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3 会談

 勇馬とアルフィミアは改めて場を整えてお互いに向かい合う。


 アルフィミアの希望で人払いするとお互いに護衛を置かずに二人だけとなった。


「…………」


 領主館で働いてくれているシスターがお茶を出して退席してもアルフィミアは一向に口を開かない。


 見るからに落ち着かずどう切り出したら良いのかと逡巡していることが勇馬の目からも明らかだった。


「……アイリスのことですか?」


 勇馬は思い切ってそう切り込んだ。


 その刹那、目の前の女王が俯き掛けの顔を上げて勇馬の黒い目を見る。



(アイリスと同じ金色の目か……)



 目の前の女性の瞳はいつも勇馬の隣にいる女の子と同じ色の瞳をしていた。


 この世界のエルフはみなそうなのだろうか。


 そもそも他のエルフを見たことがなかった勇馬には判別がつかない。


 たまたまの可能性もある。


 しかし、このエルフの女王が自分にしたいだろう話はそれ以外に思い浮かばなかった。


 それは先ほどのクライスたちを交えた懇談の場での彼女の様子からも明らかだった。


 勇馬と出会った彼女は最初の挨拶のときから勇馬のことは見ていなかった。


 いや、その目は物理的には勇馬の姿を捉えていたのであろう。


 しかし、彼女の意識が目の前にいるはずの黒髪の男にではなくその後ろに控えていた彼女と同じ金色の瞳を持つ少女に向けられていたことは鈍い勇馬ですら気付くほどあからさまなものだった。


「ユーマ様、アイリスとどうやって出会い、今の様なご関係になられたのかを伺っても?」


 アルフィミアは勇馬の目を見てはっきりと告げた。


「ええ、別に隠すことではありませんので」


 勇馬はメルミドの街でアイリスを見掛け奴隷商館で彼女を買ったこと。


 それからアイリスを助手として付与師として働いていたこと。


 それからレスティへ移り、その後はラムダ公国へやってきたこと。


 その間のアイリスの様子を伝えた。


 最初こそ顔色を青くして聞いていたアルフィミアではあったが勇馬からのその後の話で多少は顔の色に落ち着きを取り戻していった。


「お恥ずかしい、わたしの不徳の致すところです……」


 勇馬の話を聞き終わったアルフィミアは吐き出すようにそう言った。


「…………」


 その言葉に勇馬は答えない。


 それでもアルフィミアは話を続けた。


「おそらく純血主義者が暴走したのでしょう。わたしが里から出ている間に事を起こされるとはわたしも耄碌したものです」


 そうやって自嘲気味に笑うエルフの女王は勇馬の目には20代にしか見えない。


 アイリスの姉であると言われても納得してしまいそうな容姿ではあるが恐らく実際の年齢はその見た目とはまったく違うのだろう。


 エルフが長寿であることはこの世界の常識から勇馬は自然と理解できていたし、異世界ものの定番であるためそのことに違和感を抱くことはなかった。そしてどこの世界でも女性の年齢についての話はタブーであることも。


「ユーマ様にご提案があります」


「なんでしょうか?」


「1億ゴルドをお支払します。これでアイリスを買い戻させていただけないでしょうか?」


「お断りします」


 間髪を入れずに勇馬はアルフィミアの目を見て答えた。


 言外にそう伝えたつもりだった。


 そしてそのことは目の前の女王には正しく伝わったらしい。


「買値の100倍、3億ゴルド、と言っても結果は変わらないのでしょうね……」


 エルフの女王は嘆息してそう呟いた。


「アイリスが自分から自由になりたい、エルフの里に戻りたいというのであれば何も言いません。しかし、そうとは思えませんから」


「確認をさせていただいても?」


「ええ、御存分に」


 それで納得できるというのであれば勇馬としては是非もない。


 それにもしも本当にアイリスがそれを望むのであれば勇馬も異論はなかった。








 アルフィミアの希望どおり、彼女とアイリスとが1対1で面談する機会を与えることになった。


 その間、勇馬は別の部屋で待っていたのだが椅子に座ることなくうろうろと部屋を歩き回る。


「ご主人様、落ち着かないわね」


 そんな勇馬に護衛として控えていたエクレールが苦笑いを浮かべながらそう声を掛けた。


 その言葉に勇馬は無言で視線だけを返す。


「せっかく用意したお茶が冷めちゃうわよ」


 テーブルの上には勇馬のために淹れられた紅茶が給仕されている。


「……ああ、そうだな」


 勇馬は初めて気付いたかのような表情を浮かべるとどかっと椅子に座りテーブルの上のカップに口を付けた。


「あちっ!」


「もう、いくらなんで慌て過ぎよ」


 見るからに平常心ではない勇馬にエクレールが落ち着く様にと諭すが勇馬自身そんなつもりはなかったため言われたからといってどうにかなるものではない。


「まだ終わらないかな」


「始まってまだ数分よ。あ~あ、まったく妬けちゃうわね」


「何がだ?」


「わたしもアイリスちゃんも同じご主人様の奴隷なのにってことよ」


「奴隷が嫌ならいつでも解放するぞ?」


「そんな話じゃないわよ、バカ……」


 呆れるような表情を浮かべるエクレールに勇馬は首をひねりながら紅茶を冷ましつつ飲み干した。








「主様、終わりました」


 アルフィミアとの面談が始まって10分も経たないうちにアイリスがそう言って勇馬のいた部屋へと戻ってきた。


 ほんの僅かな時間のはずだったが勇馬にとっては数日にも数年にも感じるほど長いものだった。


「それで……」


 勇馬はそう口にして言い淀んだ。


 アイリスのするだろう選択に自分なりに自信はあった。


 早く確認して安心したい。


 そうは思いながらも次の言葉が出てこない。


 僅かな恐怖心がないと言えばそれは嘘になる。


「どうされました? まさか私がエルフの里に帰りたいとでも言うと思ったのですか?」


「いや、それはないとは思ったけど……」


 アイリスのこれまでの言動からアイリスがエルフを嫌っていることはわかっていた。


 そんなアイリスがエルフの里に戻るという選択をすることはないだろう。


 しかし、奴隷から解放され自由になってどこかへ行きたいと言い出す可能性はゼロではないという恐怖はある。


 これまで主と奴隷という関係ではあったがそれなりに、いやそれを抜きにしてもかなり良好な関係が築けていると思っていたし勇馬はそう信じていた。


 それでもこれまでの勇馬の人生経験の浅さから確信までは持てないでいた。

 

「ふふっ、安心してください。私は主様のものですから、ずっと一緒にいますよ」


「ずっと? ずっとっていつまで?」


「ええっと、ずっとはずっとです。一度私を買ったからには、その……最後まで責任を取ってください……」


 アイリスは尻すぼみにそう言うとプイと勇馬から顔を背けた。


 色白のその顔は今は真っ赤に染まっている。


 勇馬はそんなアイリスに近づくとそっとその華奢な肩を掴んだ。


「主様?」


 勇馬の行動にアイリスは思わず顔をあげた。


 勇馬の目にアイリスの金色の瞳が映る。


「わかった、うん、わかった。約束する、俺はアイリスをお前を絶対に最後まで離さない」


「主様……」


 その言葉にアイリスは瞳を潤ませて目の前にいる主を仰ぎ見る。


 もう2人はお互いにお互いの姿しかその目に映してしない。



「あ~、その、ご主人様? ここにはわたしもお客様もいらっしゃるのでそういうことは後でゆっくり2人だけでやっていただけないでしょうか?」


「いえ、わたしは用件は終わりましたので直ぐにお暇します。どうぞごゆっくり」


「「えっ……、あっ……」」


 勇馬とアイリスがふと我に返って周りを見渡せば呆れた顔をしたエクレールにアイリスと続けざまにこの部屋へと入ってきたアルフィミアの姿があった。


 のぼせ上って2人だけの世界に入っていた2人はいたたまれずに顔を俯かせる。


「ふふっ、ユーマ様、確認の機会を与えていただきありがとうございました。今の御二人を見てさっきのアイリスの言葉も嘘ではないということがわかりましたしこれで心置きなく里へと戻ることができます」


 スッキリとした表情を浮かべたアルフィミアがそう言って破顔した。


「そっ、そうですか? それはよかったです」


 何のことかわからなかった勇馬は取り敢えずはその言葉に乗っておくことにした。


 そのときアイリスの顔がその長い耳の先まで真っ赤になっていたことに勇馬が気付くことはなかった。


 





 この日は、クライスを始めとする客人たちは領主館の客室に一泊し、翌日、まだ完成途上の街を見学してから帰っていった。


 その別れの間際。


 勇馬はアルフィミアに話し掛けられた。


「ユーマ様にこちらを。ただし、読むのはどうかお一人のとき貴方様の胸のうちのみに」


 その言葉とともに勇馬が受け取ったのは厳重に封がされた手紙だった。


「わかりました」


 その言葉の意味を理解した勇馬は表情を引き締めてその手紙を受け取った。

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