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OSAKA EL.DORADO  作者: 佐野和哉
あぶくちゃん物語

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20/90

粘膜飛行5.

 長い、長い鉄橋を渡り続けるサンセット倫理。タテヨコナナメに組み立てられた鉄骨が夕陽に溶けて影になる。夕陽と影のアラベスクが、窓越しに高速で通過する。僕の頭めがけて飛んでくる鉄骨の影、僕の手の中にはドアノブがひとつ。

 アラベスク、夕陽、ドアノブ、アラベスク、夕陽、ドアノブ、低く唸るような轟音、アラベスク、轟音、スポメニック。


 大きな大きな川のど真ん中に浮かぶ中州に差し掛かると、そこで待っていたのは楕円形をした丸っこいスポメニック。宇宙船みたいな丸い窓とカマボコを上下に貼り合わせたような形の、冷たい石くれの記念碑。

 真っすぐ伸びた通路と階段が、丸っこい建造物に続いている。抵抗と権威の象徴としてのメイスを象ったスポメニックが僕の頭上に振り下ろされて、影が夕陽が動脈のハイウェイからボリュームを上げて溶け込んでゆく。鉄橋と動脈の轟音がシンクロして、生命のスタッカートと交錯するポリリズム。鼓動はいつまでも鳴りやまず、鉄橋はいつまでも終わらない。僕はドアノブを回せない。回さない。回らない。回らない。動かない。


 そのままドアを押してみる。呆気なく開いたドアノブは、とうの昔に開いていた。薄く粗末なドアの向こうで腕を組み頬を膨らませ、潤んだ瞳で僕を睨んでいたのは

「あ、あぶくちゃん」

「遅い。もう」

 ドアノブを失って中空を彷徨いかけた僕の手をグイと掴んで、あぶくちゃんはコンパートメント80号室に僕の体を引きずり込んで、薄く粗末なドアをベタンと閉じた。


 どこまでもドア。

 永遠と孤独と後悔の峠道を、歩いて行かなきゃ。延々と。寝苦しく暑苦しい夢を見て、今日も狭いベッドの列車で目を覚ます。

 何度目の夜を過ごしただろう。夜が来ても朝は来ない、真夜中を走り続け夕暮れ時を目指す寝台特急サンセット倫理。倫理が情緒に組み敷かれ、闇夜に紛れて叫ぶとき。開けない夜を望んでいるのは組み敷かれて情緒を見上げる涙目の倫理。


 荒涼とした大地に真っすぐな線路みちが続く。青白い月明かりが夜空をうっすら照らし、時々ぽつりぽつりと立つ線路灯が白すぎる明かりを投げる。レールに浮いた夜露がギラリと光り、やがて来る車輪の群れを待つ。轟音と汽笛が冷えた夜を切り裂いて、ヘッドライトの先へ先へと青春ごっこの続きが遠ざかってく。

 

 踏切の音がカァンカァンァァンと尾を引いて飛び去ってく。ああ、道路があったんだなと思って少し経って気が付いた。次の駅が終点なんだ。もうすぐ終わる旅の色が、空にうつって夕焼けを描く。

 朝が来ても朝にならず、夜が来ても夜が明けない。ここは捨てられた大地を走る最後のレールウェイ。これは捨てられた大地を走る最後のランナウェイ。何も心配はいらないから、何も気にしないでいいから。

 今日も明日も夜明けなど来ないから。


 開けない夜など無い、やまない雨など無い、なんでそんなに前向きに生きられるのか。どうしてそんなに、前向きに生きなくちゃならないのか。

 いま更けてくこの夜を、いま降ってるこの雨を、もう耐え忍ぶことがしんどいって言っているのに。次の雨まで、また晴れ間を見てはバカみたいに走って生きなくちゃならないくらいなら、明けない夜を延々と、永遠に、狭いベッドの列車で走っていたいのに。

「ねえ、もう嫌だよ」

 薄い壁に向かって、独り言をつぶやいた。返事はない。

「あぶくちゃん」

 薄い壁に向かって、あの子の名を呼んだ。返事はない。

 

 一年で一日が一番長い日。Summer Solsticeの夕暮れを背負った巨大な影が曲がりくねった線路の先、荒野の果てに見えて来た。いつもより少しだけ明るい窓の外。

 見慣れたはずの廃墟の駅。何処までも続く滅びたままの世界に残っていた最後の駅。サンセット倫理がたどり着いた、旅の終わりは打ち捨てられた巨大な廃空港だった。


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