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OSAKA EL.DORADO  作者: 佐野和哉
OSAKA EL.DORADO
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27

 ぐんぐんスピードを増す舎利寺が上空を旋回し、熱暴走の末に臨界を迎えようとする巨大兵器・巽参轟に狙いを定めている。チャンスは一度きり、一発勝負の大勝負。新しい何かが目覚めた舎利寺の人生と覚悟がSPARKした一瞬の火花をも凍らせる、いまオーサカで手に入るありったけの冷凍弾。

 深紅の巨人へと変身し戦い続けたマノも、残り僅かなエネルギーを振り絞って巽参轟の動きを止めていた。白熱し、ときおり体内から眩い光の束を放ちながら、巽参轟の破滅の時が近づいて来る。そしてその時が来たら……ここにいるみんな、ボクたちも、マノも舎利寺もあぶくちゃんも、おしまいだ。


 友達になれたかも知れないのにな。


 舎利寺の脳裏に去来するのは、マノが彼との勝負を終えてこぼしたひとひらの言葉。

 そうだ。オレが欲しかったのは絶対の権力でも、大勢の手下でもない。ともだち、だったんだ。一瞬でもいい、いや、オレの勘違いでもいい。オレは、ともだちがほしい。

 オレはオレより強いマノの、ともだちとして死にたい……!


 狭まり薄暗いまま千々に乱れる視界に表示されている座標軸を彷徨う二重丸のターゲットアイコンが巽参轟の動力源にして弱点である気水胴を捉えて赤く光る。だが撃つのはココじゃない、この熱を辿ればボイラに循環させる水を湛えた下部ヘッダがある。凍らせるのはそこだ。

 いま沸いている熱湯を冷ますのではなく、沸かす前の水を凍らせさらに蒸気を冷まして水に戻し、巽参轟の動力を元から断つのだ。だがそのためには……あの丸っこい巨体の最奥まで突っ込んでゆく必要がある。


「マノ……彼は死ぬ気だよ」

「そうだな。アイツもロボットだったのか」

「いや違う。彼は人間だ……だけど、体を幾らか機械に換えているんだ」

「道理でニンゲンにしちゃ強いわけだ」

「でも、流石に今度ばかりは」

「舎利寺がカチンコチンになるか、僕がドロドロになるか。どっちが先かな」


 晴天の陽光を背負った舎利寺が、黒煙のたなびく広場の上空でホバリングしたのち、真一文字に結んでいた口を開き、力いっぱい叫んだ。

「ぐおおおおおおお!!」

 背中のバーニアがひと際激しく火を噴いて、舎利寺の円い頭が逆さになって、体が矢のように真っすぐになって、巽参轟の丸っこいボディのてっぺん目掛けて猛スピードで突き刺さった。高熱のせいでたわみ、ゆがみ、強度を失った鋼板をブチ抜いて、配管も水管も引き千切って、そのままボイラの下部ヘッダに激突。

 舎利寺の全身に纏った冷凍弾が次々と炸裂し、巽参轟の丸っこい巨体が一瞬にして真っ白い冷気を含んだ爆風に包まれた。


「舎利寺さあああああああん……!!」

 ミロクちゃんの涙声がこだまして、モニターの中で冷たい霧がゆっくりと晴れてゆく。

 そこにはすっかりと凍り付き、動きのとまった巽参轟が軋みながら辛うじて突っ立っていた。温度センサーからは、熱源反応がすっかり消えている。

「マノ、やつの炉が落ちた! 今だ!!」


「よし……!」

 満身創痍のマノが天高く飛び上がった。急速に熱を失ったボイラから蒸気が止まり、巽参轟は今度こそ完全に機能を失った。あとは再び動き出さないように、叩き壊すだけだ。

 右足を引き付け、左足を力強く突き出して拳を握り締めて歯を食いしばって、ふと見渡せばオーサカの街並みがかすみながら広がっている。瓦礫と化した広場、その向こうに崩れ落ちた旧環状線の高架と線路、阪神高速。谷町から生玉にかけて広がる廃寺、廃墓地。

 租界の町並み、ミナミの歓楽街。それらを睥睨するように聳え立つ大伽藍・あべのハルカスが青く光る。


 一瞬、空中で静止したマノが残ったすべてのエネルギーを左足に集中させて急降下する。丸いボディの真上から地面に向かって突き刺さるように激突したマノ。それで戦いは終わりだった。あらゆるエネルギーの直撃を喰らった鉄の塊が悲鳴をあげて壊れてゆく。

 しかしやはりダメージとエネルギーの消耗が激しく、貫通するまでには至らなかった。それに、以前のように一点集中したパワーで発光することもなく、落下の加速を頼って蹴り抜いたのだろう。

 マノは、さっきまで巨大兵器・巽参轟だったものから抜け出す最中に、白く丸いものを見つけた。それは殆ど氷漬け寸前でぐったりとした舎利寺の姿だった。


「マノ!」

「おおー、あの兄ちゃん生きて帰って来よったでえ!」

「マノさん……あっ!」


 瓦礫と化した広場と巨大兵器を背に、白い冷気の踊る石畳を歩くマノ。等身大の姿に戻った彼の腕の中には、静かに目を閉じた舎利寺の巨体がしっかりと抱かれていた。


「舎利寺さん……」

「サンガネ」

「……?」

「治せるか」

「えっ」

「まだ死んじゃいない。そのカマボコ板のセンサーで見てみろ」

「……本当だ」

「本当なの!?」

「ああ。だが相当の出血があるのと、全身の損傷がひどいな……」

「血ならあります! 私のを使って下さい!!」

「ミロクちゃん」

「幾ら使ってくれても構わない、舎利寺さんを助けてください!」

「ああーこらぁ部品も総取っ換えやな」

「人工関節と培養皮膚やったら在庫あんで」

「バーニアは……えらい古いな。直すより作った方が早いわ」

「安心せえ。部品はこっちで揃えたるさかい、あとはオマエ次第や」

「せやな、ずっと磨いてきた腕の見せ所……お前の出番や、サンガネ!」


 その場の見立てで必要と分かった部品は、売り物のなかから集めてひと足先に租界にあるボクの作業場に運んでくれるとのことだった。作業場と言っても、博士の研究室ラボを間借りしているんだけれど。

 肝心の舎利寺は、マノが腕に抱いたまま大事に運んでくれた。ミロクちゃんは泣きっ通しのまま、濡れた仔羊のような顔をしてボクたちに同行した。どうしても輸血をすると言って聞かなかったんだ。

 あぶくちゃんは現地に残り、傷ついた人々のケアに当たるとのことで、今日は別れた。


 お店に帰ると、アマリージョ博士が出迎えてくれた。カマボコ板から発信された映像を全て見ていたようで、既に部品も届いて準備が整っている。店の奥にある研究所であり作業場の生体換装手術用台座に、マノが舎利寺をそっと横たえる。


 さっそく着替えとセッティングを終えたボクが作業台に向かったとき、背中の方で何かがドサリと音を立てた。振り向いて視線を向けると、青い顔をしたマノが壁際のソファに深々と腰かけて項垂れていた。

 考えてみれば舎利寺も重症だが、その舎利寺と粛清軍を向こうに回して大立ち回りした挙句、巨大兵器・巽参轟まで退けたうえ、桃谷からニッポンバシの租界まであの重たい舎利寺を腕に抱いて歩いて来たわけで。彼もまた限界だったのだ。


 死力を尽くして戦った男が、ふたり。

 ここからはボクの番だ。ボクが自分の腕を信じて戦う番なんだ……。


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