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OSAKA EL.DORADO  作者: 佐野和哉
OSAKA EL.DORADO
63/90

40.

 結局、ボクとマノ、それに舎利寺は一旦ラーメンを断念して再び窓際の指定席に戻って来た。まだ落ち着かないミロクちゃんの代わりに、めぃめぃちゃんが全員に甘いミルクティーと特製の煮卵を振舞ってくれたのだが。

「な、なぜ煮卵……?」

沢山たーっくさんあるからねえ!」

「えっと、その」

「おいしいよお!」

「あ、ありがとう……」

 マノと舎利寺は面喰っているけど、慣れているボクは喜んでタレでひたひたになったタッパーウェアから小鉢に煮卵をうつして食べ始めた。

「サンガネは煮卵、好きねえ」

 両手でスカートの裾をきゅっと掴んだめぃめぃちゃんが微笑みながらしみじみ言う。

「作った人がいいからね」

「サンガネさんよ、それじゃ誰かさんみてえな言い回しだぜ」

「僕みたいって言いたいのか、舎利寺」

「そんな! 心外だなあ」

「どういう意味だ、サンガネ!」

「まあまあ」

 と、いなしながらボクはマノと舎利寺の小鉢にも煮卵をひとつふたつ、ひょいひょいと移して勧めた。まだボクの言い草に納得いかないマノが渋々といった感じで煮卵を箸で摘まんでひと口かじる。

「おっ!? これはウマイな!」

「ほう、そんなにか」

「舎利寺も食べなよ」

「押忍。いただきまーす」

 ずんぐりむっくりの巨体を誇る舎利寺がちょこんと手を合わせて、モソモソと煮卵を口にする。

「おっ、本当だ。こいつぁいい」

「にへへへぇ、だしょお?」

 めぃめぃちゃんが垂れ目の目じりをもっと下げてニッコリ笑う。

「地球の食い物はウマイなあ」

「マノよ。そういえばアンタどっから来たんだ」

「あっそれボクも知らないや」


 ポンバシには色んな人が居るから、仮に宇宙人が居ついたって気にする人はあまりいない。自称・宇宙人だろうと、正真正銘の宇宙人だろうと。

「なんだ、サンガネさんよ。アンタも知らなかったのか」

「ここには地球人だって色んな人が居るからね。あんまり気にしてなかったんだ」

「そういうもんか」

 そういう舎利寺だって、全身の殆どを機械で武装したサイボーグ、人間兵器だ。

「で、マノの故郷ってどこなの?」

「んー、もうない」

「ない?」

「ああ。ボクや兄さんが産まれてすぐになくなった。もうずーっと昔の話さ」

「マノさんってお幾つなんですかあ?」

 食器を片付けに来ためぃめぃちゃんが尋ねる。

「……さあね。もう忘れたよ」

「そんなに長生きしてたんだ」

「僕らの種族は元々どえらい長生きなもんでね。地球の人達みたいに、産まれた日をお祝いする習慣もないんだ。何しろ自分でも忘れてしまうくらいだし」

「でも、何か記念日とかは覚えてたりしない?」

 立ち直ったミロクちゃんがシーシャのフラスコを持って来て、マノの前にセットしながら会話に参加した。

「仮にあったとしても、惑星ほしごと吹っ飛んじゃったからね」

 ハッハ、と笑ったマノに郷愁や悲哀は感じられない。本当に本当に、遠い昔のことだからだろうか。

「じゃあ、マノさんは何処で育ったの? 自分の育った場所のことは覚えてるんでしょ」

 尋ねながらミロクちゃんがアルミホイルを巻いたヘッドにアンティークな炭皿を載せて、そこに赤く燃えた四角い炭を並べてゆく。

「惑星ヴェンデル」

「それは何処にあるの?」

「んー、もうない」

「えっ」

「惑星ヴェンデルも、数万年前に滅びた。緑が豊かで広大な草原と湖、青い海と空。それに高度な文明の発達した……素晴らしい惑星だった。僕たちは、そこで育った。ヴェンデル星人は宇宙イチの格闘民族なんだ」

「どういうこと?」

「基本的に、みんな穏やかで優しい人々ばかりだった。だけど自衛のためと……あとは、なんだろうな。民族性とでもいうのかな。とにかくカラダを鍛えるのが大好きなんだよ」

「……いろんな宇宙人が居るのねえ」


 ボコボコボコ、とフラスコの中で蒸気が躍り、それを吸い込んだマノが天井に向かってフワーっと吐き出した。さらさらした煙はサーキュレーターのプロペラにかき消され、辺りにはふわりとしたミントとアップルの香りだけが残った。

「僕と兄さんは、ヴェンデルで最も歴史のある格闘技の養成学校に入ることになった……住む場所も帰る家も無い僕たちには、他に生きてゆく場所も無かった。だから必死で強くなった。あらゆる格闘技を身に着け、戦闘を学び、来る日も来る日も鍛錬を続けた。誰よりも、何処のどいつよりも強ければ、何処にだって行けるし、生きてゆける。そう信じていた」

「巨大化能力も、そのときに?」

「いや。元々僕たちは普通にしていれば、あのサイズなのさ。ただヴェンデルや地球では母星ほどのエネルギーが存在しないから、こうして姿を変えているんだけどね」

「ヴェンデルにはマノより強い人が居たの?」

「もちろん。たくさん居たよ」

「マノのお兄さんも、強いの?」

「ああ。僕なんかよりよっぽど強い……普段は優しいんだけどね」

「じゃあマノは、その養成学校で訓練して……傭兵になったの?」

「ああ。自慢じゃないけど、成績は優秀だったんだぜ」

「それってつまり……」

「まあ、そうだね。卒業した僕たちは優秀な商品で、さっそく引く手あまただった。先にドロップアウトしたり、卒業したりした仲間や先輩から声がかかるんだ。それで兄さんと一緒に宇宙を放浪しながら、あちこちの星や国や街で仕事をした。場所も相手も選ばない、雇われ遊撃兄弟……ってとこかな」

「どうしてそんな」

 たまりかねたようにミロクちゃんが口を尖らせる。マノはそのミロクちゃんが点けてくれたシーシャを吸い込んで、さらさらした煙と一緒に答えた。

「……それしかなかった。僕らには戦争しか無かった。戦闘能力以外に取り柄も、生きる術も、存在意義すらも。それに、お金で雇われた僕たちには正義なんて無かった。その星の、そこに在る国家や思想のためではなく、利益や民族のためでもない。ただ雇われたら、そいつらの敵を見つけ出して殺す。それだけの仕事……僕たちにとってはイージーな作業だった。でも兄さんと僕は、ある戦争で離れ離れになってしまった。僕たちみたいな雇われた殺し屋と、造られた無人兵器とが果てしなく生命いのちを浪費し合う、酷い戦争だった。命からがら逃げ延びたこの地球でも職にあぶれることは無かったから、仕事をしながらほうぼうを訪ねて漸くわかったんだ。兄さんも同じこの星で生き延びていると。それで、オーサカに辿り着いた。あの戦争に比べたら、この国で起きているのはまるで子供の遊びみたいな争いごとだった。だけど、それが今や金でかき集めたロクデナシの鉄砲玉と、ローコストで大量生産された破壊兵器が、自分たちに靡かない者は誰も彼も踏みにじって皆殺しにしようとしていると聞かされてね。それも善良な人々の暮らしと文化を……そこで生きてる、罪もない人々を──」

 それだけ言うと、マノは何か考えるように、思い出すようにシーシャをひとくち吸い込んで、煙を天井にフワーっと吐いた。


 しんと静まり返った店の中で、ボクも、みんなも、言葉少なにそれぞれの飲み物をすすったり咳ばらいをしたり気まずい呼吸を幾つかこぼしていた。

 と、そこへ、あぶくちゃんが元気よく帰って来た。店のドアをガチャリと開けて

「ただいまー!」

 片手に何やらビニール袋を下げている。買い物でもして来たんだろうか。

「あぶくちゃん!?」

「あぶくちゃんですよー。めぃめぃちゃん、マガちゃん、買い出しありがとね。ミロクちゃんも店番してくれて助かったわあ。お昼ごはん買ってきたから食べましょ」

「わあーい!」

 女の子3人があぶくちゃんの持ってきた袋を置いたテーブルに集まってゆく。パタパタと小走りのめぃめぃちゃん、しゃんと歩くミロクちゃん、その後ろからたらんたらんと歌うように歩くマガちゃん。三者三様のシルエットを見送ったボクらも

「じゃあ、そろそろご飯にしようか」

「そうだな。お会計しておくれ」

「押忍。じゃあ行ってくるから」

 舎利寺はミロクちゃんにひとことそう言ったが

「早く帰って来てね。今夜はお肉があるから」

 と釘を刺されている。

「ところで、その、あぶくちゃんは……」

 先ほどとは打って変わってモジモジしながら、マノがレジに立つあぶくちゃんに尋ねている。

「何処、行ってたの……?」

「スピカ座!」

「ああ、映画かあ」

「今日も推しを眼球から吸ってきた!」

「目ん玉は見るモノであって吸うとこじゃなかったと思うんだけどナ」

「誰と行ってたの?」

「最低野郎!」

 これは悪口とかじゃなくそういう名前のカフェ・ド・鬼の常連客で、あぶくちゃん界隈では古参の一人。当然ながら、ハンドルネームというやつだ。

「さ、さいていやろう……?」

 が、そんなこと、この宇宙から来た歩く最終兵器には関係ない。背中から肩にかけて陽炎のような覇気が、ゆわん……! と躍り出て、彼の肩越しに窓の向こうで陽射しに揺れるポンバシの景色がゆがむ。

「野郎ぶっ殺してやるぁ!!」

「落ち着いて、マノ! あぶくちゃんが映画を見に行ってるってことじゃないか」

 つまり、万事において無事故無違反な彼女の行動の中でも一、二を争うほど何事も無い証拠なのだ。

「まるで瞬間湯沸かし器だ……。おい、マノを止めろ!」

「僕だって命がけで戦っているのに、何も知らないでヌァニが映画だデートだオフ会だ! 馬鹿野郎!!」

「ちょっと! あたしが誰と映画を見ようがお話しようがいいじゃないの!」

「そんなあ!」

「確かに命を救われたこともあるけど、恩着せがましくされたって困るわよ! それに、あたしのお客さんをそんな風に言わないでちょうだい!!」

「……!!」

 ぐうの音も出なくなったマノが苦虫を練り込んだガムでも噛んでいるみたいな、空前絶後の不機嫌フェイスで俯いている。

「ん、もう! 自分で勝手に怒って勝手に落ち込まないで! ランチ行くんでしょ、アタマ冷やしてらっしゃい!」


 結局、ボクと舎利寺までまとめて追い立てられるようにカフェ・ド・鬼を出て、陽射しのキツいオタロードをトボトボ歩き始めた。

「……」

「ね、ねえマノ。別にあぶくちゃんは君のことが」

「そうだぞ、あの人は優しいと思う……普通は言いづらいに決まってるだろ、あんなこと」

「……」

 ダメだ、完全に凹んでいる。陥没している。これじゃ取り付く島もない。

 

「あぶくちゃん……」

 シーシャを片付けながらミロクちゃんがおずおずと口を開く。

「いいのよ。あの人、ああでも言わないと聞かないんだから」

「ホントにあなたのこと好きなのね。マノさん」

「どうなんでしょね」

 がらんとした座席の並びを眺めながら、頬杖をついてため息を吐くあぶくちゃんの横顔にぎらつく陽射しがこぼれて、窓辺の熱が彼女の目を眩しく刺した。


「いらっしゃい!」

「押忍。3人いいかい?」

「おっ、舎利寺さん。マノさんと、……お友達?」

「発明家のサンガネさんだ。サンガネさんよ、この人が店主のオカダさんだ」

「どうも、初めまして」

「いらっしゃい、よく来てくれましたね。うれしいなあ」

 こだわりのラーメン店の主人と聞いてどんな気難しく黙り込んだ御仁かと身構えていたが、存外気さくで愛想のいい人物であった。短く整った頭髪は眩しい金髪で、店名を赤い文字で染め抜いた黒い従業員用Tシャツと黒いワークパンツという如何にもラーメン屋さんという服装に個性を与えている。

「サンガネさんよ、コッチだ」

 注文は券売機で食券を買うシステムだそうで、写真付きのボタンがずらっと並んでいる。

「んー何にしようかな」

「オレはお得しょうゆらーめん大盛り、替え玉ふたつ、それとチャーシュー丼……」

「よく食べるねえ、大きくなるわけだ」

「ニンゲンの食べ物はエネルギー変換効率がいいんだ」

「元々ニンゲンだろう? じゃあボクは汐らーめんにしようかな」

「オイ、マノ。アンタはどうする?」

「……」

「いつまで凹んでるの。ほら、ラーメン食べようよ」

「あれ。マノさんどうしたの? いつもならもっと元気なのに」

「いや実は、ちょっと落ち込んでるでさぁね」

「珍しいこともあるもんですね。マノさん、元気が出るように美味しいの作るよ。なんにします?」

「ほら、店長さんもそう言ってくれてるし。ボクがおごるよ。ね」

「……」

 マノは俯いたまま人差し指を伸ばして、エベレストつけ麵に辛ネギトッピング、チャーシュー丼まで注文してイソイソと席に着いた。

「ちゃっかりしてるなあ、もう!」

「まあいいじゃねえか、食欲あるだけでも」

「ところでエベレストつけ麵って、なに……?」

「オレも食ったことは無ぇんだが、つけ麵5玉に味玉2個と焼豚が乗ってて……」

「そんなの食べ切れるニンゲンが居るの!?」

「さっきからアンタの目の前で凹んでるよ」

「マノ、君ってばいつもこんなに沢山食べてたの!?」

「ホントだ。今日は元気ないね、いつもなら麺の追加も注文するのに」

 店主のオカダさんが食券をもぎりながら信じられないことを言った。

「君の胃袋は一体、どうなってるんだ」

「まあ元はビルぐれえデカいんだ。小さくなってるだけでもエネルギー使うんだろ」


「マノさん、評判ですよ。ほらあの人みたいだって」

 オカダさんが指さした壁には手を十字に組んでこちらを向いた銀色の巨大ヒーローのポスターがある。よく見ると赤い差し色が少し暗い色をして、そこに白い線で縁取りがしてある。

「あれだけハデに暴れりゃ、評判にもなるってもんだ。なあサンガネさんよ」

「そうだね。今じゃ租界の守り神だよ」

 実際に、チャッカリ者が彼を模った人形焼やキーホルダーを売り始めたというハナシも聞く。当然コッチに何か断ったはずもない。こういうものも、昔からあったものだ。

 ボクはセルフサービスのお冷を用意して、俯くマノの前にもひょいと置いた。

「守り神、ねえ……」

 ようやく口を開いたマノは、ひと言そうこぼしてコップの水をちびりと飲んだ。

「ボクも舎利寺も……みんな助けてくれたじゃないか」

「そりゃあ、そうしたかったからさ。でも僕は守り神なんかじゃない。宇宙の知的生命体を殺して回る死神だよ」

「マノ、アンタは英雄だ……伝説的な功績を残したんだ。もっとそれを誇りに思えよ」

「戦場に英雄なんか居ない。伝説は、誰かにとって都合のいい、美しく耳触りの良い話しか残らない。僕の全身は返り血を浴び過ぎてる。この耳は断末魔を聞き飽きてる。僕はそういう奴なんだ。それが仕事であり、僕のレゾンデートルだ……それだけのことなんだ。大体、伝説の英雄の守り神が聞いてあきれるよ、喫茶店の女の子ひとりにすら優しく出来ないなんて」


「ははーーん。マノさんそういうことかあ」

 はいお待ち、と出来上がったラーメンを運んできたオカダさんが合点のいった目を輝かせた。

「お得しょうゆらーめん大盛り、それと汐らーめんね。チャーシュー丼も今お持ちしますので、ああ、ありがとう」

 マノと舎利寺のチャーシュー丼は店員の女の子が運んできてくれた。ゴロっと大振りに切ったチャーシューにネギがドッサリ乗っている。

「エベレストつけ麵、もうちょっと待ってねー」

「マノ、じゃあ先に頂くよ」

「押忍。いただきまーす」

 大柄な舎利寺が背中を丸めてちょこんと手を合わせ、おもむろに丼を掴んで焼豚とご飯を搔っ込み始めたのを見て、ボクもレンゲで透き通った薄黄色のスープをひとくち口に含んだ。ああ、これは美味しいや。濃くもなく薄すぎず塩辛くも無い、しみじみ美味しいスープだった。なるほどみんな通うわけだな。もちもちして風味豊かな麺も食べ応えがあって、ボクの好きな味だった。


 その後すぐにやって来たエベレストつけ麵は驚愕の代物だった。舎利寺の大盛りのドンブリよりさらに二回りは大きな器から、特製の極太麺が聳え立っている。その周りに味玉と焼豚が盛りつけられ、机に置くと「どしん」と重たい音がした。

 しかしさらに驚愕だったのは、それをボクよりも先にマノが平らげて見せたことだった。もちろんチャーシュー丼もだ。この二人は一体どういう仕組みで食事をしているのだろうか……。


「ああー。よく食べた!」

「おっ、マノよ。調子が出て来たナ」

「ホントだよ、よく食べたねえ」

 結局、マノは(オカダさん曰く)いつも通りに麵の追加も頼み、常人の数倍の量を平らげた。

「いやあゴメンよ。もうどうにもお腹が空いていたんだ。死ぬかと思った」

「そんなにかい!?」

「だってラーメン食べに行こうって決まってから、ずいぶん時間かかったんだもん」

 誰のせいだと思ってるんだろう。

「まあいいじゃねえか。あとは、あぶくちゃんと仲直りするだけだナ」

「う、うーん……」

「ほらマノ。ちゃんとごめんなさいしないと」

「わかってるけど、でもさあ、どのツラ下げて戻ればいいんだ」

「まあまあ。あぶくちゃん、言ってたじゃない。アタマ冷やして来なさいって。だから、戻って来いってことでいいんだと思うよ」

「サンガネさんよ、アンタなかなか鋭いじゃないか。なるほどナ」

「うーーん、でもお」

「なんだって君は悪党を踏みつぶしたり巨大兵器を蹴飛ばしたりすることには躊躇が無いのに、女の子にゴメンするのはそんな苦手なんだ」

「そんなの訓練に無かったんだもん!」

「じゃあ今から訓練だナ。さ、あぶくちゃんのところへ戻ろう!」

「むー……」


「マノさん、仲直りするなら遊園地でも行ったらどうです?」

「へ?」

 ボクたちの空いた食器を片付けに来たオカダさんの出し抜けな言葉に、マノは面喰っているようだ。

「いやね、最近オーサカで評判なんですけど、此花区に遊園地がありまして。そこの支配人も本物の宇宙人なんですって」

「……ほーお」

「水族館もあるし、遊園地にはここらでいちばん大きな観覧車とか、ジェットコースターとか、そういうのもあるし。きっと気晴らしにもなりますよ。そこで遊んで、それで仲直りも出来れば、ね?」

「宇宙人の遊園地ねえ」

 でも、なんだか乗り気じゃ無いようだ。宇宙人の支配人と言われてもピンと来てなさそうに見える。

「そうそう。水族館には本物の人魚姫が居るらしいですよ!」

「ほーお」

「それが結構ムチムチで可愛いそうで」

「ほほーお」

「運が良ければ遊園地や水族館を案内してくれたり、一緒に歩いたり出来るそうで」

「此花区か、ありがとうオカダさん!」

「ちょっと、ちょっと待ってよマノ!」

「なんだいサンガネ」

「あぶくちゃんと仲直りするんでしょ」

「そうだぞ、意中の人と仲直りするのにムチムチ人魚姫目当てで出掛ける奴があるか?」

 ボクと舎利寺は意見の一致を見てマノを詰問した。

「いや、だって、遊園地に水族館だぜ。きっとあぶくちゃんも楽しんでもらえるよ」

「君が余所見してちゃ意味ないだろう?」

「関係ないさ。僕が何処を向いてようと。彼女は彼女だ……僕が、その気になればポンバシでもどこでも滅ぼせる宇宙人が、彼女にべったりしてたら、それこそ古参オタクさんたちの邪魔になるだろう?」


「それは(モグモグ)違うんじゃないか。マノ(ムグモグ)」


「ブラウン府知事!」

 後ろのテーブルから突然ボクたちに声をかけて来たのは、オーサカ府知事のブラウン日本橋だった。相変わらず上品な黒橡ダークグレーの背広に真っ白なシャツ、足元は焦げ茶色の革靴で決めているが、まぜそばを搔っ込むためか臙脂色のネクタイを緩めている。総白髪をオールバックにした額には汗がにじんでおり

「いやあ、美味いね。濃厚豚骨まぜそば」

 と独り言ちた。


「府知事、いらしてたんですか?」

「勿論だ。この味が好きでね」

「ブラウンさん、昨日も来てくれてましたよ」

「府知事として、府民の生活に触れておらねばね」

「それで、僕に何か言いたいんじゃなかったのか?」

 マノがトゲのある言い方でブラウンに突っかかった。


「そうだった。友達として言っておくが、マノ。君が何処を向いて居ようと確かにそれは自由だ。だが誰を見ているかには、責任が伴うんだ。いいかね。惚れた女の子につれなくされたからといっていつまでもスネてないで、きっぱりと下げるアタマは下げて、仲直りをしなさい。そうでなければ、君だって戦いに集中出来ないだろう」

「……むう」

「府知事、戦いというのは?」

「あの遊園地を仕切っているのは、此花区の文化粛清軍。UWTBザ・ユニヴァーサル・トゥー・ビー・ビカムだ。これは、そうなろうとする万有意志、という意味の言葉で、遊園地の名前と共通でもある」

「なんと……奴等そんなことにも手を広げていたのか」

「舎利寺君が知らないのも無理はない。つい先日、谷町スリーナインから電撃的に直々の辞令が下り、正式に粛清軍の管轄下に入ったのだ。しかも今回は、それがそのまま報道されることすらなかった。よほど大正区のことで懲りたらしい。軍部の管轄下に置かれたと報じる代わりに、情報バラエティーショーや娯楽番組を通じて、いま評判の宇宙から来た支配人と人魚姫のいる遊園地! 水族館もあるよ! と謳っておいて、ついでのように環オーサカ文化粛清軍も駐屯している、という言い方だな。こうすることで革新性と安全性を喧伝し、オーサカシティ側の宇宙人をプッシュすることで、マノ、君の存在を薄めてかき消してしまおうという意図もある。そしてさらに──報道操作の目的は、もう一つある。これはまことしやかに囁かれているのだが、どうも以前からこの遊園地の地下には秘密基地が作られていて、そこで何か兵器の開発を行っているらしい」

「そのキナ臭いウワサを否定する代わりに、遊園地の敷地を丸ごと粛清軍の基地ということにしてしまったわけだナ」

「此花区の粛清軍……UWTBを率いている遊園地の支配人が宇宙人というのは、本当なんですか?」

「それを、本物の宇宙人に聞いてみるべきだと思っていたところだ。マノ、この人物なのだが……」

 そう言ってポケットから自分の端末を取り出し掲げた府知事が、四角い液晶画面に映し出された男の姿をマノに見せた。美しいプラチナブロンドを短く刈ってオールバックにした頭髪、意志の強さを表す薄茶色の眉、猛禽類のように碧く鋭い眼差し、鷲鼻に引き締まった唇を持つ二枚目だが、筋骨隆々とした体躯はマノよりも重厚かつ傷だらけだ。太い首筋の真ん中には、青く美しい……だが見覚えのない惑星のタトゥーが刻まれている。

「……!?」

 その途端みるみるうちにマノの顔色が変わっていった。驚愕、狼狽、動転が一気に噴き出し複雑に絡み合った表情を見せながら、喉の奥から絞り出すようにマノが男の名を口にした。


「クリス……! ヴィック・クリス!!」

「そうだ。この男が此花区文化粛清軍UWTBの最高司令官にして楽しい遊園地の支配人、ヴィック・クリス大佐だ」

「随分と出世したな。片や立派な大佐さま、方や下町の用心棒だ」

 マノが自虐的に呟くのを聞き流して、ブラウンが話を続けた。

「やはり正真正銘、宇宙人なのだな。マノ、クリスについて何か知っているようだが」

「知っているとも……よぉく知ってるさ」

 額にじっとりとした汗をにじませたマノが遠い目をして語り始めた。初めはボソボソと記憶を手探りで思い出してゆくように。そして次第に熱を帯び、心がボクたちの知らない頃のマノに戻ってゆくように。


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