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OSAKA EL.DORADO  作者: 佐野和哉
OSAKA EL.DORADO
52/90

29.

 結局、広場の露店を失ってしまったミロクちゃんは租界ポンバシに住み着いて、あぶくちゃんのお店・Cafe de鬼で働くことになった。無論、舎利寺も一緒……というか、ミロクちゃんが彼のそばを離れようとせず、しまいには

「私と暮らしてくれないのならあなたが何処へ行こうともついてゆく」

 と言い放ち、ミロクちゃんのことは憎からず感じていながらも、やはり粛清軍に加担していた罪の意識との板挟みだった舎利寺が根負けしたというか……で、彼も一緒に暮らし始めたのだ。


 実はボクらが暮らしてるお店のすぐそばに古いけど立派な建物があって、そこの家主が桃谷の青空市場にも度々出店している小型部品商でボクらと一緒に粛清軍との戦いを見ていた。舎利寺が改心し、あの時のシーシャ屋さんのお姉ちゃんと一緒に暮らすと聞いたら喜んでくれて、空いていた住居兼テナントを安く譲ってくれたのだ。


 二人はそこを改装し住まいにした。ゆくゆくは自分たちでお店を開きたいと思っているようだ。大きな舎利寺と、華奢でクールなミロクちゃんは傍から見ていてもお似合いで、マノはマノで彼女の作るシーシャが気に入ったようで前にも増してあぶくちゃんのお店でありボクたちの溜まり場でもある

「Cafe de鬼」

 に入り浸るようになった。もっとも、相変わらずあぶくちゃんに対しては緊張してしまって、ろくに話も出来ないようだ。


 桃谷での死闘から少し経ったその日も、ボクとマノは租界を見回りがてら資材や食料品の買い出しをして、Cafe de鬼へ立ち寄っていた。いつもの窓際の席に腰かけて僕はペプシを、マノはミロクちゃん特製のノンシュガー・スパイスマシマシチャイとカルダモンとボムシェルとパンラズナを加えたシーシャを楽しんでいた。

「サンガネさん、ペプシのおかわりは?」

 ボクに声をかけてくれたのは、あぶくちゃんのお店で長年メイドさんをしているめぃめぃちゃんだ。めぃめぃちゃんはつやつやした黒い髪の毛を三つ編みのおさげにして胸元まで垂らし、そこにいつも赤いリボンをつけているのがトレードマークで、丈の長い紺のワンピースに白いエプロンという、クラシカルなメイドさんの装いの小柄で童顔な女の子。目じりの下がった柔和な眼差しとちんまりした鼻、ほんのり紅い頬、朴訥な笑顔が素敵なのだが、実は元ホンモノの職業軍人で訓練を受けていたツワモノ。

 

 僕とは武器マニア同士であり、兵器開発のアドバイザーも務めてもらっている。

 その腕前は確かで、あぶくちゃん不在時には店を守ってくれているのもめぃめぃちゃんだ。


「ありがとう。頂こうかな」

「うにゃーい」

 めぃめぃちゃんはおぼこい可憐さと真面目な精錬さの同居するまごうことなき実力者なんだけど、時々こんな不思議な言葉を発する。やっぱり何処か素っ頓狂なのは、この街のこの店ならではの人材だからなのかな。

「たーだいまー!」

 そこへ、マガちゃんが戻って来た。マガちゃんもCafe de鬼の従業員で、本当はマーガレットちゃんと言う。が、本人が自分の事を縮めてマガちゃんと呼ぶので、周りもそれに倣っているわけだ。


「おお、マガちゃんおかえり。今日も可愛いな」

「へへへえ」

 真っ赤なオカッパ頭にクリっとした目、つんとしたオトガイに冷暗色の紅いルージュを引いた唇からはギラリと光る銀色の牙ピアスが一対。まるで猫みたいな顔をしているマガちゃんは天真爛漫で明るい性格も相まって、ここらじゃ結構人気がある。

 唇の牙ピアスにとどまらず、耳や額、舌、鼻、瞼と顔じゅう至るところにピアスがバチボコに開いていて、さらに両腕は肩のあたりまでリストカットの痕がびっしり。そのうえ背中や腰、太もも、胸元まで動物や星座、古代文字や記号をモチーフにした種々様々色とりどりの彫り物が入っていて、それを露出の多い服で申し訳程度に包んでいる。マノもそんなマガちゃんがお気に入りのようで顔を見るとよくご馳走しているため、彼に懐いているようだ。

 質実剛健を地で行くめぃめぃちゃんとは全てが正反対だが、この二人は意外に仲がいい。


 マガちゃんは買い出しの帰りだったらしく、大きな荷物をドサドサと運び込んで店の奥に仕舞ってゆく。

「マガちゃん戻ってきてくれて良かったなあ」

「そうね、一時はどうなったかと」

「どうしたんだ、マガちゃんって何かあったのか」

 シーシャの煙をフワーっと天井目掛けて吹き出しながらマノが怪訝な顔をする。

「ちょうど、マノが来たばかりの頃にね。マガちゃん暫く行方不明だったんだ」

「そぉそぉ。戻ってきたら髪の毛が真っ赤でビックリしたなあ」

「ふうん」


 マガちゃんは今でもそうだが働き者で、お店に居ると接客から調理、暇なときは掃除に買い出し、さらには表で配るためのチラシを作ったり、テーブルクロスや椅子のカバーを繕ったりとクルクル小まめに仕事を見つけては動いている子だった。

 マノが来るまでは実質的な用心棒であり不測の事態においては救護担当ともなるめぃめぃちゃんとは名コンビで、あぶくちゃんが往来に出てチラシを配ったり、各地でイベント出演や商店会の会合に出席したり出来たのも、この二人が居たからだった。


 それが忽然と姿を消した。だけど、この街に住んでいる以上いつ何が起きても、何に巻き込まれても不思議はない。租界といえど不詳の輩は日々、跋扈しているし、自分がその餌食にならないとは誰も言えないのだ。心配こそすれ、探したり尋ねたりしても見つかるようなものでもなし……。残された者に出来る事と言えば、じっと待っているか、忘れてしまうか、ぐらいしかない。


 姿形は変わったが顔や傷跡は変わらないんだし、服装も露出が増えてお客のなかには喜んでいる人もいるみたいだし、何しろ戻って来てくれて良かった。特に店を切り盛りするあぶくちゃん、めぃめぃちゃんにとっては貴重な人材でもあるので本当に一安心だったんだ。


「あ、そういえば!」

 カウンターに入って調味料や缶入りのドリンクを並べていたマガちゃんが赤いオカッパ頭をひょこっと飛び出させて、何か発見をしたかのように声を弾ませた。

「さっきね、こおーんな大きなツルツルボウズのお兄さんが歩いてたよ! こおーんな大きいの!」

 マガちゃんは笑うと切れ長の目が真一文字になる。その真一文字の笑顔のまま話し続ける。

「服は真っ黒なのに、お肌は白いの! それでね、こおーんな大きいの!」

 マガちゃんは両腕を大きく上げて円を描きながら、まるで小山のような形を作った。あまりに大きく動かすので、カウンターの柱に右手をぶつけている。それにしても、この租界でそんなに大きな人といえば……?


 ボクの思案とほぼ同時に、店の扉が開いてドアストッパーの小さな鈴がチリンと鳴った。

「いらっしゃーい」

「あっ! さっきの大きいお兄さん!」

「お、押忍……マノいるか」

「おおー、舎利寺。こっちこっち」

 やっぱり、マガちゃんが見かけたのは舎利寺だった。190センチを超える巨体にスキンヘッド、白い素肌は人工皮膚で、その他にも体のアチコチを機械に換装した歩く人間兵器だ。

 桃谷で死闘を繰り広げた結果、心が通じ合った二人は協力して粛清軍の巨大兵器を撃沈した。その後ボクのラボで修復された舎利寺は晴れて租界の住人となり、マノとは友達になった……というわ「舎利寺さあん!!」

 ボクたちのいる席に向かってのっしのっしと歩いて来た舎利寺に、ミロクちゃんが横っ飛びに抱き着いてきた。幾つかのテーブルと椅子を巻き込んで床に倒れ込んだ二人だが、困惑する舎利寺にも構わずミロクちゃんは彼の胸板に頬を寄せてスリスリと心地よさそうにしている。


「ちょっとミロクちゃん、椅子とテーブルが……!」

「あーあ、毎日毎日よく飽きないわねえミロクちゃん」

「ん、もう! 舎利寺を見るとコレなんだから」

 マガちゃん、めぃめぃちゃん、あぶくちゃんが三者三様に呆れているが、その眼差しは温かかった。みんなそれぞれの人生で、それぞれの戦いの果てにここに辿り着いて生きているから。それにミロクちゃんのこれまでの孤軍奮闘ぶりと、この店での働きぶりには三人とも一目置いている。だからこそ、普段はクールで客あしらいも上手いミロクちゃんが舎利寺の前でだけは所かまわずデレデレになってしまい、懐きまくった猫みたいになっても受け入れているのだろう。


 マノと向かい合うように腰かけた舎利寺。ボクは一人掛けのソファを一つ動かしてきて、テーブルの横に陣取った。

「遅くなったな、すまん」

「いいさ。こっちものんびりやってたから……その前に、その大きな仔猫ちゃんをどうにかしないとな」

 舎利寺の膝の上では、相変わらずミロクちゃんがゴロゴロスリスリしてご機嫌だ。

「あら、私にはおかまいなく……」

「構うよ! まあいいか」

「いいんだ……!」

「で舎利寺。何処の粛清軍の動きがあやしいって?」


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