第五話 刻の魔術師 下
咄嗟に後ろに投げ飛ばされる感触がしたが、再び引き戻される。何が起きたのか俺には一瞬理解できなかった。
「お、おい……?怜也…?」
俺は怜也に胸倉をつかまれていた。長年の付き合いだ。お互いの性格はわかりきってるからまさか怜也がこんな事をするなんて思ってもいなかった。
「……やっとわかったよ……最近の違和感の正体が」
怜也は言葉を荒げたりするわけでもなく、あくまで冷静に言葉を紡ぐ。
「七翔、お前、最近自惚れすぎなんだよ。悲劇のヒーロー気取りか?いいご身分だな。守ってやれなかったなんてほざいてるが仮にお前が加奈ちゃんの近くにいたとして何ができた?ゲームしか能のないガキなんて一緒にさらわれるのがオチだ」
「っ………!」
「なにか言い返したらどうだ?最強のヒーロー様ってやつはなんでも救うんだろ?ほら、はやく何とかして見せろよ」
心のどこかで感じていた。そう。どこかで分かっていたんだ。俺にはそんな力がないって。でも必死に隠してきた。繕ってきた。誤魔化してきた。そんな事実を一気に叩きつけられて俺は思わず怜也の胸倉をつかみ返す。
「お前に何がわかるってんだよ!!!確かに当時の俺は非力な九歳のガキだったかも知れない!!!でもな!俺のあずかり知れないところで最愛の妹が急にいなくなる気持ちをお前は知っているのか??わかったらさっさとその手をどけろ!!!」
我ながら最低なことを言っている自覚がある。これでこいつとも絶縁かなと思っていたら予想外の返答が帰ってくる。
「あぁ分かるわけないだろお前の気持ちなんか!!!でもそんなことはどうだっていい!!!なんでお前は今の現状に満足しているんだ?加奈ちゃんの情報を探るっていう免罪符でのらりくらり高校に入ってその後の進展は?ないだろうさ!どうなんだよ!!」
「っっ……!それは……」
図星だった。俺は変わることが怖い。今の何もから逃げて得られた仮初の平穏。楽しいこともなければ悲しいこともない。そんな世界に満足しているのだ。これ以上何かを失うことが怖い。
「どうやら図星みたいだな、七翔。何故お前は何も変わってしまったあの日、真っ先に動き出さなかった?お前の妹に対する気持ちはそんなものなのか?」
「違う!!!加奈の行方の手掛かりは唯一<moon crown>が関連していることしかわかっていなかった!そんな状態で一体何を動けばいいんだよ!!」
「は?唯一だって?当時のお前はそんなことであきらめる男だったのか?」
怜也は言葉を紡ぐ
「俺はお前と初めて会った時、こいつとなら頂点を目指せると確信した。お前になら俺がこれまでに培ってきた知識や全てをささげる価値があると思った。お前がかつて持っていた圧倒的な実力と向上心は、誰にだって負けていなかった。それこそ周りを全部巻き込んで竜巻を起こす程だ」
「――――でも、ある日を境にお前は変わった。自分が本当にやりたいこと、夢から逃げて安全を取った。俺は心底絶望したよ。でも、いつかまたあの時のお前が帰ってくるって信じて待ち続けていた」
「怜也……」
「この際だからはっきり言うぞ!!七翔!夢から逃げるな!憧れから逃げるな!諦めるな!あの時俺が一緒にチームを作りたい、このゲームの頂点を目指したいと思えた!お前の闘志はまだ胸の中に残されてる!いや、今も燃え続けている。そうだろ?[刻の魔術師]!!!!」
――――頭をバットか何かで殴られたような衝撃が走った。
今まで誰に何を言われても俺の心には響かなかった。普段温厚な怜也が言ったからだろうか。いや、たぶんそういう事ではない。
――――俺自身、限界だったのだ。
自分を偽り、心の中で今も燃え盛り続ける炎を隠すことが。
――――ボウっと、心の中の火が燃え上がったような音がした。
しばらく無言の時間が続いた後、俺たちはお互い手を離した。
「すまない七翔。つい熱くなりすぎた。でもあれは嘘偽りのない俺の本心だ」
「こちらこそすまなかった。つい熱くなってしまって…」
「いいんだ。でも、これで少しは目が覚めただろう?」
「あぁ。本当にありがとう。俺は俺のやりたいことをやるよ。もう逃げない」
すると怜也は何かをかみしめた表情で
「そう。それでいいんだ。それでこそ[刻の魔術師]だ」
と言ってにこりと笑う
とここで俺らが大声をあげたせいで大勢の観客がこちらを見ていることに気付く。
得体のしれない気恥ずかしさを感じた俺は顔をそらす
「じゃあ俺は一回あいつらのもとに戻ってくるよ。またな、七翔」
「ああ。また後で」
怜也は去り際
「あ、言い忘れていたが早めに助けに行った方がいいぞ。一条さんのスキルはそのあまりの特殊性から一人で扱う事が困難な代物だ。そういう観点から今回のような戦いには不向きだぞ。はやいとこ[割り込み]システムで壊滅させちまった方がいいぞー?」
「まためちゃくちゃなことを…こちとら七年ブランクのおじいちゃんだぞ?」
すると怜也は笑いながら
「お前は高々七年のブランクであの程度に負けるような選手なのか?そんなわけないだろ?」
「怜也の期待が重いな……まぁできるだけ頑張ってみるよ。ここが俺のリスタート地点だ。目の前で困っている女の子一人助けられなくてなにが頂点だ」
「それでこそ俺が見込んだ男だ。そうだ。七翔。これでも持っていけ」
と言いながら怜也は何かを俺に投げてくる
―――これは……ローブと仮面?
金の刺繍が綺麗に縫われ、コスプレ品と一蹴しきれない、あきらかに高級品のローブと……兔の仮面か…?
物静かでクールなイメージを与えてくるファンシーな感じではない兔の仮面がそこにはあった。
「なんでまたこんなものを持っているんだ…?」
「七翔が復活するその日に備えて用意したものだ。お前のスキルは独特すぎて一瞬で正体がばれるだろ?今の段階で顔バレは学園生活を送るにあたっても有益なことではないはずだ」
なるほど。そういう事か。たしかに一理ある。
「理解はしたが納得はできんな…なんで俺がこんな痛々しいコスプレ紛いのことをしないといけない?」
「ん?でもこういうの好きだろ?七翔」
「お前には適わんな…」
正直に言おう、大好物である。こんなかっこいい恰好をして目立つのはとてつもなく高ぶるものがあるな。
「じゃあ今度こそ俺はいくよ。グッドラック。七翔」
といいながらe-sportsショップへ姿を再び消した怜也を見送る。
既に観客の俺たちに対する興味は無くなっていたため、幸い受け渡しの場面を誰かに見られることはなかった。これで思う存分変装が可能だ。
「さぁさぁまもなく第2ラウンド開始となります!挑戦者の謎のスキルによってまさかの大番狂わせはあるのか!?」
戦いも終盤に入ってきたようだな。急がないと
俺は先ほど渡された服装に着替えて俺は走り出す。
――――これがすべての始まりだった。
ここから俺と彼女の物語が始まる。
怜也くんめっちゃいい男っすね...
あれ?これラブコメなはずなんだけどね?
説明不足の設定とか結構あると思うので気になったらほんとになんでも突っ込んじゃってください。
今日はこの後19時、可能なら22時に投稿します
感想やアドバイスもお待ちしております。泣いて喜びます。