手紙
手紙
私は記憶力が弱い。どんどん忘れて行く。小さい頃は良い思い出がない。むしろ悪い思い出ばかりだったから、忘れる能力だけが発達したように思う。
小学4年の頃、父が半年ほどの闘病生活の末に死んだ。何時の事だったか正確に覚えていない。父の顔も覚えていない。まして、一緒に住んでいない姉の顔も、兄の顔も覚えていなかった。
「お姉ちゃんに手紙を書いてくれや」
私は学校で習っていたので少しは書ける。
「なんて書くの?」
「ありがとうございました」
「それから?」
「ゆきがふっています」
「それから」
「後は定が考えてくれや」
私は有難うの意味も知らないし、姉の顔も覚えていない。姉がいたのかも思い出せない。何を書いて良いのか全く思いつかなかった。
その後定期的に手紙を書いた。文字は沢山かけるようになったが、何を書いて良いか分からなかった。
「お母ちゃんが書けば良いのに」
何度目かの時に反抗した。
「お母ちゃんが子供の頃は字を覚えようとしたら、親にぶたれたんだよ。女は裁縫と料理だけ覚えて置いたら良いと言われていたんだよ」
「それは昔の話だ。今からでも覚えられる」
「無理を言わんでおくれ」
ずっと後になって分かった事だが、姉は毎月生活費を送ってくれていたのだ。なぜか母はその事を言わなかった。当然私は分かっていると思っていたのだろうか。父が死んで、母は足を痛めて仕事が出来ない。当然、生活に困っている。しかし、当時の私は何も思い付かなかった。その為、私は恥ずかしい手紙を書き続けた。
大学受験の時、大坂の姉夫婦の家に泊めて貰った。
「定は何も覚えていないねぇ。いつも銭湯に私が連れて行ったんだよ。18才も年が離れているから、いつもお母さんと思われていたんだよ」
その時も姉は仕送りの話はしなかった。私がそれを知ったのは、姉の夫婦喧嘩の時だった。私が大阪に就職をして仕送りが出来るようになってからだ。
「もう仕送りは辞めていいだろ」
「私の生きがいだから止められない」
この会話を直接聞くことになった<なあ~んや>でした。