第一話「俺をいじめて楽しいんですか!?」
マト「もうね、俺が主人公だって聞かされた時から、嫌な予感はしてたんですよ。前作でも中年にケツを掘られたし、今回もロクな目に遭わないのが分かりきってました。……あぁー、ババ引いた……クソァッ!!」
休暇を終え、俺、マトリョーシカはルッピョロ先輩と共に久々の時空管理局へと出勤した。
時空管理局員はあらゆる次元の過去や未来を守る事を仕事としている。中でも俺達が所属している第三課は特殊な部類で、その時代の人々に気付かれないようこっそり未来を修正する事が主な任務なのだ。具体的には、体を張って勇者と共に魔王を倒したり、体を張って首脳陣を愛人関係にしたりと……。
うう、ロクな任務がない。思い出しただけで泣きたくなってきた。
「――どうした、マト。久しぶりの職場で、落ち着かないか?」
そんな俺を優しく気遣ってくれる、ルッピョロ先輩。
ルッピョロ先輩は、素敵な女性だ。男口調で気も荒いが、その分責任感が強く行動力に溢れている。それに何より美人で、実はグラマーだったりもする。本人は男らしくあろうと、その事を気にかけているみたいだけど……そんなところもひっくるめて、俺は先輩が大好きだ。
この間の任務で、晴れて俺達は恋人同士になれた。中年にケツを掘られるという致命的な精神的外傷も負ったけど、先輩と結ばれたのなら怪我の功名と笑っていられる。
……でもまぁ、恋人同士と言っても、まだ手を繋いだくらいでキスすらしていないんだけど。案外、先輩って奥手みたいだし。いずれ、深い仲になりたいなあ……。
「……マト? 聞いてるのか? ひょっとして、まだ体調が悪かったりするのか?」
――やばっ、考え事に没頭していた。
気が付けば、先輩が心配そうに俺の顔を覗きこんでいた。
「い、いえ! そんな事ありませんよ。先輩が一緒なら、どんな時でもやる気は出ますって!」
「……そうだな。期待している」
心なしか、先輩の頬が朱に染まった。
――くああっ、もう可愛すぎる! 反則ですよそれは!?
思わず俺が先輩を抱き締めようとすると、いつの間にかするりとかわされていた。
「行くぞ、まずはヤーヴェ課長にご挨拶だ」
「はい……」
抱擁がかわされ、つい、しゅんとしてしまう。
そんな俺に、先輩が苦笑しつつこっそり耳打ちした。
「馬鹿野郎。そういう事は、任務後にプライベートで……だ」
「――は、はいっ!!」
こういったフォローもしてくれるんだから、やっぱり俺は先輩が大好きだー!!
俺達の眼前にいるヤーヴェルッリィ課長は、いつものようにくたびれた様子で書類に目を通していた。
いつも思うんだけど、この人が三十代前半って絶対嘘だろう……。以前そんな事を先輩に話したら、「課長本人には言うなよ。あれでも気になさってるんだ」と言われたけども。
そんな課長は、俺達へにっこりと笑いかけた。中間管理職のような冴えない笑みだったけど、あれで俺達第三課のトップなんだからなあ……。
「やあ、ルッピョロ君、マトリョーシカ君。いつもご苦労様。特にマトリョーシカ君は休暇を取っていたけど、体の方はもう大丈夫なのかな?」
心の底から心配そうに、課長は俺の顔色を窺う。
……やっぱり、この人は苦労性の善人だよなあ。上司なら、もっと威厳を持って接してもいいのに。
俺は課長を安心させるべく、胸を張って答えた。
「もちろんですよ! 色々ありましたが、俺は今日も元気です!!」
それを聞いた課長はうんうんと頷き、話を続けた。
「それは良かった。これで、安心して今回の任務の説明に移れるものだね。……さて、今回の次元は第五正弦位相体のδ14、時代は太陽暦0xxx年。まぁ、ちょっと特殊な時代だね。……ルッピョロ君、覚えてる?」
俺は次元名や時代を言われてもすぐには分からなかったが、先輩は即答した。
「確か、チョレジョ人とチュケッパミュ人が争っている時代でしたか。結局はチュケッパミュ人が戦争に勝利し、チョレジョ人は駆逐され歴史から姿を消したと記憶しておりますが」
「その通り、流石ルッピョロ君。君の記憶力は凄いねえ」
「その言葉は以前にも聞きました。自分への評価はいいので、先をお願いします」
いや、俺も普通に凄いと思うんだけど。先輩ったら謙虚なんだから。
ヤーヴェ課長は話を戻した。
「ええと、その二種族の戦争に関してだ。二課の計算によると、そもそもその歴史は間違いらしいという重大な発表があった」
「……と、申しますと?」
「本来、戦争で勝つべきはチョレジョ人であるべきだそうだ。だけどそれが何らかの原因でチュケッパミュ人が戦争に勝利し、世界を牛耳ったせいでいつもあそこの次元は早い段階で終末を迎えるらしい。つまりだ、君達の任務は戦争でチョレジョ人を勝たせ、歴史を大きく変える事なんだ」
……何というか、今回の任務はいつものセコい物と違い、壮大だなあ。ここまで派手に歴史を変える機会は、初めてだ。
案の定、ルッピョロ先輩が課長に疑問を投げかけた。
「課長、それは歴史の大きな改竄ですが、時空管理法に抵触しないのですか?」
「その点は問題ないよ。審査委員会にも打診を取ってみたけども、そもそも現在認知されてる『チュケッパミュ人が勝つ』歴史の方が歪んだ未来だと、確たる判決も下りてるんだ。歴史の改竄ではなく矯正なので、時空管理法には抵触せず、私達第三課にお株が回ってきたというわけさ」
「チョレジョ人を戦争に勝利させる、との事ですが、彼らの文化レベルはどこまで向上が許されていますか?」
「本来、私達時空管理局員がその時代の人達と接触を図るのはまずいんだけど……今回は規模が規模だし、全くの無接触というわけにもいかないだろうね。あの時代の文化レベルはC3……発達した武器は精々、剣や弓矢くらいだから、それぐらいに抑えれば大丈夫でしょ。間違っても近代兵器とか渡したり、使用しちゃダメだからね? あくまでも戦争にチョレジョ人を『勝たせる』であって、君達が勝つわけじゃないんだから」
「了解です。……しかし、難しいですね」
「だから、君達にしか任せられないんだよ。……期待、してるからね?」
第三課での、俺達の評価は高い。
ここまで期待されて、意気を感じなきゃ男がすたるってもんだ!
「ドーンと、大船に乗ったつもりで任せてくださいよ、課長!」
「うんうん、頼もしいね。……あ、そうだ。一つ、大事な事を忘れていた」
課長が、少し困った顔をして告げる。
「次元転送システムが、どうも最近不調らしいんだ。今日の午後一時から本格的なメンテナンスに入るんだけど、そうなると当分……一週間くらい、使えなくなるらしい。時空って生モノだから、所定の時代に転移できるとしても一週間放っておく事で、何らかの悪影響が出る可能性だってある。……つまり、この任務に移るまで時間がないんだ。君達には本当に悪いんだけど、なるべく早く任務へと赴いてほしい」
俺は時計を見た。
午後一時まで、後10分くらいしかなかった。
「――って、言うのが遅いっすよ課長おおぉぉ!?」
「ごめん、すまん、ごめん、すまん。今回の件は、私にとっても本当に急でねぇ……」
ただひたすら頭を下げる課長。何だか哀愁を誘うその姿を見て、俺はこれ以上この人に怒れなくなったけれど。
それにしても、後10分は流石にきつい。いつもならその時代への予習をバッチリ済ませ、作戦もきっちり立てて臨むんだけど……。今回は、それすらも無理だよなあ。
「……こうなりゃ仕方ない。行くぞ、マト」
「……分かりました」
覚悟を決めた表情で、先輩が先導する。やっぱり、こういう決断をズバッとできる先輩を尊敬してしまう。
「――それでは、時空管理局第三課隊員ルッピョロ……行って参ります」
「同じくマトリョーシカ、行ってきます! お土産期待してて下さいね~」
俺達は、第三課を後にした。
――その後、彼らの姿を見た者は、誰もいなかった……。
……などという、不吉なモノローグが一瞬俺の脳裏を掠めたけど、慌てて首を振ってそれを打ち消したのだった。
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俺のモノローグは、的中したのかもしれない。
思えば、嫌な予感で一杯だった。
いつもと違い、色々と準備不足な今回の任務。加えて、火花を飛ばしていた次元転送システム。
俺達の転送時に、ついに暴走しあちこちから煙を出したこのポンコツは、俺達を目標の時代には転移させたものの、不時着という形で大変な被害を与えてくれたのだった。
普段は絶対に起こらない次元流に巻きこまれ、護身用、任務用の装備一式は全部おじゃん。本部との通信機器関連も、あろう事か帰還用の転移プラグまで全て故障してしまった。
今、俺達が持っているもので役に立つものと言えば非常用の携帯食と、インカム式翻訳機だ。これが次元流の影響を逃れたのは、不幸中の幸いだった。翻訳機が無ければ、この時代の人間とコミュニケーションすら取れない。
しかし八方塞がりに近い状態に変わりないので、俺達は頭を抱えていたのだが。
「……行こう、こうしていても仕方がない」
との先輩の決断で、とにかく俺達は誰かと接触を取るべく歩き出したのだった。
次元が違えば時間の流れも違っており、俺達がいた元の次元での一日が、こちらでの一週間に相当する可能性もある。なので、ぼんやり時空管理局の救助を待ち続けるというのは、あまり得策ではない。それよりはこの時代の人間と接触を図り、自分達の居場所を確保しつつ歴史に干渉するのがいいだろうと先輩と話し合った。
今、俺達が歩いているのは自然豊かな森林、それもかなり起伏が激しいのでどこかの山奥なのだろう。先輩からこの次元の説明を受けたが、惑星の環境自体は珍しくもない、炭素系生物を主としたものらしい。言われてみれば、俺達の次元でも見かける植物を発見できた。
「で、戦争状態にあるチョレジョ人とチュケッパミュ人についてだが――」
先輩の説明が、急に止まった。そして、辺りを見回す。
……あ、ヤだなこの展開。何となくこの先に何が待ち受けてるか、分かってしまった。
「……どうも、俺達の派手な不時着で奴らの注意を引いてしまったらしい。覚悟しろよ、マト。ガン首揃えて、大層なお出迎えときたぞ」
深い木々から覗く、幾対もの双眸。あれって絶対、好意的な目つきじゃないよなあ……。
「――せ、せんぱぁい。護身用の武器、確か全部壊れちゃいましたよね」
「仕方ないだろう。いざとなれば、徒手空拳で戦え。マーシャルアーツも習っただろうが」
「……とほほ」
ついに雄叫びを上げ、瞳の主達が森林の影から飛び出した!
そいつらの姿は――何て言うか、猿そのものだった。
「……って、猿ーっ!? ぎゃああぁ!!」
俺達は猿にもみくちゃにされる。
必死で抵抗するものの、多勢に無勢だ。これは……かなりマズい。
い、嫌だ!
猿に襲われて死ぬなんて、そんな情けない最期は嫌っ!?
「せ、せんぱーーい! た、助けてえぇ……」
先輩に助けを求めたけれど、あっちも大変そうで、俺を助ける余裕は無いように思われた。
「堪えろ、マト! それから、さっきの説明の続きだが!」
何だっていうんだ、こんな時に?
ふと、注意をそらしたのがまずかった。
俺の手足は何匹もの猿に押さえ込まれ、いつの間にか奴らが用意していた麻縄で器用に縛られてしまった。くっ、こいつら……猿のくせに縄の扱いに長けてやがる!?
そして、そのまま俺は奴らに運ばれ始めた。……自分で言ってて、ちょっと信じられない状況なんだけど。
「せんぱーーい!!」
「マトーッ!?」
遠目に見えた先輩は、未だ猿達と悪戦苦闘していた。先輩との距離がどんどん離れてしまう。た、大変だぁ……。
そんな俺に、先輩の最後の叫びが聞こえた。
『……いいか、マト! そいつらが、チョレジョ人だ……!』
――え。
……マジデスカ。
……嘘でしょ?
俺は、俺を抱えて運んでいる数匹の猿達を見た。
……こいつら、どっからどう見ても猿だよね? 凄く動物臭いし。
うち一匹と目が合った。キイッと威嚇された。
「…………」
「……キキッ」
えーと。
こういう時はどうすればいいんだっけ?
…………。
……………………。
「帰してー! おうちに帰してえぇー!? おうちというか今ちょっと次元遭難してるけど、それでも解放してくれえぇ!!」
蓑虫のように暴れたけど、当然のように解放してもらえなかった。
こうして俺は、訳の分からないままチョレジョ人なる猿共に拉致され、ルッピョロ先輩と離れ離れになってしまったのだった。
……これから、どうなるんだろう。
一番時間かかったのがタイトルです(何)
トンデモ短編「立て、ルッピョロ!お前がやらねば誰がやる!!」の続きなわけですが。前作の感想レスでしっかり「続編は書かない」と言っておきながら、その宣言を裏切る形になってしまった点は申し訳ないなー……と。
でも、こういうサプライズなら許されるといいなと思いつつ。
これからの展開ですが、酷い出来になりそうだぜ……クフゥ……!
それにしても、マト君って隠れ被虐体質なんでしょうか、びっくりするほど筆が進みました。ごめんよー、マト君ごめんよー。
まだまだボコるよー!(笑)
いやぁ、すっごく楽しいです。