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OSAKA EL.DORADO  作者: 佐野和哉
OSAKA EL.DORADO
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52.

「こりゃ!!」

 張りつめた空気をサメちゃんの一喝が切り裂いた。

「どうしてぬしめらは、そうすぐに血の気に走るのじゃ! ぼんの前で狼藉は許さぬぞ!」

 ぼん、とは、マトのことだ。マトもサメちゃんに懐いているようで、むっちりとした肉づきの良い太ももの裏にしがみつくように隠れていた。

「ぼん、怖くはないぞえ。儂がついておるでな」

「うん、ぼくこわくない。よ」

「ほっほ。ぼんは強い子じゃ」


「遅かれ早かれケリを着けなきゃならないんだ。何処かいい場所はないのか?」

「勿論あるとも。こっちへ来い」

「マノ!」

「ちょっと、どうするのよ!」

「大佐……!」

「アマタノフカシサザレヒメ様~!」

 そこへ、イソガイが飛び込んで来た。

「全くどちらにいらっしゃるのかと思えば……」

「なんじゃイソガイ。お主まで騒がしくするでない」

「おおイソガイ。ちょうどいい、みんなを頼む」

「これクリス、どういうつもりじゃ」

「ごめん。サンガネ、あぶくちゃん、ミロクちゃん、舎利寺……この子たちと、お姫様を頼む」

「マノ、お前さん……わかった」

「もう! 仕方ないわね」

「お主なんぞに頼まれんでも、ぼんの家族は儂が守るわい。それよりもなんじゃ、自分たちの意見の食い違いを解決するのに、殴り合いしか知らんのかえ!?」

「そうだ」

「その通りだ」

 この時ばかりはマノとクリス大佐の意見が一致して、サメちゃんをガックリさせた。

「はあーもう……勝手にせい。じゃが死ぬなよ! 主めらには、まだやってもらわにゃならぬことがあるのじゃからな」


 マノとクリス大佐は、UWTB総合管理棟の地下にあるジムに設置されたリング上で向かい合っていた。両者とも上半身だけ裸になって身構えているその映像はカマボコ板を通して執務室の大きなモニターに届いていて、みんなして固唾を吞んで見つめている。

「何万年ぶりかな」

「何万回戦っても同じことだ」

 黒地に黄色い差し色の入ったクリスのブーツが、じわりと半歩進み出る。

 マノの黒い革靴も、それに呼応して半歩。さらに左へ、左へと時計回りにマノが動く。

 クリスは彼の動きを目で追いながら、ゆっくりとしたステップで向きを合わせてゆく。

「阿ッ!!」

 さらに一歩、クリスの間合いまで踏み込んだマノがフワリと飛び上がり、両足を揃えたキックで先制攻撃を仕掛けた。が、これをかわされると素早く立ち上がり、今度は右に構えて追撃。順手でクリスの顔面を狙う。それをかわされたところで足首から膝のバネ、腰の回転を使って体重を乗せた左手でさらに追い打ちをかける。が、三度これをかわしたクリスが踏み込んで、マノの土手っ腹に左ひざを深々と突き刺した。苦悶するマノに向かって、クリスはその場に素早く仰向けに倒れ込むと下から目にも止まらぬ速さでマノの顔面にパンチを放つ。完全に虚を突かれたマノの鼻っ柱が砕け、鮮血が噴き出した。

「マノ、貴様そこまで鈍ったか!」

 うずくまったマノの頭をぐいと左手で掴み、右ひじを思いきり振り抜いて顔面を打つ。次いで左、もうひとつ右と立て続けに肘打ちを食らわせたクリスが、さらにそのまま左手でマノの頭を掴んで下げさせ、爪先で顔面を蹴り上げる。ひとつ、ふたつ、みっつ、マノの顔面をクリスが蹴るたび、黒いブーツに血の跡が付く。さらにマノの頬に、目元に、靴跡がくっきりと刻まれてゆく。それを振り切って顔を上げたマノに向かって、飛び上がったクリスの爪先が吸い込まれるように叩きつけられた。

 あっという間に顔面がボコボコの血まみれになったマノが、ふらつきながらも立ち尽くす。立っているのがやっと、というべきか。

「そんな……」

「どうしちゃったのよ、マノ……」

「呑まれているんだ。大佐に、いや、マノ自身の記憶のなかの大佐のイメージにナ」

 画面を見つめたまま舎利寺が呟く。

「マノは大佐を恐れていた。それを払拭できないまま戦っているんだ。初めから勝ち目はない……今のマノでは、クリス大佐には勝てっこない」


「ディーーヤッ!」

 勢いよく走り込んで来たクリスの靴底が、またもやマノの顔面を捉えた。左の顎から側頭部にかけて強打したマノが遂に吹っ飛び、仰臥したまま荒い息をついた。

「ああっ!」

 横たわるマノを尻目に、クリスはロープを支える支柱の最上段によじ登り、間髪入れずに飛び上がった。空中で一度、カエルが跳ぶように屈伸して勢いを増し、そのままマノの胴体を圧し潰す。反動で飛び跳ねながら体制を整え、横たわったマノの上半身を無理矢理起こして膝を押し当てて背中を支えながら、血まみれの顔面に前腕を押し付けて締め上げる。

「フェイスロックだ、万事休すか……!」

 思わずうめき声を上げる舎利寺。格闘技には疎いボクでもわかる、今のマノにこれを耐えきって逃れるような術はない。激痛に身をよじり、ばたつかせていた両足が、徐々に力を失ってゆく。そして……。

「立て! マノ!!」

 クリス大佐がゆっくりと技を解き、ぐったりとしたマノを引きずり起こした。腰のあたりをクラッチして脇腹から潜り込むように抱え上げ、そのまま後方に反り投げる。凄まじい音を立てて揺れ動くリングとロープ。マノの体は真っ逆さまになって、マットに叩きつけられた。

「ひい……!」

 あまりの光景にミンミは目を背け、小さく悲鳴を漏らした。

 ボクたちも言葉を失い、マノの敗北を悟った。



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