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OSAKA EL.DORADO  作者: 佐野和哉
あぶくちゃん物語
14/90

粘膜旅行3.

「ああーー、ハオいわー」

 ???

「っあーあ」

 あれ、今あぶくちゃん居た?

「ねえ、あぶくちゃん?」

「んんー?」

「ああ、やっぱ聞こえるんだ」

「ほーんと、壁、うっすい!」


 ガタタンガタタン……列車はスピードが乗ってきて、車輪の音が大きくダイナミックに響き始めた。僕は振動と音のダブルパンチで、とてもじゃないが落ち着いて眠れないままボンヤリしていた。あぶくちゃんは、時々騒音に紛れて

「あーーくっそ」

「いやあーー参ったなコリャ」

「フヒヒヒ、フヒ」

「ミ゛ッ!!」

 などとブツクサ言っているのが聞こえてくるので、大方お気に入りのラリー映画でも流しながら仕事をしているんだろう。あれは男前の兄弟がお互いの想いを交錯させつつぶつかり合い、最後には再び認め合う青春ストーリーで、僕も何度となく見た。

 彼女が隣に座っていると、否応なしに何度でも見ることになる。お陰で話のスジからセリフまで大抵のことは覚えてしまった。だけどそれと同じくらい、彼女の髪の毛の色艶、におい、素肌の白さ、鼻息の荒さと可愛さ、見入っている瞳まで、まるで映画のワンシーンのように覚えている。……脳裏に刻まれていると言ってもいい。


 僕の記憶の中であぶくちゃんの笑顔横顔泣き顔がオーヴァードライブし始めたとき、ふと床を見たら……さっきまでの質素なフロアはそのままに、しかしびっしりと何かの紋様が浮き上がって居た。それは床一面に広がるドーマンセーマン。

 格子状のドーマンに星型のセーマンが交互に並んだ、ドーマンセーマンのアラベスク。

 戸惑う間もなくそれらが渦を巻いてグルグルと回転し始める。床が動いているのか自分が動いているのかわからない。ズズズズ、と見えないはずの動作音が活字になって視野を横切る。ズズズズ、と書いてあることだけは判読できる、でも見たこともない文字になって。

「あ、あ、あ」

 僕は思わず、彼女の名を呼ぼうとした。だけどさっきまで、まるで隣に座ってるかのように聞こえていたあぶくちゃんの声が、ぐんぐん遠ざかってゆく。波打ち際に裸足で立っている時みたいに、あっという間に引きずられてゆく。狭い部屋の天井から壁から床から全部ドーマンセーマンになって、遠ざかりながら近づいて来る。透明な分厚い壁に囲まれているようだ。いや、これは透明で分厚い心臓の内側に僕が居て、今まさに脈打つ瞬間を目の当たりにしているんだ。


 じゃあ、一体コレは誰の心臓なんだ!?


 うんにょり、うんにょり、遠ざかっては近づいてくる透明で分厚い壁に浮き上がる赤や青の太い管。そこからうっすらと染み出した色が透明な壁を染めてゆく。赤と青の水煙がシーシャのように透明な壁の中をゴボゴボと走りまわり、やがて混じり合う。赤と青が混じれば当然顔して紫だ。紫なのに青緑、青緑だけど赤黒い、黄ばんだ陽射しが透けてく竹藪。午後2時過ぎの冬の山。道なき道を歩いてる。それは誰かと尋ねたら、お前だ!!


 あっ!


 ドックン、ドックン、ドックン、ドックン……脈打つ心臓の音で目が覚めた。時々ドクドックドクッと変拍子を入れてくるので、恐らく僕の心臓にはMike Portnoyが住み着いているのだと思う。そして僕は、出来る事なら、あぶくちゃんの傍を、ずっと歩いていきたい。

「I Walk Beside You」

 ずっと歩いて居たい。この壁も、服も、素肌も要らない。僕には、あぶくちゃんとの距離を取らせる全てが疎ましく憎たらしい。おぞましい内臓でも、剥き出しの粘膜でも、雨ざらしの心でもいい、君に極限まで近づけるのならば。君の衣服さえ、体さえ、心さえ、心さえ、無かったなら。すべてが一つになれたのに。


 ドックン、ドックン、ドックン、ドックンドクドックドクッドクンッ……ドックン、ドックン、ドックン、ドックン……ああ、落ち着いてきた。胸に手を当てて深呼吸する。だんだんと周囲の景色が戻り始めて、赤黒い紫色で脈打つ分厚い壁が消えてゆく。辺り一面を覆い尽くしたドーマンセーマンも薄れて行って、クルクル回りながら見えなくなった。そして残った大小さまざまな血管だけがみるみるうちに膨れ上がって、今にもはち切れそうになっている。古いアニメーションで、庭に水を撒いているホースの根元を猫が踏んづけているような、まんまるでパンパンになった血管らしきものたち。中空を縦横に走るそれだけが標本のようにその場で固まって、脈打ち膨れ上がり、痙攣し続けている。

 いつか爆ぜる、いつか爆ぜる、もうすぐ、爆ぜる、爆ぜる、爆ぜる……!


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