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OSAKA EL.DORADO  作者: 佐野和哉
OSAKA EL.DORADO
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44.

 こうしてボクたち(舎利寺以外)は、みんなで人魚のお姫様を探して、この広いUWTBの中を歩き回ることになった。人探しとはいえ賑やかな水族館やモールを見て回るのは楽しいもので、租界の下町には中々ない品物も多かった。だけど、そこに漂っているのはやっぱり、空虚なハリボテに飾り付けられた安っぽく薄っぺらな、鼻をつく粗雑な樹脂の臭いでもあった。店の壁や床に貼られた一見すると木目だが樹脂製のシートにわざとらしく黒ずんだ色を塗ったレトロ風味の店構え、手に持つとぐにゃぐにゃする薄いプラスチックのドンブリに申し訳程度に盛りつけられた海鮮丼、ネオン管や太く丸っこいフォントで描かれた幾つも前の元号だったころの文字。

 一心会が示し、一心会が残し、一心会が押し付けるだけの懐かしさ。古き良き時代も、宇宙や深海からの客人も、みんなまとめて面倒を見ますよと言っておきながら、それらを全部自分らの手柄として横取りし、既成事実として積み上げ、殊更に喧伝してゆく。


 結局ここも、そのために大金をかけた舞台装置でしか無いのだ。


 ところで水族館の中央エントランスには、他とは明らかに様相を異にした巨大な水槽が鎮座していた。東西南北からの通路が集結する吹き抜けのド真ん中に二段の段差があり、その上に25mプールが丸ごと戴かれているような感じだった。四辺は丸められており、上下左右にそれぞれ透明なパイプが縦横に繋がり、その中を泳いで移動出来るような仕組みだ。

 水槽の脇に掲げられた、ひと際ハデで大きなプレートには


 数多深志細石姫アマタノフカシサザレヒメ

 サメちゃんって呼んでね!


 と紹介されている。これがこの水族館の人気者にして、世界で最後の人魚族の生き残り、サメちゃん……こと数多深志細石姫のために誂えられた水の玉座だったのだ。

 165センチ70キロ。

 デボン紀に発生した始祖魚類の末裔であり、シーラカンスに近い肉鰭類と呼ばれる種族から進化した人魚族の生き残りである。

 米国グレートテキサス州のグレートテキサス州立大学教授にして海洋古代生物学者ラティマー・スミス博士の研究により存在が示唆されており、日本でも海洋古代生物学者で沼津港深海水族館館長のコモロ氏が研究していた。


 象牙質を含む鱗は頑丈で重く、それを纏った全身の骨と筋肉は非常に発達しており、本人もこのムッチリボディを自慢し気に入っている様子。

 故郷は南方の深海であったがクラーケンに襲われ命からがら生き延び、遊園地と水族館を建設中の大阪湾に打ち上げられていたところを一心会とクリスに救われ水族館の仲間入りを果たした。


「と、言うことみたいだよ」

「にしても、仮にも人魚姫だろう。サメちゃんってこたァ無えだろうにナ」

「お土産物からポートレートは売店で買えるし、水槽の中に居る時は一緒にチェキも撮れる。ああ、それに好物のフードを注文してあげることも出来るってさ」

「……人気者、ねえ」

 浮かない顔で呟いたマノが、続けざまに吐き捨てた。

「元手の掛かった見世物を生かしておいて、エサ代と日銭を稼がせて、開かれた異文化交流だって? よく言うよ」

「そんな言い方をしなくても」

「サンガネ。僕だって宇宙人だ。僕にタコみたいな足や、触覚の先についた目玉、口から火でも噴いて、両手がハサミだったらどうする? 君だって僕を租界のショーケースに仕舞いこんで、その前に料金箱とエサの自動販売機でも置いたんじゃないのか」

「バカなこと言わないでくれよ!」

「セクシーな人魚姫と聞いて変な期待をした僕も悪かった。でも、こんなのあんまりだ!」


 マノが水槽に拳を叩き付け、満杯の水に低い音が響いた。


「マノ殿……お気遣い痛み入ります。しかしながら我ら海洋人間かいようにんげんも、数多深志細石姫様も……もはや大洋の奥深くで暮らす術が御座いません。どうか、どうかご承知おきください……ワタクシめがついて居ながら面目次第もなく、お恥ずかしい限りで御座います」

「イソガイさん」

「一心会の皆様方とヴィック・クリス大佐には一方ならぬご厚意を賜っております。どうか、どうか……」

 イソガイは頭髪のように揺れるイソギンチャクの触手を申し訳なさそうに垂らし、そのまま何度も頭を下げた。主の居ない巨大水槽が、二人の前で深く悲しい青色を湛えていた。

 向かい合って俯く二人に半歩、踏み出したあぶくちゃんが

「イソガイさん、本当にお姫様を敬愛してるのね」

 と声をかけた。

「あたしたちだって一緒よ。自分を売り物として飾って、お客さんに楽しんでもらう。ひと時の安らぎでも癒しでもなんでもいい、一緒に時間を過ごしてもらってるんだもの。見世物だと思うなら、それでもいいわ。あたしはあの日もそのためにチラシを配りに行ったし、そこでマノ、あなたにも出会えたんだから」

 ミロクちゃんが辺りを見渡し

「結局、水族館にお姫様は居ないのかしら」

 と呟く。

「そのようで御座いますな……」

 フウ、と深く息をついたイソガイには色濃い疲労がにじみ出ていた。二足歩行のニンゲンに近いと言っても水棲種族らしく、体表が乾いているのがわかる。折角お姫様に会いに来たんでもあるし、何かと塞ぎ込みがちなマノも気になる。そしてボクは自分でも少し驚くほど、率先して進言した。

「マノ。ボクたちでお姫様を探してあげよう」

「や、しかしサンガネ殿」

「そんなに気にかかるなら、自分で見つけて話を聞いてみるべきだよ。ここに書いてあることや、置かれているものは、みんな一心会の手によるものだ。それを見たまま鵜呑みにして苛立ちをぶつけるだけじゃなんにもならない」

「そうね、そこまで言うならまず確かめてみなきゃ」

 あぶくちゃんも同調して、こわばったマノの背中をぽんと叩いた。

「イソガイさんよ、ここはオレたちに任せて少し休みナ。お姫様は必ず見つけてくるから」

「かたじけのう御座います、海坊主殿……」

「だからっ……!」


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