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OSAKA EL.DORADO  作者: 佐野和哉
OSAKA EL.DORADO
68/90

45.

 何度も頭を下げてバックヤードに戻るイソガイさんを見送り、まだ憮然としているマノを連れて、ボクたちは水族館と遊園地を結ぶ広場とメインストリートに併設されたセントラルモールにやって来た。

 モールと言ってはいるが古式ゆかしきアーケード街を模した商店街で、ここにも古き良きぬくもりを表現した一心会のイメージ戦略が見て取れる。


 水族館の出口から円形の広場に繋がり、そこから伸びる東西南北の通路の両側にそれぞれテナントが並んでいる。UWTB土産から一心会の肝いりで製作されたオーサカ名物の焼き菓子やキーホルダーを売る店が目抜き通りにドンと構えているほか、小さな喫茶店、コーヒースタンド、雑貨屋、タコスやホットドッグのキッチンカー、たこ焼き屋さん、イカ焼きのオヤジ、タンメンとマントウの屋台、手作りパン工房、陶芸教室にお花屋さんにお惣菜屋さん、暖簾をかけたお寿司屋さんもある。

 綺麗でおしゃれな構えもあるものの全体的にふた時代ほど前を意識して古臭く作ってはいるが、それはプラスチックの中の未来として作られた過去の情緒を樹脂で模って、優しい時間と支配がいつまでも続くようにと、オーサカのミニスターに祈りを捧げ忠誠を誓っているように見える。ここはオーサカシティの海の見える伽藍堂。


 店先には必ずO.C.Pのお墨付きとも言える認可証と、このお店でお買い物をすると

・オーサカシティ健全文化振興財団へ売り上げの30%が寄付される

・その買い物の伝票をオーサカシティ行政本部健全文化振興課へ送付し手続きをすることでお買い上げ総額の15%を上乗せしたクーポンが送られ、そのクーポンに添付されたコードをあらかじめオーサカシティ健全文化振興局のウェブサイトからダウンロードし、手持ちの端末にインストールしたUWTB公式アプリケーションに読み込ませることで使用可能となる。

・アプリに登録された市民情報には買い物ごとにポイントが加算され、1ポイントからお買い物に利用可能。なお今後はUWTB内のみならずシティ各所で使用可能になる予定。加盟店は現在募集中。

 と、書いてある。

「屋号や売り物よりも、自分たちのことばかり書いているじゃないか」

「O.C.Pの考えそうなこった。こうやって手間暇かけて金を迂回させて、その間にパーソナルセンターが入って儲けてるってワケだナ」

「お前らが勝手に始めたアプリもクーポンも知るかってんだ、ここじゃアイツら通さないと買い物も出来ないのか」


 結局あぶくちゃんとミロクちゃんはそれなりに楽しんでいるようだったけれど、ボクたちは見れば見るほどオーサカシティの遣り口に鬱憤が溜まってしまい、あまり買い物をする気にもなれなかった。

 やがて通路も奥へ進むほど寂れて来て、水族館からも遊園地からも、中央の広場からも離れた北西の一角まで辿り着く頃には店も地味なものが増え、果ては通路に沿って幾つかの木立と申し訳程度にベンチが置かれた緑地コーナーがぽつんとあるだけになった。

「あら、行き止まり……?」

「ほんとね。なんにも無いじゃないの」

「さすがに結構、広いね。ちょっと座ろうか」

 ボクは大きなクスノキの下に置かれたベンチを見つけて、そこにあぶくちゃんとミロクちゃんを呼んで座ってもらった。店が途切れて冷房もなくなったが、木陰を吹き抜ける風が冷たくて意外に心地よい。

「飲み物でも買って来たら良かったかな?」

「そうだナ。マノ、ちょっと買いに行こうか」

「お得なクーポンが貰えるUWTB公式アプリのご登録はお済みでございますかあ~?」

 マノは返事をする代わりに、さっきあぶくちゃんが買い物をした店員さんの口調と声色を真似ておどけてみせた。


 やがてモールの方に引き返して行った二人の背中が遊歩道の緩やかなカーブを抜けてしまうと、ボクたちは手持ち無沙汰になってしまった。今朝までの経緯があるから、なんとなく男子チームに居るボクは気まずい。でも元々を言えばカフェ・ド・鬼の常連客で、どちらかと言えばあぶくちゃんのお客仲間とも近しい間柄だと思っていたし、なんだか板挟みに感じなくもない。

 その辺を汲み取ってくれているのかわからないけど、あぶくちゃんもミロクちゃんも蒸し返そうとはしなかった。そのぶんも含んだ沈黙の上に、遠くから響く嬌声や騒音の欠片をまぶした空気が静かに流れてゆく。


「いらっしゃいまひん」

「いっ!?」

 一瞬、背中に冷や水を浴びたような緊張が走った。だけど聞こえて来たのは、おっとりした低めのトーンで、如何にも大人しそうな女性の声だった。それも、ボクたちよりも緊張している感じの。

「あの、美味しいフルーツは如何ですひん……?」

「ふるーつ?」

「あっ、ここ果物屋さんだったの!?」

 あぶくちゃんとミロクちゃんが指をさした先には、擦り切れて色褪せた敷物の上に幾つかの果物や根菜らしきものが転がっていた。その向こうには3歳か4歳くらいの、良く日に焼けて目がクリクリしたおかっぱ頭の男の子がはにかんだ顔でちょこんと座っているのと、隣には首の座ったばかりと思われる、ふくふくした白い餅肌の赤ちゃんがゆりかごに入ってウニャーっと笑っている。

「かーわーいーい!」

「すごーい、髪の毛つやっつやだよ。それにほっぺがぷにぷに。赤ちゃんも居るのねえ」

「くせっ毛なのねえ、羊みたいにもじゃもじゃしてる……それにしても福々しい赤ちゃんね」

「上の子がマト、下の子はニャミって言いますひん。可愛い兄弟ですひん」

 ゆりかごに敷き詰められた布切れも敷物と同じく素朴なものだったが、赤ちゃんのほうは心地よさそうに鎮座していた。


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