3 出発
いよいよ出発の日がやってきた。
向かうはリートリア辺境伯領の領都レスティ。
朝から勇馬たちはメルミドの街の北門近くにある馬車ターミナルに来ていた。
ここでトーマスと一緒に乗合馬車に乗り込みレスティへ向けて出発することになる。
今回使う乗合馬車は単独では護衛を雇っていない。
護衛を雇って同じくレスティへと向かう商隊に同行するといういわゆる『コバンザメ』と呼ばれる形をとっている。
護衛費用を浮かすために無断で強そうな集団について行くということもなくはないがそれはいわゆるマナー違反であり一般的には忌避されている。
今回は乗合馬車側と商隊側とで事前に協議をしており、乗合馬車側が一定の費用を負担することを条件に『コバンザメ』をさせてもらうことで話がついている。
メルミドとレスティとの間の街道は比較的危険が少ないとされている。
コストを抑えたい乗合馬車側と万一を考え護衛を雇わざるを得ないが少しでもその費用を抑えたい商隊側との利害が一致しての協定である。
商隊の護衛はあくまでも商隊を守るのが仕事であり乗合馬車を守る義務はない。
しかし護衛の存在自体が周囲への抑止力となる。
万一のときに守る義務はないとはいっても同時に守るという機会となることは多い。
実際に護衛する者も感情的には割り切れず結局守ることがほとんどである。
そのため、乗合馬車側にも相応のメリットはあると考えられており、このような混合編成はこの世界では珍しいことではない。
「トーマス、くれぐれも頼んだぞ」
「はい、お任せ下さい」
勇馬たちの見送りにギルドマスターのウォルグが来てトーマスを激励した。
「ユーマさんとアイリスちゃんも気を付けてね」
「エリシアさんもお元気で」
見送りにはウォルグだけではなく受付嬢のエリシアも来てくれていた。
勇馬は2人の見送りがこのギルドでは普通のことだと思っていたが普通であればせいぜいギルドマスターか代理のトーマスが1人来る程度のものだ。
勇馬にはエリシアがどうしてわざわざ見送りに来てくれたのかを想像するだけの女性との付き合いはなかった。
2人の見送りを背に勇馬とアイリスはトーマスと一緒に乗合馬車に乗り込んだ。
客車である馬車部分は箱型ではなくいわゆる幌型となっている。
馬車の中には既に1人の男が座っていた。
年齢は30歳を超えたかどうかくらいだ。
その格好と荷物から行商人であることが見て取れた。
「こんにちは。ご商売ですか?」
先に乗り込んだトーマスが行商人の男に声を掛けた。
「ええ、そちらはどんなご用で?」
「仕事の応援で行くことになりまして」
「そちらのお若い方は護衛の方ですか?」
行商人の男は革の鎧を身に付けている勇馬を見てそう尋ねた。
「いえ、うちの若い職人でして。安全のためにと装備しているそうです」
トーマスも行商人の男も身に付けているのはいわゆる旅人の服である。
通常の上下の服のうえに首回りからからだを包むマントを羽織ったようないでたちをしている。
非戦闘員である彼らからすればいざ危険が生じた場合、多少の防具を身に付けているかどうかで生死が分かれるとは思っていない。
護衛を連れている者であれば護衛が倒された時点で詰みであり、多少じたばたしたところで足しにもならない。
むしろその場合は走って逃げることができるかどうかの方が重要であり、そうすると邪魔にならない装いの方がよほど生存可能性は高くなるという認識だ。
行商人の男はペドロと名乗った。
メルミドの街よりもはるか西の街からやってきたということだ。
「やー、何とか間に合った!」
出発時間の間際、馬車に飛び込んできたのは2人組の小柄な女の子たちだった。
1人はショートカットの白銀色の髪をしており服装は旅人の服。
もう1人は青みがかった髪を肩口まで伸ばしていてとんがり帽子をかぶり薄い青色の魔女服に濃紺のマントを羽織っている。
そしてもっとも特徴的なのは2人の女の子の頭に生えている獣耳だ。
(白銀色の髪の子は犬? いや狼か。もう1人の子はネコだろうか?)
青みがかった髪の女の子が馬車に入って濃紺色のとんがり帽子を脱いだことで露わになった獣耳を見ながら勇馬はそう当たりをつけた。
この世界に来てそれなりに経つが、その間に勇馬は何度も獣人を目にしている。
このアミュール王国は王族・貴族が人族の国である。そのため、獣人やエルフ、ドワーフなどのいわゆる亜人は被支配層であり、あからさまな差別こそされてはいないものの下に見られることも少なくない。
『この世界の常識』によればこの国はまだましな方である。
他の地域では人間至上主義を前提に人間と亜人とを明確に差別する国も存在する。
勇馬自身は物珍しいという気持ちはまだあるものの亜人に対するマイナス感情は一切ない。
逆にライトノベルではお約束ともいえる存在であることから好感さえ持っている。
他の2人はどうだろうかと思い勇馬はトーマスとペドロの2人に視線を送る。
2人とも商売をする立場であるからか、それとも差別の少ない国の者だからか少なくとも表面上は特に嫌ったそぶりを見せることなく、新たにやってきた2人の女の子たちを迎え入れた。
女の子たちが乗り込むと馬車は直ぐに出発し、メルミドの街の城壁から街道へと進み出た。




