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OSAKA EL.DORADO  作者: 佐野和哉
プロローグ
4/90

4.Raining Blood.

「ねえ、君の方から僕にぶつかって来てさ、謝罪する前に何か言っちゃしゃあないやないですか。幾らね、君に誠意があっても、それが伝わる前に、僕にね。僕も悪いですよ急いでたし。でも急いでるからって君に僕がぶつかってたら僕はすぐ謝罪しましたよ。見た目と違って僕ら、そういう礼儀とかはホント大事にしてますんへヴぇ!」

 まだチビが何か言っているが構うものか。僕は助走をつけて、思い切り飛び上がって、イキりチビの顔面に向かって、両足を揃えた分厚いブーツの靴底をお見舞いした。地べたに右足で着地して低く構えたら、今度は左足を付ける前に太ももを高く上げる。するとヒョロ長がハイキックを警戒して顔を守った瞬間にコキっと軌道を変えて、膝裏を刈り取るように蹴る。

 ベキ! と、ブチ! の混じった音がした。靭帯と軟骨が両方イカれた音だ。そのまま声も出せずに崩れ落ちたヒョロ長は、暫く歩けまい。するとすかさず、マッチョメンが僕を背後から羽交い絞めにした。

「ちょっと何よ、アンタたち」

「あぶくちゃん、あぶくちゃん、こっち!」

 サンガネが彼女の手を引っ張って階段を駆け上がって行った。ナイスな判断だが僕より先に彼女の肌に触りやがって、お前も許さん。


「な、なんやねんお前」

だぁれにモノ言ってるんだチビ」

 僕はマッチョの手首を母指球の上からそっと抑えて、間髪入れず内側に捩じる。マッチョが痛みと体勢を崩したのをこらえて、少し体を傾けた瞬間に踵を跳ね上げた。

 バスッ、と、グチッ、の混じった音がする。バスッ、はマッチョの衣服に僕のあんよがめり込む音。グチッはマッチョのキンタマが僕のあんよでブッ潰れた音。

「ああああ、あああーっ!」

 我が身に起こった出来事と痛みでマッチョが悲痛な叫びをあげる。ガクっと片膝をつき、ズボンの股を血で汚しながら、それでもキッと僕の方を見て睨み付ける。

 女の子に因縁をつけるようなチンケなイキりチビなんかの味方をしておいて逆恨みも甚だしいが、その闘志やヨシ。僕はマッチョの立てた膝に飛び乗って、自分の片膝をその髭に埋もれた顎の中心を突き抜くようにして真っ直ぐ思い切って叩きつけることで敬司、いや敬意を示した。

 西暦2000年代に誕生した華麗なる技を披露し、上機嫌でィーーヤッ! とポーズを取る僕を見て、チビが遂に絶叫した。


「お前何しとんねんゴラァ!」

「コッチが聞きてえよ、お前こそ僕のあぶくちゃんに突っかかってどうするつもりだったんだ。聞いたぞ、謝罪だあ? そんなもん今スグお前が地獄に落っこちてエンマ様にでも好きなだけ謝れ、わかったな!」

「お前カンケーあらへんやん!! ほんでなんでこいつらこんなグフゥ」

 またしてもチビが何か喚いているが、構わずツカツカと間合いを詰めながら土手っ腹に拳をめり込ませて黙らせる。蹲って丸出しになった延髄に肘打ちを落とし、襟首を掴んで立たせたら今度は喉元を掴んで持ち上げる。片手でスイっと持ち上がる時点でコイツは強いとか怖いとかいう類のものではない。

 強さは体の重さに比例する。どんなチビでもヒョロガリでも、そいつが強ければ相手にこんな真似はさせないはずだ。

「お前、軽いな。全部」

 僕はチビを絞首台のように持ち上げたまま雑居ビルの階段を踊り場まで上って行った。

「んーー、まだ低いか?」

 もう一度チビの喉元を掴んで2階のバルコニーまで登る。

「こんなもんか」

 僕はバルコニーの鉄柵をカラフルに塗られたベニヤ板ごと蹴り抜いて、往来を覗き込んだ。その真下には放置されたゴミや自転車が堆積している。

「……!!」

 しっかりと首が絞まっているうえ恐怖と絶望でチビが何か言おうとしても声にならない。ただやみくもにヒュコー、ヒューヒューと喉を鳴らしながらジタバタするばかりだ。


「お、良いものがある」

 雑居ビルの階段は雑居ビルらしく色んなものが雑多に置かれたり積まれたりしている。それはビールのケースや、前あった店が放って行ったと思われるふちに沿って電球をあしらったプラスチック板の立て看板などで、中でもお誂え向きな白地にペンキで「SNACK土手ガール」と描かれた看板を往来に蹴り落とすと、バシャーーンガシャンと派手な音がしてプラ板と中の蛍光灯、外枠に並んでいた電球が砕け散った。

「これで、よし。と」

 満足した僕はチビの首を改めてグッと絞め、一段と高く持ち上げるとそのまま砕けた看板に向かって投げ落とした。勢いよく腕を振って、いいところで手を離す。が、タイミングは完璧だったにもかかわらず、落下した時の音やダメージは僕の思っていたものとは程遠かった。

「おーいチビ、お前、軽すぎだよ。枯れ葉みてえな奴だな、お前な」


 自転車の部品や割れたプラ板、蛍光灯に電球がコイツの体をズタズタにしてくれないと、僕の気が収まらないじゃないか。どうしてくれる。こうしてあげよう。

 僕はそのまま仰向けに倒れ込んだチビに向かって両足を揃えて飛び降りた。そしてガラクタの上で伸びているチビの胸の辺りに全体重を乗せて着地した。

「グブヒュッ」

 短い断末魔と共に、黄土色の酒臭い吐瀉物とどす黒いピンク色した内臓片を口や鼻から吹き出し、次いで青白い泡をぶくぶくと垂れ流しながらチビが痙攣している。肋骨と背骨が砕けているようだ。そのうち幾つかは肺に刺さったのかヒューヒュー言っている。

「で、誰に謝るって? あぶくちゃんがお前に謝る理由は何だったんだ、え? 今この状況でもまだ言えるか? ん?」

 よく見ると折れた自転車のハンドルがチビの背中に突き刺さっている。僕はそのハンドルの付け根を爪先で軽くコンココンココン、とリズミカルに蹴りながらチビに質問を投げかけるが、虚ろな目をして震えるばかりでラチがあかない。だからイキった軽薄チンピラは嫌いだ。

「なんだ、もういいのか。じゃあね」

 傍らにどこぞの業者が不法投棄した廃油がある。それも第三種揮発性化合物がサビついた一斗缶いっぱいに入ったままで、ひいふうみい……おおコレだけありゃ景気よく燃えるな。


 Come on baby, light my fire……

「カモベビライマイファーーイ♪」

 上機嫌で支度をしていると、近所の店からお誂え向きに古いナンバーが流れ出て来た。さすがは本場ニッポンバシオタロードのオールドレコード・カフェだ。

 ご満悦の僕は思わずそれを口ずさみながら、往来にガラクタと瀕死のチビをズリズリと移動させて廃油缶を積む。缶のうちひとつには小さな穴をあけて油を漏らし、燃えやすそうなガラクタとチビを浸してゆくように濡らす。


 ふと見上げたビルの窓から、あぶくちゃんとサンガネがコチラを見て心配そうな顔をしている。そうだ、僕はあぶくちゃんに会いに来たんだった。

 それなのに、今どうしてこんなことをしているんだろう?

 確かにコイツは地獄の業火に焼かれるべきクズだが、果たしてその役目は僕のものだろうか。極卒の代わりに働いてやるほど、御大層な身分じゃないや。分不相応なボランティア精神は身を亡ぼすってもんだ。まあ、でも、乗り掛かった舟か。


 周囲を行き交う連中が横目でチラっと僕を見ては目を逸らす。関わり合いになるのはゴメンだろう。僕だって嫌だ。

「さて、と」

 昨日、三ツ寺の店で貰って来た店名入りのマッチが早速役に立つ。まさかこんなことに使うとは思わなかったけど。

 ジャッ、と音を立てて、古式ゆかしきマッチの丸いアタマに火が点いた。明るいオレンジの炎の向こうが陽炎になって、明け方のリアルな悪夢のように揺らめく。黒くかぐわしい香りの煙を鼻先にくゆらせるように、火のついたマッチをガラクタの山に放り投げる。放物線を描いて飛んで行ったマッチが一斗缶と看板の隙間に吸い込まれるようにして埋もれてゆくと、一瞬、細い白煙がスイと立って、すぐにボワッと黒煙が上がり、次いで濃橙色の焔がメラメラと燃え始めた。チビは最後の力を振り絞って身をよじるが、そのたびに油で濡れた体が滑り、火のついたガラクタに飲まれ焼かれてゆく。


 And our love become a funeral pyre……

 燃え上がる二人の愛は火葬の薪になる、か。そうかもな。まあ燃えるのはお前だけだが……。


 僕がチビを燃やすガラクタの炎に背を向けると、往来のネオンに紛れた大勢の人影がこちらに向かって容赦ない怒りを放射しながら近づいて来るのが見えた。

「遅かったじゃねえか、お前、大した根性だな」

 ふと見ると足を壊されたヒョロ長が応援を呼んだらしく、駆け付けた仲間の一人に支えられてヨロヨロと立ち上がった。

「こ、殺してやるぅ」

 しゅうしゅうと喘ぐような汚い呼吸と共に、ハラワタから絞り出すような声でヒョロ長が言った。

「そいつら全員と、お前が死ぬことになるけど、いいのか。そうか」

 僕はヒョロ長と気の毒な連中の答えを待たずに動き出した。


 ちょうど足元に転がってた火のついた廃材を蹴り飛ばすと、真っすぐな軌道を描いて近くに居た男の顔面目掛けて飛んでいった。あぎゃあっ! というその悲鳴が、デスマッチ第2ラウンドのゴングだった。


「この僕ひとり片付けるために、よくもこんなに暇な連中かき集めたね。ありがとうよ。一人も生きて帰さねえ」 

 僕は吸い込んだ気体が体の隅々に行き渡るような深い深い呼吸をして、全身の呼気を残らず吐き出すように深い深い呼吸をした。そしてもう一度吸い込んだ、路地と酒と吐瀉物と、血反吐と火焔の匂いが沁みついて渦巻く空気をオヘソのちょい下あたりに集めてギュっと凝縮する。

 意識の中で質量を持ち始めた豆粒ほどの空気の塊が、やがてこれを繰り返すことで重さと大きさを増してゆく。そのイメージを膨らませるのと同時に、僕の全身の筋肉もミシミシと音を立てて大きく、分厚く、熱量を増してゆく。


 最後の息を吐ききって、そして吸い込んだ息を触媒にして空気の塊をパチンと弾くように飛び上がる。地面にズシンと足をつくと、僕の黒い髪の毛は真っ赤に色づき、全身を巡る血流にもエネルギーが満ち満ちている。爪先から脳天に向かってスゥーっと冷たいものが昇っていって、目の前が何でも眩しく明るく美しく見える。

 最高に気分がいい。

 ぶっ殺す。コイツらみんな、ぶっ殺す。

 

「さあーどいつからだ!?」

 死にたい奴からかかって来い! と叫びながら、僕は我慢出来ずに近くに居た例のヒョロ長を取っ捕まえて引きずり倒した。さっき蹴った脚を庇うように尻込みをするが、許さず折れた足を掴んで、折れてない方の足は左足で踏んづけて股裂きのカッコウにする。

 往来で、仁王立ちで、男が男を大股開きにして見栄を切っている、の図は、あまり気持ちのいいものではないな。相手が女の子でも同じだけど。


「こんな足、もう使えないな。捨てちゃえ」

 僕は折れた方の足の足首をひねって、筋が強張ったところで思いっきり押し込んで股関節をゴキっと外した。

「ああああああああ! ああーーっ!!」

 ヒョロ長の悲鳴をBGMに、そのままさらに足を押し込む。下敷きにした足の太もも辺りを踵で強く踏みつけて内股の筋も圧し切る。さらに圧し込んでゆくと、膝の中でグチャッゴリゴリッと濁った音がして、急に糸が切れたように膝があらぬ方向に曲がった。

「ぎゃああ!」

 どうも完全に膝の関節がぶっ壊れて、皮膚の中で軟骨や切れた筋なんかが泳いでいるだけになったようだ。いいぞ。

「膝ぐらいじゃ甘いよ」

 僕は構わずそのまま砕けた膝を抱え上げるようにして、最後の最後に思いっきり体重を乗せて圧し掛かった。ベキベキッ、の後で、ブチュブチュブチッ! と音がして、僕の体に鮮血が吹き上がって真っ赤に染まった。

 ヒョロ長の右足が股関節から千切れて、腰に向かって大きく引き裂けていた。まだギリギリ、胴体とは繋がっているが……腰の皮一枚、というやつか。

 あまりのショックに顔面蒼白で痙攣するヒョロ長も燃え上がるガラクタの山に放り込む。悲鳴を上げてのたうち回るが、やはりオイル塗れの廃材はよく滑りよく燃えるとあって、あっという間に火炎ゴミのなかに飲み込まれて動かなくなった。


「どうした? お前らは死なないのか」

 僕は後ずさりしようとしたチンピラ……デニムのベストにモヒカンヘアーという古風な男の首根っこを捕まえて喉笛を握り潰すと、そのまま釣り上げて振り向きざまに炎の中に投げ込んだ。人間焚き火デスマッチは佳境を迎えつつある。どんどん燃やそう。

 誰のためだか数に任せて集まった烏合の衆が、青ざめて立ったまま震えていた。

 今まで小競り合いの端っこに加わったことや、誰かの勝ち馬に乗った時ぐらいが武勇伝のピークだったんであって、急にオタロードのど真ん中で目ん玉飛び出るようなデスマッチが始まったら、まあこんなもんだろう。


「そっちが来ないなら一つだけ教えてやる。この姿を見て生きて帰った奴は、今日までひとりも居ねえんだ」

 

 運悪く僕の目の前でガタガタ震えていたパンチパーマに細長いサングラス、紫色のスーツというこれまたレトロブームの中心地らしいレトロヤクザ風の男を捕まえると、眉間からキンタマの皺の縫い目まで一刀両断に引き裂いた。指先に集中させたエネルギーを素早く貫通させつつ圧し切る技で、

「あがばわ」

 縦に真っ二つになった体から吹き上がる真っ赤な血しぶきで紅に染まった僕の姿は気高い鶴の様に美しい。

「血の雨の中に君臨する王様。Raining Bloodだ、気分いいね」


 ありとあらゆるクズ共の色んな所から噴き出た返り血を浴びて、全身真っ赤になった僕の姿を見て、残りのクズ共が逃げ出すタイミングをはかって、後ずさって震えて。

 コイツらが今、死にたいか死にたくないかは、もはや別問題だ。問題は僕の気分だ。折角こんなに集まったんだ、この際ハデにやろうじゃないか。


「お前らみんな観念しな。言ったろ。一人も生きて帰さねえ、って」

 降り注ぐ血の雨を浴びたAngel Of Deathのお出ましだ。とくと見ろ。

「う、うう、う……ぎぃ、いぃぃぃ……」

 僕は全身に力を込めて、さらなる変身を試みた。ここまでやるのは久しぶりだ。市街地だし、あぶくちゃんも見てる。だから、控えめにしないと……控えめ……控え、めぇ……め……めぇ、ぇ……。


 みし、みしっと、膨張しきったかのように思えた肉体が軋んでたわみ、悲鳴のような音をたてて肥大化する。痛みと高揚感が混じり合い、ハラワタの底から湧き上がる衝動が叫び声になって白昼のニッポンバシオタロードにこだました。

「がぁあああああああああああ!!」

 今度は筋肉や骨格だけではない。体そのものがちょっと緩やかに、かなり確実に、違ってゆくのが、お前らにもわかってるだろう? ほら、こんなに大きくなった。

 しゅうしゅうと沸騰する血液から湯気が立ち昇り、銀色に生まれ変わった髪の毛が反り返って固まり、返り血ではなく僕本来の体色である深紅のボディが干潟のような往来でゆらめく陽炎に包まれて輝き、集まったボンクラ共が世界の終りのような顔をし、声を失い、指をさし、今すぐ逃げ出そうと踵を返し、その一瞬を僕は許さない。

「待ぁてよ」

 だいたいビルの3階くらいの高さまでデカくなったせいで間延びした低い低い声が、慌てて背中を向けた一人のボンクラを捕まえた。背中と胸をグイっと指先で摘まんで押し潰すと、口と耳と鼻からピンクの臓物を噴き出して立ったまま死んだ。


「ホラお前も」

 逃げ出したはいいが不運にも瓦礫に足を取られてスッ転んだチンピラを踏み潰す。爪先から腰の辺りにかけてが、ベシャリという濁った音と共にすり潰されて人体だった肉片になる。

「あーあ、勿体ない。アビキの材料にでもしてもらえば少しはカネになったのにな」

 は、は、は、と低い低い僕の声がビルの谷間でビリヤードの玉みたいに跳ね返って往来に響く。

「さあ、殺せるだけ殺して遊ぼうぜ。汚れるだけ汚れるのもいいもんだ」


 逃げる奴を片っ端から追いかけて、捕まえて、踏みつぶしたり殴り飛ばしたり。まるで庭の石をどけてアリやダンゴムシやナメクジを大虐殺するクソガキみたいに、ワラワラと逃げおおせる連中を殺して回る。いい気分だ、これだこれだ。

 やっぱり暴力に限る。


「コラーッ!!」

 その時。高く鋭い、澄んだ声が死屍累々のニッポンバシオタロードを貫いた。

 声の主は店のあるビルに避難していた、あぶくちゃんだった。

「ちょっとお兄さん! お店の前を散らかさないでよ!」


 ちょうど僕の顔の当たりに、彼女の小さな顔がある。彼女の居る場所の高さに、僕の大きな顔がある。

「アンタさっきからデカい顔して暴れてるけど、コレ、誰が片づけるのよ!? もう、いい加減にしなさいよ!」


 あぶくちゃんは僕の顔に向かって右手の人差し指を突き出し、銀色のオデコをカツンと突いた。

「せっかく助けてくれたのに、こんな真似して! お礼ぐらい素直に言わせなさい!」

 さらにもう一度、今度は僕の心をカツン、カツンと突いた。

(怒られちゃった……あぶくちゃんが怒ってる。せっかく助けようと思ったのに)

(でも、でも、だって悪いのは先に君を襲った連中じゃないか。絶対そうだよ、僕はゴミ捨てをしくじって散らかしちゃっただけだ。僕は悪くない。それなのに、あぶくちゃんの怒りの眼差しが僕を刺す)

(なんで、なんで……つらい……つらい)


「もうっ! そんなにションボリしないでよ! 死んじゃったのなんかしょーがないでしょ! それにこんなクズたちが何匹くたばったって誰も文句無いわよ! でも、あたしのお店の前を汚すのはやめて頂戴! わかる? お兄さんが悪いんじゃないの。片づけて、って言ってるの!」

 

 え?

 片づければいいの? 怒ってない?

 ほんと?

「わかったよ、あぶくちゃん!」

 僕に任せて!!

「Come on baby, light my fire!」

 天に向かって両手を突き上げ拳を握り締めた。夕暮れ時の空に赤や青や黄金の稲妻が無数に煌めき、僕の拳を目掛けて走る。

 やがて雷撃を浴びた拳に熱エネルギーが充填され、燃えるような赤色に輝き始めた。それを一旦アタマのてっぺんまで行って、足の爪先まで巡らせて、丹田に集中して練ってゆく。拳に帯びた熱エネルギーが全身を駆け巡り、やがて出口を求めて沸騰する。

 さあ、お掃除の時間だ。

 僕はこの技で彼女のハートに火をつける。お前らみんな火葬の薪だ。


「And our love become a funeral pyre!!」

 丹田で練り上げた全身の熱エネルギーを一気に開放し、地面に向かって打ち付けた。轟音と共に死屍累々の往来を電撃混じりの炎が走り、薄汚れた舗装路ごとクズの死体と瀕死のクズと逃げ遅れたクズどもを薙ぎ払い焼き尽くす。

 さらに千切れたり潰れたりした肉体は炎によって加熱された砂混じりの超高温の熱風で攪拌されることで瞬時に燃焼、ガス化し消え失せる。僅かな灰や骨の欠片だけを残して。

 完全燃焼で不快な悪臭や焼却残渣も、ごく少ない。

「あぶくちゃん、どうかなあ!?」

「うん、上出来!」

 やったあ、褒められた。久しぶりに大技を繰り出したことでエネルギーを消耗してしまった。僕は体を縮め、元のサイズになってビルの階段を昇り始めた。


「待たせたな!」

「見てたよ。凄い技だなあ、君あんなこと出来るんだ」

 あぶくちゃんの居るお店、Cafe de 鬼のドアを開けると興奮した様子のサンガネが待っていてくれた。なんだかんだ義理堅いヤツだ。

「まあな。町中だし手加減したけど。うん」

「得意になっちゃって、もう。でもありがとっ!」

 銀色の丸いトレイを抱えたあぶくちゃんが、僕に礼を言ってニコっと笑った。

「い、いやあ、あの、まあ、ね」

「ホントにお店、来てくれたんだ。じゃあ座って」


 通りに面した日当たりの良さそうな窓側の隅っこに、如何にも居心地の良さそうな二人用ソファ席がある。年代物っぽいがふかふかした手触りと、座った時のふかっと包まれるような感覚がなんとも心地よい。

「ねえ」

 ひと息ついて瓦礫の増えた往来を眺めていたら、あぶくちゃんが僕に声をかけた。

「これ、あげる。お礼にね」

 ちりん。

 と小さな鈴が鳴った。天使のようなモコモコした翼を生やしたネコがニッコリ笑った、手のひらに収まるくらいのアクリルキーホルダー。

「可愛いね、いいの?」

「うん。あたしだと思って大事にして」

「ありがとう!」


 対面のソファに腰かけて、よかったね、と冷やかすサンガネのスネを爪先で軽く蹴ってメニューを手に取る。あのフライヤーと同じ、クセがあって可愛い文字が並んでいる。

 つまり、読みづらい。

「あーー、えっと。サンガネ、君は何にする?」

「僕はペプシのLLかな」

「サンガネいつもそれだもんね」

 そういえば常連客なんだっけか。

「じゃあ僕もそれで!」

「うん、わかった! じゃあちょっと待ってて!」

 あぶくちゃんが縦長の手書き伝票にサラサラと書き込んで、テーブルの角にそっと置いて厨房に向かって言った。


 外のケバケバしい明るさと容赦なく降り注ぐ西日とは裏腹に、小さなお店の中は雑然としていて薄暗い。もっとも慢性的なエネルギー不足と値上がりを続ける光熱費とで、マトモに明かりなんぞ点けてられないので、ご多分に漏れず灯火制限を付けているんだろう。それにこのぐらいの雰囲気の方がゴミゴミっとしたニッポンバシオタロード風で落ち着くのかも知れない。

 にしても、だ。


「なあサンガネ。ここって彼女のお店なのか?」

「ん? ああ、そうだよ。彼女がオーナーで、もうあと何人か女の子が居るんだよね」

「なるほどな。てっきり、何処かのお店のメイドさんかと思ってた」

「自分のお店に、メイドさんとして出て居るんだね彼女は」

 ペプシが出てくるまでの短い間、サンガネからこのニッポンバシオタロード周辺のことを一頻りレクチャーしてもらうことが出来た。


「はーーい、どうぞ」

 歌うようにあぶくちゃんがトレイに乗ったペプシをふたつ、コースター、紙ナプキン、ストローをひとつ、グラスと順序良く置いた。

「サンガネはストロー無し、だったよね?」

「あ、ああ。うん」

 なるほど常連客か。

「お兄さんもどうぞー、はいっ」

 汗をかいたグラスが窓越しの陽射しを浴びて、焦げ茶色のペプシの海に光の粒を浮き上がらせる。あぶく、光、つぶつぶ、光。

「サンガネ、saludだ!」

「へ? さ、さる?」

「この星の言葉で乾杯って意味だろ、さあグラスを持ってくれ」

「君は時々、外国の言葉を使うんだな」

「ひとつの星に色んな種類があるだけでみんな同じさ。そこに中も外もあるか」

「そ、そうだね」

「¡Salud!」

「んと、じゃあ、さるー!」



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