バブル前夜
バブル前夜
私はこの時バブル時代が来る事は全く予想していなかった。私はSさんの親戚が賃貸マンションを建てるので、その為の土地を探しているとSさんから親戚ご夫婦を紹介された。
私は方向音痴の自分に鞭を打ってご夫婦を車で案内し続けた。神戸の人に神戸の土地を案内するのだが、私は神戸の地理を知らないし、方向音痴だ。
私が如何に記憶力が弱いかは既に述べている。私は地図が覚えられない。従って自分が今どこを通っているか頭に地図が描けないのだ。それでもご夫婦は私を信頼して、車の後部座席に座っているのだ。Sさんの紹介の大切な客である。社員に任す訳には行かない。
2ヶ月余りの間に20~30物件を案内して、私はある土地に魅せられた。私は必死に薦めたがご夫婦は気に入らなかった。結局他の業者を通じて他の土地の購入を決めた。
私は妻を連れて日曜日に、その魅せられた土地を再度見に行って確信した。この土地は必ず倍の価格で売れる。私は仲介している業者を呼び出した。
「この土地を買います」
私は休日でもありレジャー着の上、名刺も持っていなかった。車のトランクにレーザーディスクが入っていた。
「私は<想い出模様>と<ランナー>の作詞作曲者だ。買うと言ったら買う」
レーザーディスクを名刺代わりに差し出した。
私はその時まで1億円以上の物件を買った経験が無かった。この物件は3億円を越えていた。大阪に帰り、時折助けてもらっていた資産家、M氏宅に金策に行った。レコードのカラオケ制作費の100万円も貸して頂いた間柄であった。
「取引銀行に調査させましょう」とM氏は言った。
銀行は2億円位の値を付けた。
M氏が共通の取引先のO社長に相談した。O社長は社員に査定させた。社員は同様の2億円位の査定をした。
後で分った事だが売主が最近手に入れた価格が2億円位だったのだ。私はM氏に3億円の倍で売れますと必死に訴えた。半信半疑ながら私の気迫に押されて、手付金の3千万円だけ出資する事になった。
取り敢えず契約を済ませて、銀行子会社を説得した。初めて取引する銀行子会社は親会社の銀行に査定させた。やはり2億円位の査定金額だった。
私は必死に説得した。どうにか融資を取り付け、物件を購入し、約束どおり3ヶ月以内に倍以上の値段で売った。このときの利益が映画製作費の原資になった。
この物件は山林を開発してバス道を作った時の残りの土地で、地目も現況も山林のままであった。しかしよく観察をすると、この土地の道路面より上の土を取り除くと普通の平地になるのだ。そして海までも見晴らせる立地である。しかも、その土は売れないまでも喜んで無料で引き取ってくれる土だった。
私には幹線道路に面した値打ちの有る土地に見えたのだが、売主も銀行もO社長の会社員も値打ちの無い山にしか見えなかったのだ。
私は皆から相場を調べたのかと問い詰められた。
「調べていないが前日に大和高田市の土地を見に行きました。その土地と比べると必ずこの土地は倍の値打ちがあると思います」と答えた。
大和高田市は奈良県で神戸市は兵庫県である。私の会社の在る大阪市からは正反対の方向で遠く離れている。皆が開いた口がふさがらないと言った状態だった。
私にはレーザーディスクの画面と比べる事が出来たのだ。この時の経験が<なあ~んや>をエスカレートさせて行くのであった。




