レコード会社
レコード会社
毎晩午前様になった頃、「なぜこんな事をしているのだろう」と自問自答していた。運送屋の荷主を得る為という答えは納得できなかった。他人の会社の事であり、しかも当事者である社長は何もしていなかったのである。それに比べ私達は家庭まで犠牲にしていた。
私は何かで元を取らないと帳尻が合わないと思っていた。接待する相手に「不動産に関するご用命は無いか」と訊くようにもしていました。
「当社は4千坪の配送センター用地を探している」等の大きな話が簡単に返ってくるのです。しかし、結局それ以上何も起こらないのです。単なる社交辞令だったのです。
毎晩飲食の後、相手の好みに合わせて2次会に行ったのですが、そこでも社交辞令があった。世間知らずの私はそれに真剣に取り組んだのです。
当時カラオケが流行りだした。現在のようなカラオケ専門店等は無く、スナックやラウンジ、お好み焼き屋等でカラオケをかけて、客や店の人が歌うのだ。未だ8トラックと言われたカセットテープで、音だけの時代である。どこの店に行っても、歌の上手い客がいた。1年ほど後で聞いた話だが、どこの店もその上手い客を取り合っていたそうである。
上手い客がいると、その店の格が上がり、上品な客が増えるので売り上げも増えるのだそうだ。その為ナンバーワンの客は無料にしてもらえるそうである。その話を聞いた頃には私も何度か無料の経験をしていた。私の為にナンバーワンの座を奪われた客は2度とその店に来なかった。
<なあ~んや、無料で遊べる他の店に移っていたのか>
しかし、当時の私は初心者で、他人を誉める事しか出来なかった。行く先々のどの店にもセミ・プロのような客がいた。店側の人の中にも沢山いた。
「プロに近い素人の為にレコード会社を作るから発注する?」
私は誉め言葉の後に付け加えた。
「発注する」
例外なく答えが返って来た。
私は事務所を借り、立派な看板を付け、受付嬢を雇い、名刺を作りレコードの注文を取りに動いた。
「酒の席上の話じゃないの、真剣に考えないでよ」
ママに諫められた。
50人程いたレコード発注予約者から1人も社交辞令から出る者は現れなかった。
既に配送の注文取りは軌道に乗り、接待の必要は無くなったがレコード会社は残った。
私は素人の作詞、素人の作曲によるカラオケを先に作り、それから再度歌手を探そうと決めた。プロのレコード会社に相談をするとカラオケ迄で100万円近く要るとの事だった。
それだけの金をかけるに足る要素は探し回っても現れなかった。
私は真剣だ。やると決めた事はやる。他の酔っ払いと同じではない。
私は先ず自分で作詞する事にした。
その頃、妻は病気療養で別居していた。私はその頃の心境を生まれて初めての詞、<想い出模様>にした。口ずさみで曲まで作った。カラオケのレコーディングに必要な100万円は不動産業の取引先に頼んで借りて来た。接待、交際費の支出ばかりで、多少有った蓄えは完全に使い果たしていた。
「これ以上先延ばしにすると信用問題になる。不動産業者は信用が大事です」と訴えたのです。
模索中に提供された2曲のうち1曲をB面用にして、2曲のカラオケが完成したが、それでも歌手は現れなかった。
その頃入社した私より2歳ほど若い男性を新たな営業部長にして、本業の不動産会社は建売りをするようになった。一緒に飲み歩きをしながら、歌手探しをしていた部長が私に直訴した。
「社長、わしが歌うから、もう歌手探しは止めてくれ」
部長を歌手にして、レコードが完成すると、大阪有線放送の全支局に配送された。「ゆうせん」に私の作詞・作曲、営業部長の歌う<想い出模様>が流れた。
「なあ~んや、芸能界は遠くの世界ではないんや」と思った。
2曲のカラオケ制作に100万円、2曲のレコーディング、著作権登録等に100万円、カセットテープ100個、レコード1000枚、8トラ30個の製品化に100万円かかった。




