地上げ
地上げ
不動産業界で「地上げ」と言う言葉が広まった。「地上げ」は歴史とともに使い方が変わって行った。元々は田に土を入れて道路と同じ高さにすると共に、農地を宅地に変えることにより不動産価格を大幅に上げるという2重の意味に使われた。
時を経て建替え時期の来た借家が、借家人が居る為、建替える事も売る事も出来なくなり、価格が大幅に下がった。借家人を立ち退かす事により、価格を通常価格に戻す事も「地上げ」と呼ぶようになった。
その後高層ビルが建てられるようになると、都心の小さな土地を取りまとめて大きな一団の土地にすることにより、高層ビル用の土地として高い価格にすることも「地上げ」と呼ぶようになった。
一般的に良いイメージの無い立ち退きの絡んだ「地上げ」に我が社もかかわった。
「言葉は歌う様に、歌は語るように」と言われるが、私達は「歌を聴くように」仕事をした。
私達は建替え時期の来た古い文化住宅一棟を買い取った。上下4戸ずつ、8戸全てに借家人が住んでいた。私は購入依頼が来たときに「私が買わなくても誰かが買って地上げをする。私なら必ず借家人は喜んでくれる筈だ」と考えた。
とりあえず挨拶文と例の「想い出模様」のカセットテープを配り、立ち退いてもらいたい意思を社員に伝えてもらった。その後2~3度足を運ぶが誰も口を利いてくれないという報告だった。そこで私と妻が出向くと「皆が集まった場所なら話し合いをしても良い」と言うことになった。
そして指定の日に1階の1戸に集まった。
6畳の和室に2畳分のキッチンスペースが付いていた。ここに15人位が身動き取れない状態で座っていた。玄関から奥の部屋に入る3畳余りの板間に座布団が置かれ、隣接の和室との間のふすまが取り外されていた。私と妻が座布団に座り、6畳の間に向かって会社の意思を繰り返した。
「私達は皆さんのお引越しに十分なお金を用意しています。新しい家に引っ越せる良い機会と思って下さい」
全く誰も口を利かなかった。
お茶が足の踏み場も無い中を無言のまま、お盆の手渡しで配られて行った。
<ズズー>とお茶のすする音だけが聞こえる。
その夜はお茶だけ飲んで気まずくお開きとなった。
次の晩、集会所になった家に挨拶に行くと、ご主人が語った。
「皆、わしにしゃべって欲しかった様だが、言いたい事が有ったら自分で言えばいいんだ。わしは別に引っ越しても良いと思ってる」
その後1晩に1戸ずつ了解を取って回った。ここまでは他の業者でもする事かもしれない。
私達6人は町の集会所を借りて8戸の家族を集め送別会を開いた。全員で「想い出模様」をラジカセで聴いた。この後数年間年賀状等の交換が続いた。
私達ははじめから皆に喜んでもらえるだけのお金も渡すつもりだったが、なかなか意思は伝わり難い。
<なあ~んや、敵ではなかったんや>と思ってもらった筈である。




