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OSAKA EL.DORADO  作者: 佐野和哉
OSAKA EL.DORADO
56/90

33.

 ぽかーん、と立ち尽くす烏合の衆を向こうに回し、着地と同時に明るく快活に、腹から飛び出すような太く張りのある声で自己紹介を続けるマノ。

「僕の名前はマノ! 今日は天気もいいし、イベント日和だね。そして記念すべきクソデカジャスティスの皆さんと栗永ピーナッツの」「ピーナッツ栗永さん、な」

「ありがとう、そうだったね!」

 芝居がかった仕草でボソっと訂正した祭り装束の男をピっと指差し話を続ける。

「そこのお祭り男の君! ところでその栗永さんを知らないか、ご挨拶したいんだけどな!!」

「オイラ、ワッショイ富田林ってんだ! 栗永さんならお前がこんなことするから危ないんで、奥に引っ込んでジャスティスの皆さんが警護してるよ」

「ワッショイ、ジャスティスか!」

 どうやらお祭り男ことワッショイ富田林君は、マノに気に入られてしまったらしい。こうなるともう逃げられない。ボクも、舎利寺もそうだった。

 この男と目が合って指でも差されて話しかけられたら、あとは友達になるか死体になるか、どっちかだ。果たして彼の未来は……。


「な、な、な……なんやねんアイツ。おかしいやん、なんで空なんか飛べるん、なんでなん、なあ、おかしいやん……!」

 バックステージの栗永専用の個室に転がるように逃げ込むと歩哨を立たせて鍵をかけ、ソファや冷蔵庫を手当たり次第にドアに押し付けたうえ、周囲にも側近を置いた栗永は恐怖と不安から苛立ちながら声を震わせ、狭い室内を右往左往しては八つ当たりのように怒鳴っている。

「おかしい……ありえへん、おかしい、ありえへんっちゅうねん! ジェットパックもワイヤーも無い、ホログラムでも……あーもう、どないなってんほんまぁ!!」

「栗永様、あの空から降って来た男は新人のインフルエンサーと申しております」

「是非、栗永様にご挨拶がしたいなどと言っているようですが……」

 白装束のクソデカジャスティス構成員が「いかがなさいますか」と続ける前に、栗永は懐のハイレグバブリーのソバージュを撫でながら言った。

「お、おおう。お、おもろいやないけ。よっしゃうたろ」

 脚の震えを悟られぬよう、大きな声を張り上げて。


「いやあーどおーもー! 栗永で……す……?」


「そうなのか、それがゴスファッションか」

「マノっちぃ、知らないのおー?」

「マノっちぃは宇宙人だから知らないのぉー!」

「おいおい宇宙人だってよ!」

「そりゃあ空も飛べるはず、だな!」

「だろォ~ッ! このぐらい簡単だよ」

「え、本当に飛んでたの……」

「そうだけど?」

 舞台裏から決死の覚悟でやって来て、つとめて明るい声を張り上げた栗永が目にしたのは、自分が引っ込んでいたものの数分で周囲の魑魅魍魎をまとめ上げて中央に陣取り、早速の質問責めと当意即妙の受け答えで一座を従えている謎の自称インフルエンサーの姿だった。


「なあワッショイ、このイベントは相当デカいのか?」

「おう、オイラが今まで見た中じゃあ一番だな!」

「あたしもぉ! なんかぁ、結構ジャスティスも飲み屋のバーイベとかぁ、どっかハコ借りてやるとかが多くってぇ」

「そうそう、このレベルのはオレも知らねえな」

「そういうワケだからよ、オイラも気合入ってんだよ今日は!」


 構わず話を続けるマノと、自分目当てに集まってきたはずのインフルエンサーども。見た目や言葉のインパクトで我田引水を試みる自己紹介や、練りに練ったキャラ設定も全て吹き飛んでしまった。

 ホンモノの宇宙人が空を飛んでやって来たから。

 真偽のほどは定かでなくとも、このインパクトに、一見すると地味だが迫力のあるスーツにシャツという出で立ちも相まって一躍その場の人気者になってしまっている。

(まずい……!)

「えーっと、マノやったな。オレが栗永や、よろしく!」

「ああ、これはどうも。突然お邪魔してすみません。マノです、宇宙の……インフルエンサーです」

 そういって大袈裟にお辞儀をすると、また一座がドっと沸いた。

「ばりビビったわー! ほんで自分もインフルエンサー始めるんやってな、オレも最初はインフルエンサーやってん。マジがんばってな!」

「ありがとうございます、勉強させてもらいます!」

「そんなカタいこと言わんでエエねん。勉強なんてしようと思ってしても身にならへんし、生きて楽しんでることが勉強や! 人生は楽しんだもん勝ちやで!!」


 本当にこんなバカみたいなセリフを口に出して言う奴って居るんだ……!


「ほな、そろそろイベント始まるで……今日オープニングアクトまーじえぐいで!」

「おおー青蛇やん!」

「これ撮っていいっすか!?」

「やば」

「おう、ガンガン載せてやー!」


「マノ、いよいよ決起集会イベントが始まるみたいだね、ステージ裏から見てイイみたいだから、折角だし見学させてもらおう」

「みんな端末片手に走って行ったぞ」

「そりゃあそうさ、みんな栗永に気に入られて自分も主宰やゲストになりたいんだ。栗永は栗永で、自分のイベントの出演者を自分の番組やアカウントでの配信で褒めて、それを自分で呼んだ招待客に褒めさせる。いつもの手口さ」


 舞台の緞帳が上がり、詰めかけた観客が声をあげて出迎えたのは海賊のような衣装を身にまとった中年の男。割と男前で声もよく通るが

「どうも皆さん、私がプロデューサーのキャプテン秣です!」


「なんだ、裏方が出張って来たぞ。それにあの服装ならキャプテンってより海賊だろう」

「他人の船にタダ乗りするのが海賊なら、他人の手柄にタダ乗りするのがインフルエンサーだ。お似合いじゃないかな」

「なあサンガネ、君はインフルエンサーに親でも殺されたのか」


「そして今回の主役、見事オーサカシティから健全文化振興推進互助団体として認可を受けたピーナッツ・栗永、R!!」

「いやいやいやいや、主役やなんてとんでもないっすよ」

「何をおっしゃいますやら」

「主役は今日ここに集まってくれたお客様ですよ!」

(場内拍手)

「おおー、のっけからそれ言う?」

「それしか言うことないじゃないですか逆に、もう僕らの仕事は半分終わってるわけでね。あとはもう楽しんでいただくしか……今日のメンツもね、マジでアツいですから」

「オレが他でプロデュースしてるイベントでもねえ、盛り上がってたねえー。お客の心を掴むよね。栗永くんが見つけて来る人は。たいてい」

「今日のオープニングの青蛇も、キャプテンのイベントじゃあ不動のレギュラーですもんね!」

「彼らはねえ、凄く賢い。ほんとにアタマいいよ。なんと言うかツボを心得てるからこっちも構成しやすいし、言われたことよりもずっと色んなこと考えてくれるから仕事してて楽しいね」


 決起集会という名のショーが始まった。歌あり、コントや漫才もあり、さらに事前に応募した参加者もステージに上がっての大喜利大会まで開催されるというボリュームたっぷりのイベントだ……が、その内容はと言えば空虚なこと極まりなく、そしてこれが今のオーサカシティの文化的現実なのだというのが露骨に出ている有様だった。

 何一つ、オーサカシティの理想とする規範や規制からはみ出さず、それでいて感動するべきところで涙したり、ウケるべきところで笑ったりしなければ今度は観客側にオーサカシティの定める理想的文化的規範の不浸透が問題になる。


 O.C.Pとオーサカシティに監視され、銃口を背中に突き付けられたまま、ある者はショーを楽しみ、ある者はショーを盛り上げ、またある者はショーを作っている……ということになっている。何から何まで造り物の規範と理想で雁字搦めな癖に、それを守って楽しむことが正義だと思って憚らない。それどころか、それをこっちに押し付けて自分たちは勝ち馬に乗ったつもりでいる。

 その先に待っているのは雁字搦めどころじゃない、自分で自分の首を真綿で絞め合う有様を高みで見物されるだけの文化的生き地獄でしかないというのに。


 それを知ってておくびにも出さず、自分で企画して自分で呼んだ連中を自分で褒めて、また次の現場に回す。その様子を都合よく褒めさせ広めさせて、いまオーサカシティで注目の人気者どもの一丁上がりだ。


「なあワッショイ、随分と退屈じゃないか。向こうでシーシャでも吸おうか」

「アホ! なんぼ新入りでもそんなこと言ってたら首が幾つあっても足らんぞ!」

「うーんそうか、じゃあ何て言えばいいんだ」

「そうだなあ、ダンスのキレとか笑いの間とか、そういうこと書いとけばそれっぽいぞ」

「君も中々いい加減じゃないか」

「まあな。昔はもっと面白アホな奴等や過激な連中も居たもんだが、今じゃこれが主流だからよ。オイラとしちゃあ物足りないときもあるが、健全な文化の発展と推進のためだ。精一杯やるだけよ」

「なるほどな」


 マノは、今の会話を胸ポケットのカマボコ板からボクたちに向かって聞かせていた。有象無象のインフルエンサーどもから少し離れて、立錐の余地も無いほど詰めかけた観客に紛れて行ったのは、何もマノが本心から

「なあワッショイ。熱狂のイベントを伝えるのに自分たちは関係者ヅラしてバックステージで腕組しながら端末なんぞいじくってても、何もわからないんじゃないか? そんなことよりホレ、お客の中に飛び込んで一緒に楽しんじゃうってのはどうだ!」

 などと思っていたからではなく。ワッショイ富田林には何か感じるものがあったのだと見える。そうして群衆に紛れて聞き出した彼の心のうちは、やはり現状に何かしらの不満や物足りなさを覚えていた。


「サンガネ、これじゃ時間がかかりそうだ……舎利寺の方は、どうなってる」

「押忍。オレなら団地のそばで待機中だ……お前も乱痴気騒ぎを楽しんでるようじゃないか」

「いやあ、踊ってるお姉ちゃんたちは美人だし、ピアスにタトゥーがバチボコで可愛いぜ」

「全く……!」

「おいマノ、誰と喋ってるんだ」

「ああ、友達が外で待ってるんだ」

「(ともだち……)」

「へえ、こっちには来ないのかい? お祭り騒ぎは楽しいぜ。それに向こうの団地側は何だか物騒な連中がウロウロしてるし警備も厳重だからな……下手なとこに入っちまうと危ないぞ」

「だ、そうだ舎利寺」

「(ともだち……)んっ? そうか。わかった気を付けるとしよう」


 舎利寺の仕事が変わった。どうもこの決起集会イベントの最中に動きは無さそうだ。むしろ、この盛り上がりをキッチリ作って一心会に示す必要があるとみて、出演者も観客も必死だしインフルエンサーどもはと言えば、そんな様子を撮影してはセッセと配信している。

 ワッショイの言う通りだとするならば、団地の守りは硬くても栗永やキャプテンはこの場を動きづらいはずだ。


「オレは団地を探ってみる」

「わかった、何かあったら知らせてくれ」

「友達は来ないのか」

「ああ、彼はカタブツでね。こういう乱痴気騒ぎは苦手なんだそうだ」


 舎利寺は巨体を縮めるようにして音も無く千島団地の入り口へと向かって行った。

 広場からの喧騒が漣のように空気を伝ってきて、聳え立つコンクリートの要塞のような団地の冷たい壁や地面を震わせている。が、それ以外は不気味なほど静まり返っている。

 警備どころか、団地の住民の姿さえない。みんな決起集会イベントに行っているのだろうか。それとも……。


 ほんの一瞬、ドアの向こうで僅かに何かが蠢く気配がした。

 やはり住民は、みな部屋の中に閉じこもっているのだろうか。それとも、彼らは既に部屋の外に出ることが……

「誰だ!?」

 しまった! と大きな体を縮めて素早く辺りを伺うも、見つかった様子は無い。落ち着いてもう一度、周囲の気配を感じ取ってみる……ステージで大きな山場を迎えたようで、どわん、と空気中で膨れ上がった歓声がアドバルーンのように浮かんで響く。


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