第九話 星姫 上(柚菜視点)
すみません。四話五話の七翔くん視点との対比にしたいので上下構成にさせて頂きます。
下の部分は24時に投稿します。良ければ合わせてお読みください。
……さっきから震えが止まらない。どれだけ意識を遠くに向けても目を閉じたら瞼の裏側その光景が思い出されてしまって、恐怖で肩を震わせる。
今までどこか遠いものだと思っていた死という概念が初めて間近に垣間見えたというのもあると思うが、どこまで行っても私は年端も行かない15歳の生娘に過ぎないのだ。
私にナイフを突きつけ、無理やり条件を呑ませた男達は決闘の準備をしているのか、どこか慌ただしい。それでも私の両隣にはナイフを持った男が2人張り付いているという事実が、絶対に逃げられないと言う事実を私に叩きつける。
正直な所、私はmoon crown における対人戦闘の経験がほとんどない。いや、皆無と言って相違ないだろう。元々全くゲームをしてこなかった私が、スキルとやらの希少性だけでここまで来てしまった結果だ。少年を助けたことに後悔はしていないけれど、決闘を避けて和解する道はどこかに無かったのだろうか。
私は出そうになる涙をグッと堪えて、少年に無理やり笑顔を見せる。
「もう大丈夫、お姉ちゃんが絶対助けてあげるからね」
そう言うと先程から私の腕にしがみついていた少年はさらにその力を強くして言う。
「お姉ちゃんありがとう……でも、無理しなくていいんだよ?僕が攫われればいいだけの話だから……」
「そんなことこの私が許さないわ。絶対に助けてみせるから待っててね」
「う、うん……」
もしかしたらこういう事態は経験があるのかもしれない。大企業の御曹司というだけでこんな事がまかり通ってしまう社会に嫌気がさす。
「……今はそんなこと考えている場合じゃないね。絶対勝つからね」
とは言ったが微塵たりとも勝つ方法が見当たらない。相手の情報を調べて見たところ、あの大男はここら一体の1v1ルールでは負け無しの猛者のようだ。保有しているスキルが完全に1対1の対人戦闘向けで、1試合に1度という制限はあるが、アルティメットスキルを使われてしまったら私に勝ち目はないだろう。
……私のスキルはあくまで仲間がいて最大限効果を発揮するものらしい。まだ全くと言ってもいいほどスキルを育ててないこともあってか、アルティメットスキルはそもそも発現さえしていない。
相手は剣士クラスを選択することが分かっているため、魔道士クラスを選択して何とか距離を保ちつつ勝利するしかない。
それでも勝ちの目はあって100分の1だろう。それ程までにこのゲームにおいてスキルの相性差というものは非情なものなのである。
この状況から私が勝つ確率を高める方法は1つしかないのだが、友達がいない私にはそれが難しい。
ーーー割り込みシステム
決闘ルール実装と同時に採用された特殊システム。大会において、スキル相性差の問題で勝負の前から勝敗が決まってしまうと言った事を避けるために使われる、対戦中に新しく自分以外のプレイヤーを割り込みとして新たな自陣営のプレイヤーとして加えるというシステムだ。
大会のレギュレーション規定により、1日に1度しか使用できないシステムなので、大型大会で使われる機会はあまりない。そもそも格下が格上に対してだったり、初心者のハンデとして採用されるケースが多いため、ある程度ハイレベルの試合になるとこのシステムを使わないことが上位プレイヤーの中で暗黙の了解となっているため、ほとんど使用されない。かく言うgustoneもプライドの問題なのか、システムを使用しないことで有名である。
そのあまりにも強いシステムから、一時は規制の声が上がったが、圧倒的な実力差、スキル差を状況次第ではひっくり返すことの出来るシステムである事に加え、1日に1度しか使用出来ないことも加味した上で未だに存在している。
世界ランク三桁のプレイヤーに目をつけられた少年が、割り込みシステムで会場のプレイヤーに助けを求めたら、現世界ランク一位、世界大会二連覇の[皇帝] Ipal が参戦して、ボコボコにされたと言う話は有名である。
だからこそ、私もそれにかけてみたい。でも日本ではあまりこういったことは成立しないと聞く。国民性もさながら、こういった表舞台に出る人間は総じて実力がかなり上位であるのが日本という国だ。
そんなこんな考えてる内に男達に呼ばれたのでショップの外に出て広場の中央へと向かう。今学校の人とすれ違った気がするけ……たぶん気のせいだよね?
既に決闘が開催されるという話は広まっているのか、広場には多くの人が観客としてごった返している。多くの人間に見られることに慣れていないため、さらに緊張が増してきた。
ーーーやるしかない。やるしかないのだ。
今の私に残された道は1つしかない。勝たないと何も始まらない。
逃げたら死んでしまうかもしれない。負けたら私という存在は実質的な死を迎えるだろう。
ーーーふと広場の観客の方に目を向ける。
小さな子供から老人まで、たくさんの人が私の試合を見ている。
周りを見渡していくと、ある1人の人物に目がいった。
さっきまで私がいたe-Sportsショップの目の前に設置されているベンチ。そこに項垂れるように座り込んでいる黒いパーカーをきた男性の姿がそこにはあった。背格好からして同年代だろうか。
私は記憶力が良い方である。なので一度見た服装は一日二日は忘れずに頭の隅に記憶として残る。
忘れもしない。あのパーカー、フードこそ被っていないが私が朝にぶつかった隣の部屋の男性だ。
ーーーこれからまた顔を合わせるかもしれない人に見られるのは少し恥ずかしいな
そんなことを考えながら気持ちを落ち着かせていく。
ーーーもうすぐ試合が始まる
もうちょっとで戦闘描写だ...