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OSAKA EL.DORADO  作者: 佐野和哉
あぶくちゃん物語
13/90

粘膜旅行2.

 無人駅を闊歩する虚空の雑踏。顔のない人いきれのなかで彼女の姿を見失ってしまい、狼狽える僕の目の前にブルーの列車が滑り込んでくる。


 寝台特急サンセット倫理。

 それは夕暮れに向かって走り出し真夜中を目指す列車。あれに乗らなきゃ、だけど、僕は今ひとりだ……どうしよう。

 どよどよどよ……。波が海鳴りのように響いている。さっきまで、もの寂しい無人のホームだった真夜中が突然のラッシュを迎えている。この状況で僕は完全に戸惑ってしまっていた。声を出して呼ばなきゃ、呼ばなきゃ声を出して。大きな声で。だけど喉が震えない。

 まるで高熱を出した時に見た明け方の悪夢のように、叫びたくても声が声になって飛んで行かない。かすれた歯車が空回りするような音だけが、辛うじて歯の隙間から漏れてくるようだ。呼ばなくちゃ、彼女の名前を呼ばなくちゃ、あ、あ、

「ちょっと! ねえ、こっち!」

「あぶくちゃん!」


 カッ!!


 ホームに渦巻く人々の影を縫うように白く陶器のように美しい指先、手のひら、髪の毛、愛の光が差し込んで、僕の肩を強く掴んだ人が居た。そして僕がその名を呼んだ時、何かが弾けるような音がして、無人駅の雑踏は跡形もなく消え去った。映画を撮る時に使うカチンコを鳴らしたような音だった。

「もうっ! どこ見てるの」

 腰に手を当て、僕をシッカリ睨んでプンスカしているあぶくちゃんの、ゴスロリワンピースの胸元を見ています。

「ほら、早く乗らなきゃ」

 僕の肩を掴んだまま振り返った彼女が、駆け足でブルーの車両に飛び込んだ。僕もワタワタしながら乗り込むと、それとほぼ同時にドアが閉まった。

「あーーよかった。ホラ、席、探そ!」


 ブルーの車体に銀のラインが入った寝台特急サンセット倫理。14両編成の先頭車両は1室だけのパノラマVIPルームで、運転席は客室上部に設置されている。前方は全て強化硬質ファイバーグラスと特殊反射ガラスを組み合わせた解放窓となっており、そこにベッドが設置されている。そのほかジャグジー付きバスルーム、備え付けのドリンクは全て飲み放題のバーカウンターも窓際に設置されており、美しい夜空や降りしきる雨だれの下で旅の夜が満喫出来る造りになっている。


 が、勿論僕たちが入る客室は、そんな上等なものではない。車両後部に向かっていくほど、部屋は狭く小さくなってゆく。それでも雑魚寝部屋じゃないだけマシかも知れないが、それにしたって随分と狭い。コレじゃ場末の木賃宿と変わらない。もっとも、申し訳程度の小さなブラウン管テレビや前の客が残したゴミ、シーツのシミやカビ埃その他イロイロのイヤな臭いがしない分はるかにマシってもんだが。


「ずいぶん狭いベッドだねえ」

「そ」

「これ、一人用?」

「そ」

(なーんだ)

「いま、つまんないって思ったでしょ」

「え」

「顔に書いてある」

「え」

「なーんてね。へっへ!」


 一瞬マジで、あぶくちゃん、テレパシーも使えるのかと思った。いや、この子ならそのぐらいやりかねんな。何しろ

「あった!」

 あぶくちゃんが手持ちの切符と部屋番号を照らし合わせて、フンフンと頷くように何度も確かめている。そして

「ハイこれ!」

 と、そのうちの一枚をホイと寄越した。白く透き通るような素肌の細長い指先に、ちょっとだけササクレがあるのが、あぶくちゃんのいいところ。コレで働き者だからね。


「じゃあ、後でね」

「う、うん」

 言うが早いか、あぶくちゃんは自分の80号室に入ってバタンとドアを閉めてしまった。僕は僕で手元のチケットを見ると37号室。え、隣じゃねえじゃん?

 と思ってドアを見ると37号室。一体どういう並び方してるんだ、この部屋どもは。まあいいか、と僕も僕の部屋のドアをガチャリと開ける。引いて開けたドアの向こうがすぐベッド。ごく狭い。ひどく狭い。まるで棺桶だ。それでも小さいくらいだ。あぶくちゃんも、隣でこんなベッドに収まっているんだろうか。

「イテテテ」

 ゴトンドスン、と騒がしい音がして、あぶくちゃんも苦労しているのが伝わって来た。僕も僕で靴を脱いでベッドに入るのに一苦労だ。オマケにすぐ下に車輪があると来て、レールを走る衝撃や摩擦音なんかもダイレクト。バスルームもバーカンも、それどころかシャワーすら夢のまた夢。体を横向きに出来るだけでも贅沢ってもんだ。だけど窓だけは大きく、四角い夜空に星が瞬き、部屋の隅には月明かりが青白い光を伸ばしている。


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