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オジョウとクロ

オジョウとクロ


 私が町会長を辞め、家族に合流した時、中型犬が2匹家族になっていた。子犬を貰ったとの事だが、既に大きくなっていた。白い毛の受け口の犬はスピッツ系の混血で小さいのに、より大きな黒い犬より2ヶ月先に家族になった為威張っていた。黒い犬はクロと名付けられたが、白い犬は来た時から澄まし顔だった為オジョウと名付けられた。2匹は直ぐに私を主人と認めてくれた。

 私は澄ましているオジョウより、頭を撫でてくれとおねだりをするクロの方が好きだった。子供達はえこひいきしないでかわいがってくれと私に注意した。

オジョウとクロは1つの皿で食事をした。ドッグフードにミルクをかけたものが主食であった。なぜ1つの皿にするのかと訊くと、クロの方が大きいので沢山食べるのだが、皿を分けるとオジョウの方が少ないのでオジョウが機嫌悪くなるのだそうだ。

 そこで1つの皿にすると、先ずオジョウが食べたいだけ食べて、残りをクロが食べると丸く収まるのだそうだ。犬の世界のしきたりがあるのである。そして人間が食べている物を少しだけお裾分けすると2匹とも満足するのであった。

 私は子供達から犬の接し方について教育された。それは妻が子供達に教えたことであろう。散歩の時は首輪と紐をつけ、人の居ない空き地で紐をはずす。家に帰ると首輪をはずす。「お手」等の芸は教えない。同じ布団の上で寝さす。毛が付いた布団は外で叩かず掃除機を掛ける等であった。2匹の犬は殆ど鳴かなかった。

「お手」と言っても何の事か分からなかったが、家族の喜怒哀楽は良く理解した。家族の1員として大切に育てていたのだ。

 オジョウは後ろ足が悪かった。小さい頃階段から落ちて骨折したのだそうだ。1度目は病院で治して貰ったが、2度目は治せなかったそうだ。

今度はクロが怪我をした。人が居ない空き地は実は貨物線の敷地だった。線路の周りが広い草むらになっている所だった。殆ど列車が通ったのを見ていなかったので、野原のように思っていた。もしも子供が中で遊んでいたら注意するのに、犬なら良いだろうと甘い考えがあった。そこに貨物列車が近付いて来た。人間なら線路から離れているので、じっとしているだけで良かったのだが、クロはそれを知らなかった。カーブしている所だったので、草むらに向かって来ると思って、わざわざ線路の曲がる方に逃げた。そして列車の下に入ってしまったのだ。人間なら通り過ぎるのを体を低くして待つ事を選べるのだが、クロには恐怖以外理解することは出来なかっただろう。通過中に車輪の間を飛び出して来た。幸い、怪我は耳の先1センチ欠けただけで済んだが、怖い思いをさせてしまった。

この事件から、クロはこの場所に近付かなくなったので、1㎞ほど離れた遠くの公園まで散歩に行くようになった。


 破産後半年位で自宅が競売で落とされた。落札者は不動産業者だった。私は「同業者に迷惑を掛ける気は無い」と言って、家族は直ぐに手持ちの別の中古住宅に引っ越した。犬達は引越しを手伝う代わりに布団にマーキングした。それから半年程で又その家も競売で落とされた。手持ちの収益マンションに空きが有った。幸い借地物件だったので競売に参加する者がいなかったのだ。私はそこに引越しを決めたが、妻は同意しなかった。

長女が妻に付いて行き、弟が私に従って別居する事になった。妻に犬をどうするつもりだと訊くと「要らない。役所に電話したら持っていって貰える」と言った。私は「又、心の病が再発したな」と思った。妻の心の病を治す為に家族になったオジョウとクロは私と長男の方に来ることになった。


 引っ越したマンションは近くに公園が在った。初めての散歩の日、公園でロープをはずすと2匹共逃げてしまった。その日、私は帰って来た彼らに餌を与えなかった。次の日からおとなしく、私と長男に付いてきた。数日して2匹は2度と首輪をする事は無くなった。2匹は私達と一緒に散歩をした。2匹は公園で他の犬たちとよく出会った。その時ロープに繋がれている犬は下を向き、2匹は威張ってすれ違った。公園までに数十メートルの間、車道があった。私は息子に言い聞かせた。

「もしも事故に会ったら運転手さんに謝るんだよ。ロープを着けていないこちらが悪いんだから。犬は事故に遭う自由も在るんだよ」


 長女が立命館大学を卒業すると間も無く、学園で知り合った彼氏と結婚した。酒屋事件から妻と口を利いていなかった私は結婚式を辞退した。その後彼氏が遠方に転勤になり若夫婦は離れてしまった。妻は1人になって仕事にそれまで以上に専念した。

 オジョウはツンと澄まし、クロは頭を撫でろと寄って来る私達の生活は変わらなかった。しばらくしてクロが病気になった。長男が犬猫病院に連れて行くと癌になっているとの事だった。クロは歩いて公園に行けなくなった。ある朝、私が公園に抱いて行った日、クロは帰りたくないと言って、公園をじっと見ていた。クロはここで死にたいと言っていた。私にはそれは判っていたが、仕事があるので家につれて帰り、息子の部屋に置いた。仕事から帰ると、私の部屋に糞をたれ、息子の部屋で死んでいた。後から帰って来た息子は泣いた。

 クロを役所に引き取って貰った後、オジョウがクロの代わりをしようと私に頭を撫でろと同じ仕草をした。しかし、私はクロの代役を認めなかったので、又、いつものオジョウに戻った。私は息子とオジョウに妻と暮らすように指示をした。その後オジョウは2人に愛されながら余生を送ったと聞いている。

 「なあ~んや、お父さんのえこひいきは治らないな」と息子は思ったに違いない。私にはクロの真似をするオジョウの明日が想像できなかったのだ。


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