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【番外編1】本物のクララ

番外編を更新します。

3話で完結しますので、よろしくお願い致します。

因みに、本編ほどのオチはありませんのでご容赦ください。

爽やかな朝。

アリスが家を出ると、春の麗らかな陽射しに透ける灰色がかった銀色の髪と、金に近い琥珀色の目をした私服の美丈夫が、公爵家の馬車の前で待っていた。


「おはよう、アリス。今日は時間を作ってくれてありがとう」


春休みに入り、クララをやめたクレイバーンは、子爵家ではなく、公爵家で暮らす生活に戻ったらしい。

クレイバーンは冷徹にすら見える美貌とは裏腹に、柔らかく微笑んでアリスに手を差し出した。

アリスは、うっ、頬を染め、唇を引き結ぶ。


新たな婚約者としてクレイバーンという男性に会った時は、ほぼ、いや全くと言っていいほど、アリスの心は動かなかった。

しかし、クララがクレイバーンだったと知ったその時から、アリスの中でクレイバーンは一気に特別な存在になった。

そういう意味では、クララで告白するというクレイバーンの戦略は、見事成功したと言える。


「おはようございます、クレイバーン様。こちらこそ、お誘いいただいてありがとうございます」


アリスは、遠慮気味にクレイバーンの手を取った。




クララの正体がクレイバーンだったとアリスが知ってから3日目。

アリスは、初めてクレイバーンにエスコートされていた。

クレイバーンとしては、約2年の間クララとして接してきたアリスの顔、つまり、気安くて天真爛漫な顔とは異なる一面を見ることができ、どこかよそ行きの雰囲気のあるアリスを新鮮に感じていた。

但し、嬉しさ半分、寂しさ半分ではあったが。


公爵家の馬車に乗った後、クレイバーンは言った。


「まず、ドレスを見に行きたいと思ってるんだ。

来週、親族だけで集まるちょっとしたパーティがあるんだ。婚約のお披露目も兼ねているから、アリスにも参加してほしい」


「え、私もですか?」

驚くアリスに、クレイバーンは微笑んで頷く。

アリスは、ちょっと不安そうな顔をしつつも、「承知しました」と返答した。


「本物のクララも来るよ」


その台詞に、アリスはドキリとする。

クレイバーンは穏やかな、しかしどこか切ない顔をしている。


「本物のクララ様は、クレイバーン様のクララに似ていますか?」


多分、アリスの抱えている戸惑いは、クレイバーンに見透かされている。

アリスは、クララがクレイバーンに戻ってから、クララと過ごしていた頃ほどの親しみや安らぎは感じなくなった。

その代わりに生まれたのは、少しの緊張感と羞恥心。これを、そういう意味での好きといえるかどうかは、まだ分からなかった。


「どうだろう。見た目は似せたし、口調や仕草も真似はしたけど、そっくりではないかもね」


本来の性別に合わせた格好に戻ったクレイバーンは、すっぴんである。

基本的に、学園に行かない場合は女装をしないと本人が言っていた。

美しくはあるが男顔のクレイバーンは、化粧映えするタイプだとアリスは密かに思った。きっと女装の時のメイク担当の人は楽しかっただろうな、とも。


「一応、貴方に伝えておくべきことがある。

公爵家は一番上の兄が継ぐ予定なのは知っていると思うけれど、私は将来、ウェスティン子爵家の事業を引き継ぐことになっているんだ。

まだ公になっていないことだけれど、私が将来ウェスティン子爵家の養子になることは、既に国王陛下のご許可が出ている」


「え?クララ様は?」


「クララはね、外国に好きな人がいるんだよ。

表向きは家業が貿易だからという理由で留学してるけど、実はそれだけじゃないんだ。

彼女はウェスティン子爵家の一人っ子で、しかも優秀だったから、まぁ色々あったけどね」


心配そうな顔をしたアリスに配慮して、「そんな顔しなくても、今はウェスティン子爵夫妻もクララを応援してるから大丈夫」とクレイバーンは付け加えた。


「良かった。何だかすごい人なのですね」

「そうだね。クララの意志の強さと行動力はすごいよ。ついでに頭も切れるから、もしクララが男なら、出世間違いなしだと思う」

「あのクララを演じていたクレイバーン様がそう仰るということは、余程優秀な方なのですね」


ふふ、とアリスは笑った。

本物のクララは一体どんな人なのだろうと思いを馳せる。

好きな人がいて、その想いを遂げるためには外国にまで追いかけていく女性。

もしその恋が叶えば、その地に骨を埋めるのだろうか。

貴族かつ立派な商家の一人娘が、外国に単身で留学するなんて、反対されたり、それなりの覚悟をしたに違いない。


「クララ様はきっと、素敵な女性なのでしょうね」


うっとりと、どこか遠くを見るような顔で微笑むアリスに、クレイバーンは少しだけ怫然とする。

そして、心の狭い自分を諌めるように溜息をついた。


「なんだか複雑な気持ちだよ。

アリスが知ってるクララは私の筈なのに、本物のクララに興味を持つアリスを見るなんてね」


クレイバーンは自嘲した。対するアリスは、困ったようにはにかんだ。

クレイバーンは、クララとしてではあったが、それなりに時間をかけてアリスと信頼関係を築き上げてきた自負があった。

その上つい数日前には、一瞬だけアリスと両想いになれて、天にも登る気持ちだった。

しかしこちらも、ほぼクララとしてではあったが。


(まぁ性別も名前も偽ってきたわけだから、自業自得なんだけどさ)


残念ながら二人の会話が物凄く弾むわけでもなく、アリスは窓の外を見始めた。

それは決して気まずい沈黙ではなかったものの、クララだった頃を思えば寂しいもので、クレイバーンには少々物足りなく感じられた。




1年半ほど前に自覚し、すぐに封印した恋心。

それは時にクレイバーンを苦しめ、悩ませたけれど、アリスが幸せならそれでいいと思ってきた。

しかし、自分に千載一遇のチャンスが巡ってきたと思ってしまったら、もう止まれなかった。


どうしてもアリスがほしい。

その衝動と渇望は凄まじく、クレイバーンは、とてもではないがこれまで通りのクララを演じられる気がしなかった。

よって、その日の内にクララとしての生活の拠点をおいていた子爵家から本来の自宅である公爵家に使いを出し、翌日からは学園を休んだ。

そして、実の父親、つまりウェールズ公爵に面会し、公爵家の力でなんとかしてほしいと頭を下げた。


その結果、数日後には新しい婚約者であるクレイバーンとして、アリスの家に行ったのだった。

とはいえ、その場ではアリスにほぼ全くと言っていいほど興味を持ってもらえなくて、惨敗だったけれど。


(一瞬だけ、アリスと両想いになれたのにな)


ディランに襲われ、泣きながらクララを呼んでいたアリスを思い出すと、今でもディランに腹が立つ。

ただ、震えるアリスを抱きしめた時の柔らかくて小さい感じとか、両想いになる前後の覚束ない様子がこの上なく可愛らしかったから、一生忘れられそうにないが。


(ま、あの状況でクレイバーンじゃくてクララを呼ぶってことは、アリスの心はクララにあるってことなんだけどね)


いくらクララを羨ましく想い、嫉妬したとて、あくまでもそれは過去の自分でしかない。

自分で蒔いた種だ。

きちんと理解はしている。

だがしかし、口惜しい。とても。


(先は長そうだ)


クレイバーンはどこか遠い目をして、窓の外を見るアリスを見ていた。



*****



公爵家の大広間にて、アリスはクレイバーンに連れられて、その両親と対面していた。

本日は、公爵家の親族が集まるパーティーである。


「普段頼み事などしてこないお前が、急に思い詰めた顔で相談に来るから何事かと思ったよ」

「父上、その説はありがとうございました」

「はは、公爵という肩書が役に立って良かった。お前はなかなか婚約者を決めないし、体格が変わってきたのに女装をやめないから、ちょっと心配していたんだ」


クレイバーンは濃い灰色の髪を持つ父、ウェールズ公爵に揶揄われ、少しバツが悪そうにしていた。


「そうよ。よっぽど女性が嫌いなのか、何か他に理由でもあるのかと不思議だったけど、まさか好きな子がいたなんてねぇ。ちゃっかり捕まえてくるなんて、流石私の息子だわ」


どうやらクレイバーンの冷たく見えるほどの美貌と琥珀色の目は、母親からの遺伝のようだった。

年齢不詳の美女が、ウフフ、と笑顔を見せる。


「急におすすめのドレス屋さんを紹介してくれって言われた時は、息子が娘になる覚悟を決めたのよ。

でも、好きな人のためだったのね」


ニコニコと嬉しそうなクレイバーンの母に見つめられ、アリスは緊張しつつもはにかんだ。

初々しく、しかし、しゃんと背筋を伸ばしてクレイバーンの隣に立つアリスは、丸くて大きな空色の瞳と似た、少し濃い水色のドレスを着ていた。

このドレスは、クレイバーンと初めて二人ででかけた日に選んだものだ。クレイバーンがプレゼントしてくれた。


「長らくご心配をおかけしました。4月からはクレイバーンとして学園に通います」

「そうだな、それがいい。ウェスティン子爵にもご挨拶をしておくようにな」

「はい、承知しています」

「あら、それなら私が紹介するわ。アリスさん、ウェスティン子爵夫人は私の姉なのよ」


クレイバーンの父の台詞にクレイバーンが頷くと、クレイバーンの母がアリスにも分かるように話す。

それを理解したアリスは、「ありがとうございます」と控えめに微笑んで頷く。

クレイバーンの母が、優しく微笑んでアリスを気遣ったその時。


「クレイバーン」


大輪の花が咲くような笑顔でクレイバーンに声をかけ、こちらへ歩み寄ってくる長い黒髪の美女がいた。

身長はクレイバーンより少しだけ低くて、体のラインに女性らしい凹凸が確りある、グラマラスな女性だ。

瞳の色は、クレイバーンと同じ琥珀色をしていた。


「クララ、久しぶりだね」


クレイバーンは、アリスに向けるのと似たような笑顔をクララにも見せた。

それは、クレイバーンにとってクララは親しい者や気を許した相手である、ということを意味した。


「ええ、貴方も元気そうね」

「留学した首尾は?」

「上々よ。……と、言いたいところだけど、まだ少し遠いわね。でも、来月一緒に買い付けに行くのよ」


クララが一瞬見せた切なげな顔に、アリスはドキリとする。

その表情は、かつて見たクレイバーンのクララに似ていたから。


「それ、普通に仕事なのでは?」

「いいのよ。買い付けデートよ」


若干微妙な顔をしたクレイバーンに、ツンとした口調で言うクララに、クレイバーンはやれやれと笑う。

にこやかに、そして気安く話す二人は美男美女だ。


クレイバーンが演じていたクララ――つまり、偽クララは、どこかミステリアスな雰囲気を持つ、直線的でスラリとした美人だった。

しかし今目の前にいる本物のクララは、明るい雰囲気をもつ曲線的な美人で、髪型と目は似ているけれど、明らかに別人である。

例えるならば、偽クララと本物のクララは、月と太陽ほど異なる印象だ。


「クララ。万が一成就しなかったら、帰っておいで。

ウェスティン子爵家の事業を、私と一緒にやればいい」


クレイバーンがサラリと放った言葉に、黙って聞いていたアリスはひやっとした。

案の定、クララは目を見開いてカチンと固まっている。

無論、クレイバーンの優しさなのだろうとは思ったけれど、上手く行かない未来を口にすることでクララを傷つけやしないかと、アリスは内心ドキドキした。

クララは、ふう、と1つため息をついた。


「相変わらず、嫌なことを言うわね。

でも、現実的な言葉をありがとう。もしそうなったら、お言葉に甘えるかもしれないわ」


「うん、期待せずに待ってる」

「あ!言っておくけど、失恋したって貴方のスネなんて齧らないわよ。むしろ貴方の片腕になって、バリバリ働くんだから」

「そうだろうね。貴方は私より稼ぎそうだ」


穏やかに答えたクレイバーンに、クララは、そうでしょう?と頷いた。

そして、クレイバーンの隣にひっそりと、しかし凛と咲いている小さな花のようなアリスを見つけた。



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