第二話「もうやめて! マトのライフは0よ!」
マト「落ち込むことも物凄く一杯あるけれど、俺、この仕事が好きです(自己暗示)」
チョレジョ人……どう見てもお猿さんな彼らに手足を縛られたまま、俺は更なる山奥へと運ばれていった。
ルッピョロ先輩ともはぐれてしまったし、俺は人知れず彼らの食料となってしまうんだろうか。
そんな事を考えていると、運び手達の移動が止まった。
森林の外れにある大きな崖のあちこちに、いくつもの洞穴がある。そこから、何匹ものチョレジョ人が出入りしている様子が窺えた。
成程、ここがチョレジョ人の集落らしい。
驚いた事に、俺は今までチョレジョ人はただの猿だと思っていたが(無理もないけれど)、奴らはある程度の生活文化を持ち合わせているようだった。
まず、奴らは会話らしき行為をしている。残念ながら今はインカム式翻訳機をつけていないので、会話の内容は分からないけども。
次に、ここのチョレジョ人達は申し訳程度の布切れを身に纏っている。腰周りを覆っているのがオス、腰に加え胸部も覆っているのがメスなのだろう。……うわっ、昔こういう漫画を見た事あるけど、そのまんまだな……。
しかし、俺達を襲ってきたチョレジョ人は何も身に付けていなかったぞ? ……裸になるのが奴らの戦闘フォームだとか、そんなのだろうか。
ともあれ、俺は彼らを少し侮っていた。俺が思っていたよりも、彼らは知能を持っているのだろう。
これで会話も通じれば光明が見えてくるんだけど……。
俺を集落に運んだ運び手達は、そのまま俺を地面に転がした。
こっちは動けないんだから、もう少し優しく扱ってもらいたい。
転がされた俺の周りを、興味深そうに何匹ものチョレジョ人が囲んでいた。
やはり、外見やら何やら色々と違う俺が珍しいのだろう。
見世物の動物って、こんな気分なのだろうか。物凄く居心地が悪い。
ついでに言うと、命の安全も保障されていないので、非常に気味が悪い。
つまり、帰りたい。
「――おうちに帰してえぇ!」
情けなくも叫んでみたが、周囲がざわついただけで通じた様子もない。
先輩、俺、もう挫けそうっす……。
泣きそうになっていた俺だが、周りのチョレジョ人が少し退いていく事に気が付いた。その中心には、殊更派手な布(あの程度では服とは呼べん)を着たチョレジョ人がいる。
……そうか、きっとアイツがボス猿……こいつらのリーダーなのだろう。
ボス猿は「ギギイッ!」と辺りの猿達を黙らせ、何事か語り始めた。……生意気に、演説でもしているのだろう。
ある程度何か言っていたボス猿は、不意に俺を見た。
……あれ、もう俺の命はおしまいですか。
これからカニバリズムの始まりですか。
にく うま、ですかァーッ!?
――死にたくねえよおおおうぅぅ!!
「い、言っておくが俺はマズいぞ! 食ったら下痢するんだからな!」
俺の叫びは、虚しく集落にこだましたのみだった。
誰も、何も返しちゃくれない。
……分かってはいたけどね、理解者がいないって悲しいね。
――って、そうだ。俺は彼らと意思疎通を図らないと……!
「ほ、解いて!? お願いだから縄解いて! 逃げないから、手だけでいいから! インカムが服の中にあるんだよ、頼むよおおぅ!!」
体全体を使って、手の縄解けとアピールする。
必死の甲斐あって、ボス猿は俺の意図するところを汲んでくれたようで、部下に命じて手の縄だけは外してくれた。
俺は安心すると共に、こちらの要求を理解する程度の知能はやはりあるんだなぁ、と彼らの評価を定めていた。
自由になった手で、俺は服の中にあるインカムを取り出し、装着する。ちなみに、何匹ものチョレジョ人が爛々と目を光らせているので迂闊な事は出来そうになかったし、する気も起きなかった。
インカムをつけた俺は、改めて周囲のチョレジョ人の言葉に耳を済ませた。
「あいつ、変な物を顔にくっつけたぞ? ありゃ何だ」
「格好悪いよね。センス悪いよ、あの人」
「アタシ、あの男好みじゃないんだけど」
う る さ い わ!
……じゃなくて、やった!! 会話が、きちんと聞こえる!
嬉しさの余り、思わず笑みがこぼれてしまった。意思疎通って、本当に素晴らしい。とある神話では神様が人々の言語を別ち、それにより人は争うようになったって聞くけど……本当だなあ!
感激に浸っている俺に、ボス猿が声をかけた。
「気はすんだかね?」
インカムを通じてだと、意外と穏やかな声だった。
「あ、はい。お陰様で」
俺が答えてみせると、ボス猿は少し驚いた顔をした。
それはそうだろう、いきなり俺がお前達の言語を話しているのだから。
しかし相手もさるもの、わずかな逡巡だけで立ち直った。
「我々の言葉が分かるなら、話が早い。ならば、簡潔に用件を伝えよう。今、我々チョレジョ人と、チュケッパミュ人は抗争状態にある。お互い、多くの仲間が死んだ。もはや後には引けぬ。どちらかが滅ぶまで、この戦争は続くだろう。……しかし、悔しい事に、奴らチュケッパミュ人は我々よりも頭が良い。お前もチュケッパミュ人なら、分かるだろう」
「へ?」
俺、何かチュケッパミュ人呼ばわりされたんですが。
「とぼけるでない。その毛の少ない肌、我々よりも歩く事に適した大きな体格、どこを取ってもチュケッパミュ人であろうが」
……成程、つまりチュケッパミュ人は俺達と同じホモ・サピエンスに近い人種なのだろう。話がややこしくなるので、俺はボス猿の言葉を否定しなかった。
「……俺がチュケッパミュ人だとして、何だってんだ」
「我々がチュケッパミュ人に抗するためには、より賢き者が必要だ。目には目を、知恵には知恵を。お前を捕らえたのは、その知恵を頂くためだ」
……ははあ、そういう事だったのか。
こりゃ、図らずも今回の任務と目的が重なったというわけだ。何という好都合だろうか。
「分かった、断る」
だけども、口を突いたのはこの言葉。
ああ、俺って意外とへそ曲がりなのかもしれない。けれども、言わなきゃ気が済まなかった。
「人様を拉致しておいて、知恵を貸せだなんて都合がいいにも程がある。物を頼むには礼儀ってもんがあるだろう? それすら知らない野蛮な猿に、教えてやる知識はないね。殺したきゃ殺せよ、それで知識が得られるんならな!」
言ってしまった。感情の赴くまま、言ってしまった。
途端、周囲の温度が下がった気がした。見れば、チョレジョ人達が殺気立っている。……そりゃ、そうだよなあ。
「ついカッとなって言った、今は反省している」
そう言ったところで、許してもらえる雰囲気ではなかった。
ボス猿はしかし、俺をじっと見据えたまま、ぽつりと言った。
「……この集落の巫女の予言でな、『天より来たりし者』が我らに富をもたらす、というのがある。わしは、その『天より来たりし者』がお前だと踏んだのだが……。もしそうならば、我々は誠心誠意、お前を歓迎しよう。だが、違うというのなら……」
「はい、そうです俺が『天より来たりし者』です」
ボス猿の言葉を最後まで聞く勇気は無かった。
いや、やっぱりホラ、長い物には巻かれろって言うしね! さっきの失言が帳消しになるのなら、これくらい安い安い。
俺の言葉を聞き、ボス猿はにんまりと笑った。
「おお、やはりそうか。皆の者、今宵は宴ぞ!『天より来たりし者』が、我らに加勢なさるぞ! これで百人力、にっくきチュケッパミュ人どもに仇を討てるというものだ!」
おおう、と盛り上がるチョレジョ人達。
……本当に良かったんだろうか、これで。
ルッピョロ先輩、今頃何してるんだろうなあ……。
そう思っていると、彼方より幾人かのチョレジョ人が走ってきた。
「クーゴ様! 申し訳ありません、『天より来たりし者』の片割れを、チュケッパミュ人に奪われてしまいました!」
「何と! それはまことか!?」
その報告には、ボス猿だけでなく俺も慌てた。ルッピョロ先輩が、チュケッパミュ人に連れ去られたって事じゃないか!
報告によると、どうもあの後チュケッパミュ人の集団が現れ、彼らによってチョレジョ人達は敗走したらしい。
つまり、俺達は本当に別れ別れになってしまったんだ……。
先輩、無事でいて下さい……。きっと、助け出しに行きますから……!
その前に、俺が捕らわれているんだけども。
一方で、クーゴと呼ばれたボス猿も気持ちに整理をつけているようだった。
「……一人でも、『天より来たりし者』を引き入れられた。それで十分としようではないか。うむ」
うむ、じゃねえ。
いずれ、俺はこんなところ飛び出してやる。そして、ルッピョロ先輩を助けに行くんだ!
仲間達と笑い合うクーゴを見て、いやが上にも俺は決心を固めるのだった。
俺の決心は、早くもボロボロだった。
チョレジョ人達の住む洞窟の中で、宴に混ぜてもらっていたのだが、ここの酒の旨い事といったらなかった。
並べられた果物はどれも新鮮で、レーションと比べると天と地ほどの差もある。大自然の恵みだろうか、正直彼らの食文化には脱帽したと言ってよい。
「マトリョーシカ様、これもどうぞ」
「こちらの兎は、獲れたてでございます。熱いうちにどうぞ」
「いやー、悪いねえ!」
気付けば俺は、贈呈された食べ物を片っ端から平らげ、すっかり祭り上げられていたのだった。人(猿だけど)に貢がせるって、ここまで気持ちの良い事だったなんて知らなかった。
チョレジョ人達と打ち解けて上機嫌の俺に、クーゴがつついと近寄ってきた。
「マトリョーシカ殿、先の『天より来たりし者』の予言には続きがありましてな」
「うん?」
「『天より来たりし者』、我らに富をもたらし、巫女と結ばれ一族を繁栄させる……と。おめでとうございます、マトリョーシカ殿は果報者ですぞ」
なんだか くもゆきが あやしくなってきたぞ。
「一族の長であるわしの娘にして、一族で一番の器量良し。女性では最高位の職、巫女を見事に勤め上げながらも、奢らず謙虚で性格も文句の付け所のない――クソンと、結婚できるのですからなあ!」
――はい?
今、なんつった?
「インカムの故障かな……」
俺は現実から逃避しようとした。
そんな俺の背中を、クーゴがばしばしと叩く。
「親の欲目ではなく、クソンは誰もが羨む娘ですじゃ! 娘を嫁にやるのは寂しいもんですが、相手がマトリョーシカ殿……いえ、親愛を込めてマト殿と呼ばせていただきましょう! マト殿が相手なら、わしも不満はありませぬ。この場で義父と仰られても、結構ですぞ?」
「え いや ちょっと まって」
「おお、式も挙げずして早計でしたな、こりゃとんだ失礼を! クソン、クソンを呼べ!」
何か、知らぬ間に話が進んでいる。
これは、すごく、まずい展開なのでは?
ちなみに周りからは、「畜生ー、俺のクソンちゃんがー!」「マトリョーシカ様なら、仕方ないよな……」なんて声が聞こえる。
みんなのアイドルというのは本当らしいが……。
しばらくして、配下の者がやって来た。
「クソン様をお呼び致しました。クソン様も既にご用件を承知の様子で、挙式の準備にぬかりありません」
「おお、流石聡いなわが娘は! 早速、ここへ!」
俺はこの時、全力で逃げ去るべきだった。
けれど酔いが全身に回っていたし、何よりチョレジョ人一の美人と謳われるクソンという女性に、少しは興味があったわけで。……これは、男としての悲しい性みたいなもので、責められても仕方がない。
そして、数刻後。
俺は過去の自分を殴り殺したくなった。
「――やっぱり、猿じゃねえかあぁっ!」
チョレジョ人なりの婚礼用衣装なのだろう、純白の布に何本もの白羽をくっ付けてはいるが。それを着飾っているのは、やはりどう見ても猿。よく見れば毛並みが艶やかだとか肌に張りがあるとか、そんな事はどうでもいい。猿は猿! 俺の心が動くとかありえない。
「もうヤダーッ! おうちに帰りたいよおおうぅおうおうぉぅ」
地団駄踏む俺を、クーゴが取り成した。
「マト殿、落ち着いて下され。貴方様は今、酒が回っておられるからあの美を理解できぬのです。気持ちを静め、心の眼で見れば、マト殿もおのずとクソンの良さが分かるはず……」
「分かるわけねえよ!? 相手は猿だっていうのに!!」
暴れる俺の顔を、突如クーゴががっしり掴んだ。
「そうですか……マト殿は、わしの娘を拒むという事ですか? ……これは、相当な侮辱ですなぁ……。加えて、やはりあなたは『天より来たりし者』でなかったという事に……。したらば、あなたを」
「いやあよく見るとクソンさんって凄い美人ですね俺びっくりしちゃいました!」
クーゴの迫力に、俺はすらすらと屈服の言葉を吐き出していた。
……いや、あの眼はマジで殺る気だった。本当に怖かったんだってば。
「おお、分かっていただけましたか。そうでしょう、そうでしょうとも!」
先程の威厳が嘘のように、クーゴは快活に笑う。俺も、空笑いしか返せなかった。
一方、俺の言葉を真に受けたクソンは、赤い頬を更に赤らめ、「ふつつか者ですが、どうか末永くよろしくお願いします」と来たもんだ。
勢いに乗った俺達は、そのまま式を挙げてしまった。
だって、下手な事口走ろうものならクーゴが凄い勢いで睨んでくるんだもの……。誰だって、命は惜しい。
ルッピョロ先輩、ごめんなさい。
俺、何かもう色々と失ってしまいました。
――そう思っていた時期が、俺にもありました。
何て言うか、ここからが本当の地獄だなんて思いもしませんでした。
いわゆる、新婚初夜というやつで。
布団は一つ、枕は二つ。
そして目の前には、顔を赤らめたままもじもじしているクソンさん。
……もう死にたい★
冷や汗をリットル単位で流している俺に、クソンが言った。
「……あなた。来て……」
男なら、この台詞を言われて飛びかからぬ輩がいようか、いやいまい。(反語)
――相手が、猿じゃなければなああぁーっ!?
全身の汗に加え、涙とか嗚咽とか色々な物を垂れ流しながら、俺は下唇を強く噛んで俯いた。
耐えろ、耐えるんだ俺。
ここから先はマジで言い訳できない。
ルッピョロ先輩にはもちろんだけど、「獣と、やっ・ちゃっ・た経験」が間違いなく俺自身を殺す。羞恥とか悔恨とか羞恥とか羞恥とか。
動かない俺を見て、クソンは表情を曇らせる。
「……やっぱり、私ではご不満なのですね……?」
そんな殊勝な態度で、この俺が心開くはずがない。
「いやそんな事はない、君は魅力的な女性だと思う。けれど俺達はまだお互いの事をよく知らないしそれなのに体の関係を結べないよ」
心開くはずないのに……うわあ、凄い。
いつの間にか、彼女を傷つけまいと俺の口はべらべらと喋っていた。
これが男の本能なのかっ!? 本能には逆らえないのかー!?
俺のフォローに、クソンは感涙した。
「……まあ、なんて誠実なお方。貴方様のようなお方を夫に持ち、私は世界一の幸せ者です。……ご安心下さいませ、マト様。これから、私達の時間はたっぷりあるのです。愛もそれと同じ、ゆっくり紡いでいけば良いのです。……今夜の褥は、その橋かけに過ぎないのでございますよ」
「いやちょっと待ってくれ気持ちは嬉しいが第一俺は初めてで」
なぜか直接的に断れない。クソンのオーラがそうさせるのか、俺が単に優柔不断なだけなのか。
……あ、あれ。
俺、今、絶体絶命。
「まあ、初めてなのは私もですよ。……ですが、不調法ながら、多少は殿方の喜ばせ方も心得ております。マト様のお気に召しますか分かりませんが、誠心誠意ご奉仕させて頂きます」
うふふ、と妖艶に笑うクソン。
ねえ、ちょっと。これマジで洒落にならないんですけど。
い、陰謀だ! これは誰かの陰謀だあっ!
責任者出て来い!!
「……さあ、マト様。お体を楽になさって」
「アッ――!!」
クソンは笑顔で、俺のベルトに手をかけバックルを
「む?」
森林地帯を抜け、もうすぐチュケッパミュ人の街に着こうかという段になって、ルッピョロは足を止めた。
「どうしました、ルッピョロさん?」
声をかけたのは、ルッピョロを囲む三人のチュケッパミュ人のうちの一人。彼らは、チョレジョ人に襲われていたルッピョロを保護し、街まで護衛している最中だった。
「いや、今何か危険が回避されたような気がして……」
「気のせいですよ、ルッピョロさん。もしかしたら疲れが溜まっているのかもしれませんよ?」
男の言葉に、ルッピョロはかぶりを振った。
「そうかもしれないな……。街に着いたら、まず休みたい」
「ご安心を。貴女の様な美しい旅人なら、大歓迎です。我々自警団が、責任を持って宿までご案内致しましょう。もしお金にお困りのようでしたら、臨時の働き口を紹介しましょう」
「何から何まで、本当にすまない。ありがとう」
当然の事ですから、と男達は見栄を張る。
多少の下心が見え隠れするが、今更なのでルッピョロは特に指摘しない。しかし、あの元気な恋人兼後輩ならば……つい、そう思ってしまっていた。
(マトは今、どうしているだろうか。無事だといいのだが……)
チュケッパミュ人の街で一旦落ち着いたら、機会を見てマトを助けに行こうと決心するルッピョロであった。
R-18あるいは15?
いいえ、危険は回避されたので問題ありません(笑)
ききは さった。
やっぱり ロクなお話じゃ ないですね。
それにしても、連載小説の更新数って凄いですよねぇ。
一時間で10件20件と更新されていく。そんな怒涛の更新数の中、私の作品もざらーっと数に埋もれてしまうのでしょうが、それだからこそ覗いてくれる読者というのはありがたいものですね。
こんなのに かんそうとか おろかなさくしゃは よろこびます。