お好み焼き
お好み焼き
お世話になったレコード会社に女性の専属歌手がいました。後で知ったのですが、お好み焼き屋の大将がファンクラブの会長をしていました。私は不動産業を営んでおり、三つ揃えの背広を着て、その店にお好み焼きを食べに入りました。店は未だ混まない時間で、偶然その歌手とプロデューサーがリサイタルの後援のお礼を兼ねて食事に来ており、他に一人客がいました。私は二人をよく知った仲だったので話が合いました。それが気に入らなかったのでしょうか、客が歌手に歌を歌えと命令しました。歌手は断っていましたが、客がしつこく要求するので、本人の歌のレーザーディスクのカラオケをかけてもらって歌いました。すると客が「へたくそ」といいました。
女性でもプロとなると気が強くないとやって行かれません。
「私は断ったでしょ!金をもらって歌ったんなら我慢もするけど、何やそれは!謝って下さい!」と食ってかかりました。険悪なムードになりました。
私はお好み焼きを食べていました。
後で聞くと、チンピラやくざとの事でしたが、その客が私に向かって言いました。
「おい、お前、邪魔だから出てけ!」
それでも私はお好み焼きを食べていました。
しばらく、歌手とチンピラやくざが口論をしていましたが、又私に向かって言いました。
「おい!どこの銀行マンか知らんけど出てけ!」
私はお好み焼きを食べていました。
その間、歌手とプロデューサーは店を出て行きました。それを見てやくざは私に向かって言いました。
「おい、どこの支店長か知らんけど、お前も出てけ!」
私はお好み焼きを食べていました。
暫らく沈黙が続いた後、「どこの刑事か知らんけど・・・・・」といいながら、やくざが店を出て行きました。
その後、歌手とプロデューサーが店に戻り、お好み焼きとビールが誰かの驕りで追加されました。二人が私にお礼と賛辞を繰り返しました。
お好み焼きは食べ頃がある。焼き過ぎても冷めても美味しくない。だから食べていただけです。私には食べることを止める理由も見当たらなかったのです。でも、その時思いました。
「なあ~んや、何もしない事に大きな意味があるんや」