第十八話 一章エピローグ(七翔視点)
はいこれにて一章完結です!一日だけこれまでのお話を改稿するお時間をいただいて、そのあと二章開始です!
一度は諦めた夢。それが今再び動き出したのを身にしみて感じる。
思い返せば今日は色々なことがあった。
怜也と喧嘩して、一条を助けてそのまま終わりかと思ったら二人に連れまわされて近くのファミレスで遅くまで事情徴収をされた。
日ごろ人とあまり話さないので、ここ一か月分くらいの会話量だったように思える。
……まぁ、悪い気はしなかったが。
俺は自転車に乗りながら今日のことを思い返す。怜也はいつも通りの調子だったが、一条の話し方だったり、性格を見ていると、仲良くなれそうな気がする。
もっとも最初から最後まで素顔を隠していたので、そんな機会が訪れることはないのだと思うが
一条ももちろんだが、今日は本当に怜也に助けられた一日だった。過去に囚われ、灰色の世界に閉じ込められていた俺を救い出してくれた。
俺は夜空に悠然と佇む月を見る。
その月は黄色に輝いていて、久しくその色を見ていなかった俺にとってはそれですら月明りですら少し眩しく感じる。
色が戻った世界は、些か俺にはまだ眩しすぎるように感じる。
でも、もう迷ったりしない。
俺は彼女との物語を始めてしまった。もう戻ることなんてできない。
いや、彼女とのなんていうには少し自惚れが過ぎるのかもしれない。
なぜなら、俺は彼女に素顔どころか名前、連絡先すら教えていないからだ。
物語を始める。なんてかっこいいことを言っていても、彼女が自力で俺の正体に気付いてくれない限り物語なんて始まらない。
「なんで自分の正体を明かさなかったんだ俺……」
どうせ高校で実技の授業をやればすぐにばれてしまう事なのに。何故か気恥ずかしくて正体を明かすことをためらってしまった。
あの決闘は全世界同時中継されていて、俺はともかく、彼女のスキルはどのチームからも引く手あまただろう。
おそらく今後彼女と一緒に戦える機会はほとんど訪れない。そして本当は教えたいと思っている、俺の常用スキルも教えることだってできない。
そう、チームメイトでもない限り。
―――あの時、チームに勧誘していれば……
そんな後悔と自己嫌悪が俺を苛む。
彼女のスキルと俺のスキル。そして怜也の分析能力と知識。それに加えて俺が厳選して勧誘するメンバーなら本当に頂点を目指せるだろう。しかし過去のトラウマが俺にそれを躊躇させた。
未だに俺は仲間の裏切りを恐れている。大切な人が急にいなくなる恐怖におびえている。少しはましにはなったが、この感情はそんなの関係ないくらいに俺の心の根っこに巣食っている。
俺と彼女と怜也、そして信頼における仲間たち。時には厳しい言い合いをしながらお互いを高め合い、普段の授業だけでなく休みの日や放課後も行動を共にし信頼を深め、共に頂点をめざす。そんな光景。
その光景を思い浮かべるだけで、俺の中に熱いものが流れ出す感覚がある。
俺の中にそんな感覚があったことに驚きっぱなしだ。
いつか俺はトラウマを乗り越えて、そんな夢をかなえられるのだろうか。
ショッピングモールから俺が住んでいるマンションまでは自転車で数分の距離だ。いろんなことを考えながら自転車をこいでいたらすぐにマンションにたどり着いた。
もう夏も近い五月だというのに、かなり肌寒い。俺は鞄の中に入れていたフード付きの黒いパーカーを取り出して身に包む。
ショッピングモールでも着ていたものだが、中学時代から使っているもので、愛着もある。
自転車をあらかじめ決められている自転車置き場に置く。
「一条の体…柔らかかったな…」
決闘が終わった後、椅子から転びそうになった彼女を支えたときの感覚がまだ鮮明に思い出される。
もともと女性というのに全く経験がなく、扱いになれていなかったからあんなことをしてしまった。
彼女はお世辞抜きにとんでもない美人だ。傾国の、という言葉がまさに似合うような感じだ。
日本では珍しい水色の髪に翡翠のような瞳、それでいてあのスタイルの女性の体に触れてしまって、意識しないわけがないだろう。
そう自分に言い聞かせる。
「正体がばれたらどうなるのだろうか……」
話しかけてくれるだろうか?失望されてしまうかもしれない。それでも俺は彼女ともっと仲良くなりたいと思っている。
俺に色を取り戻しさせてくれて、夢をあきらめないことを強く決意させてくれた。
怜也が作ってくれた火種に、火をつけてくれた。そんな存在。
誰にも媚びないような凛とした態度なのに、若干天然気味ところがある。そんな女の子。
少しでも油断してしまうと彼女のことで頭の中が埋め尽くされる。今日経験したあんなことやこんなことが思いだされる。
「だめだだめだ!冷静になれ俺!」
両頬を両手でバチンと叩き、自分を叱咤する。
そうだ、頭を冷やすついでに今日は階段で自分の部屋がある階層まで登り切ろう。
俺の部屋がある階層は七階。距離的には結構あるがそのくらいの体力はないとこれから先まともにやっていけないだろう。
エレベーターの付近に設置されている階段を駆け上がっていく。
久しくまともに運動なんてしていなかったので、すぐに息が上がってしまう。汗も尋常じゃないほど出てきた。
「ハッ……!ハッ……!」
それでも俺は駆け上がることを止めない。
段々と思考が落ち着いていくのを感じる。余計なことを考えられなくなって、熱くなっていく体とは裏腹に頭は冷えていく。
いい心地だ。
昔から運動は嫌いというわけではなかった。いや、むしろ好きだったように感じる。
何も考えずに没頭できることは嫌いではない。まぁ、俺がこれから戦っていくことになるゲーム程思考を使うものなどなかなかないが。
気づいたら六階と七階の狭間のような場所に来ていた。一度ここで止まって息を整える。
普通なら七階まで駆け上がり、そのまま部屋まで走るはずなのだが、なぜここで止まったのかは自分でもわからない。ただ、何か、違和感があったのだ。
今ここで立ち止まらないと、すべてを失ってしまう。もう取り返しの利かない何かが起きてしまう。そんな気がして。
一分くらいして、やっと息が整ったので七階までの階段を一気に駆け上がる。
何かが起こるような胸のざわつきはあった。それがまさかこんなこととは思わなかったが。
階段をかけ上った先、階段の隣に設置されているエレベーター。
そこから女性が出てきた。最初は同じ階層のただの人間かと思ってスルーした。しかし数舜の内、俺はその女性をもう一度見た。なぜならーーー
―――その女性は、日本では珍しい水色の髪に、翡翠の目をした、まさに傾国の、という言葉がまさに似合うような感じの美少女。
―――一条柚菜の姿がそこにはあったからだ。
なぜ彼女がここにいるのかはわからない、それでも今彼女と会うのは絶対にまずい。
そうして俺は歩みを出来るだけはやめる。
「待ってください!」
一条に咄嗟に腕をつかまれて、俺の体が引き戻される。腕をつかまれたからか、決闘の時の光景が再び思い出されてしまい、すこしどころかかなりたじろぐ。
――――落ち着け俺。
一条は俺があのとき一緒に戦った【刻の魔術師】という事は知らないはずだ。
声でバレる可能性があるので、できる限り声を高くして彼女に話しかける。
「ど、どうしました……?疲れているので早く帰って休みたいのですが……」
まるで彼女にまったく気づいていないかのように俺は話しかける。
「あ、あの、今日朝会いましたよね…あと昼間にショッピングモールの広場でも…」
ダメだ。動揺が隠せない。朝、というのはよくわからないが、昼間のショッピングモールの広場で俺は既に彼女に見つかっていたらしい。
少しうれしさも感じるが、それと同時に恐怖も感じる。
「朝……?そうですね、確かに俺はあの場にいました。でもどうしてそれを…?」
「その黒いフード、ずっと着てましたよね。もう夏も近いというのにそんな服装してたらいやでもわかっちゃいますよ」
「あぁ……そういうことでしたか…では俺はこれで…」
俺はなるべくこの場をすぐに離れるのが得策だと思い、話を切って部屋に戻ろうとする。
「ま、待ってください…!」
うしろからそんな声がかかるが、俺は無視して進もうとする。
すると俺が持っている少し小さな鞄から、カランという音を立てて何かが落ちた。
「えっ…………これって………」
「あっ……!」
――――――――やってしまった。
怜也から渡された【刻の魔術師】のコスチューム、あの後怜也に帰そうと思ったのだが、なんだかんだ押し付けられてしまった。こんど使う機会があるかもしれないから、と。
幸いローブは何とか押し込めば鞄に入れることができた。だが仮面は無理だった、なので鞄のチャックを少し貫通して外に出す形で収納していたのだが、おそらく階段を駆け上ってきた弊害だろうか。少しずつチャックが緩まってしまい、そこから仮面がずり落ちた。
さすがにもうだめだ。取り繕いようがない。
「まさか……あなたが【刻の魔術師】なんですか!?」
彼女もすべてわかってしまったようだ。
―――年貢の納め時だな。
もう少し隠し通せるかと思ったが、そうもいかなかったらしい。
「………七宮七翔だ」
全てをあきらめて俺は改めて自己紹介をする。
「え?」
「俺の名前だよ。七宮七翔だ。一応駆勇高校の生徒だ。よろしく」
「こ、こんなところであなたの正体がわかるなんて…!」
「俺のほうが驚きだよ。君もこのマンションにすんでるのか?」
「住んでるも何も……お隣の部屋じゃないですか」
頭を何かで撃たれた気分だった。この部屋に引っ越してきてから一か月経つが、全く知らなかった。そもそも隣の部屋なんて、そんな偶然があるのか?
「えっ!?隣の部屋!?そんなことあるのか!?」
思わず声に出してしまう。
「今日朝会いましたよね!?気づいてなかったんですか!?」
衝撃の事実が再び彼女の口から放たれる。
これですべてに納得がいった。
朝寝坊してしまって待ち合わせ時間に遅刻しそうだったから急いで家を出たのだが、その時焦りのあまり玄関で隣人と激突してしまったのだ。その時は急いでいたので顔なんて一切確認せずにエレベーターへ向かったため、気づけなかったんだろう。
「あ、あぁ。あの時は待ち合わせに遅刻しそうで……」
「はぁ……まったく」
彼女に呆れられてしまった。さて、ここからどうすればいいのかまったく俺には見当がつかない。
「そうだ。再会できたんですし、連絡先を交換しましょう!」
「そうだな……その……」
なんと心のどこかで俺が望んでいたことを彼女は言ってくれた。俺もそれ相応の誠意で返すべきだろう。
「はい?」
「……これから、よろしくな」
俺はそう言って自分ができる限りの笑顔を見せた。
「はい。これからよろしくお願いしますね?同級生の友人として、【刻の魔術師】として、そして……」
「「隣人として」」
彼女と声がそろった。二人してクスリと笑う。
こんな偶然が世界に存在するなんて、思ってもいなかった。
―――あの時確かに始まった物語。
―――それとは別に、もう一つの物語が始まった気がした。
これでお互いまだ好き同士じゃないんだぜ?何の冗談だって話だよな??
対比構造は一生で何回か描いていますが、今回はいつもより一層強く意識して書いてみました。
いい感じに一章終われたと思います!よければここまで区切りのいいところまで読み切ってみた感想を教えてくださるとうれしいです!




