3 マジックペン
――コンコンコン
いつの間にか眠ってしまった勇馬はドアがノックされる音で目を覚ました。
「お客様。夕食のご用意ができました。いつでも食堂にお越し下さい」
ドアの外から受付の女性の声が聞こえた。
勇馬がベッドから身を起こすと辺りはすっかり暗くなっていた。
勇馬は異世界の神からもらった『この世界の常識』を使って部屋の明かりをつけることにする。
「ライト」
部屋に設置されていた照明器具が勇馬の言葉に反応して灯りを燈す。
これは魔道ランプと呼ばれる照明器具であり電気で点いているわけではない。机の上に置かれたランプ型のケースの中には煌々とオレンジ色の光を放つ石があった。
この石は、魔力結晶と呼ばれる魔力を内包した石であり、この魔道ランプは魔力結晶を直接光源として利用するタイプのものだ。
勇馬の使った「ライト」という言葉は、魔道ランプを利用するための始動キーであり、厳密には魔法ではない。とはいえ若干の魔力は必要とすることから魔力が皆無の者には使用することはできない。
この世界に生きる者は魔法が使えるかどうかはともかくとして大なり小なり魔力を持っている。そのため通常利用に苦労するということはない。
勇馬は自室から出て宿の1階にある食堂へと降りた。
そこでは既に何人かの宿泊客が夕食をとっていた。
防具を身に着けたままの若い冒険者のグループや中年の行商人とその手伝いの若い男などがにぎやかに会話をしながら食事をしている。
勇馬は空いているテーブルの席に着くとウェイトレスの少女が食事を運んできた。朝夕の食事は宿のお任せメニューとなっており、追加で飲み物やちょっとした食べ物を注文できる仕組みになっている。
今日のメニューは肉の入ったシチューにパンという組み合わせだった。
(中世風の異世界ということでひどい食事も覚悟していたけど普通に食べることができるな)
勇馬が心配していたことの1つが食事である。
現代日本と同程度であることまでは無理としてもある程度のレベルでなければ毎日のことでもあるので流石にきついと思っていた。
しかし、その心配はいい意味で裏切られた。
流石に地球の管理者が長い時間をかけて探してきた世界である。
勇馬は異世界での初めての食事を終えると自室に戻り再び灯りを点けた。
そしてこれからの生活の鍵となるマジックペンをその手に顕現させた。
「取り敢えずはこれが俺の生命線なわけだが……」
勇馬には特殊な知識もなければ他人を凌駕する体力もない。異世界転生や異世界転移では内政チートが定番ではあるが勇馬には残念ながらそれをできるだけの知識や経験はない。
(こんなことなら理系学部に進んでおくんだったかな……)
大学生だった勇馬の所属学部は法学部。入学してわずかではあるが大学で学んだこともあるもののこの異世界で直ちに役立つことは考えられない。
勇馬は取り敢えず、唯一の希望となるマジックペンをしばらく観察しキャップを外してみた。
すると突然目の前にホログラムの様な立体映像が映し出される。そこに写っているのは異世界の神と同じ様な衣服をまとった1人の男だ。
『きみがこの映像を見ているということはきみは既にわしの管理する世界から旅立ったということだろう』
勇馬はこの映像の男が地球の管理者、すなわち神であることを即座に理解した。
『きみの願い、確かに叶えた。ただ、異世界の管理者の手前、わしの勝手できみにチート能力を授けることはできん。だからといって何もなしではその世界で生きていくのは難しかろう。そこで、きみ専用の道具を授けることにした』
地球の神はさらに続ける。
『きみの願いでは、メニューやステータスのある異世界が希望だったと思うが、残念ながらその世界自体には一般的にメニューやステータスを表示させることはできない。その埋め合わせというわけではないが、わしが授けたそのペンについてはメニュー管理ができるようにしておいた。詳しくはペンを持ったまま「メニュー」と唱えて実際に使ってみて欲しい。賢いきみならすぐに使いこなせるだろう。それでは良い異世界ライフを』
地球の神の映像はその言葉を最後に勇馬の目の前から消え去った。勇馬はマジックペンのキャップを閉め、またあけてみたが先ほどと同じことは起こらなかった。
勇馬は地球の神の助言通り、「メニュー」と唱えた。すると勇馬の目の前にウィンドウが展開する。
――マジックペン(レベル1)
『物(生物を除く)に対してマジックペンで記載した内容の性質、性能を付与することができる。ただし、属性に関する付与や対象物の使用者・被使用者に効果を及ぼす付与はできない。なお、付与の内容に応じた魔力を消費する』
付随スキル
アクティブ:付与鑑定(付与の状態を確認することができる)
備考
マジックペンで書かれた内容を他人は視ることができない
この異世界での常識に照らすとこのマジックペンを使うことで付与魔法と同じことができるようだ。
この世界の常識では誰しも多かれ少なかれ魔力を持ってはいるもののそれを生かした職業に就くものは決して多くはない。
その職業の代表格が魔法使いである。
もっともそれ相応の魔力をもってはいても、様々な理由で魔法使いにはなれない者も存在する。
その様な者たちは魔道具職人や錬金術師、そして付与師と呼ばれる付与魔法使いなどの職に就いている。
「付与魔法ギルドに行ってみるか」
この世界では職種ごとにギルドが作られている。
このメルミドくらいの規模の街であれば付与魔法ギルドもあるだろう。
勇馬は異世界の神から与えられた最低限度の常識からそう結論付けると明日は付与魔法ギルドを探してみることにした。