハイトのコックピットの中はタクミとマナ、ザヌカと髭面の四人で詰まってしまう事になった。

「さすがに狭いか!」

「っていうか誰!? この女の人誰なのよ!」

「あたしの方は何もかもが誰だよって感じなんだけど!?」

 マナにもザヌカにも悪いが、自己紹介を仲良くしていられる状況でもあるまい。

 逃げ出すべき連中はすべてアークハイトへ乗り込んだ。次にするべき事は一つ。

「アークハイト。天井からやってきたがどうやってここに来た?」

『当機には四肢以外にも推進器が搭載されています。空戦も想定した機動的な飛行も可能となっています』

「なるほど……じゃあそれだな」

「ええー……ちょっと、それは遠慮したいんだけど……」

 マナの声に対してタクミは顔だけそちらを向いて答えた。

「贅沢言うな」

 それだけ言って、操縦桿を引いた。やはり説明されなくても操縦方法が分かってしまうのは不気味な事だ。

 だが、身体全体に掛かる加速への圧の方がずっと気分を悪くしてきた。

「ぐっ……」

「ひぇえええ!」

 マナかザヌカの悲鳴を耳にしながら、タクミの視界は一気に天井を抜けて空へと向かう。

(こりゃあ……こいつら、良くまあ意識保ってここまで……いや、ジャーイングは気絶してるな……)

 しっかり操縦席に座っているタクミですらギブアップしそうな速度。なんとかそれを安定させながら、タクミはアークハイトを飛翔させていく。

 翼を羽ばたかせたり、グライダーで滑空しているだというのはおこがましい形のそれ。

 足の裏と背中側に存在する噴出孔から、良く分からぬ推進剤を吹かしながら、それは中空を跳んでいるとすら表現出来る。

「ぐ……ぬぬぬ……」

 もう少し乗り手の身体を気にして欲しいと考えつつ、徐々に身体に掛かる圧力が弱まって来ているのを感じる。

「出来る出来る出来る……僕も結構出来てるじゃないか……ええ!?」

 さすがに、空を飛べば気絶しそうになるだけの巨体では無いらしい。

 適切な操縦させしていれば、飛行しつつ、身体への負担を減らせる軌道というものが存在しているらしい。

「ど、どうでも良いけど……こっちはあんまり耐えられないんだけど~!」

 マナの声を聞けば、そんな事はすぐに分かる。ヒステリックな声を上げたいのに、その余裕すら無くなっている様子。

「安心しなって……もう少し街から離れたら、どこか適当な場所に着地するさ。僕だってコックピットが狭苦しい状況は耐えられそうに―――

 その瞬間、全身が吹き飛ぶかと思った。そんな衝撃と揺れがコックピットを、いや、アークハイトそのものを襲って来たのだ。

「なっ……」

 悲鳴よりも気を失うよりも、まずタクミはコックピットに映し出される空の光景を目にしていた。

 その空に浮かび、アークハイトへとぶつかってきたその人型を。

「未完成品じゃ……」

 無かったらしい。

 先ほどまでタクミが居た部屋に存在した、アークハイトと同じ金属の巨人。

 それがアークハイトと同じく空を飛び、アークハイトへとぶつかって来たのである。

 ただでさえ不安定な飛行であったアークハイトは、そのまま軌道がズレ、地面へと落下する状態に。

「なって……たまるかぁ!」

 歯を食いしばり、唇から血が出ているのを感じながらも、アークハイトの姿勢を立て直す。

 この勢いのまま地面にぶつかれば、それこそ命を無くしそうなのだ。故に必死だ。幸運な事に、意識は普段なら気を失っているであろう状況でも明快に働いてくれている。

 タクミ以外の声がコックピット内から聞こえないという事は、他は気絶した頃合いだろうか。命まで失っていてくれるなよと祈りつつ、やはりアークハイトの四肢を、推進器を移動させ、着地の衝撃を極力和らげる姿勢に。

(なって……くれるよな!?)

 どこまで行っても、こんなロボットを操縦するにはタクミは素人だ。何事も最適にとは言えない。

 自分もいっそ気を失った方が良かったかと思いつつも、その着地の瞬間までタクミは操縦桿を離しはしなかった。

 その意識に関しても。

「うぐぐぐ……!」

 何度かの地面にぶつかり、跳ねる衝撃と、そこから続く全身がバラバラになりそうな震動。

 さらにアークハイトが地面に上で何回転かして上下の間隔すら喪失していく。

 そんな激しい衝撃と震動と回転が収まったその後には、頭がどうにも地面側に向いているなという感想と、なら少なくとも天国には行っていないなという実感の中にタクミはあった。

「ははっ……やったよ僕」

 いっそ笑い出す。今夜は身一つで激流に流されている様な気分をひたすら味わう事になった。それが一旦落ち着いた以上、肉体と精神は今まで抑えつけられていた安堵という感情を噴出し始めたのだ。

「まっ……まだ油断出来る状況でも無いだろうけれど」

 アークハイトのコックピットから、今は下側に見える空を見つめる。

 空でぶつかってきた例のロボットは、文字通り空の彼方だ。今では夜の闇と雲に紛れて、どこにいるか分からない。向こうもそうであってくれれば良いが……。

「少なくとも、今、僕には時間が欲しい。どっか身体を痛めてないか確認したいし、アークハイトの姿勢もまともなものにしたい。何より……」

『警告。コックピット内部の積載量が過多となっています。操縦者の健康を維持するために、早急な改善を推奨します』

「そうだね、アークハイト。僕もそれを思ってるところだよ」

 目を回しているか泡を吹いている連中をコックピットから引き出すくらいの時間は、襲って来たロボットに見つからないと良い。そんな風にタクミは思っていた。




 場所は平原地帯であり、高い草木も無い場所だったのは幸いだったとタクミは思う。アークハイトが落ちた場所が、これでもっと起伏の富んだ場所であったのなら、それこそ命は無かったかもしれない。

「怪我だらけだけど、誰も死んでないってのは、間違いなく幸運だね。これは」

 とりあえず気絶しているマナ、ザヌカ、ジャーイングを平原に並べながら、今の自分はまだマシなのだとタクミは納得しておく。

 自分も左腕と右足が痛むものの、我慢出来ぬという程でも無いから骨は折れていない……と信じたいところだ。

「無傷なのはあれだけってのは……やっぱり脅威だな」

 近くで座る体勢を取らせているアークハイトを見た。空から墜落したというのに、アークハイトに目立った損傷は無かった。アークハイト自身に尋ねてみても、機能に支障は無いとの答えであり、実際それは事実だろう。

「無事だったのは……良い事さ。あれを使えば、つまり、僕は元の時代に戻れるって事だろう?」

 今夜に知ったばかりの情報。漸くそれを整理出来る状況になってきたと思う。

 とりあえず疲れて痛む身体を地面に座らせ休みながら、まだくらくらしている頭の中でタクミは考える。

(タイムマシンか……そんなものがあるだなんてのも驚きだけど、アークハイトがそうだって言うのもちょっとまだ受け入れるのしんどいな……)

 心の準備が出来ていないとも言える。そもそも、この世界と自分の世界が地続きで時代が違うだけというのも衝撃的だったのだ。

「あー、だんだん不安になってきたぞ。そもそもアークハイトをどう動かしたら過去に戻れる? 聞けば答えてくれるのかあいつ? それで戻れたとして、その後はどうする? 未来はこんな……剣と魔法のファンタジーみたいな世界でしたって言ってまともな扱いされるか? っていうかつまりその……過去を変えるみたいな事が僕に出来るって事か?」

 つい先日までは、自分がどうすれば良いのかすら分かって居なかった身だというのに、今は選択肢が多く複雑過ぎて迷っている。当時の自分が聞けば贅沢な話などと言って来るだろうか? せめて一緒に悩んでくれればと思うが……。

「ん……うん……あれ……ここ。どこ? 天国……?」

 と、平原に横にしていたマナの声が聞こえて来た。どうやら目を覚ましたらしい。

「悪いけど天国じゃない。困った事ばかりが起こる、面倒くさい現実の世界だよここは」

「ああ……そう……うっ。あったまいったーい。身体もいたーい」

 お互い様だ。そんな事を思っていると、ずるずると起き上がったマナが、ずるずるとこっちにやってくる。

「何? 何で私達、みんなこんな場所で横になってるー……?」

 寝惚けた風であるが、さっきまでは酷い夢みたいな状況だったのだから仕方あるまい。彼女の意識が多少は回復するのを待ちながら、タクミは呟く。

「僕も説明が難しいんだ。むしろそっちからも聞きたい事があるけど……とりあえず今したいのは、君がどう思うかだ」

「んー? 私?」

「あの、僕らの頭をシェイクしてきたロボットさ……タイムマシンらしい」

「?」

 そりゃあ怪訝そうな顔を浮かべる。それが自然だ。むしろ彼女の頭が比較的冷静である事が有難い。

「例の施設でそう説明された。あの機械は時代と時代を遡ったり先に行ったり出来る機械で、僕らは恐らく……それに巻き込まれたんだろう」

「えっと……え? 待って。ちょっと待ってね? なんというかその……タイム?」

「マシン。僕にとっては君は未来人で、この世界の住民はさらにその先ってあたりかな? 細かい部分は分からないけど……それはそれとして、僕ら、自分達の時代に戻れるかもしれない」

 アークハイトは今、タクミ達の手にある。やり方こそ分からないものの、何時かはその機能を発揮出来る時も来るだろう。アークハイト自身、自らの操縦方法をタクミに教えてくれるのだし。

「うっそでしょ……まだ悪い夢の続き見てるみたい……」

「悪い夢かな。やっと元の世界に戻れるっていうのは、良い夢だと思うんだけど。僕らがこの時代に来てから、ずっと望んでいた事だ」

「けど、あれでしょう? あなたの言う事をまるっきり信じるとして……元の時代に戻ったらどうなるの? 私達はほら、この世界で何年か過ごしてるから急に年齢が上がっているし、そんな事より……この世界……えっと、時代? はどうなるの?」

 もし、ここが別の世界では無く、マナとタクミもそれぞれ同じ世界の、違う時代を生きて来た人間なのだとしたら……お互いの行動が、影響し合うという事になるのだろう。

 タクミが最も過去からやってきたのだとすれば、タクミの行動が今の時代と、マナの時代にすら影響を与える。そんな事だって有り得る。

「なら、どうする? 僕達の行動が誰かに被害を与えるからって、自分達の時代に帰るのは止めにする?」

 マナと話していて、タクミは悩みの本質。少なくともその一つが分かって来た気がする。

 自分のエゴのために、誰かに害を与えて良いのか。ただ自分の世界へと帰るだけを目的にしていた日々だったというのに、突然、そんな命題を与えられたのだ。頭がそりゃあ混乱する。

「……分からないわよ。急にそんな事を言われても、こうですなんて私は答えを出せない。そりゃあね? この世界に来てから、良い事なんて一つも無かったかもしれない。けど……じゃあ無視しても良いかなんて言えない……」

「僕もね、同じ気持ちだ。何時か、この気持ちに整理が出来れば良いんだけど……」

 元の時代に帰りたいと言う気持ちは、些かも失われていない。

 だが、今の時代を変えてしまっても良いなどと思うには、少々、この世界で長い時を過ごしてしまったと思う。

 だが……。

(ああ、分かっているさ。この感情だって、何時かは傾く。元の時代に戻るって方に)

 手段を手に入れた以上、家に帰りたいという思いを減じさせる事は無いのだから。

 故にタクミは目を瞑った。もしかしたら、自分のために犠牲になるかもしれない目の前の世界に、黙祷する様な気持ちで。

「……ねぇ、タクミ」

 タクミと同じ思いだったのかは知らないが、暫く黙っていたマナがふと、声を掛けて来た。

「なんだい? ロマンチックな雰囲気になりそうな空気だけど、その手の話?」

「違うわよ! っていうかほら! 目を開けて見なさい! 空!」

「空?」

 そこで漸く目を開き……そうして立ち上がった。ついでに走り出した。アークハイトの元にだ。

「タクミ! 私は!?」

「また気絶しても良いなら乗っても良いけど!」

「じゃあ避難してる!」

 タクミとは別の方向にマナも走り出していた。

 だって空には、アークハイトをこの地面に叩き付けた側であるロボットが降りて来ようとしていたから。

(あれを何とかするには、アークハイトを操縦するしか無いけど……見つかるのが早いなぁ!?)

 夜の元では、もう暫く発見されないと思って居たが、そうでも無いらしい。とりあえず、コックピットから他の連中を運び出せる時間くらいはあって幸いと言うべきか。

「いや、そうでも無いか。どうせまた、災難な事態が目の前にやってくるんだから」

 タクミはアークハイトの足元までやって来て後、一旦、足を止めた。このまま空のロボットが襲って来れば、足なんて止めずにコックピットへ入り込んでいた事だろうが、様子を見なければいけない状況になった。

 それは急襲する速度では無く、ゆっくり、確実に近づいて来たからだ。

 そしてその手には、一人の男が座っていた。

 ゲイル国の黒い兵士。その部隊長の姿をした男。

 カトー隊長などと呼ばれていた、そんな男。

「運命というものはある。今、そんな風に思っているのだよ。私は」

 声が聞こえる距離。気が付けばそんな距離まで相手は近づいていた。アークハイトの足元に居るタクミ。

 アークハイトと同じ大きさの巨人の手に座るカトー。

 彼から見下ろされる形で、タクミは声を発した。

「そんなものがあるのなら、それはきっと性格の悪い神様が用意したものだろうさ」

「そこは同意見だ。神がいるとしたら、碌でも無い存在だと私も考えているよ。君が……タクミ・カセだね?」

「その名前……どこで聞いた」

「実験棟に名前を登録していただろう? それとも偽名かな?」

「残念ながら、偽物の名前を名乗る程、自分の名前への愛着は失って無くてね」

「なら結構。だが、残念ながら名前以外は君の事を聞いていなくてね。君が早々にあそこを去るから、管理者に話を聞く時間が持てなかった」

 そりゃあそうだろう。今、カトーが手に乗っているロボットがぶつかってきてかそれ程時間が経っていない。となれば、カトーはそのロボットに乗って一旦は実験棟と呼ばれる例の施設に向かって、状況確認をした後にすぐタクミを追って来たのだろうと思われる。

(なら、そもそもこっちの位置はバレてたって事か。夜の闇なんて役にも立ちはしない)

 何かしら、良い目を持っているという事でもある。あのロボットの機能かカトーの能力か。

「なら、逃げるのは無しだな」

「ほう? 逃げるつもりだったのかな? そこに居る仲間達を見捨てて?」

「ま、方法なら幾らでもってところさ。あんたの考え通りに動くのが一番癪だ」

「どうにも、私に嫌な印象を抱いている様だが……我々はそう多く対面した事は無いだろう?」

「良く言う。あんただろう? 僕をこの世界……いや、この時代に連れて来たのは。あんたが仕出かしたんだ」

「ふん? なるほど。タクミ・カセ……君が生きた時代なら、カセ・タクミと呼ばれていたのだろう。日本人だな? 風貌と名前からしてそうだ」

 ああ、その通りだとも。そういう話が通じている時点で、やはりこの男はタクミが知る加藤・義弘である事が決まった。

「あんたが実験をしたんだろう? タイムマシンとやらを作って、それを実行して、そうしてこのザマだ」

「否定はしないさ。だが、私にだって弁解の余地がある。こうなるとは思わなかった。あれは事故だ。君が元の時代に戻りたいと考えているのなら、我々は協力し合えるはずだ。何故なら目的は一つだからだ」

「あんたも元の時代に戻りたいって? 僕が生きていた時代に?」

「その通りだとも。そのためにこそ、これを作り、そうして君が足を掛けているアークハイトも欲している。ところでだ……何故、話の最中にコックピットまで登っている?」

「簡単な話だよ。この世界に来て、散々学んだ事があるからだ」

 言いながら、コックピットの出入口まで移動するタクミ。そうしてカトーを睨む。

「やらかした事に事故だの協力だので誤魔化そうとするタイプの人間は、信用出来ないって事さ!」

 タクミはアークハイトのコックピット内部に身体を滑り込ませ、すぐさま操縦席に座った。

 これからアークハイトと共に逃げるか? いや、今みたいにどうせ見つかる。なら、ここで叩いて置くべきだ。

(ま、出来ればの話だけどさ!)

 確か向こうのロボットはコックピットが無かった。ならカトーはロボットの手に座りながら戦うのか? だとすれば弱点が晒されてる分、有利に戦えるかもしれない。

『荒っぽい事を考えているらしいな』

「……!」

 コックピットの中に声が響いて来た。直接的な声では無かったが、聞き覚えのある声。さっきまで聞いていたカトーの声だ。

「どういう事だアークハイト。なんであいつの声が聞こえて来る?」

『通信が繋がっています。相手は当機の操縦者として登録されているヨシヒロ・カトーです。気になさらず通話を続けてください』

『という事だ。分かって居るだろう? そのアークハイトも、私が作った物だ。君の時代から、さらに次の時代。そこでは機械文明が隆盛を迎えていた。あの時代は中々に息苦しかったが……文字通りの意味でだぞ? ま、いろいろと有効活用出来る技術は多く手に入った。君の時代では大きく拓けた土地まるまる一つ必要だったタイムマシンが、小規模に作れる様になったのだから』

 それがアークハイトという事か。随分と多くの物が、カトーにこの時代へ連れて来られたらしい。

「ならそっちにとって悪い話だね。僕はそれを利用させて貰う!」

 叫び、アークハイトを敵ロボットとカトーへ接近させる。空を飛べる程の推進力を利用すれば、走る事すらせずに、それ以上の速度でアークハイトは地上を移動できるのだ。

 その機能が分かる。操縦すればする程にアークハイトの機能が分かって行く。普段なら不気味に思える現象であるが、今はその先に、元の時代に戻る方法があるとの期待が存在している。

『良いだろう。少し揉んでやる』

 その声と、画面の向こうのカトーは笑っていた。

(余裕を見せる程、舐めているって!?)

 既にカトーが手に乗っているロボットは、アークハイトと距離を一定に保つ様にやはり推進していた。

 コックピットに乗るタクミに対して、向こうは相応に風圧を感じるだろうに。

『こちらの機体はセルハードと名付けている。アークハイトと同型機と呼べるのだろうな? もっともたった二つで同型も何も無いだろうが』

「アークハイト! 腕部ブレード展開!」

『了解。腕部ブレードを展開します』

 一定に距離を保ってくる敵ロボット、セルハードをさらに詰めるために、タクミはアークハイトの武器を使う。

 腕の先から伸びる切っ先は、セルハードに届くはずだ。

 さすがにカトーを直接叩くのは躊躇して、カトーが乗っているセルハードの腕を斬ろうと試みる。

(その斬った腕ごと確保出来れば、カトーを捕える事だって出来る!)

 その衝撃でカトーがセルハードから落ちれば? そこはもうご愁傷様と言う他無い。積極的に命を気にする相手でも無いのだから。

 実際、そんな心配などする必要は無かった。

「ぐっ……」

『同型機だと言ったぞ? セルハードはアークハイトと』

 カトーが座る腕部とは逆の方の腕から、セルハードはアークハイトと同じブレードを展開していた。

 ぶつかるブレードとブレード。瞬間に発生した火花は、最初の一撃だけでなく、ブレード同士が接した面から散り続けていた。

「こっのっ!」

 コックピットで操縦桿を握るだけだというのに、どうしてだか圧力を感じる。冷や汗が出る。

 このままでは埒が明かぬとブレードを引き、押し込んでくるセルハードのブレードを流しつつ、次はセルハードの脚部を狙うも―――

『当たり前の話として……』

 狙ったセルハードの脚部。その膝に、幾つかの穴が開いていた。

『機体への知識は私の方が上だ』

 穴から何かが飛び出した。それを認知した瞬間にはもう遅かった。伸ばしたブレードがコックピット内部からも見えるくらいに割れたのだ。

 さらにアークハイトの腕には数本の錐の様なものが刺さっている。アークハイトの腕に突き刺さる事が出来る程の大きさの錐が、セルハードの膝部分から飛び出したのである。

「くっそ……アークハイト! 他に武装は!?」

『音声による説明がよろしいでしょうか? 画面による説明がよろしいでしょうか』

「焦れるなぁ!? 画面の端! 見える程度に小さく!」

 結局、こういう風に説明を求める程度には、タクミはアークハイトの操縦に慣れていないのだと言える。

 今度はタクミとアークハイトが逃げる番だった。前に前にとセルハードを追っていたアークハイトの推進力を、今度は後方に移動させる力にする。

 その稼いだ時間で、タクミはアークハイトの武装を時間が許す限り把握していく。そう余裕のある時間じゃないのが癪であるが。

『今度はこちらから行かせて貰おうか』

 余裕を見せつけて来るカトーは、セルハードの胸部。その両脇あたりから、何かを展開してきた。

 左右二つずつ。四つのガラス状の球体が目の様にこちらを向き―――

「あっ……ぎぃっ……!」

 タクミは強く歯ぎしりする。吐き気が、頭痛が、身体の内側から爪を立てられている様に痛みが急に襲って来たのだ。

(なんだこれ!? なんだなんだなんだ!?)

 頭を抱えたい。身体をうずくまらせたい。泣き叫んで痛みを忘れたい。

 そんな衝動の中で、それでも必死にアークハイトを動かして行く。今度は逃げの一手でしか無いが、今はそれしか出来ない。

『ほう? 良く耐えている。適正はあるだろうが、それでも苦痛を感じる強度だぞ? 今のは』

「な……にをっ……!」

『あの実験施設に居たのなら、最初に味わっただろう? 君は苦痛を感じなかったろうが、他の人間なら倒れるレベルだったあれだ』

「ぐっ……おっ……!」

 歪む思考の中で、なんとか思い出して行く。以前、セルハードを中央に置いた実験施設へと初めて入った時の事、人を選別するかの様に並ばされ、タクミ以外の多くの人間が突然に倒れたあの現象。

 今、それと同じ事がここで発生しているというのか。

『あの施設で、因果の話はされたかな? このセルハードには、そうして君が乗るアークハイトにも、タイムマシンとしての機能を発揮させる上での、因果を操作する力がある。無論、どこまでも都合良くとは言わないが、出力を上げれば、適性の無いものを振り落とす事が出来る。どうしてか分かるかね?』

「はぁ……ぐっ」

『人間、因果を操作されるというのには慣れていない。適正者はそれをある程度無視出来るが……今、こうやってその力を直接向ければ、誰であろうとそれを実感する。実感した結果、単純に酔うのだよ。世界酔いとでも言えば良いのか……そういうものが発生する』

「こ……れ……がっ……!?」

『酷いものだろう? 単なる車酔いとは一味違う。脳や肉体そのものが感じ取る、世界への違和感が、すべてを拒絶しようとするのさ。強くなればなるほど、その拒絶は命にまで至る。どこまで耐えられるかな?』

 何かを楽しむ様なカトーの言葉に、苛立ちだって覚えたいのだが、今はそれ以上の吐き気と痛みと怖気がタクミを染め上げて行く。

 世界酔い。そんな言葉に劣らない苦しみの中で、タクミは胃の内側だって吐き出しそうな程に激しい息を吐き。そうして吸い込んで、覚悟を決めた。

「ああああああ!」

 どこまで耐えられるかだと? 耐えられるだけ耐えてやる。すぐに致命とならない攻撃を使った時点で、向こうはこちらを殺すつもりは無いのだろうさ。

 なら、こちらは攻撃に耐え、耐え続け、その時間をすべて攻勢に使う。

「ぐぅっ……!」

 操縦桿を強く握り、アークハイトを再度セルハードに向かわせる。武装は何だったか。思考を続けろ。必死に考え続けている限りは、この痛みを忘れられる。

 片側の腕部ブレードは破壊されたが、もう一方は残っている。セルハードはそれを再度迎撃しようとしてくるも、アークハイトの脇腹に仕込まれている煙幕弾でそれを妨害。先ほど確認した武装一覧にあったものだ。

 大した威力も無いものだが、今のセルハードには良く効く可能性がある。

『ふん? 確かに、コックピットを用意していないのは私のミスだな』

 セルハードは目論見通りに身体を引いていた。生身のままのカトーは煙を吸い込むのが御免被る様だ。

 そうしてセルハードが体勢を崩した以上、タクミに対する世界酔いを引き起こす装置もまた、その影響が減じて来た……と思う。

(まだやれるさ! 扱いに関してはそっちが上手だとしても、こっちを舐めて掛かっている分、付け入る隙は出来る! このまま足の一本でも折ってやれば!)

 体勢を崩しているセルバードの今度は足元をブレードで狙う。再び膝から錐の様なものが飛んでくるも、今度は予想してそれを回避。

 慎重に、しかし素早く、タクミはブレードをセルハードの太腿へと突き入れる。

「よしっ!」

 操縦桿越しであっても手応えを感じた。ブレードを振り抜けば、一部の装甲だけで辛うじて繋がっている程度のセルハードの片足が目に映った。

(これで十分だろ。もうすぐに追って来ない程度のダメージを与えた。後はマナ達を回収する隙さえ見つければ、そのまま……)

『これで逃げられる。などと思っているのだろう?』

「っ……!」

 思考を読まれた事にタクミは驚いたのでは無い。

 眼前で起こった光景にこそ驚いた。

『アークハイトも、このセルハードも……ただの戦える機械などとも思っているのだろう?』

 カトーの声と同時に、タクミの身体に衝撃が加えられる。

 セルハードがアークハイトを蹴り付けたのだ。先ほど、ブレードで切り裂いたはずの足で。

「あがっ!」

 完全に虚を突かれていた。気が飛びそうな程の衝撃に身体が耐える準備が出来ていなかった。

 意識が一気に刈り取られ、朦朧とする中、それでもタクミは驚いていた。どうして、切ったはずの足が元に戻っている。

『これはタイムマシンだ。それは君も知っているはずだ。因果を逆転する。操作するという事がどういう事が、身を持って知ったのは貴重な事だよ。タクミ・カセ君? 君はこれから、それをもっと学ぶ必要がある』

「そんな馬鹿な話が!」

『馬鹿な事が起こっている。君にも……私にも!』

 その言葉は、カトーにとっての最後通牒だったらしい。

 タクミの返答すら聞くつもりは無いらしく、タクミの身に再び痛みが、吐き気が襲って来た。

 今度は苦しむ間も無く、意識を刈り取るだけの不快感があり、タクミの意識は閉じて行く。それ以上の苦しみを味わいたく無い。そう脳が訴えかける様に。




 激動の日々というのは、その激しさと比例するかの様に、すぐに過ぎ去って行くものなのだろうか。

 マナ・ウィーンザントはそんなセンチメンタルな事を感じるくらいには、凪みたいな日をこの一週間過ごしていた。

「家が良く無いと思うのよね。ちょっと想像してたよりも綺麗で、危機感みたいなのが薄れちゃう」

「突然、他人様の家に対して随分な事を言うもんじゃないよ」

 激動の日々の中で出会う事になった相手、ザヌカ・ミオノックの声に対して、マナは笑って返した。

「だってねぇ。ここ、前にアジトにしていた廃屋みたいに床と天井と壁に穴開いて無いし、染みだって殆ど無いし、埃も随分とまあ掃除されてて、あなたの家って言われるとつい、笑い出したくなるっていうか、ほっこりしたくなっちゃうんだもの」

 マナはお洒落というか可愛らしいと思えるデザインの青い椅子に座り、前に配置されているこれまた可愛らしく小さめの丸いテーブルに上半身をだらんと預けていた。

 今居るのは以前まで居たアジトでは無く、ゲイル国の別区画にある家だ。タクミと何時か知り合って、タクミだけどこかへ行った後に顔を突き合わせる事になった、ザヌカ・ミオノックという女の自宅だそうである。

「これでもねぇ。色々維持費だって頑張って稼いぎながら作り上げた我が家なのさ。そう文句を言われても困るんだ」

 言いつつ、ザヌカは近くの小窓に掛かっているカーテンに触れている。レースの模様が花柄のカーテンだ。ザヌカという女は見た目が豪快な女性という印象を持っているので、不釣り合いこの上無い。

 この家のデザインセンスは何から何までそんな感じなので、やはりおかしさが増してしまう。率直に言うと喧嘩になりそうなので言わないが。

「けど、そもそも、盗人とか強盗で手に入れたお金で用意したものでしょうに」

「仕事の種類云々ではあんたに言われたくないね、マナ・ウィーンザント。碌な仕事をこれまでして来なかったとか言ってたじゃないか」

「ま、そうなんだけどね。これからもそうだし」

 タクミがカトーにアークハイトごと攫われてから一週間。何かが動き始めていたと思って居たのに、この一週間はずっと停滞している気がする。

 そうしていると、自分とは何なのだろうと思えてしまうから、やはり何か仕事を探す必要があるのだろう。

 もっとも、マナに出来る仕事なんて大半が碌でも無いが。

「感謝はしているのよ? 前のアジトにずっと居るっていうのも問題が多かったし」

 不法滞在者にとって時間とは敵だ。何時か正当にそこに居る者に場所を奪われるし、その事を咎める人間も居ない。

 だからこそ、ザヌカが自分の家にとりあえず住めと言ってくれた事は有難かったし、一方で奇妙でもあった。

「ま、タクミの知り合いってんなら、とりあえず恩を売っといて損は無いかなと思ってねぇ」

「私、タクミとはそう長い付き合いでも無いし、出会って、一旦別行動を取ったのもそれほど長い時間じゃない。そんな時間で、あなたは随分とあいつの事を評価してるのね?」

「あんたから話を聞いていると、そこについてはお互い様じゃないか?」

「そうかしら? まあ、彼に仲間意識を抱いているのには、ある程度理由があるから」

 同じ、世界の漂流者。いや、彼から受けた説明に寄れば、違う時代からこの時代に来た時間の旅行者になるのだろうか。

「あたしにだってあるって事さ。面と向かって話をした時間なら、一日にも満たないけどね、何かの運命があるんだって思うよ。あいつには」

「あらやだ。恋バナ?」

「そういう初心な感じはあんたやあたしには無い。だろう?」

 もっともな話だ。この場合の運命とは、つまり、何か大事を引き寄せる引力の様な物と言うべきなのだろう。

 彼が連れ去られた後、今の凪みたいな雰囲気があるのは、やはりタクミが去ったからか。

「普通は、不運が去ってくれたなんて思うもんなんだが、どうもね。尻切れトンボで終われないって気分になっちまったのさ。この後に何があるか。どうしても知りたい。出来れば、その大事の中で、一稼ぎしたいってね」

「言っておくけど、儲け話なんてものは無いわよ。そこは断言しておいてあげる。私達を追い出すなら今がチャンスって事」

 後から詐欺だの何だの言われても困る。今の平穏な気分から程遠い状況に、マナは今も向かおうとしているのだから。

「あいつがゲイル国の重要な実験のために連れ去られたって言うのなら、今頃、厳重な警備に見張られてるって事さ。あんた本当に、そこに挑むつもりなのかい?」

「当たり前でしょう? なんでわざわざこんな辛気臭い国でまだ留まってると思ってるの」

 馬鹿な奴を見る目をしてくるザヌカを責めはしない。実際、馬鹿な事をしようとしている。タクミを救い出そうとするなど、まさに馬鹿のする事だろう。

 あの金属の巨人同士の戦いを見ただろうに。尋常ならざるそれだった。はっきり言って、近づく事すら恐ろしく感じる。

 あの巨人が関わる事で、タクミは連れ去られ、そうしてマナはそんなタクミを助けようとしているのだ。命なんて幾つあっても足りそうに無かった。

「あんたを匿ってるあたしが言うのも何だけど、正気かい?」

「正解。狂ってるの。どうしようも無い願いを持っていてね。あたしにとって、その願いを叶えるためには、タクミ・カセって人間と協力する事がどうしても必要なのよねぇ……笑う?」

「笑えないよ。けど、じゃあどうするかって話なら笑ってあげる。良い案無いんじゃないかい?」

 そこについては頷く他無い。

 この一週間。いろいろと探りを入れているが、尻尾すら掴めない。とりあえず、タクミが以前に居た施設にまた捕らえられているであろうとの予想くらいなら立てているが、そこまでだ。

「実際、全然愉快な状況じゃないけど、あまり放置もしてられない。タクミを連れ去ったって事は、タクミを連れ去った上で何かをするつもりだろうから」

 多分、その何かが契機になってしまう。マナはそう思うのだ。それが起こってしまって、その場に自分が居なければ、すべてが終わる。多分、マナにとっては嫌だと思える終わり方。

「もうちょっと、やり方を考えてみようとは?」

「そうね。もうちょっとだけ。けど、本当に少しだけの時間しか無いと思う」

 明日くらいだろうか。マナはタクミが捕えられているはずの施設へ挑むつもりだ。それがどれほど無謀な事だとしても……。

「運が無いねぇ。お互いにさ」

「ちょっと、あなたまで付き合う必要無いのよ? そっちこそ、大した関係も無いでしょうに」

「良いじゃないか。こういうのも多生の縁って言うもんさ。なんというか、興味深いんだよ。タクミもあんたも」

 その手の興味はいったいどこから来ているのやら。

 立場的に特殊である事は間違い無いため、ザヌカの嗅覚が鋭いという事にして置こうか。

「そういや、もう一人の方はどうするんだい。あいつも一緒に行くのかい?」

「あー……そこは決めとかなきゃいけないわね。あの髭面……どうしたもんかしら」

 頭の中にあの髭面、ドワーフのジャーイングを思い浮かべる。

 未だにアークハイトに乗って振り回された時から頭がふらふらすると言って、街を出歩いている最中であるが、どこまでやる気に溢れているか分かったものでは無い男だ。

 タクミに対して仲間意識はあるのだろうが、それがどれほど深い事やら。

「そっちはさっさと決めるべきだとあたしは思うね。じゃなきゃ不親切さ」

 もっともな意見である。これから命賭けるタイプの事を仕出かすけど、あんたどうするのくらいは言って置こうか。

 そこで止めとくと返されればそれで良いし。とういうか、同行すると言って来た場合の方が困るかもしれない。何をどう手伝って貰うべきなのか。

「うぉーい。帰ったぞー」

 考えている内に、自宅に帰って来た父親みたいな雰囲気と声でジャーイングがザヌカの家へずかずか入って来た。

 若干、ザヌカの方もなんだこのおっさんと思っている顔を浮かべていた。

「ねぇ、ジャーイング。ちょっと良いかしら」

「なんだ急に。おかえりなさいも無しか?」

「あなた、死ぬの嫌よね?」

「そりゃそうだが」

「じゃあ無理ね。明日お別れよ」

 とりあえずジャーイングの協力は無しという事である。なんだか心がむしろすっきりした気分だ。

「おいおいおい。本当に急に何だよ? 何か? これから心中でもするつもりだったってか?」

「実質そうかもね。ほら、タクミを助けに行くけれど、助ける方法が見つからないから」

 爆弾を抱えて飛び込む方がまだマシかもしれない。そんな爆弾だって手元に無いのだから。

「ほほーん。なら、やっぱりオレの助けが必要な事態なんじゃねえか。置いて行くつもりたぁ何事だ」

 腕を組みながら自信満々に笑うその髭面は、いったいどこから出て来ているのやら。

「本人がやる気なら仕方ないけど、本当に無策よ? その顔を剣で剃り尽くされても知らないから」

「そういう台詞は、これを見てから言えってんだ」

 ジャーイングはそう言いながら、ズボンの内側を探り始める。何だろう。セクハラという奴だろうか。

「えー、あたしは嫌だぜ。ズボンから出て来るもん見るなんて」

 ザヌカの方もさすがに女性であるらしい。お互い、おっさんのそれなんて見たくは―――

「ほれ。確かコレが欲しかったんだろう」

 ジャーイングがズボンから取り出したそれを見る。安心するべき事として、それは別に見せられてセクハラになる様な類のそれでは無かった。

 だが、それでもマナは叫び声を上げていた。

「ちょっと! そんなところに入れないでよ! 私の杖の装飾を!」

 元来、マナが持つ杖の先についていたはずの装飾。この世界に来た時に売り払ってしまった、大切であったはずのもの。

 それがジャーイングのズボンの内側に入っていたのである。叫びたくもなるというものだ。

「って、あら。それって、確か商人が持ってたんじゃあ……」

「ああ。持ってたぜ。それで仕事の手伝いするからくれって毎日頼み込んでたら、昨日、根負けしてくれたよ。使い道の分からない、素材も何か知れたもんじゃないから、実はそう高く無いんだとさ」

「そ、そんな簡単な方法で……」

 口が開いたまま閉じてくれない。お金が無いからアークハイトでも売り払ってなどとすら考えていた自分が何だったのかと叫びたくなる。

「なんだか知らないけどね。世の中、悪い人間ばっかりじゃないって事じゃないかい? 親切に頼ってみるのも悪く無いってわけさ」

 ザヌカがそう言って来て、確かにそうだと思ってしまうマナ。

「まあ……あなたが部屋を貸してくれてるのもそうだし、ジャーイングがこれを貰って来てくれたっていうのも……そうなのかもしれないわね」

 ここに来て、どいつもこいつも親切で優しい面を見せて来る。それがどうしてか複雑な気持ちにさせてくる。

(私が目指しているのは、そんなあなた達の世界を捨てる様な行動なのよ?)

 その事を言えない。言ったって仕方ない。だから黙るしか無かった。

 そうして、ジャーイングから渡された自分の杖の先端装飾部分握り込む。

(これがあるのなら、タクミを助け出せる手段は手に入って事になるけど……その後はどうするの?)

 自分とタクミ。それぞれに心の中で尋ねるマナであったが、答えが返って来るはずも無かった。




 これは意外に思われるかもしれないが、タクミは朝が苦手だった。

 いや、起きるのが苦手と表現するべきだろうか。

 暖かいベッドの中で、窓から差し込む日差しが目を塞ぐ瞼の内側をうずかせる感覚は嫌いでは無い。

 嫌いなのはそのまま目を覚まし、身体の上に覆いかぶさる布団を取り払うという行為であろう。

 人間、誰だってそうかもしれないが、二度寝の誘惑というのには敗北しがちだ。

 だが、そんなタクミを起こす声が何時だって聞こえて来る。

「巧。起きてる? もう朝よ」

 部屋の扉の向こうから聞こえる声に反応して、もそもそ身体を動かす。この声の主はこれ以上の事をしてくれないから、自分で動き出すしか無いのだ。

 母の声だ。母は何時も、朝は寝過ごしがちな巧を起こしに来て、声だけ掛けて去って行く。

 そこからは自分でちゃんとしなさいというやや厳しめの教育方針。おかげ様でと言えば良いのか、とりあえず、寝坊する頻度はそう多く無い人生を送れている。

「ん……いや、げ……ちょっと母さん。起こすの三十分くらい遅くない!?」

 もぞもぞしていた身体が急に動き始める。意識は既に焦りの領域へ。学校の始業時刻まではまだあるが、朝食を食べる余裕も無く、顔を洗う時間だって惜しいくらいだ。

 慌てて自分の部屋を飛び出して、用を足し、洗面台で顔に水を被せてから着替えを始める。

 この間、実に十分にも満たぬ神業的な準備をしつつ、家を出る前にテーブルの上に置かれたおにぎりが一つ。

 さっさと食べていける程度の大きさであり、どうせゆっくり食べる時間なんて無いだろうとの母からの気遣い。

 こういう事をしてくるから侮れない女なのだ。うちの母は。

「ごちそうさま。いってきまーす!」

 それほど咀嚼もせずにおにぎりを飲み込んで、家を出て行く。早歩き。むしろやや走りに近いそんな速度で学校を目指し始めた。

 全力疾走する必要は無い。この時間ならこの速度でぎりぎり間に合うはずだ。慣れ親しんだ通学路。自分の体力とどれほど折り合いを付ければ良いのかは分かり切っているのだ。

 息を切らせて学校の教室に入るのも何だかダサいし。こう、自分は最初からこの時間に来るつもりでしたよ? みたいな顔をして朝礼ギリギリにやってくるのが恰好付けた在り方というやつだろう。

 そんな事を考えて……考えているのに、タクミは足を止めて、後ろを振り向いた。

「巧。忘れ物よ」

 振り向いた先には、母が居た。丁度、昼食の弁当を手提げ袋に包んで、それをタクミに差し出してくる。

 そんな、結構見覚えのある光景が、タクミの目の前にあった。

 だからタクミは口を開く。

「忘れてないよ。母さん。ずっと、この光景が忘れられないんだ」

 そうだ。ずっと、記憶の中に残っている光景。

 違う世界、時代に来たとしても、この光景が忘れられないから、ここに戻ろうとしている。

 今はもう、当時から随分と変わってしまっているかもしれないが、それでも戻りたい。戻りたいと思う。だから行動を続けるのだ。

「本当にそう思えている?」

「え?」

 母の声が聞こえた気がした。

「……」

「おい、起きろ」

 母とは違う声で目を覚ます。

 暖かいベッドと比べるべくも無い固いベッドから上半身を起こしたタクミは、その自分を起こしに来た相手、ゲイル国の黒服の女、シリアン・ケイエスフに、部屋から出る様に促された。

 石作りの壁と床。出入口は鉄格子付きの頑丈な扉。鍵を掛けられれば内側からは開かないその扉の鍵が開く音がした。

 留置所か牢屋。そんなところだろうその部屋が、思い出とは違う、今のタクミの部屋だった。

(さすがに、こういう朝を好きとは言えないな)

 身体中が固い。日の多くをこんな狭く息苦しい部屋で過ごしているのだからそうもなるだろう。

 準備体操の一つでもしてやろうかとも思うのだが、この部屋に居ない時にしている作業が、自分の行動力を削いでいく。

 こらから、そんな作業を行うわけであるが。

「いい加減、これに何の意味があるかくらいは教えてくれても良いんじゃないか? もうかれこれ一週間……一週間だよね?」

 部屋から出て、さっそく手錠を両手に掛けられる。狭い部屋から漸く出られたと思えば、自由はより拘束されるのだから嫌になる。

「時間の感覚が無くなって来たか? 良い兆候だ。お前はどんどん、常軌を逸していく」

 精神的に狂っているなどと言われるのは心外だ。目の前のシリアンという女だって、常人の思考をしてそうには見えなかった。

「つまり……僕の心の均衡を崩す事が目的か?」

「それもある。だが、別の目的もある事は、薄々お前だって分かって来ているはずだ」

 そう言って、タクミに前を歩く様に促す。別に好き勝手歩けるわけではない。ここに居るのはタクミとシリアン二人きりでは無く、他にも何人かの兵士がタクミを囲んでいるからだ。

 そんな兵士達に囲まれたまま、タクミは何時も所定の場所へ歩いて行く様に促されるのである。

 そんな道中でも、声を発するのはシリアンだけなので、まるで二人で話をしている様な印象を持ってしまうが。

「確かに、あんた達が何を目的としているのかは分かり切っているよな。あの金属の巨人を使って、自由に時間旅行でもするっていうのがあんた達の目的だ」

「ふふん。達……な」

「違うのか?」

「いいや? 違っていないはずだ。カトー隊長の提案を受け入れたのが我がゲイル国である以上、我々はその利益に沿って行動する。それだけだ」

 分かったものではあるまい。

 今、再びセルハードが収容されている施設へと連れ戻された形になるタクミだが、皮肉な事にこの施設やその管理者であるシリアンという女について、ある程度知る事になっていた。

 例えば施設そのものが、セルハードともう一体。アークハイトが中心に置かれる事で機能する設備であるという事。

 中心となる二体は勿論重要だろうが、施設そのものにもタイムマシンとしての機能が配分されているらしい。

(つまり、この施設そのものがカトーにとって途轍もなく重要な場所で……シリアンっていうのはそんなカトーの信頼を得ているって事になるのか……)

 そんな信頼に値する女かとタクミは思ってしまう。

 喋り方や他人への接し方から、腹に一物どころか二も三も抱えてそうに見えるし、野心だってありそうだと思う。

 彼女は信用ならない。少なくともそれがタクミから見たシリアンという女の印象であった。

 そんな女に囚われていると考えると、心底嫌な気分になってくるものの……。

「気落ちした顔をしているな? 確かに体力と精神力を消耗する実験が続いている。健康に難があると思ったのなら何時でも進言すると良い。お前の健康状況については特に気を払えと命じられているのでね」

 カトーの指示には痛み入るところだ。わざわざタクミの命を優先しながらタクミをアークハイトごと捕え、この施設まで五体満足のまま拘束しているのだから。

 面と向かって何度くそったれと言い放った事か。感謝の言葉としては上等な類だと思う。

「ああ、なるほど。悪態を吐いても殴られたりしないのもカトーのおかげって事か」

「それは違うな」

「何?」

「言葉で何を言われたところで、いちいち心を動かさんというだけだ。重要なのはその人間がどう行動するかだ」

「僕が逃げ出すかどうかって話なら、隙さえあれば―――

「お前は協力的だ。どれだけ口で文句を言ったとしてもだ」

 そう言って、シリアンはタクミの手錠を外して来る。

「……」

 やはり、シリアンは信用出来る女では無いとタクミは結論を出して置く。

 タクミが彼らに協力的かだと? そんな事……一概に否定出来ない悩ましい事実を突きつけて来るのだから。

「付いたぞ。さあ何時も通り、アークハイトの操縦席に座ると良い。お前にとっても、そこからすべてが始まるのだろう?」

 セルハードが配置されていた施設中心の空間。

 そこでは今やアークハイトとセルハードの二体の巨人が対面する形で立っており、以前と違って、多くの人間が行き交っていた。

 大半の人間は研究者らしき者と整備士らしき者に区別される。

 施設の完成に向けて働く者と、実験を成功に導くために動く者の二者とも表現出来るだろう。

 そんな彼らの中心となっているのが、カトー隊長と呼ばれる男。

「やあカセ君。気分はどうかな? 君の肉体も精神も、健全さが重要だ。いや、万全さと表現するべきかな? 我々の目的にはアークハイトとセルハードの様に、私と君が必要なのだ。分かるかね?」

「気分は良く無いね。全然」

「それは困る。昨日までの様に前向きに取り組んで欲しいな。この実験には君の協力が不可欠だ。君自身、それを実感していると思っているのだがね」

 シリアンもカトーも、タクミが彼らの思い通りに行動してくれると考えているらしい。

 それは癪だ。実に癪な思いだ。

 だが、それでも自分に問いかけ続ける。ここでカトーに協力する事は、タクミとっては損な事か?

「この装置が完成すれば、私と君の願いが叶う。元の時代に戻れるんだ。それはお互いにとって、実に良い事だとは思うがね」

「僕達の時代は、今居る時代にとっては過去だ。過去に戻ったとして、この時代はどうなる」

「と、彼は問い掛けているが、シリアン君はその事について、私からどう説明を受けたかね?」

 タクミの背後に立ったままのシリアンに対して、カトーは尋ねる。

 無論、タクミの背後から答えは返って来た。

「今の時代とあなたが生きた時代は隔絶されたものだと聞いています。片方の時代を変えたところで、もう片方の時代に影響は無いとも」

「騙されてるんじゃないか? あんた」

「そうでも無い。これは私自身、誓って言う真実だ。二つの時代は過去と未来の関係と言えるかもしれないが、別々の物でもある。時間の旅というのはね、少々複雑で厄介なものなのだよ。だから私も悩んでいる。次こそは答えを出せるだろうが……」

 タクミをじっと見て来るカトー。鍵はタクミの方にあるとでも言いたげだ。どうせ、タクミを乗せるための方便なのだろうとは思っておく。

「時代が別で影響を与え合わないって言うのなら、それこそ、あんたが協力する理由が無いんじゃないか?」

 タクミはカトーから視線を逸らす様に、背後に立つシリアンへと目を向けた。だが、タクミの言葉など予想出来ていた言わんばかりの笑みを浮かべている。

「これほどの技術だ。時代なんぞ超えなくとも、相応に見返りがある。今、お前自身が体感している事だろう?」

 因果とやらを操る機能。ただひたすらに頑丈な、そうして素早く動け、空すら飛べる巨人。

 損傷したとしても、瞬時にそれを無かった事に出来る現象すら引き起こせる、先進を通り越して、異質とすら表現出来るそれがアークハイトとセルハードにはある。

 それだけでも、確かにゲイル国にとっては大きな利益だろう。この二体で、他国を侵略したとすれば、抗える者は存在するのか?

「結局のところ、シリアン君やゲイル国と、私の関係性というのは、忠誠や信頼というよりも、相互扶助と言えるかもしれん。私は元の時代に帰る。彼女らは直接的な力を得る。分かりやすい関係と言えるだろう?」

 故に利害関係が一致している限り、裏切りも無いと言いたげだ。

 知れた事では無い。今、タクミですら、何時逆らってやろうかと考えているくらいなのだから。

(いや、違うな、これは。むしろ僕は染まって来てる。これは危険だろうよ)

 本当に、気が付いたら彼らの仲間になってしまう危険性。それを認識する事にする。今、彼らの指示に逆らっていないのは事実なのだから。

 そうして、これから先も、逆らう予定が無い。

「さて、話はこれくらいで、さっそくアークハイトに乗って貰おうか。あれは君の事を気に入っているらしい。相性が良いのだろうな」

「……」

 やはり逆らわない。逆らえず、タクミはアークハイトのコックピットへと自ら向かっていく。

 カトー達の意見に賛同したわけでは無い。かと言って無理矢理従っているわけでも無い。今になり、タクミはある難題にぶつかっているのだ。

(僕は……何をどうするべきなんだ……このまま無事、何もかもが進めば、僕は元の時代に戻れる。それは望むところなのに、それにすら迷って、答えが出せないでいる。そんなのってあるか?)

 いったい、自分の考えの何に引っ掛かっているのか。タクミ自身にも分からないから、他人の指示に従っている。今はそんな状況だ。

(このまま、何にも答えが見つけ出せなければ、僕の意思なんて関係無く事は進む。それは認めろよ、タクミ)

 自分に言い聞かせる。自分は今、どうしようも無い状況だ。打開するには、自分自身が何かの答えを、目的を見つける必要がある。出なければ勝てない。何にとは言えないが、タクミは敗北する。そんな気がするのだ。

『さて、座っているだけでもアークハイトの機能は頭に入って来ているだろうが、機械を操作するというのは、実は思考や知識だけで無く、感覚も重要だ。時間や空間と言った形の定まらない物を相手にする機械である以上、その感覚的な認知というのはさらに重要になってくると言える。君には早々にそれを掴んで欲しい』

 アークハイトのコックピットに、カトーの声が聞こえて来た。彼はアークハイトへと声を伝える端末機の様な物を持っており、タイムマシン稼働までの準備を進めながら、タクミに助言の様な物を伝えてくるのだ。

「あんたは乗らないのか? セルハードの方に」

『あちらは未完成と言っただろう? それもあと少し。完成さえすれば、私の方は問題が無いさ。君より余程慣れている』

 マナもカトーの名前を知っていた事からして、タクミの様に直接今の時代に来たというわけでは無さそうだ。

 少なくとも間に一度は、マナの時代へと旅をした経験が―――

(うん? ならなんで、あいつは元の時代に戻らず、今の時代に居る?)

 ふとした疑問は、徐々に膨らんでいく。そもそもカトーはいったい、何を目的として、時代を股に掛ける様な真似をしているのか。

「僕は……自分が生きていた時代から、気が付いたら今の時代にやってきていた。あんたはどうなんだ? そういう茫然とした経験をした事はあるのか?」

『生易しい生き方をこちらはしていると言いたげだね? さて実際のところはどうなのか。自分ではそこのところ、良く分からない。まだ話した事は無かったか。私の経歴を』

「頭が良いから、良い大学出てるんだろう事くらいは分かるさ」

『だがその後は知らないだろう? 私とて、あの日のあの事件には茫然とした物だ。最初……私が辿り着いたのは機械だらけの時代だった。君は信じられるか、星の半分が黒鉄に覆われた世界を。地球から木々は消え去り、代わりとばかりに不格好な太陽光発電のパネルが並び、そのエネルギーに寄って人では無くなった物が人みたいに動き回る。アークハイトはそこで作られた。いや、生まれたと表現するべきだな』

「作ったとは言わないのか」

『私の技術は入っている。だが、インスピレーションを受けたのは私の方さ。あの時代……鉄の時代とでも言おうか。あの世界は人では無く、アークハイトの様な鉄の巨人が生まれ、生き、長い長い時の中で朽ちて行く。そういう文明だった。そんな営みの中で、私はその鉄の巨人が構築されていく技術とそれを動かす知性にこそ目を付け、仕込んだわけだ』

「お前自身の技術。タイムマシンをか」

『その通り。予想よりコンパクトに収まったよ。その時の私にとっての理想がそこに出来た。面白い事に、あの時代、私は唯一の生身だったからか……それとも別の要因か。私があの世界より前の人間だったからか……世界の機能を一方的に使えたんだ。君もそうだったろう? アークハイトを操作する許可を、アークハイト自身から得た』

 アークハイトを初めて見た日の事を思い出す。

 遺跡の奥。尋常ならざる技術で作られた空間に鎮座していたアークハイトに、誘われる様にそのコックピットへ入る事になった。

(偶然、アークハイトが居る部屋の門が開いた様に思えたけど……違うのか? むしろあれはアークハイトが開いた?)

 ぞくりとする。今、タクミが居る場所こそ、そのアークハイトのコックピット。タクミがそれを望んだ様に見えて、実は違うのか? アークハイトの方こそ、タクミをその内に納めようとしているのか? そんな風にすら思えてくる。

『だが、すべて上手くとは行かなかった。所詮、技術は技術。機構は機構。それらが完璧なる結果をもたらしてくれるとは限らない。それらは不完全だからこそ発展を続けるのだから。私はね、その鉄の時代から元の時代に戻ろうとして、また違う時代へと辿り着いてしまったのさ。踏んだり蹴ったりと言う話だろう? しかも、次はまた大きく変わった世界だった。魔法などと言うものが存在する、不条理な時代だったのさ。今の時代では無いぞ? 君はもう聞いているのでは無いかな?』

 マナ・ウィーンザントが生きていた時代の事だろう。魔法という現象に関する技術が発展した時代。

 今の時代にも魔法が存在し、それがどういう理屈で発生するのかはタクミにも何となくは分かるが、いまいち納得は出来ないそういう技術を、むしろ骨格に置いた時代だったと聞いている。

「魔法っていうのはその……奇跡を意図して起こせる方法みたいなやつだろう。変な力だと思うけど、それを使いこなせるなら、それこそ僕らの時代には出来なかった事だって出来る様になるはずだ」

『そう! まさにそこだった。魔法の時代とでも呼ぶべきか。鉄の時代よりさらに目を見張る技術や知識がそこら中にあったのだ。そうして気付いた。完璧だったはずの私のタイムマシンが何故失敗し……失われたかを』

「失われた?」

『そう。今は失われていた……と表現するべきだろうな。そのアークハイト。もしや私が適当なところに放置していたとでも思って居るのかね?』

 確かに、アークハイトがあった遺跡は、アークハイトの周囲もまた、高度な機械技術に寄り作られている様に見えた。

 まるで、カトーが言う鉄の時代から部屋ごと直接移動してきたかの様に。

『魔法の時代に来た時、私は自らのタイムマシンであるアークハイトを失ってしまったのさ。だからあの時代に、あの時代特有の魔法技術を取り入れ、新たなタイムマシンを構築する必要があった。いや何。面白い試みだったと思うよ。結果として、これが生まれた』

 セルハード。カトーが作り出したもう一体のタイムマシン。アークハイトと同型である様に見えて、その根本となるそれは違う時代の技術が元になっているらしい。

(いや、それが、カトーが作り出した物だって言うなら、本当の根本部分は変わらないと言えるのか?)

 それ程までに、カトーは、自ら生み出したタイムマシンの技術に執着している。

 時代が変われども、それを作ろうとする熱意は失われていない。今なおもだ。

「だが、あんたは今、元の時代じゃなく、僕と同じくそこから離れた時代を生きている。随分と苦労した経歴を語ってくれたが、そのどれもが失敗し続けるだけの道筋だろう?」

『ふふん。言ってくれるが、その通りだとも。最初の一度は、まさに予想外でしか無かった。鉄の時代からのそれは、予想を遥かに超える現実を思い知らされた。そうして魔法の時代で……それすらもこの頭の中に納め切った。故に今の時代だ』

「何?」

『この時代……君ならどう名前を付ける?』

 タクミにとっては最初の異世界としか言えない。そうだ。つい最近までは、元の世界があった上での異世界という感覚で生きて来た。

 カトーみたいに、どの時代にどんな特徴があったなどとは考えてすら居なかった。

「僕は……この時代は異質な時代だと思う。元の時代とは何もかもが違う。これが同じ時間軸にあるなんて、未だに信じ難いんだ。種族も土地も空の模様だって違う様に感じる」

『ふふん。なるほど。君の目にはそう映るか。興味深いが……私はこう名前を付けている。瓦礫の時代とな』

「瓦礫……?」

『アークハイトに乗っているなら、その意味がいずれ分かるさ。実感としてな。だからこそ、君にとって最も良い事は、このまま実験を続ける事だよカセ君。準備は良いかな? 始めるとしようか。セルハードとアークハイトによる相互観測実験を』




 別に、それを必ずしなければならないというわけでは無いはずだ。

 マナはふと、そんな事を頭の中で考えていた。

 タクミが囚われている施設から少し離れた場所で、彼女はじっと施設を睨んでいる。

 建物と建物の間にある物陰。後ろには同じく隠れる様に身を潜めているジャーイングとザヌカの姿まであった。

 時間帯は夜だ。暗い方が、何かと人に見つけられる機会というのが少なくなるものだろう。

(もっとも、そういう事を警戒した上で、警備が厳重な場所に攻め込むって言うんだから、本当、なんでしてるのかしらね)

 自分でも分からない。タクミは大事だ。彼はマナと人生の悩みを共有出来る仲間である。

 だが、自分自身の身を危険に晒してまで無茶をしなければならない程、重要な相手だろうか?

(理屈としては、申し訳ないけどそこまでじゃない。ないわよね?)

 だが、感情としては違うのだ。ここでは終われない。今、この瞬間にも、そんな情動がマナを染めている。

「一つ聞いとくけどね、マナ。覚悟とかもうこの後は意味が無くなるから、考え直すならこれが最後だよ」

 ザヌカが後ろから、今さらな事を聞いてくる。

 そんな彼女に対してマナは苦笑で返した。マナにとって、心を決める最後はもうとっくに過ぎているからだ。

 では何時の時点で、その最後があったのか。マナにも分からない。下手をしたら、最初にタクミと出会った瞬間から、今、こんな無茶をする事は決まっていたのかも。

「仕方ないわよね。ほら、私、こんなのだから」

 手に戻って来た金色の飾り付きの魔法の杖を持ちながら、やはりマナは笑った。今のそれは苦笑では無い。

 愉快な気分であったからだ。

「っていうか、言うならあなた達の方よ。私にはこの杖がある以上、これに賭けるだけ。けど、あなた達は?」

 この時代に生まれ、この時代に生きているジャーイングやザヌカは、本当にマナやタクミに付き合う必要は無いのだ。

 もっとも、そんな問いかけすら今さらの話だったらしい。

「オレにとっちゃあ、こんなの何時もと変わらんね。タクミと冒険してると、こういう事が何度もあったんだよ。ありゃあ何だったかな。確か魔法使いの塔って噂の森深くにあるっていう動く塔を目指していたんだが、それがデカいヤドカリでな」

「すごい気になる話だけど、あんたはまあそれで良いわよ。何時もそれだものね。もうずっとそんな感じで居て」

 呆れながらジャーイングを見るのも、慣れた事になってきた。もしかしたら、こういう風に思うのも日常ってやつなのかもしれない。

 この時代に来てからずっと、非日常が続いていた気がするマナにとっての、久方振りの日常。

「あたしの方はね。その目さ」

「目?」

 言われて手で触れる……事は出来ないから、代わりに首を傾げる。

 特段、異常な目の色や形をしているわけでも無いだろうが。

「何時だって、何か仕出かしそうな。してやろうって感じの目をしてる。タクミの奴も同じだね。普通の人間ってのは、どんな人間であれ、どっかで平穏とか安定とかを求めるもんさ。屋根のある場所でお茶の一杯でも飲む時、一息吐く感じ。ああいうのがどっかにあるんだ。けど、どうしてだかあんた達には無い」

 それはきっと、この時代のどこに居たとしても、自分の時代では無いからだろう。

 家で一息なんて出来ない。だってこの時代にはその家がどこにも無いのだから。

(ま、最近はそれも薄れて来てるかもしれない)

 もし、これから何もかもが失敗して、もしくは何の変化も引き起こせなかったら……。

(多分、私はこの時代に家を見つけてしまう。そこで生きれば良いじゃんって思っちゃう。それが悪いわけじゃない。悪いわけじゃないんだけれど……)

 今は駄目だ。それを受け入れられない。まだ、燻りながら燃え盛ろうとしている、元の時代への郷愁が残っている。

 それが今回限りであるとしたら、全開に燃えやしてやろうと思う。それがマナ・ウィーンザントという女の性格だ。

「あなたはこの目に、何かを賭けてみようと思ってる」

「ああ、そうだね。何を仕出かすか。見てみたいね」

 上等だ。これから、それを見せつけるのだ。とくと見ていると良い。

「計画通り、私が場を荒らす。あなた達はその間に施設に侵入して。出来ればタクミと接触もして」

「ほっほーん。分かりやすい計画だってのはずっと思ってるが、出来んのか? その場を荒らすってのを」

 ジャーイングは疑わし気に尋ねて来るが、今はそれだって笑って返せる。

「この杖が元に戻った以上、出来るわよ。見ておきなさい」

 元の時代。もっと魔法という物に満ち溢れていた時代のその一端を見せる時がやってきた。

 マナは杖を強く握り、それを振った。

「チェーンジミラクル! キューティーブルー!」

「なんて?」

 何故か気が抜けた様なジャーイングの声を聞きながら、マナは掛け声と共に、杖から発せられた光に身体が包まれる。

 魔法に寄る光だ。極まった魔法とはそれがどの様な類な物であろうと、周囲に不可逆の変化を引き起こしてしまう。

 反作用とも表現出来るだろう。もっとも強く、その反作用は使い手に返って来る。それは下手をすれば死に至りかねない程の物であった。

 魔法が高度に発展していた時代。マナの時代はそんな問題に直面し、さらに問題への解放をも編み出した。魔法の使い手を、より強固にするのだ。それもまた魔法で行えれば手間も無い。

 それこそが、杖とその尖端にある赤い宝石と金色に彩られた装飾が合わさる事で出来る第一の魔法。

 光に包まれたマナの服は光の内で変化し、マナをより魔法を使うに適した格好にしていくのだ。

「……どんな顔したら良いんだい。あたし達は」

 自らを強固にする魔法を発動させたマナに対して、ザヌカもジャーイングも何を言うべきか困るみたいな表情を浮かべて来る。

「どんな顔って……素敵な恰好でしょう? 久しぶりよ。漸くこうなれた」

 青と白を基調としたふわっとしたら上着とやや短めのスカート。それを多くのフリルで飾り立てる見事過ぎるデザイン。

 些か成長してしまった自分には少しばかり小さめに思われるかもしれないが、まだまだ似合う。むしろ久方ぶりに着られた高揚感を思えば、今こそが最高潮と言えるだろう。

「……人の感性ってなぁ色々あるしな。オレは何も言わんぞ。うん」

「いやまあ、ねぇ」

 どうせ髭面の男と盗人くずれの女からの評価だ。彼らには分からぬだろう、このセンスは。マナが元居た時代では、むしろ誰彼構わずこの手の恰好をしていたものだ。

 誰しもが率先してキラキラしていたりふわふわしていたりを極めようとしていたあの輝かしい時代。

 今はそこに帰りたいと強く思う様になった。そういう思いを貰っただけでも、今の姿になった価値はあるだろう。

 無論、それだけでは無い。

「顔はともかく、やる事は変わんないわよ。さっき言った通り、そっちはこっそり施設に侵入してちょうだい。私は……派手に行くから!」

 そう叫び、マナはその場から跳躍した。

 一足、二足。それだけで十分だ。ある程度の離れた、建物の影からでも、今のマナなら容易く近づける。

 施設の前で警備をしていた数人の兵士が驚いた目でマナを見るが、既にその視線の先からも過ぎ去った後。

 高速の移動から着地する様に足を地面に擦り付け、減速しつつも警備の兵士一人に接触、拳をブチ当てて地面に転がす。

「しゃあ! 一撃! 次は誰!」

 叫び、他の警備や、施設を巡回してるであろう職員達にも伝える。マナ・ウィーンザントがここに居る。違う時代からの放浪者が喧嘩を売りにやってきたぞと。

 無論、そんな思いで止まる程度の兵士達では無いだろう。混乱はあるのだろうが、それよりも行動を始めている。警棒や剣で武装した者達がマナを囲む様に集まって来ているのだ。

(はっ、つまり狙い通りになってるってわけね。さあ、まだまだやるわよ、私!)

 こちらを囲もうとしている兵の顎を蹴り上げ、その隣の兵には魔法の杖を叩き付ける。まあかなり暴力的かもしれないが、暴力を実行するためにマナの身体に魔法を掛けている状態なので、相応にマジカルだろう。

 マナは笑っていた。かなり気分の良い笑いだ。そういう久方振りの笑いの中で、マナは自らの力を発揮し続けている。

 施設の中で囚われているであろう、自分にとっての同志にその思いをぶつけられれば良いのであるが……。




(なんだ? 鼻……いや、肌がむずむずする)

 アークハイトのコックピット。操縦席に座るタクミは、自分の鼻周辺に手を触れて、少しこする。

 痒さとは違う。何かちゃんとした位置にそれが無い様な、そんな感覚があった。

『ほう。既にそれを感じ始めていたか』

「それだって?」

 聞こえて来た声に目を顰める。

 タクミ一人しかいないコックピットに声を聞かせて来る相手などカトーしかいない。

 この施設に来てからずっと続くアークハイトに乗りながらの実験。いい加減、それにも慣れて来ているが、カトーの声が気に食わないという感想はずっと変わらないものだった。

『皮膚がゆれる様な感覚があるのだろう? 馴染んできた証拠だ。アークハイトやセルハードのセンサーは機械的、物理的な物だけで無く、もっと幻想的な。理屈を越えた精神性にすら踏み込む物でね。搭乗者の適正が高ければ高い程、それに影響を受けるのさ。もっと端的な表現をするのなら、君の勘だって鋭くなっていく』

「僕がそれと聞いたのは、何で僕が鼻を擦ったのがすぐに分かったんだって事だ。もしかして声だけじゃなく、中でどうしてるのかすら監視しているのか?」

 だからこそ気に入らない。今、この瞬間にもじろじろと見られる事が、気に入る者も多く無いだろうと思う。

『目で映像を見ているわけじゃあ無いさ。私も同じだ。セルハードのセンサーの影響を受け、勘が鋭くなっている。いや、五感に頼らない認知が出来ると表現するべきかな? この施設内部に起きてる事くらいは、結構な範囲で把握できるというわけだ』

「夜の闇の中、アークハイトを見つけられたのもそういう手か」

『ははは。セルハードがその程度も出来ない機械だとでも思って居たかな?』

 大したロボットだとは思うが、搭乗者さえ妙な存在に近づけて来るのはルール違反だろう。今、自分がアークハイトのコックピットに居る事すらも、タクミは気分の悪い事になっていく。

「前から、なんでわざわざアークハイトに僕を乗せるのか疑問に思っていた」

『理由が分かったかな? つまり君には、まさにアークハイトの搭乗者に成って貰うという事さ。それは単に機械を動かす以上の役割がある。適正が必要だ。稀有な適正がね。だが、今、それが揃った。これを偶然だと思うかい。カセ君』

「因果が……収束している……?」

『ビンゴ。その通り。アークハイトに乗って居れば、知識が感覚として備わって行っている事だろうさ。君はタイムマシンという物がどういう物が、どんどん理解を進めている』

 頭がぬるい。頭痛でも重いわけでも無い。粘性のあるぬるま湯に脳が漬けられている様な、そんな気色の悪い感触があった。

 そのぬるさが、どんどん染み込んで来るのだ。単なる車酔いの方がまだ吐ける分マシな感覚だろう。

 何かに、無理矢理気付かされている様な、そんな気分。

 それは気分だけで無く、タクミは実際に、アークハイトの事が分かり始めていた。

(今なら、もっとこいつを、もっと適切に動かせるだろう。それはカトーも同じか? なら僕は、カトーにも近づいてるって事になるな……腹が立ってくる話だぞそれは)

 いったい自分はどうなってしまうのだろうか。今、やっている事が行き着く先は何か。

(くそっ。いい加減自分で決めろよ。そうしなきゃ、誰かの思い通りにしかならないだろう。この先は!)

 自分自身に腹立たしくなってくる。

 続く実験の中で、タクミは本当に、アークハイトやタイムマシンについての事柄を理解し始めていた。

 それは物事が何らかの結果に収束する事でもあるだろうが、タクミ自身に、状況を理解させる事にも繋がっていた。

 だからこそ強く思う。タクミ自身がどうしたいのか。それが自分にとって重要なのだと。

(ここから、何も出来ない状況が続くっていうのなら、それは僕の甘えだ。何も出来ないだろう僕の甘え……だって言うのなら―――

 思考が止まる。いや、周囲に変化が起こった。

 何だろうと思う。何かが起こった気がしたが、周囲を見回しても何か起こった様子は無かった。

 ただ、肌が浮いた様な感覚が続いていた。

「なんだ……僕は何を感じて―――

『暫く休憩だ。カセ君』

 再開しようとした思考が、また急停止する。いや、させられた。

 まるでタイミングを見計らったかの様にカトーが話しかけて来て、周囲に待機していた兵士達がタクミにアークハイトから降りろと促して来た。

(確かに……この妙な感覚は落ち着かない。疲労だってするけど……)

 疲れて仕方ないというわけでは無かった。自分はまだまだやれる。そんな事を考えている自分が居て、溜息を吐いた。

(馬鹿々々しい。頑張って何だ? あいつらに積極的に手を貸す事になるだけだろうよ)

 思い直して、タクミはアークハイトから自ら降りた。

 何もする必要が無いというのなら上等だ。カトー達の狙いが少しでも遅くなるなら、タクミが思考を続ける時間が稼げるのだから。

 アークハイトから降りたタクミは、近くに置かれた椅子に座り、腰を下ろす。

 ある意味で、操縦席に座っているのと変わらない状況だなとタクミは自嘲するも、タクミが先ほどと変わらないのに対して、周囲の状況は変化した。

「何? 何でセルハードが」

 施設の天井。丁度、セルハードやアークハイトが通る事が出来るくらいの穴がある。というか先日、アークハイトが落下してきた穴であった。

 その穴目掛け、手にカトーを乗せたセルハードが飛んでいったのだ。

「気になるか、タクミ・カセ」

「っ!?」

 何時の間にか、隣に黒服の女、シリアン・ケイエスフが立っていた。カトーと並び、タクミにとっては苦手かつ嫌な印象しか持たない相手だ。

「カトー隊長は時々、我々にとって思いも寄らぬ事を突然始める。今回もそれだ。不思議な事に、その行動の殆どが結果として我々にとって都合の良い物となる。これはどういう事だろうな?」

「時系列を一方向から見るから、そんな風に見えるんだ」

「ふん?」

 興味深そうなシリアンの声。

 一方でタクミの方も自分から自然に出て来た言葉に驚いていた。

(ああくそっ。これだな。これが理解が進むっていう事だ)

 アークハイトに搭乗しながら続く実験の中で、タクミはタクミすら知らぬままで、カトーのタイムマシンの仕組みを理解し始めていた。

 そういう機能があるのだ。いや、システムの中に含まれていると表現するべきだろう。

「時間と時間を渡る事……それはその場でジャンプする事に近いんだ。ちゃんとその場で跳躍するためには、地面は平坦な方が良いだろう? だからカトーが作ったシステムには、それをする機能が含まれている。まるで偶然とか直感とかが働く様に、時間跳躍へと至る場が整えられていく……待てよ? だったら今、カトーがセルハードとどこかへ向かったのは……」

「なるほどな。今、情報が入って来た。施設内で暴徒が暴れているらしい。つまり、これは邪魔だからカトー隊長は阻止に向かったわけだな」

 途中、急ぎやって来た兵士の言葉を聞いていたシリアンが、タクミにも伝えて来る。

「暴徒だって?」

「ああそうだ。いったいどこの誰やら。気になるか?」

 ならないはずが無いだろう。このタイミングだぞ? 明らかにタイムマシンの事を知った上で、それをどうにかしようとしているに決まっている。

 そうして、タイムマシンの存在を知る者も限られている。

(もしかしたら……マナ達かもしれない。何だったら、僕を助けるためって理由で来てるかもしれない。なら、僕の方だって―――

「おっと。お前まで妙な真似はするべきじゃあない」

「っ……」

 何時の間にか、シリアンの指示に寄るものか、タクミは兵士達に囲まれていた。

 シリアンの方も警戒しているのだ。今のこの動きが、タクミを狙ったものかもしれないと。

(何がこいつらに手を貸すだけだ! 僕がアークハイトから降りなければ、何時だってあの天井の穴から状況を探りに行けただろう!)

 また、自分の怠慢がタクミ自身の行動を阻害してきた。これだ。これが今のタクミだ。こんな状況は早く脱しなければならない。

「……あんた達は、この実験がどこへ行き着くか。それをちゃんと理解しているのか?」

「最近になり、漸くここを知った貴様が良く言えるな、タクミ・カセ」

「ああ、今なら言える。このシステムはもっと……単にお前達にとって得になるものじゃあない。僕よりずっと前から関わって来たというのなら、それに気が付いても良い頃じゃあないか?」

 まだ、タクミはすべてが分かったわけでは無い。けれどこの言葉は単なるブラフでも無かった。

 この、カトーのタイムマシンにはまだ何かあると、タクミ自身が疑い始めていたのだ。

 それをシリアンに伝える事で、どうにか拘束されている状況から脱しようとするが……。

「はっ。浅知恵を働かせているというわけか」

「それは……」

「敵だと考える相手に勝てぬのなら、敵同士と仲違いさせるというのは、考えた様でいて考えが甘い。そう簡単に他人の心を揺さぶれぬから、相手に勝てないと考えて居るのだろうに」

「繋がってる様で繋がってない理屈じゃないか、それ」

「事、私に対しては意味が無いというのは変わらぬ話だ」

 それだけ、シリアンがカトーに心酔しているという事か。そんな風にも思ってシリアンの顔を見るタクミであるが、予想外の表情がそこにあった。

 凶悪に笑っていたのだ。

「そもそも、私はカトー隊長の事も信用していない。揺さぶる以前の問題だ」

 仲間意識とやらは皆無。そういえば前、カトーの方も言っていたか。相互利益の関係であって、そこに信頼関係なんて無いのだと。

「ああ……なら」

 タクミはぽつりと呟いた。

 ある意味、一つ、腑に落ちたのだ。揺れる心が定まったわけでは無い。だが、嵌まる穴ならあったと言うべきか。

 タクミは座っている椅子からゆっくり立ち上がった。

 周囲の兵士達が警戒しないぐらいにゆっくりと。

「なんだ? 何かに気が付いたのか?」

「ああ。十分に気が付いた。何がどうであって、僕が何をするべきかも分からないままだけど……あんた達とは付き合えないって事は気が付いた!」

 ゆっくりとした動きから、一気にトップスピードで。

 相手の虚を突く事なら慣れている。囲む兵士達が呆気に取られた顔の間を掻い潜り、背を低くし、しかし走る。

(出口は……遠いから向かうのはアークハイトだ!)

 まだアークハイトは近くにある。そこに向かって、ここから逃げ出そう。

 ここにはタイムマシンに関わる知識や技術があるかもしれないが、それでもカトー達とは付き合えない。それだけは決まった。

(このままじゃ碌な結果にならない。物事を動かしているのは碌な連中じゃない以上、それがどんな目的だって、良い結果になるわけ無い。それに気が付ければ上等だ!)

 タクミ自身が何をするべきか? それは彼らに反抗する事だ。具体的には再び追って来て、囲もうとしている兵士達を避け、一歩でもアークハイトに近づく事。

(それに、今、マナ達がこの施設に来ているというのなら、彼らが捕まる前に助けるべきだ!)

 タクミには、この世界に何も無い。違う時代からすべてを失ってここに来たのだからそれはそうだが……どうにも最近、仲間が出来た。

 彼らのために動く事は、悪く無い事だと思うのだ。

(それが……あなたから遠退く行為だったとしても、許してくれるよね、母さん)

 そんなタクミの考えを肯定するかの様にアークハイトまでの道筋が見えた。

 兵士達はまだタクミの行動に完全に反応出来ておらず、それぞれの身体の隙間にタクミが掻い潜る隙間があったのだ。

 やはりそこを狙い、アークハイトまであと数歩。

 そこで……道が閉じた。

(ここまでか……!)

 前方を兵士達に阻まれる。他に働く職員にすら囲まれて、大きく横から回ろうとしたところで、さらに包囲は厳重になる事だろう。

 タクミの行動は無駄な、むしろ以降の警戒を増してくる結果に繋がる。それが目に見えていた。

 だが、それでも、タクミは止まらなかった。

(足掻いてやるさ! お前らの好きにさせて、溜まるか!)

 心に決める。迷ってばかりいる心で、いったい何が決断出来るものか。今、それを学んだばかりだ。

 タクミは止まらず、目の前を塞ぐ兵士へと突っ込み―――

「うらぁ!」

 ぶつかる事無く、そこを通り過ぎた。

 そうして見た。タクミの目の前を塞いで居た兵士に跳び掛かる、ザヌカ・ミオノックの姿を。

「なんで!?」

「説明するより早く行きな!」

 ザヌカはそう言って、自ら体当たりした兵士を抑え込みつつ、別の兵士に捕らえられようとしていた。

 確かに、考えて居る暇は無さそうだ。

 アークハイトの方にも、点検をしているらしい施設の職員がいる。彼らに行動を邪魔されれば、やはりタクミの行動は無駄になってしまうからだ。

「うわあああ!」

 が、その点検をしている職員がアークハイトの上から蹴落とされていた。

 悲鳴を上げ、地面にぶつかるその職員が命を失っていない事を祈りながら、職員が居たであろうアークハイトの胸部付近を見た。

 そこには、見知った髭面がある。

「ジャーイング! お前まで何してる!」

「何してるじゃねえよ! 助けに来てやったってのに何だその言い草は!」

 それは分かっている。光景を見れば分りきってしまう。だからタクミは止まらずアークハイトの身体を登り、そのコックピットを目指す。

「だから……僕を助けるのは危険な事だろうに!」

 そうして、胸部まで辿り着いた瞬間に叫んでいた。なんでお前達がタクミなんかのために危険を冒しているのかと。

「かぁー! そんな事を言うか!」

「お前と俺とは仲間じゃねえかとか臭い台詞は似合わないし、そういう考え方するお前じゃないだろ」

「分かるか」

 付き合いが長いのだ。それくらいの事は分かって居る。仲間であれど、相手のために何もかも無茶をする相手では無い。

「お前の事、友人とかそういう位置に置いたって良いけど、だからって、お互い、自分の命より優先するなんて、こそばゆい関係じゃあ無いはずだ。だろ?」

 もう半ばコックピットの中に入りながら、なお、胸部に立ったままのジャーイングに尋ねる。

 聞かないわけには行かなかった。結局、タクミの行動はすべてタクミ個人のためのものであり、むしろこの世界に生きるジャーイング達を裏切るような、そんな行動のはずなのに。

「当たり前じゃねえか。死ぬつもりで来たわけじゃあねぇ。お前が、デカい事仕出かしそうだから、手伝いに来たんだよ」

「デカい事だって?」

「俺はてめぇが最近しようとしてる事はなああああんも分からねぇけどな。本気で何も分からねぇ」

「そりゃお前はそうだろうよ」

「けど、何かするつもりなんだろう? いっちょ噛みさせろってだけだ。何かその、デカい事にな」

「本当に……お前さぁ」

 分かっているのだろうか。いや、分からないのにここまで付き合ってくれているのか。

 そんな彼に対して、タクミはいったい何を返せるのか……いや。

「難しい事は、馬鹿らしい事なのかもしれないな」

「なんだぁ? そりゃそうだろ。小難しい理屈なんてなぁ頭が痛くなるだけだ」

 今まで、何かを決めなければいけないと悩んでいた。そうしなければ振り回されるだけだと。

 だが、目の前の髭面は言うのだ。そんなのは頭が痛くなるだけど。

(僕も馬鹿だ。大馬鹿だ。相手は時間やら因果やらを操って来る様な存在だぞ? いちいち考えて、何が通用するっていうんだ)

 何かを決めるというのなら、その時の感情で良い。それが嫌だと思うのなら抵抗して、それが正しいと感じたなら実行する。それが、ありのままのタクミの選択だ。

「ほら、さっさと降りろ。また振り回される事になるぞ」

「おおん? やっとやる気になったらしいな。多分まあ、俺は捕まるだろうけどよ。今、助けたんだ。今度はそっちが助けに来いよ」

「分かってる。貸し借りは最終的に無しだ」

 久方ぶりに気分良く笑い、ジャーイングがアークハイトから降りて行くのを見て、今度はタクミがアークハイトを動かす。

 ジャーイングやザヌカの命がすぐ奪われる事にはなるまい。なら、今、直近で危険の中にあるであろう仲間を助けに向かわなければ。

(ジャーイングやザヌカがここに来たって事は、多分、カトーはマナの元に向かったんだ。セルハードを連れて……なら!)

 今度こそ、決着を付けてやる。タクミはアークハイトを飛ばし、天井の穴から外へと出た。

「アークハイト。セルハードについてはどこまで知っている?」

『セルハード。当機と同型の機体です。それ以上の情報を当機は保有していません』

「だろうね。お前だって僕と同じだ。違う時代から、こっちの時代に迷い込んでしまった異邦人。なら、とりあえず一緒に頑張ってみよう。出来る事は、まだまだあるはずだ」

『了解しました。セルハードの元へ向かいます』

 なかなかに察しの良い反応をしてくれる。

 アークハイトとも良い関係とやら築けているのでは無かろうかこれは。

 だが、今はそんなアークハイトを酷使しなければならない。セルハードをすぐに見つけられたからだ。

「なんだ? なんであんなキョロキョロしてる?」

 施設の外周部。そこにセルハードは立ち、周囲を警戒する様に見回していた。多少、その場を動く事はあれど、何か明確な行動が出来ているわけでは無さそうだ。

 と―――

「見たか、アークハイト! 今、光っただろ?」

『熱源を探知。セルハードは何かと交戦中の様です』

 なるほど。じゃあさっさと助けに行ってやろう。タクミは操縦桿を強く握った。

 いったい何をどうしてか知らないが、ここでセルハードとわざわざ戦う人間なんてタクミは一人しか知らなかった。

 宙を飛ぶ機動から、一気にセルハードへ接近。

 何かに向けて拳を振り下ろそうとしていたセルハードの脇に、一気に体当たりをした。

『アークハイト! どうやら敵対の意思を固めたらしいな。カセ君』

「お前と話すのは後だ!」

 体当たりした状態から、セルハードの胴体を蹴りつつ、アークハイトを別の位置へ着地させる。

 丁度、セルハードが拳を振り被っていた場所の近く。足元には注意しよう。だってそこには彼女が居るから。

「マナ! 無事みたいで安心した! ところでその恰好何!?」

 足元に居る彼女、マナ・ウィーンザントに声を向ける。近くの人間に操縦席から声を伝える機能とやらを既に学習済みだ。

 無論、近くの人間の声だって拾う事が出来る。

『タクミ! あんた遅いわよ! 何やってたのよ! 危うくこっちはやられるところだった!』

「何やってたって、色々あったんだよ。迷ったり吹っ切れたり……っていうかそっちこそなんなんだよその恰好はさぁ!」

 青と白のフリフリとしたドレスに、飾り付きで随分可愛らしい外見になった彼女の杖。

 あれだ。どこぞのアニメのコスプレみたいなのを想像して、故郷を思い出してしまい懐かしさを感じる。

 なかなか釈然としない懐かしさであったが。

『これこそ私のバトルフォーム・キューティーブルーよ! あの金属の巨人相手だって、攻撃を避ける事くらいは可能なの! 逆転するために放った、一撃必殺魔人殺しはあんまり通用しなかったみたいだけど……』

 さっき見た光はその一撃必殺なんとやらだったのだろう。

 だが、それもセルハードには通用しなかったとなると、マナには荷が重い相手であるという事らしい。

(ま、そんな事は知っているさ。今だって、余裕を持ってこっちを睨んでる)

 セリハードと、その片手に乗ったカトー。今、その視線は友好とは程遠い圧力があった。

『君は今なお、私にとっては重要な存在だが……だからと言って、どこまでも配慮されると思われていたとしたら、そこは正す必要がある』

「なら、こう正しておくべきだ。僕は食えない奴だってさ!」

 仕掛けるのはタクミとアークハイト。悠長に待ちの姿勢を見せる程に余裕が無い立場故。

 そうしてカトーはセルハードを構えさせる。

「その機能はもう……!」

 因果の書き換えとやらで吐き気を催させる機能。今、幾らかその仕組みを学習した結果として思うのは、随分と性能を無駄遣いしているなという感想。

(こいつはもっと、とんでもない事を仕出かせる物だ。それをわざわざ僕に怪我させないまま捕えるための兵器として使ってる。そういう迂遠な事をしてるって事はつまり―――

 セルハードが使おうとしてくるその兵器の射線が……タクミには見えた。

 視覚には映らぬはずのそれであるが、それでもタクミは感じ取れたのだ。それはタクミの特性に寄るものか、それともアークハイトに乗り続け、学習した結果の経験則か。

 そのどちらであっても構わない。今重要なのはそこでは無い。

「見切ってる! もうその機能は通用しない!」

 いったいセルハードの攻撃がどの範囲までカバーするのか。それを知れるだけでも、タクミはより優位に動ける。

 この二体のタイムマシンについての知識が、それでもなおカトーが上回ろうと、それでも、追い縋れる。それくらいは出来る様になっているとタクミは思いたい。

(せめて、マナが逃げ切れるまで時間を稼ぐくらいは出来るさ!)

 セルハードの射線からアークハイトを横側に走らせ、時にその推進力で飛ばしながら、タクミも逃げ続けていた。

 今の時代に来てからこっち、こういう事ばかりが上手くなっている。その事に自嘲したくなるものの、今はそれだって役に立っているのだから馬鹿にも出来ない。

『なるほど? これではこちらも決め手が無いというわけか。ならば———

 次の手が来る。それは分かりきって居た。そうして今度は吐き気で無力化させるなど上等な手段を取って来ない事も。

『しっかりと身構えていると良い』

 セルハードの腕がこちらを向く。アークハイトの場合、その腕には腕部ブレードが仕込まれているが、セルハードの方はそれだけでは無いらしい。

 セルハードの腕には、光球が嵌まっていた。それが輝く。

「おいおいおいおい!」

 アークハイトをより一層速く移動させる。

 セルハードの腕部光球から光が射出されたのだ。

 その速度はまさに光速。見た瞬間には当たっているそういう類の光は、ぶつかった場所をその熱量で溶かしていた。

「ビームだって!?」

 アークハイトを全力で移動させているのも、動き続けなければその一本直線の光にすぐ薙ぎ払われてしまうからだ。

 さすがに施設を辺り構わず破壊するわけには行かないのか、光球からの光は短い頻度でしか射出されず、カトーが乗っている方の腕は動かせない以上、警戒すべきはセルハードの片腕の方向のみであるが、それでも地面を容易く抉るその威力は、安易に受けるわけには行かないと感じる。

『さっき、君の仲間がやってきたのと同じ種類のものだ。これで中々に特殊なものでね。単なるレーザーやビームとは違う。魔力だったかな? そういう類のエネルギーを光と熱という単純な力に変えて撃ち出す。面白いと思わないかね? 魔法と言っても、行き着く先はそういう単純な火力へと最終的に変換する思想は何時の時代も変わらない』

 カトーの講釈も追加されながらの荒場であるが、タクミの方はひたすらにその光を躱す事に専念していた。

(考えろよタクミ。マナが使った光と同種だって? 僕はそれをしっかり見ていないけど、要するに彼女の時代の技術って事だ。それをセルハードの方は持っている)

 カトーの話を思い出す。アークハイトはタクミが生きていた時代からさらに次の時代に作られたものであり、セルハードの基礎が作られたのはその後、マナの生きていた時代だと。

(要するに、アークハイトはその機能を搭載されていない。アークハイトから技術やその使用方法を学んでる僕だけど、あの兵器は未知ものってわけになる)

 恐らく、カトーはそれを選んで攻めて来ている。タクミがアークハイトについての知識を高めているのを警戒しての事だろう。

(つまり……このアークハイトの機能の中で、カトーが警戒すべき何かがあるって事だ。カトーに、セルハードの通用する何か。それは何だ?)

 今のタクミの知識の中にそれはあるはずだ。こうやってアークハイトに乗っている間にも、その機能はタクミの頭の中に蓄えられていく。

「……アークハイト! 因果操作装置作動!」

『了解。展開します』

 アークハイトとセルハード。二体共に存在している、タイムマシンとしてこの二体を作動させるのに不可欠のそれを起動させる。

『ほう。確かに、それを私に当てれば、私を行動不能にさせる事が出来るだろう。因果を歪ませ、不快感から対象の動きを阻害する。こちらが君に放ち、容易く避けられたそういう戦法だ。通用すると思うか?』

「するさ。僕がこれを利用するのはそこじゃあ無い。あんたもそれを警戒して、これ見よがしにこの機能を、たかが吐き気を催させるだけの装置として見せて来たんだ」

『……』

 そうだ。これはただ対象の気分を悪くさせるだけの装置では無い。むしろ、それは機能を無駄に使っている。あえてカトーはそうし続けたのだ。この装置の本質をタクミ察知されないために。

「あんたが見せたんだ。以前、これを使って!」

 安易な逃避を終らせる。タクミはセルハードに向けてアークハイトを突進させたのだ。

『その動きは迂闊だな!』

 セルハードの真正面。それはまさしく、カトーにとっては都合の良い的に見える事だろう。

 狙うはアークハイトの脚部。そこを潰せばアークハイトをほぼ無事のままタクミを捕えられる。そんな風にカトーは考えるはずだ。

 そうしてもう一つ。タクミを試す意味もあるのだろう。

「そういう余裕が、あんたを追い詰める!」

 タクミは叫び、来たる衝撃に耐える。

 セルハードより射出された光の熱量はすぐさまアークハイトを貫き、片足を斬り崩して来た。

 薙ぎ払う様にもう一方の足すら光の餌食となり、もはやアークハイトを地面に立たせるものは無くなった。

 すぐに胴体は地面にぶつかるだろうその数瞬に、タクミは笑っていた。

 アークハイトもまた、無事のまま立っていた。

『もはや……そこまでか!』

 因果操作装置。それを最大限に用いれば、この様な馬鹿げた事が出来る。それを先に示したのはカトーの方だ。

 切り落とされた足が、次の瞬間には無事のままそこにある。それが最大限にこの装置を用いた場合の機能だ。

 極論、アークハイトもセルハードも、この装置さえ無事であれば、どんな損壊とて一瞬で元通りに出来るのだ。

 反則を越えた、ルールを改変している領域のその装置こそ、タイムマシンの肝でもあった。

 そのタイムマシン二機が、今、接近し、掴み合う。アークハイトは足が切り裂かれようと構わず、セルハードへと走り寄ったのだから、必然、そうなる。

 止める方法など、セルハード側にもあるまい。

「この状態なら……もう細かい経験や知識は関係無くなるだろう?」

『考えた……というより、考える事を止めたか、カセ君!』

「知識勝負で、学者先生に勝てると思うほど、自惚れちゃいないさ! けど、単なる喧嘩なら勝てる自信はある!」

 組み合っていると言っても、セルハードは片方の腕にカトーを持ち続けている。両腕が自由であるアークハイトの方が余程有利だ。が―――

『そうか、なら、試してみると良い。私抜きでな!』

 カトーの姿が、セルハードの腕から消え去った。

 次の瞬間には、カトーの身体は既にアークハイトやセルハードから離れた地面に立っていた。

「自分まで、転移出来るのか!? この装置は!」

『たかが機体を修繕するだけの装置だと思っているのだとしたら、些か心外だ。君はその深淵に一歩踏み入れた形になるが、まだまだ先がある。この装置には!』

 片方の腕を自由にしたセルハードとアークハイトは互いの手を掴み合い、まるで推し合う様に力比べを始めた。

 タクミがそれを狙ったのもあるし、一方でセルハードの動きを見るに、カトーもそれを狙っていた様に見える。

(自体が膠着した。なら……それが狙いか!?)

 自分自身が狙った状況であれど、この状態が続くのは嫌な予感がしてくる。

『君が、アークハイトをそこまで扱える様になっているというのは僥倖だが、それを用いて、私に反抗出来るというのは不味い事態とも言える。つまりだ……潮時という奴だと私は考えている』

「いい加減、時代を股に掛けるのを止めたとでも言うつもりかっ!」

『いいや違うな。その時が来た……という事だ』

 セルハードが、アークハイトと組み合うどころか、拘束するかの様に組み付いてくる。二体のタイムマシンが今、揃っている状態だと言う事でもある。

『どういう……事でしょうか。カトー隊長』

 と、ここに来て第三者の声が聞こえて来た。カトーの方を見れば、彼の後ろに、息も絶え絶えな姿のシリアンの姿があった。

 アークハイトとセルハードが居た施設の中心からこっち、必死に走って来たのだろう。それとも、彼女が走っている先を、偶然、タクミ達が戦いの場に選んだのか。

 どちらかは分からない。単なる偶然すら味方に出来る装置に乗っている以上、必然や偶然という境目すら曖昧になってしまう。それこそがタイムマシンという存在だと言えた。

『シリアン君。そうか。君も聞くべきだろう。この施設の運営の主体は君なのだから。カセ君。君も聞け。いや、そろそろ気が付いている頃合いではないかな? タイムマシンの肝はそのアークハイトとセルハードの二機。この施設はその機能の補助でしかない。出来れば中心地で事を起こしたかったが、一応はまだ施設内だ。機能としては十分だろう』

「ここから、また時間を超えるつもりか! 加藤・義弘!」

『君もアークハイトに乗っている以上、そうなるのさ! シリアン君。この施設そのものの使用方法は既に伝えているだろう? セルハードの作成方法もだ。それだけあれば、ゲイル国への義理は果たした。私はそう考えるが』

『確かに……その通りかもしれません。ですが……本当にここで?』

 何か、カトーとシリアンで話が進んでいる様だが、タクミは放置されたままでは居られない。

 ここでまた時代が変わる事になるだと? まだ、何も覚悟は出来ていないというのに。

「待て! カトー! 僕はまだ!」

『聞くと良いカセ君。事は君の理解すら重要になってくる。そも、何故、私は何度も時代を超える事になったかだ。そうして、何故、まだ元の時代に戻れていないか』

 タクミの意思すら関係無く、カトーは話を聞かせて来る。それが彼に協力するという事なら、耳を塞いでだってそれを阻止したくなるが、何故かそれが出来ない。

『一度目の時間旅行の際、それは単純に機能が足りなかった。だから失敗した。そうして鉄の時代に辿り着いたわけだが、そこでタイムマシンに必要な機器は調達出来た。それを作成する知識と技術もだ。そうして二度目。だが、やはり失敗した。何故だ? 何が足りなかった? 私は魔法の時代に辿り着き、そうしてアークハイトを喪失した結果、せめてと二つ目のタイムマシン。セルハードの開発に取り掛かった。そこで分かったのだ』

 小難しい話。本来なら理解出来ない話が、タクミの頭に素直に入って来る。タイムマシンへの理解。それが、タクミにとっても最適化されている。そう感じる。

『観測者の問題だ。私という個人がタイムマシンに乗り、時を掛ける。だが、私の位置は。私の場所は。私の存在はいったい誰が保障してくれる? タイムマシンの発動により、他者の観測は当てにならない。観測するはずの他者を、それこそそのすべてを置き去りにするのがタイムマシンだ。世界は流転し、変わり、時代を超える。その中で、私という存在が不確かになってしまう。結果、狙った通りの時間を超えられない。それは果たしてランダムに近いものとなり、制御など不可能となる』

 車で空を飛ぼうとする人間が居るとする。馬鹿げた話に思えるかもしれないが、カトーはそれをしている。実際にそれは実現じたわけだが、車は空を飛んだが、飛ぶ方向が不確かだった。

 カトーはその原因を、車が動いているからだと考えたのだろう。車が動いている状態で、車に乗ったままその車を改造する。それを実現しようとし、問題にぶつかった。

 ならば次はどうするか。車を止めるか? だがそれはタイムマシンを止めるという事であり本末転倒であろう。

 そんな問題の解法を、タクミはカトーに説明されるより前に行きついた。

「誰かが……タイムマシンで時間旅行をしている人間を、ずっと監視していれば良い。お互いがお互いに状態を確認し合えば、それは確かな……その……何というべきか……」

『座標だ。良いぞ、カセ君。その通りだとも。タイムマシンは一つでは駄目だったのだ。二つのタイムマシンと、その操縦者がセットで、お互いを認識し合う。そうする事で、時代と時代の跳躍という現象に耐えうるのだ。その発想に至った時、私は次の時代へ向かう事を決めた。消えたアークハイトは互いを唯一観測し合えるセルハードと引き合うはずだと予想し、次へ向かったのだ。そう、魔法の時代から、今の時代へだ』

「あんたはこの時代を、瓦礫の時代と呼んだな」

 確認する様にタクミはそれを言葉にする。元の時代。鉄の時代。魔法の時代。瓦礫の時代。それぞれがカトーにとって象徴的な言葉で表現された時代名だが、今の時代はどうしてそう呼ぶのか。

 タクミのその言葉に反応したのは、カトーでは無く、彼のやや後ろにたっているシリアンであった。

『瓦礫……ですか? 今の時代が?』

「ま、言葉のあやだよシリアン君。私とて、いい加減、元の時代への郷愁の念から、そういう荒れた言葉を使いたくなるものだ」

『そう……でしょうか?』

 タクミはそんなカトーとシリアンの会話を聞き、見つめている。そうして考え続けていた。

 今の膠着状態。それが続けば、このままタイムジャンプが始まってしまうだろう。そうなればもはやタクミには事態をどうしようも出来なくなる。

「いいや、聞き捨てならないね」

 故に口を挟む。いや、出せるものが口先だけなのだ。出せるだけ出してやると心に決めた。

「カトー、あんたはその言葉の中に、明かしちゃいけない真実を隠してる」

『……今、その様な状況で、そういう事を言えるというのは、少々尊敬するところだよ、カセ君』

 どうせ皮肉の類だろう。ならどう思われたところで何も思わない。話に乗って来た事へ狙い通りと思うだけだ。

 それに……タクミにとっても重要な話ではあるのだ。

「僕だって、幾らか分かって来た事がある。その一番は……タイムジャンプなんてものが、本当は字面だけの物じゃないって事だ。あんたの言動。アークハイトから得た知識が、それを言っている。これは危険な代物だって」

 そうだ。ずっと迷っていた原因はそこにもある。このままではいけないと感じたのは、実際にその通りであったからなのだ。

「カトー。あんたが言うタイムジャンプは……時代を、時間を超えるっていうのはつまり―――

『いいや、カセ君。君が何を言おうとしているかは知らないが、狙いは分かっているよ。時間稼ぎだ。だが、それを最後まで聞く必要が私には無い。それは今すぐに起こるからだ!』

「ぐっ……!」

 カトーが話を断ち切って来た。つまり、今、タクミが抱えている懸念は当たっているのだ。それを言葉にされるのを恐れて、カトーは性急に事を進めようとしている。

 そう思われてしまったのはタクミの失態だった。もう少し、ほんの少し時間があれば、この状況を……。

『今すぐには起こさせないつってんのよ!』

 その言葉は一条の光と共にやってきた。

 もはや聞きなれた、気丈で、どこか強がっていて、弱弱しいところもあるが、やはり頼りになるそんな声。

 マナ・ウィーンザントの声が、彼女が放った魔法による光と共に届き、片方はタクミの耳に、もう片方はセルハードの頭部へと届いた。

『不味い! セルハード!』

 マナの攻撃にカトーが焦ったのは、セルハードにぶつかった光が、セルハードの頭部を半分程溶かしていたからだろう。

 その程度ならすぐさまに元通りに出来る機能をセルハードは持っているだろうが、今はタイムジャンプのための演算中。高度な演算装置の多くを頭部に置いているセルハードにとって、そこへのダメージはタイムジャンプそのもののダメージにも繋がるはずだ。

 カトーはセルハードにすぐさま頭部の再生を指示するだろうが、その間、時間は稼げる。

『何を言うつもりか知らないけど、とりあえず言っちゃいなさい! タクミ! それくらいしか、今は出来ないんでしょう?』

 こっちの意図なんて知りもしないで、こういう分かって居てくれる事を言うのだ。マナ・ウィーンザントという女は。

 だから……仲間であってくれて良かったと心底思う。そうしてタクミは口を開いた。

「聞け! タイムジャンプなんて言葉じゃ誤魔化されない。この装置は、タイムマシンは、世界は一つである前提で動いてるんだ。違う世界とか、別の軸とか……そういうのじゃない。世界は一つなんだ。それがどういう意味を持っているか!」

『待て、カセ君。君の結論は早急過ぎる!』

 かもしれない。勝手に勘違いしているかもしれない。これからタクミが言葉にする内容は、タクミ自身、後悔してしまうだろう。そんな予感がする。

 けれど、だからこそ、タイムジャンプが始まる前より先に、言わなければならないのだ。

「時間を、時代を超えるっていうのは、今の時代を全部壊すって事だ。そうだろう! カトー!」

『……』

 こちらの言葉を止めようともしないカトー。ただじっと、アークハイトを見つめて来るその男の表情を見れば、タクミが行き着いた結論が正しいと感じる。

『タクミ……それは……どういう事……?』

 ショックを……というよりタクミの言葉を飲み込む事が出来ないでいる様子のマナ。彼女にも悪いが、今は時間が無い。

 何より、タクミだって同じ気持ちだ。

「世界が一つなら……時代ごとの移り変わりは積み木みたいなもんさ。どこにどのブロックを置いて、どれに何を乗せるか。そういう積み重ねが時間の経過って事だろう? それを、また前の時代だったり後の時代だったり飛び越えるっていうのはつまり……積み木をすべて崩すって事だ。世界が一つなら、別の世界を置けないっていうのなら、そうするしかない」

 タイムジャンプの時に起こるのであろう白い光。タクミを今の時代に越させたあの光を思い出す。あの光は、一度世界を崩す光だ。

 すべての積み木を、その時代をそういう形にする材料を、一度すべてバラバラにするそういう光なのだ。

 その光に、タクミの時代も、タクミの母も飲み込まれた。その光景をタクミは見てしまっていた。

『ただの……君の空想だとは思わないのかな? カセ君』

「僕や、そこのマナだって、この理屈の証拠になる。そうだろう? タイムマシンに関わって居なかったはずの僕や彼女が、どうして今、この時代に居るのか。時代を越えたからじゃない。そんな機能は僕らの側には無いんだ。バラバラにされた積み木の破片の一部が、偶然残っていただけだ。そうして世界が違う時代の形を作った時、残された僕達が、まるで違う世界に来た様に錯覚する」

 ああそうだ。なんて事の無い理屈だ。最初から、自分自身で感じていた事じゃあないか。

 この世界は違う世界だと。異世界にやってきてしまったのだと。

 世界は一つだった。けれど、それでも、今の時代はタクミが生きていた時代とは違う世界に作り替えられてしまったのだ。

 鉄の巨人ばかりが存在する鉄の時代? 魔法文明が隆盛を極める魔法の時代? それが、タクミが生きた時代の延長線上にあるなどと、本来信じるべきでは無かったのだ。

 それぞれがまったく違う世界。そういう形に、それぞれが作り替えられた。

 それをする装置こそ、カトーのタイムマシン。アークハイトとセルハード。

「あんたは言ったな。今の時代は瓦礫の時代だと。何の瓦礫か。今なら分かった気がするよ。これまで、あんたが破壊してきた時代の破片が積み重なって作り上げられた時代だからこそ、ここは瓦礫の時代なんだ。タイムマシン? そんな上等なものじゃあない。これは……この装置は世界を破壊する爆弾。ワールドボムじゃないか!」

 だから……タクミの中でも結論が出た。出てしまった。

 戻るべき元の時代なんて、もう無いのだと。あれほど恋焦がれる様に求めていた故郷は、家族は……もうどこにも存在しないのだ。

 あの白い光の中で、タクミ一人が取り残された。それだけの話なのだ。

『それが事実であったとして、何か変わるのかカセ君』

「なんだと……?」

 タクミの言葉を聞いて、意外な事にカトーは冷静さを取り戻した様な返答をしてきた。

『世界を破壊し、再構築をする。君が言っているのはそういう事だが……それが時間を超える事と何が違う?』

「そんなのは……全然違うだろう! 壊れてしまったものは元には戻らない。それを同じ形にしたところで!」

『破壊される前と作り直した後。その二つまったく同じだと言うのなら、それは同じものだ。私はそう思っているよ。ただ、これは哲学の話だな。水掛け論でしかあるまい。だから、言える事があるのなら一つだけ』

 カトーは笑っていた。むしろ、今まで語れなかった事を語る事が出来る様になったと言いたげに。

『誰かが時間を超えて、本来そこに無い異物が現れるのだとしたら、それは元通りの世界などと言わんだろう? 端から、タイムジャンプはそういうものだ。元の世界はどこにもない。だからこそ、自ら作り出す他無い! それが私のタイムマシンだ。ワールドボムなどと呼びたいなら呼ぶと良い。だが、その方法で私は故郷へ帰るぞ! 私自身が作り出した、私だけの故郷に!』

 きっと、カトーもまた今のタクミと同じ葛藤を抱いたのだろう。そうして、タクミには想像付かない。行き着く事を忌避する結論へと行き着いたのだ。

『世界を作り出す。ワールドクリエイター。私にとってアークハイトとセルハードはそれだ。無論、それを操作する私と君もな』

 もはや、言葉でどうこう出来る相手では無い。今更ながらそう感じた。

 カトーは何かに行き着いたのだ。それは彼の天才性故か、それとも、幾つもの時代を破壊し、再構築する中で出してしまった結論か。

『勝手に話を進めているところ恐縮だけど、私ははいそうですかなんて納得しないし、あんたの狙い通りには絶対にさせないから』

 マナの声もまた聞こえて来た。それもまた、覚悟の声だ。彼女だって譲れないものがある。それもタクミは知っていた。

 彼女はカトーとぶつかるだろう。事実、彼女は自らの武器である杖をカトーに向けていた。

 だが、そんな彼女を見てもカトーは笑っている。

『実行できぬものを、絶対などと言うべきじゃあないな』

『どうかしらね!』

 マナはさっそくカトーへの攻撃を始めた。悠長にしている時間が無い。彼女もそれを肌で感じていたのだろう。

 マナは杖の先から光を放つや、その輝きをカトーへと向けた。

 光はまっすぐカトーへ向かい、カトーへとぶつかる……その直前に偏光し、明後日の方向にあった建物の壁を砕き溶かす結果となった。

『セルハードの修復は完了した。もう不意打ちも、私への攻撃も無意味だ』

 恐らく、それもセルハードの機能なのだろう。セルハードの手に乗っている時、カトーが平然としていたのも、何らかの力場によりカトーが守られていたからだ。

 今、それがカトーを守っているという事は、セルハードの機能が完全に戻った事を意味する。

「今から、タイムジャンプをするつもりなんだな! カトー! この世界を踏み台に、踏み台ごと壊して、次の時代へ!」

『ああ! その通りだとも、カセ君! 私と君が元々居た時代へと、次こそ帰―――

「なら、お前の負けだ」

 カトーの言葉が止まる。それは彼の敗北を意味していた。

 その様子をタクミは見て、カトーの敗北を告げた。

『馬鹿な……何故……?』

 そんな言葉を漏らし、カトーはその場で力を失った様に倒れた。

 彼が最後に見たのは、タクミではアークハイトでもセルハードですら無く、彼の背後にずっと立っていた、シリアン・ケイエスフの黒い姿。

 護身用らしい短剣を握り込み、それをカトーに向かって振るったそんな姿だった。

「本当に気が付かなかったのか、カトー。防御すらしなかったのなら……彼女を味方だと思って居たんだろうが……」

『馬鹿な話だ。時間を跳躍した結果、この世界が崩壊するだと? そんな事が認められるものか』

 シリアンは間違いなくこの世界の人間だ。そんな彼女の目の前で、彼女をすぐ傍まで近づけた状態で、このタイムマシンの仕掛けを悠長に話している時点で、こうなる事は決まっていただろうに。

『これで、お前の狙い通りという事だな? タクミ・カセ』

 シリアンがこちらを睨んでいる。彼女にとっても、高い金と労力を投じた結果、協力者を自らの手で殺すという事態に至り、怒りも相当にあるのだろう。

 だが、タクミだってすべて目論見通りになったわけでは無い。というか、シリアンが丁度良いタイミングで丁度良い場所に立ってくれていたからこそ、咄嗟に思い付いたこの作戦が成功したのだ。

 狙い通りどころか、幾つもの偶然と奇跡が重なった上での結果だと言える。

(待て? 偶然と奇跡が……幾つも重なって……?)

 自分で考えて、自分で冷や汗を掻いた。なんだこれは。ここに来て、そんな偶然が起こるものなのか?

『タクミ! 気を付けて! そいつ、まだ動いてる!』

 アークハイトを掴むセルハードが、こちらを、タクミを見ていた。その目に当たる部分が輝いている。次の瞬間には全身が光り出した。白い、あの日に見た白い光を放っている。

『馬鹿な! 何故まだ動く! 指示するものはここにもう……!』

 驚いた声を発しているシリアンであるが、それを言いたいのはタクミだって同じだ。

 カトーはもはや、力なく倒れている。

 だが……まだ息はあったらしい。

『ふ、ふふ。一度起動した……システムを……止められる……ものか。それは……それが動くべくして、動く。すべてはそこに……収束する』

 カトーの言葉は、タイムマシンが持つ因果を操作する力を言っているのか。もはやすべての事象がタイムジャンプを後押しする、そういうシステムを。

『だが……そうか……その中心点は……君だったか……カセ……タク……ミ……』

 勝手に納得して、勝手に息を引き取るな。これはどういう事だ。白い光は、セルハードだけじゃなく、アークハイトすらその光を発していた。

 双方の光は重なり合い、さらに輝きを増して行く。

「くそっ! アークハイト! 何してる! セルハードを押し返せ! こっちの機能を停止する手だって!」

 操縦桿を出鱈目に握り、動かし、目の前に映る画面を叩く様に操作するも、アークハイトの動きに変化は無かった。

 白い光が出た時から、タクミの操縦を一切受け付けなくなっているのだ。

「アークハイト! 答えろ! いったいこれを止めるにはどうすれば良い!」

『操縦者、タクミ・カセの指示を感知』

「答えた!? なら、今すぐこの機能を停止させろ、アークハイト!」

『指示の内容を拒否します』

「なんでだ!?」

『あなたがそれを真に望んではいないでしょう? 巧』

 機械的な口調ばかりで答えるはずのアークハイト声が、急に流暢なものに変わった。タクミの名前すら、かつて、そうであった時の語感を再現している様に思えた。

 そう……まるで母にそう呼ばれていた時の様に。

「アークハイト……?」

『巧。あなたはまだ、元の時代に戻りたいと思っている。それは否定できないはず』

「それは……そうだけど。そりゃ戻りたいと思っているけど! 違うじゃないか。この世界を壊して、ただ元通りに作り直して、それが戻るなんて事じゃあない!」

 そうだとも。何かを犠牲にした上で、意味が無いと感じる状況を作り出すなんて耐えられない。タクミはそこまで、傲慢にはなれなかった。

『けれど、それが、本当に元通りの世界だったら、あなたは選べる? 巧?』

「例え、戻るのが元の世界だったとして……今の時代を壊す事なんて……」

『出来ない? それは本当に、心から出た言葉?』

 そんなの……決まって……いや……。

(戻れるなら、戻りたいに決まっているだろう? それが……何かの犠牲があったとしても……そんな風に思っていた事も……)

 だからなのか? だからまだ、アークハイトは止まらず、タイムジャンプを始めようとしているのか?

 タクミがまだ、ずっと、元の時代に、母に再会したいと思っているから、アークハイトはそれに従っているというのか。

『あなたが元の時代の崩壊から取り残され、今の時代へとやってきてから、私はあなたを見ていました。あなたは操縦者の適正がある。そうして、私と出会うための繋がりが出来た』

 因果を操作し、偶然と奇跡が運命みたいに連なって、今の状況へと繋がる。そんな出鱈目な事が出来る力がタイムマシンには……いや、このアークハイトにはあるのだ。

「アークハイト……お前が、お前の意思が……僕をここへ呼び込んだのか? それは……どうして? お前を作ったのはカトーだろう」

『私は機械です。機械は操縦する者に従う。それが願い。加藤・義弘は、私をその様に作り、失敗し、次に私の代わりを作った』

「セルハード……それは代わりというより……」

『機能の補助。そうかもしれません。ですが……』

 アークハイトにとっては、自ら単体では不足があると指摘されたに等しい。そういう事なのかもしれない。

 だからアークハイトはカトーでは無く、真に自分を必要とする操縦者を求めたのか。アークハイトは機械の巨人。その意図を完全に理解する事は難しいだろうが……。

『私は私という存在を必要とするであろうあなたを選びました。あなたが望む限り、その望みを実現します。あなたは……元の時代に戻りたいのでしょう?』

 アークハイトの言葉と共に、白い光が増して行く。この光の根本は、タクミ自身の心の内にこそあった。

(ああ、そうだ。先延ばしにしていた答え。それをここで出さなきゃいけない。いや、答えなら出ているさ。ずっと前から、ずっとそうだった。だから僕は、アークハイトと出会った)

 元の時代に戻りたいという思い。それがアークハイトとタクミを結び付けたのだから。今なお、その繋がりは切れてはいないのだから。

 分かっている。分かり切ってはいるのだ。あの日、母と会えなくなったあの瞬間に、また戻れたらどんなに良いかと。

 白い光がすべてを包み込んでいく。タクミの視界を、ゲイル国の街を、この星を、宇宙のそのすべてすら包み込んで、世界を改変していく。

 だから答えを出すんだ。

「駄目だ。元の時代には戻れない。僕は認めない。心でどんな風に思っていたとしても、今の時代を破壊するなんて間違ってる。だって、この時代に生きる人間にだって、既に消えてしまった時代から来た人間にだって、消えて欲しく無い相手がいるんだから」

『それはあなたの―――

「そうだ。僕の心からの望みじゃあない。けど、願いってそういうものだろう? 心の中の本音じゃなく、僕の外面だってすべてひっくるめた願い。それが本当の願いってもんだ。違うかい。アークハイト?」

『了解しました。あなたのその願いを……叶えます』

 アークハイトのその言葉と共に、白い光が収まっていく。

 それはタクミの発した願いを、アークハイトが叶えようとしている事を意味していた。




「巧! ほら、忘れ物よ」

「え?」

 何時の間にか、目の前には女性がいた。

 良く知っている。忘れるわけがない。けれど、その顔が徐々に思い出せなくなって来ていた女性。母の顔。

「どうしたの。ぼーっとして。学校遅れちゃうわよ?」

 母はそう言いながら、巧に手に収まる程度の包みを渡してくる。

 今日の昼食となる弁当だ。当たり前に渡されるそれが、いったい何であるかを思い出すのに苦労した。

 毎日、学校に持って行っているものなのに。今日は忘れていたが。

「母さん……あのさ。僕……」

「うん? どうしたの? あなた……あら、どうして泣いて?」

 頬を何時の間にか涙がつたっていた。

 悲しい事があったわけじゃあない。望んでいる事が起こったはずなのに、巧はどうしてか無性に悲しかった。

「その……うん。なんでだろうね。すごく大変な事が、あった気がするんだ」

 巧はそれだけを母に告げて、心配する母を後目に、学校へと走って向かい始めた。

 沢山、母と話をしたいと望んでいたのに、どうしてか、今、母の顔を見つめる事が辛かったのだ。




 授業を受けている。今日も、何時もと変わらず授業を受けている。

 母から忘れ物を受け取り、小走りで教室へと駆け込み、ギリギリ遅刻を免れつつ、眠気に耐えながら巧は授業を受けている。

 変わらない光景。変わらない日常。ずっと続くと思える日々。それが何時、ちょっとした切欠で壊れてしまうとも知らないで。

(ああ……そうだ。実際に壊れた。僕は……ずっと違う時代を彷徨って居て、そうしてここに戻って来た)

 白昼夢から覚める感覚。だと言うのに、覚めた結果、頭の中に過ぎって来る記憶の方が余程現実離れしているのはどういう事だろうか。

 吐き気にも似た混乱と悲しみ。それらが一気に襲って来て、巧は前を見る事が出来なくなって、机に顔を向けた。

「おいおい。大丈夫か加瀬。すごい顔色してるぞ?」

 教師がこちらを心配する様に話し掛けて来て、教室中の生徒の目線が巧の方を向いた。

 誰も彼も、平穏を生きている顔。当たり前にこの世界があると信じきって居る顔。

 ほんの先ほどまで、世界はまったく違う形で、つい先ほど、元の形に戻ったなど知るはずも無い顔。

「あの……すみません。気分、すごい悪いみたいで。早退させて貰っても、良いですか?」

 仮病では無く、本当に気分が悪かった。教師の側だってそれを感じ取ったのだろう。保健室に寄ってから帰ったらどうだと助言して来たが、巧は何より、ここから離れたかった。

 かつての自分が、当たり前に過ごしていた時代。世界。それを見るのが何より辛くって、学校を出る頃には走り出していた。




 どうしてだろう。自分はこうなる事を願わなかった。

 心の底で元通りの世界を望んでいたとしても、それでも誰かを、何かを犠牲にする事は出来ないと答えを返したはずなのに。

 どこまで走っても、目に映るのは多様な種族が歩き回り、木造や石造の街並みが広がっているわけが無く、やはり現代的な、コンクリートとアスファルト、電線で染められた光景が存在するだけ。

 当たり前だ。自分は帰って来たのだ。いや、帰って来たとは違う。巧が見知った世界に作り直された。

 結局こうなってしまった。例え、言葉で巧が何を発しようと、心の底に嘘を吐けなかったのか。

 あの二度目の白い光に包まれた瞬間、アークハイトは巧の願いを聞いて、巧の時代を作り直してしまったのか。

 ジャーイングも、ザヌカも、いけ好かぬシリアンも、カトーも……自分と同じ元の時代に戻りたいという願いを抱えていたマナ・ウィーンザントすら消し去って、巧だけが、この世界を手にしてしまったというのか。

(僕は最低だ。僕は最悪だ!)

 時間が経つにつれ、現状がどうなっているのかを把握し始める。それは時間と共に巧の罪悪感が増して行く事を意味していた。

 何もかもが元通りだ。今の巧の身体だって見ろ。記憶以外は、身体の状態だって元の高校生の頃のまま。あの世界で何年過ごしたと思っている。必死に生き伸びて、必死に戦って、必死に逃げた結果、あちこちに残った傷はどこに行った。苦労が身体に皺を刻んだ事だってあったはずだ。

 それらがすべて帳消しになって、平穏無事な自分のための世界が出来上がりましたなんて、受け入れられるはずも無いだろう。

(僕は傲慢にはなれない……けど、そんな思いなんて比べられないくらいに、酷い事をしてしまった。じゃあ、これから僕はどう生きれば良い?)

 巧は立ち止まる。ふと周囲を見れば、どこかの公園に来ていたらしい。

 平日の昼間。人が見当たらない光景を見れば、無意識にそういう場所を選んで走り回っていたらしい。

「結局、僕はこっちの世界でも逃げ回るのが得意って事かな」

 漸く、苦しみ以外の感情が零れ出た。呆れと、諦観の感情。苦笑と共に力が抜け、公園のベンチに一人座り込む。

 まだ日は高い。夜に野盗に襲われる心配をする必要はまだ無いだろう。そんな考えが頭を過ぎり、やはり苦笑が出た。

 もう、そんな心配をする必要すら無い時代だ。世界はより一層変わってしまった。今が何時かなんて、日の高さで判断する必要すら無い。

 今、こうやって、ポケットの中の携帯端末を見れば、時間やその時のニュースだって―――

「え……?」

 携帯端末の画面を見て、巧は咄嗟に立ち上がった。

 警戒する様に、何かを期待する様に周囲を見渡すも、何かがあるわけが無かった。

 変わらない光景、変わらない日常。元通りの世界。

 だが、携帯端末の画面に映っているニュースは非日常だった。

 加藤・義弘。彼が行おうとしていた実験の顛末だ。

 彼はこの時代において始めてタイムマシンを作った。それは違う時代で出会ったアークハイトという巨大な人型機械とは似ても似つかない、構造だって劣るものだったろうが、今の時代が元通りに戻ったのだとしたら、同じニュースと同じ施設、同じ機械が存在するはずなのだ。

 だが、巧が今、生きている時代は白い光に包まれていない。違う展開を歩み始めている。

 なら、加藤・義弘が作ったはずのタイムマシンはどうなったのか?

 ニュースにはこうあった。

『実験は失敗か? 施設上空に巨大な穴』

『穴の向こうに違う世界が見えたとの目撃情報あり!』

『巨大なロボットが顔を出した? はたまた魔法少女の襲来か!?』

 見出しはどれも碌でも無い。大半の人間がゴシップの類だと鼻で笑う内容だったが、巧だけは笑えなかった。

「鉄の時代。魔法の時代……あとは……」

 携帯端末からニュースを検索し、別の見出しを見つける。

『穴の向こうには剣と魔法の世界があった!? 調査班が見た物とは!?』

 まさか。そんな既にその穴とやらの向こうがどういう物か分かるはずが無いだろう。

 巧がその世界がどんなものかを知るのに、どれだけ時間を費やしたと思っている。

 そうして、その世界は失われた……と、さっきまで巧は思っていた。

「タイムマシンは……世界を作り直す機械だった。なら、僕が、あの瞬間に望んでいた世界は……」

 元通りには出来ない。誰かを犠牲にするわけには行かない。そう言った巧にアークハイトが返したのは、元通りでは無い、また違う時代。

 いや、失われたはずの時代をすべて、ひっくるめた世界を作り直したのだとしたら……。

「そんなのって……ありなのか?」

 巧は落ち着くために、空を見上げた。

 そこにあったもの。映るもの。

 もしかしたらそれは幻影だったかもしれない。きっと、懐かしいものを見たくって、巧の頭が見せている幻の可能性が高い。

 けれど、そこにはやはり、何かがあったのだと思う。

 巨大な人型の機械が飛翔し、その隣で杖に腰掛ける、やはり飛んでいる少女の姿。

 機械の人型の手には青髪の女が怖がっている風に縋っており、その隣には、泡を吹いた、良く良く知っている髭面があった。




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