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OSAKA EL.DORADO  作者: 佐野和哉
OSAKA EL.DORADO
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41.

 クリスは、僕の格闘技の先生だった。

 僕と兄さんがヴェンデルの養成学校に入って格闘技を習い始めたとき……クリスは既に一線級の宇宙戦士だった。彼は半端じゃなく強かった。兄さんも僕も腕には覚えがあった。だから宇宙一の格闘技の養成学校に入って、戦いで成り上がろうと思っていた。だけど、そんな僕たちを完膚なきまで叩き潰し、ボコボコにして、そのうえでイチから鍛え上げてくれた。それが、クリスだった。訓練中のクリスは何処の誰よりも怖かった。だけど、誰よりも優しい男だった。

 僕や兄さん以外にも、あそこには行き場のない宇宙のはぐれ者、孤児みなしご、はみ出しモンが山ほど居た。その山ほど居るロクでなしどものなかでも、僕と兄さんは特に目をかけてもらった……自慢や思い上がりじゃなく、そう言い切れる。何故か?

 半端じゃなくしごかれ抜いて、死ぬ寸前まで血反吐を吐き、涙も胃液ですらも枯れ果てるほど鍛えて鍛えて鍛え尽くされたからだ。他の連中の何倍も鍛錬をした。僕たちは文字通り死ぬ物狂い……いや最早、死ぬつもりでそれを耐え抜いた。僕はあの時の僕たちを徹底的に鍛えてくれたから、クリスが優しいとか強いというんじゃない。

 クリスは、自分が僕たちに課した試練を、自分も僕たちと一緒に耐え抜いたんだ。歴戦の猛者であった彼自身ですらも時に目を回し、泡を噴き出し、ぶっ倒れることすらあった。それでも僕たちは生き残った。


 鍛錬に耐え切れず逃げ出す奴も大勢いた。ケガをしたり体を壊したりして途中で動けなくなったり、死んでしまう奴すら居た。僕たちが死ぬつもりで耐え抜いたのは、他の連中には死ぬレベルだったってことだ。

 僕たち二人を相手にして自分もそれに耐え抜いて見せた。そうすることで、僕たちを励まし、発破をかけ、逃げ道を奪った。クリスは恐ろしい男だったよ。恐ろしいほど優しい男だった。尋常じゃない鍛錬を課される以外は、理不尽な暴力、暴言はおろか僕たちを粗末に扱うことすらなかった。

 彼は、ただただ、鍛錬が好きで仕方が無かったんだ。鍛えて強くなることそのものが彼の生き甲斐であり、彼はそういう知的生命体だった。クリスは生粋のヴェンデル人だったんだよ。ヴェンデル人にもイヤな奴は居た。僕たちを宇宙の流れ者、はみ出し者、もっと酷い呼び方をする奴等すら……でもクリスは、そういう奴等と一緒になって僕たちを蔑むことは決してしなかった。それどころか、僕たちに汚い言葉を浴びせた奴等には情け容赦なく制裁を加えていった。クリスは兎に角、僕たちを鍛え上げることで自分もさらに強くなろうとしていた。


 僕の身に着けた技や、力や、強さは……殆どあの頃クリスから叩き込まれたものだ。勿論、僕だって宇宙を彷徨い戦い続けて、さらに強くなったと思う。だけど、それとは完全に別物なんだ。

 クリスは強い。強すぎるよ……。


「でも、マノは巨大化だって出来るじゃない」

 珍しく意気消沈するマノを励まそうとそう言ったボクに一瞥もせずマノは切り捨てた。

「デカいだけで勝てるなら、あんなに苦労しなかったさ」

 つまり巨大化したマノでも勝てなかったってことか。

「前にも話したけど、僕たちが離れたのち、いつごろかわからないがヴェンデルも消滅した。だから……クリスが生きていたことすら僕には予想外だったし、正直に言えば彼が生きていたこと自体は、嬉しいんだ。だけどそのクリスと戦わなきゃならないなんて」

「そうだ。だからこそ、彼女と喧嘩している場合では無いのだ。マノ、オーサカの文化は……未来は、君にかかっているんだ。頼む」

「故郷なきノスタルジア、か」

「マノさん頑張ってよ! また美味しいラーメン作って待ってるから」

 オカダさんの明るい声に背中を押されるように、ボクたちは店を出た。


 結局、ボクたちがカフェ・ド・鬼に戻って遊園地の話をすると、どうしても行くと言って聞かない人が現れた。

「舎利寺さん! あなたって人は、ムチムチの人魚姫がそんなに見たいんですの!?」

「いやオレは……第一そのムチムチ人魚姫はマノが」「おだまりなさい! どうせ私はムチムチじゃありませんよ。鱗も鰭もありませんよ、それでも一生懸命に尽くして来たのに……!」

「だから違うって、ミロクちゃん。大丈夫だよ」

「いーーえ大丈夫じゃないんですっ! 私もついて行きますっ!!」

「でも宇宙人の支配人がどんな奴かわからないから、危ないかも……」

「舎利寺さんをあなたたちに預けて、そんなムチムチ人魚の居る所へ向かわせる方が危ないじゃない! それに私、言いましたわよ。舎利寺さんが何処へ行こうとついて行くって。ましてや遊園地なら猶更に決まってます!」

「ミロクちゃん……そんなに遊園地、行きたかったんだ」

「もしかして、行ったことないのか? 遊園地」

「……(コクッ)」


 赤面しながらコックリと頷いたミロクちゃんの次は、いよいよあぶくちゃんの番だ。

「ほら、マノ」

「アンタから誘わないと意味が無いだろう?」

 小声でボクたちから囃されたマノが、おずおずと半歩進み出てボツリとこぼす。

「あ、あぶくちゃん、あの、よかったら……」

「……」

 あぶくちゃんは冷ややかな目でマノをジト見しているだけだ。

「ゆ、遊園地なんだ。水族館もあるよ。その、だから」

「……」

 重苦しい沈黙の後、あぶくちゃんが口を開いた。

「あたしはね。アタマ冷やして来てほしかったの。のぼせて欲しいわけじゃないの」

「あ、あぶくちゃ」「気晴らし? 仲直り? あたしはあなたと喧嘩したつもりも、嫌な思いをさせられたつもりもなかったよ。サンガネも、舎利寺君も、向こうで何を話し合ってくれたか知らないけど、あたしは行かない。謝るならあたしじゃなくて、あたしのお客さんに謝って。あたしは別に、あなたがあたしをどう思ってても別に構わないから。ムチムチ人魚姫でもピチピチ半魚人でも拝みに行ってらっしゃいよ」


 今度こそ完膚なきまで叩き潰されたマノは気の毒を通り越して今にも死にそうな顔をして、ボクらの部屋に帰って来るなりソファに沈み込んで、そのまま地面に潜ってしまいそうだった。

 舎利寺も一緒に来てくれて、何かと声をかけてくれたけど……今度ばかりは、この無敵の歩く宇宙兵器も形無しだった。あぶくちゃんやミロクちゃんには、クリスとマノのことは話さなかった。マノが言わなかったから、ボクたちも言わなかった。かつての恩師と戦わなきゃならないこと、その結果があぶくちゃんや租界のみんなの未来に与える影響のこと、そして陶磁器のように白い顔をさらに青白くしてまで、マノを突き放したあぶくちゃんのこと。


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