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OSAKA EL.DORADO  作者: 佐野和哉
あぶくちゃん物語
7/90

湾岸特急カシオペア

これらの幻想追跡旅情小説は、私がOSAKA EL.DORADOシリーズに辿り着くまでおよそ2年間にわたって書き続けた作品たちです。このカシオペアのように単発のものにはじまり、短いシリーズが生まれ、やがて粘膜サンシャインシリーズという一群となり、その中でマノ、サンガネ、といったキャラクターが登場しました。

ウノという男は私の別の作品に登場する男で、その弟ということでマノが生まれました。


元は美人でオールドスクールなヲタクな知人をモデルにした「あぶくちゃん」という女の子だけが居て、その幻覚を追い求める、

「記憶意外に失うものの無いどうかした男」

が延々と「あぶくちゃん」を探し続けるお話でしたが、その中であぶくちゃんとの出会いを描く話を書こうと思い立ち、さらにはあぶくちゃんと死別するか、生き別れるかでその先の展開も全く異なるものになっていました。そして死別したのちにマノが彼女の幻影を追いかけ彷徨い続けるのが

粘膜サンシャインシリーズ

あぶくちゃんと共に過ごし、オーサカで戦うシリーズがOSAKA EL.DORADOという風になりました。


せっかくなので、サンシャインシリーズに向かう途中の、書きながら作ったプロットであり、私キッドの脳内に広がる色んな心象風景や幻覚、妄想、記憶の海底を地引網でさらってみたような作品群も併せて公開することにいたしましたので、お楽しみいただければ幸いです。


今現在の私の中での立ち位置は、OSAKA EL.DORADOシリーズをお楽しみいただけた方にご覧頂くオマケ、または単に脈絡のない幻想旅情小説、という感じです。

OSAKA EL.DORADOシリーズ本編とは特に関係御座いませんので、お読み飛ばして頂いても結構です。


あ、こいつ、デヴィッド・リンチやテリー・ギリアム、アレハンドロ・ホドロフスキー、椎名誠、かなり好きだな?

とか思っていただける方には、お楽しみ頂けるかも…?

 カンタン手間いらず。いつでも気軽に吸引出来ます!


 と書かれた新聞広告。三面記事の右下に長方形でレイアウトされた水蒸気式のフラスコ煙草の吸引器。透明な丸いガラス管の中で、ごぼごぼいってるあぶくを見ているだけで随分と遠いところまで旅立ってしまえそうな気がして来るからニンゲンの神経なんていい加減なものだ。信じたいものは勝手に貪り都合の悪いことは突っぱねるか忘れてしまえる。どんなに深く醜い傷跡が残ったって目を逸らして生きてゆける。そうするしかない、それが唯一の道だった。そんな美談を敷き詰めた線路を颯爽と走る湾岸特急の1等車。

 車窓からは晴れ過ぎて青ざめた空と、ぎらつく陽射しに照らされて鈍く光る静かな海。波もなく、風もない景色は穏やかで、それだけが救いだった。


 死を恐れずに。何も怖くない。胃で溶けて血に混じって全身を駆け巡る幻覚と幸福の源。この幸せな記憶すら幻であるというならば目が覚めた後の長く素晴らしく憂鬱な一日すらも風の街のキャンドルで構わない。

 缶入りの炭酸カフェイン飲料に凝縮された甘くない現実と世知辛い未来すらもボロボロのスカスカにする労働と生活。誰かの理想通りに慎ましく暮らすことが、正しさや美しさの物差しに見合う人生だとしたら。まるで何処にも届かない虚しい光を放つ小さな懐中電灯にでもなった気分だ。スイッチを切る自由も無ければ、スイッチを切る勇気も無い。スイッチを切る資格も、腕も指先すらも無ければ諦めもつくのに、何もかも失敗したまま続くまことの地獄ぬるま湯エディション。

 

 オニもアクマも天使も女神も居ない。ただ無数の心無い人間だけが溢れかえるターミナルとステーション。複合商業施設から鳴り響くケタタマシイ宣伝音楽と売り文句。ひとり流れに逆らって歩いたところで人いきれにまかれて沈んでゆくだけ。それが人生の最下層、最底辺。這うように生き、上澄みを眺めながらおこぼれを頂戴する毎日。忙しくても忙しくても誰かの乗り捨てた幸福の後片付けをするだけの簡単なお仕事です。


 乗り損ね取り換え続けた切符の座席はどんどん安くなって、遂に値札すらつかなくなっても切り売りし続ける羽目になる。見送る特急列車の最後尾がカーブを曲がって見えなくなるまで。線路を走る騒音の残響まで消えて聞こえなくなるまで。そしてまた次の列車が来ても、僕はもう乗れもしないで見送るのだろう。

 

 ペルシャ猫の置物を見つけたら左目のエメラルドを外してから壁に向かって投げつけろ、そして思いっきり叩き割れ! 夢の中で確かに聞いた。気にしないつもりでも歯磨きと洗顔を済ませてしまえば一日やることがないから、自然と足はペルシャ猫を探しに向かった。祖父母が海外旅行のお土産に買ってきた陶器製の白いペルシャ猫は物置にしている旧家屋の二階の、雑然とした押し入れの最奥に詰め込まれて眠るように待っていた。よく見ると右目はサファイアで左目がエメラルドになっている。真っ暗な押し入れの中で広がる無限の宇宙にきらめくエメラルド。銀河の彼方を覗く時、何かが終わりを告げる時。ダイヤグラムの中を泳ぐ湾岸特急が終着駅を目前に加速する。


 あぶくちゃん、と君に話しかけた。だけどもう、答える人は何処にもいない。不思議な縁と叶わぬ想いと柔らかな手触りを知りながら、それを伝えたり漏らしたりすることすら躊躇うほどの美しさと儚さ。それが君の魅力であり、罪だった。今この想いを伝えちゃいけない。二人の未来を壊しちゃいけない。


 車窓からは置き去りにした罪と、燃えるような夕焼け。夕暮れの空を焦がしながら燃え尽きてゆく街並みと追憶。影になった雲と巻き上がる黒煙が入り混じって逆巻く嵐。疾風に乗って狂う風を振り切って、湾岸特急の線路は続く。線路も炎も空さえも越えて、エメラルドの輝く宇宙まで。このフラスコ煙草を吸い終わるまで。どこまでも走っていってくれ。

 車内通路ドア上部に設置された電光掲示板に流れる列車の名は


 カ シ オ ペ ア


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