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OSAKA EL.DORADO  作者: 佐野和哉
プロローグ
6/90

6.The Best Is Yet to Come.

「逃げろー、逃げ、早く……!」

「誰かー!!」

「助けて、たすけ、嫌あああっ!」

「おがあざああーーん!!」

 空気を切り裂くような悲鳴と同時に、銃声や何かを叩き壊すような音が続けざまに響いた。

 雑居ビルの階段から往来に飛び降りると、レトロドールのあるビルからさらに一本向こうの筋と通の角に立つ、赤っぽいレンガ造りのビルの三階から黒煙が上がっている。じっと目を凝らし、騒ぎが起きたと思しきお店のある辺りにズームアップしていく。一瞬、煙の流れ出る窓から上半身を乗り出して助けを求める女の子が見えたが、すぐに室内へ引きずり戻された。

「何事だ……?」

 僕はサンガネ探しもそこそこに、そのビルの下まで行ってみることにした。


 叫び声、悲鳴、閃光、そして爆炎。

 窓ガラスやドア、壁の一部を吹き飛ばす轟音。

 怒号が飛び交い、逃げ惑う人々が濁流のように走り去って行く。

 それに逆らいながら歩いてゆくと、炎に焼かれ煙にまかれたビルの前に着く。見上げた看板には「OUTER HEAVEN」

 と硬く乱暴とも言える筆致のロゴマークと店名が描かれているが、そこかしこが割れて砕けて無残な様相を呈している。


 やがて往来を流れ去る人々も、ビルからこぼれ出て来る人々も途絶えた。辺りを一瞬だけ静寂が走り、次いで程度の低い拡声器で引き伸ばされた野太い声が響き渡る。

「喜べ! 市民たちよ!! 我々は為政者共の慰み者ではなかった!」

 一体なんのことを言っているのかと思っているのもお構いなしに、拡声器は怒鳴り続ける。

「古き良き文化も記録も暮らしも、記憶でさえも……独立オーサカ逸心会は自分たちのエゴと名誉のために、土足で踏みにじろうとしている! 我々が生きた証も、守り続け残して来たものも、全てを消し去り、ここに自分たちのエゴの結晶である新・独立行政会館を建設しようとした! しかし」

 しかし、しかし、しかしぃ……とビルの谷間に機械仕掛けの怒鳴り声が虚しく跳ね返って遠ざかる。

「我々は、あの忌々しい為政者どもから、諸君ら市民を、愛すべきオールドメディアの兄弟たちを開放する!!」

「それよりも先に解放してやるべきカワイ子ちゃんたちが居るだろ!」

 ドーランをベッタリ塗った白い顔を紅潮させ、ぎらつく目玉をギョロギョロさせて満足げに御託を並べているアホの変態野郎に我慢ならず、僕は気が付くと店の中にズカズカと入って拡声器を持った白塗り顔の男に向かって、拡声器よりデカい声で怒鳴り散らしていた。


「なんだ貴様ァ!」

「通りすがりの宇宙人」

「ふざけるな!」

「全く、お前みたいなめんどくせえ奴ほど他人には不寛容で、自論と自意識だけを散々ぱら押し付ける。その癖、考えてる事ぁどうせ女の子目当て、カラダ目当てセックス目当てのファッションサブカル白塗りクソ野郎だ。それが正しいオタクの姿か。それが愛すべき兄弟とやらに対する仕打ちか。そんな奴は二十世紀の終わりから、な、」

「……」

「死刑と法律で決まってんだ」

「勝手なことを言うな、だ、誰がそんなことを決めたというんだ」

「知らねえなら教えてやるよ」

「お前か?」

「わかってるじゃないか。でも違うね、あっちの、ほら、あのウサ耳のコ。あとそっちの着ぐるみのコ。それに、そこのミリタリー女子。みいんなで決めたんだ。お前みたいなヒトサマに相手されないで、被害妄想と誇大妄想でアップアップになって、結果こんなバカな真似して迷惑かける奴は、……死刑ッ! ってね」


 店内は荒れ放題で、テーブルや椅子、食器などの調度品から内装、厨房設備に至るまでぶっ壊されるか、燃えカスになるか、粉々に砕けるか。そのいずれかの様相を呈していた。

 よく見ると、店の奥の控室にある灰色の細長いロッカーが小刻みに震えている。可哀想に、あの中でもカワイ子ちゃんが震えているんだ。

「いま助けてあげるからね、ボニータ」

「オノレ、文化の敵!」


「The Best Is Yet to Come!!」

「うぼげえぎゃ!!」

 リーダーと思しき拡声器を持った白塗りクソ男が指揮棒を振り上げたが、それより一瞬早く、僕の詠唱が店の中を走った。

 白塗りクソ男の隣に居た、この中の誰かと二度や三度は絶対ヤってたであろう白塗りの、同じぐらいめんどくさそうな女の顔面が豆粒ほどにブッ潰れて、プッチンと可愛く破裂して、脳と血液と骨や目玉が混じった液体をブチまけて、カラダだけは無傷のまま棒切れのように倒れた。

「死にざまだけは可愛かったな。良かった良かった」

「貴様! 忌苦姫キクヒメに何をした!」

「成敗!!」

「応! 天誅!!」

 店に居た数人の、同じような顔をした、同じようにバカみたいな衣装で身を包んだ連中が一斉に腰から下げたカタナに手をかけた。

「丸腰の人間に向かって刃物ヤッパ向けるってのは、どういうことかわかってるのか?」

「黙れ!」

「いいんだな」

「お前を殺す!」

「じゃあ僕も殺す」


 言い終わるか否かという内に一歩踏み出して、いちばん近くに居た丈の長い学ランに学生帽、白塗りのチンチクリンの首っ玉をむんずと掴むと、そのまま全力で壁に向かって突っ込んだ。

 砕けた調度品と僕の体でバチンと挟まれたチンチクリンの内臓がお腹の中でミンチになって、どす黒い肉片混じりの血反吐を吐いて息絶えた。

「お前も」

 そのミンチの入った肉袋チンチクリンのすぐそばには、似合わないレザーコートに背広を着て、顔を包帯でぐるぐる巻いたミイラの紳士が茫然と突っ立っていた。コイツはカタナでなくちょっと大きめのナイフを持っていたが、構える間もなく

「Come on baby, light my fire!」

 僕の詠唱と共に顔面を火だるまにされて、叫びながら窓から飛び出して落っこちて死んだ。顔面包帯グルグル巻きのおかげでよく燃えたが、直接の死因は窓の下に散らばっていた大きなガラス片の上に落ちたときに運悪く頸動脈を切り裂いたことによる失血死だろう。

「お前も!」

 僕を背後から斬りつけようとして来た、白塗り学ラン長髪の男の鼻を、振り向きざまの肘鉄で潰す。仰け反ってよろけたところを捕まえて、そのままクルっと体を入れ替えて盾にする。そこへ、ギラリと光るカタナが振り下ろされて長髪の体を袈裟懸けに切り裂いた。

「だ、團長ぉ……!?」

 白塗りさんチームの首魁は團長と呼ばれているらしかった。ヒトなど切ったこともなく、ましてマジの戦闘などする気も無かったであろう連中の頭目にしては、團長の太刀筋は悪くなかった。

「白いの、アンタ結構やるねえ。どこで習った?」

「十天流紫電一刀斎より皆伝なり!」

「ごめん聞いたことねえや」


「ウジエェーーッ!」

 團長が目を血走らせ、問答無用で切りかかって来た。自分が青春を捧げ血道をあげた流派を知らねえと切り捨てられてキレたのか、もう助からないと悟ったのか。生き残った白塗りさんチームの団員たちが二名、壁に張り付いて動けなくなったまま固唾を飲んで見守っている。

 カタナが空を切り、ギラリと光る。また一つカタナをかわす、ギラリと光る。


 ちりん。


 カタナをかわす、何か小さな、鈴のようなものが鳴った。

 まさか──

 僕は恐る恐る、音のした方に目線を向ける。團長から視線をそらさず、八方目はっぽうもくで視界を拡げて、目の端にそれが入るように見る。そこには……

 天使のようなモコモコした翼を生やしたネコがニッコリ笑った、手のひらに収まるくらいのアクリルキーホルダー。

(あたしだと思って大事にして……あたしだと思って大事にして……あたしだと思って大事だいじあたしだと思って大事思って思って大事にして大事にして……あたしだと思って大事あたしあたし大事に思ってあたしだとして……あたしだと思って大事にして……)


 どくん、と大きな脈動を感じたと同時に意識がキィーーンと耳鳴りの向こうに遠ざかってゆく。全身を後悔と怒りの入り混じった濁流が駆け巡り、心臓の中で精製された殺意になってさらに血管から細胞のひとつひとつに充満していくのがわかる。怒りで我を忘れてしまおう、コイツに全てをぶつけてしまおう。怒り狂っている筈なのに妙に頭の中は冷静で、もういいや殺しちゃえ。と僕の中で僕が囁く。


 團長がゼェゼェと息も絶え絶えに、しかし目玉だけは血走ったままコチラを睨んで、カタナを握り締めて震えている。

「お前、そんな重たいだけの鈍いもの振り回してたら、そら疲れるよ。習ったのはいいけど実際に切ったことないのか。でも、まあ、鈍くて切れないカタナにも、使い道は有るけどな」

 スっと影のように團長に近づいて、大拳頭を包むようにして手のひらを被せ、内側に向かって手首を極める。困惑と激痛に身をよじった團長の落っことしたカタナを拾い上げて奪うと、返す刀で彼の白い横っ面を引っ叩く。

 頬骨と刀身のぶつかり合う、乾いて硬い音が響く。團長は気をつけ、の姿勢で横っ飛びして、崩れたテーブルの山に突っ込んでいった。

「な。こいつは所詮、飾りモンのカタナだ。でも見栄えのために重さだけはあるから、切るんじゃなく殴りゃいいのさ」

「あ、あっ、あう」

「さっきまでの勇ましい物言いはどうした? 僕を殺すんだろ、為政者や文化の敵とみなした連中のように。粉砕するんだろ、どうした」

 うつぶせに倒れた團長の首の付け根を踏みつけて、頭が動かないようにグッと体重をかける。

「さあ、そこで突っ立ってるお友達にサヨナラをしな」

「……ぃぃぃぃ!」

「Say Hello to My Little Friend!!」

 

 見た目だけは一丁前な鈍く重い模造品のカタナを振り上げ、團長の白い顔に目掛けて勢いよく振り下ろす。重たいだけあって重力と遠心力を持ったカタナが弧を描き、團長の首元からスパーンと綺麗に切り裂いた。

「なぁんだ、切れるじゃねえか。太公望は釣竿を選ばずってやつか」

 自分の腕前にご満悦の僕が次に目にしたのは、すっ飛んでいった團長の首が直撃して頭蓋骨にめり込んだ不幸な白塗りと、それを見て完全に人生を諦めた最後の一人だった。


「おーおー、一蓮托生ってのはこのことだな。団員の鑑だ」

「……!」

「そう怖がるなよ。お前は最後まで手出ししなかったな。ん? それとも、今から仇討ちと洒落込むか?」

 気の毒に涙と鼻水で顔をクシャクシャにした最後の白塗りが、千切れちゃうんじゃないかってぐらいに首をブンブン横振りする。

「そうか。それならそれでいいよ。ハナっから勝ち目なんか無いと思ってたんだろ」

(うんうん)

「で團長が熱くなっちゃって、みんな引くに引けなくなってて、止めるにも止められなくって」

(うん、うん)

「結果みんな死んじまった。と……良かったな。お前、もうこんなの懲り懲りだろ。悪いこた言わないからサッサと帰りな」

「あ、あの……」

「ん?」

「た、立て……た、立てないんでずう」

 腰が抜けてしまったらしい。仕方ないな。

「ほらよ、どっこいせ」

 手を貸して引っ張り上げて立たせる。なるほど確かに危害を加えて来る様子はない。素直でいい奴だ。

「お前いい奴だな。お名前は?」

「い、いち、苺郎イチローです」

「随分と可愛い名前だな、じゃあまたな! 苺郎」

 ワタワタと無様な姿を隠しもせずに走って行く苺郎を見送って、改めて酷い有様の店内を見渡す。

(そういえばサンガネは結局、ドコ行ったのかな)

 彼の顔を思い出したのと同時に、ガタリと大きな音がした。何か薄いブリキ板のようなものがたわんだ時の音に似ている。


 店の奥に控室と思しき小部屋がある。ブレーカーを破壊されて真っ暗だ。

「まだ誰かいるのか……?」

 ヒョイ、と顔をのぞかせようとした瞬間に大勢の悲鳴が一斉にこだました。

 そして大勢の女の子たちが、思い思いの衣装を汚したまま駆け出していった。どうやらこの部屋に詰め込まれていたらしい。無事でよかった。

 そして残るは、部屋の奥に鎮座する古ぼけたスチールロッカーだけだ。

「さーて鬼が出るか蛇が出るか」

 ゆっくりとロッカーの前に立ち、右手をそーっと伸ばしてゆく。やがて指先が冷たい取っ手に触れる。トリガーのようになった取っ手を指の腹で押下し、手前に向かって勢いよく引いた。


 ガパン!


 と、たわんだ音がして呆気なくロッカーが開くと、中からは

「わあーーっ!」

「さ、サンガネ! こんなところに居たのか」

 鬼でも蛇でもなく、オタクが、わが友が出て来た。

「……へ? あ、ああマノ! 助かったよ。アイツら女の子は押し込めて後でどうにかするつもりだったみたいだけど、ここの店長やボーイ、それに客まで男だけ皆殺しにしたんだ」

「やっぱりアイツらそんなんだったのか」

 よく見るとロッカーの底が濡れている。サンガネのジーパンも。

「それで咄嗟にココに隠れたってわけだな。まるでステルスアクションの名作ゲームみたいじゃねえか」

「ああ、あれで覚えたんだ。蛇になった気分だよ」

「やってることはハルの方だけどな」

「君と火星に行くつもりはないよ。でも君、すごいや。一人で何人もやっつけちゃうなんて」

「奴等は徒党を組まなきゃ何にもできない。仲間を集めてイキってるだけさ」

「君には、仲間は居ないの?」

「仲間は居ない。僕はいつも一人だ」

「君も、オタクだったんだね」

「あん?」

「ボクだってずっと一人だった。この街で好きなものにだけ囲まれて、好きなお店でのんびり過ごせたらそれでよかったんだ」

「今は違うのか」

「ああ……どんなに自分が変化を恐れて、望まなくても。ある日突然すべてがひっくり返ってしまうこともあるし、誰かに壊されてしまうかもしれない。悪意のある奴だけじゃない。自分の正義を信じて疑わないような奴らからも……誰からも何もされずに生きてゆくことなんて、出来なかったんだ」

「そうかもなあ。だからもう、誰に何をされても平気なように、メチャクチャ強くなるしかないのかもな」

「君はイイよ、実際ほんとに強いんだから」

 

 わーわー言いながらも店の外に出ようとドアの近くまで歩きながら、團長に切られたマスコットを探す。僕の宝物。不用意に身に着けていたからいけなかった。今度からは懐に入れるか、飲み込んだっていい。だから出て来てくれ……。

「どうしたの?」

「ん、ああ。探し物だ」

「見つけにくいもの?」

「探すのをやめるまで見つからないかもな」

「見つからなかったらどうするのさ」

「見つかるまで探すんだ。死んでも」


 瓦礫の破片や砂、塵埃に塗れた床の上を這いずり回るようにして探す。時々、肉片や血だまりもある。こんなところで、人が探し物をしているというのに呑気に死んでやがるんじゃねえ、邪魔だな。

「君が殺したんじゃないか」

「えっ、なっ、どうして僕の考えてることがわかるんだ! 超能力者のカマキリか!?」

「全部、口に出して喋ってたよ。今」

 なあんだそうか。それは僕の悪い癖だ。

「で見つかったのかい?」

「いやーー、何処へ飛んでっちゃったんだろう……」

「落としたの?」

「いや、身に着けてたんだけど白塗りの團長にどっか飛ばされた」

「ああー、あいつ……」

「あークソッ。死んでからも鬱陶しい奴らめ……」


 ちりん。


「あっ!?」

「ねえ、もしかしてコレ?」

 鈴の音を聞いて振り向くと、サンガネが指先でそっと摘まんで持ち上げたマスコット。

「ソレだ! よく見つけてくれたなあ」

「はい、もう無くさないようにね」

「ありがとうよ。よし、これで差引ゼロだな」

「ボクを助けてくれたのとチャラってこと……?」

「そ。たまたま暴れてたらみんな死んで、サンガネは生き延びただけ、なんだけどな」

「釣り合うの、それ」

「僕はあぶくちゃんが死ぬほど好きなんだ。だからコレも僕の命だ。君がコレを拾ってくれたなら、君も僕の命の恩人じゃないか」

「そういうもんかなあ……」


 と、店のドアを出たところで階段の下に人だかりが出来ているのが見える。思い思いの薄汚れた衣装を直し、スカートや上着が少しずれたまま、さっき一斉に走り出していった女の子たちが往来を小走りに駆けてゆく。そして残されていたのは……。


「あっ、苺郎!」

「いちろう?」

「さっきの白塗りの生き残りだよ。良い奴だったから逃がしてやったんだ……」

 完全に戦意を喪失したどころか一生モンのトラウマを抱えたであろう苺郎は、その一生を此処で終えていた。あの逃げて行った女の子たちに追いつかれて、ここでなぶり殺しにされたのだろう。

 全身を手あたり次第に殴る蹴るされ滅多刺しにされたうえ小便やツバ、吐瀉物に至るまでを浴びせられ、剥き出しの尻からひしゃげた鉄パイプがニョッキリと生え、男性器は根元から乱雑に切断されて口の中にねじ込まれていた。辺りに漂う残り香から、タダ切られただけではなく、男性器としての役目を終えてから切られたのだと思われる。獲物は鋭利な刃物などではなく、そこらへんに散らばっているガラス片か何かだろう。


「つくづく運の無い奴だ……」

「ああ……気の毒になあ。ついていく人間を間違えたんだ」

「この辺り、暫く白塗りじゃ歩けんな」

 苦悶に満ちた白い顔にそっと手を向けて瞼を閉じてやり、俺たちもその場を後にした。


「誰か変なもの残してったぜ?」

「見つけたよミクニさあん!」

「それは誰かからのプレゼント」

 まるでアウターヘイヴンでの蹶起と騒乱など無かったかのように、ニッポンバシオタロードの往来は再び雑踏を身にまとい平然とした顔をして夕暮れ時を迎えていた。


「で、アイツら結局なんだったんだ」

「あの白い連中?」

「ああ。文化の敵とかナントカ……小難しいこと言ってたが、結局あいつらみんな誰にも相手されない奴の集まりで、それがこじれてあんな」

「うーーん、まあ、そうっちゃそうなんだけどねえ」

「なんか他にもあるのか?」

「実はコレ、ボクも聞いただけの話なんだけどね」


 サンガネが言うには、こうだ。


 近年、トライアンフオーサカを牛耳ろうとしている政治組織は「独立オーサカ一心会」と言って、マッドナゴヤ同様に中央政権からの経済的独立と排他的支配による自治を目論んでいる。

 ただマッドナゴヤほどの経済力は持ち合わせていない(化け物レベルの超弩級企業が複数存在するマッドナゴヤが異常なのだ)ため、金にモノを言わせて無理筋を通すことが出来ない。

 そこで目を付けたのが、トライアンフオーサカの悪化する一方の治安だった。


 荒廃した市街の各地で人々が自主的に寄り集まり、店を開き始めた。

 そうなると決まって揉め事が発生し、それを専門に請け負う連中が跋扈し始める。店を始めて切り盛りするような才覚も、人から愛されるような性格も持ち合わせておらず、ただ暴力や威圧に愉悦を感じ、自他の力の差を比べて弱いものに食って掛かるような連中をつまみ出し、時には似た者同士をぶつけて互いに喰らい合わせて駆逐する。

 悪人ではあるが、それなりに徳のある人物が生まれ、その悪徳を持つ者を神輿として担ぎ上げ組織をまとめる者が現れ、さらにその組織に組み込まれていく十把一絡げの奴等が集まって来る。

 やがてその組織は自分たちの食い扶持を維持し、勢力を誇示するために縄張り争いを始める。面子、義理、仁義、そんなものを声高に叫びつつ血生臭い、泥沼の抗争を繰り広げて、さらに組織は淘汰され、併吞されてゆく。


 そうしてのし上がって来た者の中には為政者へと成り上がる者、またはその為政者や政治結社に近づいて権力を得ようとする者も少なからず生まれてきた。荒事で揉まれた組織上がりの為政者や近侍たちは、気高い理想やぬくもりに満ちた社会を謳う政党と為政者に接近して初めは従順に働いた。

 社会の暗部に跋扈し、治安を乱すクズ共を駆逐し、美しい独立自治地域トライアンフオーサカを作りましょう!

 当然ながら、やがてその牙は、気高い理想やぬくもりに満ちた社会を謳う政党と為政者にも向けられる。彼らは既に荒事師たちによって骨抜きにされ、為す術もないままそっくり入れ替わられた。外見は気高い理想やぬくもりに満ちた社会を謳う優しい政党だが、実情はオーサカ各地で繰り広げられたヤクザもんのオールスター戦を生き延びた、仁義なきツワモノたちによって運営される血塗られた組織なのさ。


 一方で、さらにそのオーサカオールスターヤクザすら利用してのし上がろうとする者たちが現れた。それが独立オーサカ一心会だった。荒廃し乱れに乱れた治安状況のなかで、しぶとく生き延びて小ズルく稼いでいた弁護士や汚れ仕事を専門に請け負う企業の経営者たちを中心に結成されたこの政党は、要するにヤクザもんに治安維持やトラブルの解決を依頼しつつ、自分たちがそれらを手打ちにすることでマッチポンプを演じて来た連中だった。

 お得意様だったヤクザもんが為政者や、その近侍となったことで、自分たちも権力の座に近づき儲けようとしたってわけだね。ヤクザの御こぼれに与かるハイエナどもだ。それが、いつの間にか現状に飽き足らずして自らが為政者たらんと狼煙を上げた。


 表向きは地元オーサカで活動するアーティストを支援するための団体として立ち上げた基金から、演劇、バンド、ダンス、絵画にポエトリーリーディングなどで活動する連中に資金や活動場所、場合によっては武器や資材、車両ですらも提供して文字通り活動を「支援」してきた。さらに、その「活動」の大義名分や仮想敵を作り出して与えることで、より活発かつ円滑に「活動」を行わせ、そこで起こった揉め事には上位組織のヤクザからのアウトソーシングがなされる。この循環する大義と暴力のサイクルに、武器も人もどんどん投入された。

 

 地元オーサカを愛し、オーサカで生まれたアーティストやさかい、オーサカの街よう捨てん。初めは純粋に自らの信じた表現活動に邁進し、切磋琢磨を誓った自称アーティストたちも、湯水の如く与えられる「協賛」に気を良くしてひとり、またひとりと堕落し籠絡されていった。しまいには自分の表現に理解を示さない奴等に片っ端から噛みついて「活動」を行い、大した実績や努力すらないままアーティストとしての自我だけを肥大させていった。


 あのレトロドールやアウターヘイヴンに闖入した白塗り集団のような連中もその一部で、奴等は皆、独立オーサカ一心会の息のかかった支援団体から資金や武器を受け取っていたんだよ。そうして自分たちが気に食わない現場、イケ好かないと思っている人々の元へ押しかけては身勝手な主張を繰り返し、場合によっては武力で威圧し暴行を働くことすらあった。奴等は、もはやアーティストとは名ばかりの、れっきとしたテロリストに成り下がっていた。


 このように排他的攻撃性を伴う自己愛の末期症状で凝り固まったアーティスト気取りに武器を与えて暴れさせることでトラブルを起こさせ、その解決に乗り出すことで利益を得るのに加え、近隣の治安を悪化させて住民を立ち退かせたうえで、気高い理想やぬくもりに満ちた社会を謳って再開発計画を発表。有無を言わさず移住させるための立ち退き先の住宅街や団地を造成し、また現地の再開発事業に携わる建設業者、リース会社、作業員の派遣元から派遣先の元請業者まで全てが独立オーサカ一心会の傘下にある企業であるため、そこでも莫大な利益を貪っている。


 そして今、オールドメディアブームを形成し人気が高まったニッポンバシオタロードにも、一心会の毒牙が伸びようとしていた。あの白塗りは近年あちこちの復興しかかった商店街や繫華街に現れては武力をちらつかせ、近隣住民に危害を加えて回っていたらしい。

 この街も再開発計画が立てばアーティストどもの活動という名の否応なしの地上げが始まり、食い詰めたバンドマンからダンサー、ポエマー、アクターからヤクザもんまでが加わった、オールキャストの茶番劇が繰り広げられることになる……。


 サンガネの嘆きは続いていた。彼はこの街を愛し、オールドメディア文化を、残された機械や技術を愛し、そしてここで働く人々を愛していた。

「もう、おしまいなんだ……あいつらが来たってことは、もう……終わってしまうんだ……!」


「バカ野郎、まぁだ始まってもいねえよ!」

 この街が狙われているということは、いずれあぶくちゃんの店にも魔の手が伸びて、海から空から迫る一心会を退けなくちゃならない。

 この街を、お店を、文化を、人々を、あぶくちゃんの暮らしを、守らなくちゃ。

「サンガネ、マッドナゴヤに向かうのは、また今度だ」

「え?」

「このオーサカを、ココに芽生えて連綿と生きる文化や場所、そこで暮らす人々の生活……全て食い物にした罪深き害獣達けものたちの墓場にしてやる!」


 なんとか兄さんの手掛かりと足取りを掴んだ僕だったけど、マッドナゴヤに向かうことはせず、兄さんのことを教えてくれた、あの老店主。ドクトル・アマリージョの道具屋の二階に、僕も転がり込むことにした。これでサンガネとは、晴れてルームメイトだ。

 アマリージョ博士はサンガネのメカニックの師匠でもあり、ここで勉強と修行をしているとのこと。


 まるで不細工なタペストリーのように、別々だったカラフルな糸が縦横に絡みつき、必然の絵物語を編み上げようとしているみたいだった。


 なぜ旅立たなかったのか。それは、とにかく、可愛かったんだ。

 あぶくちゃんが。

 あまりも、あまりにも……。



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