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26 混浴

「……主様、そのっ、お待たせしました……」


 ユーマが先に浴室に入り湯船に浸かっていると入り口からおずおずとアイリスが入ってきた。


 浴室にはところどころに灯りの魔道具が置かれているため暗くてアイリスの姿が見えないということはない。とはいえ日本の銭湯のように煌々とした明るさまではないため、勇馬はアイリスの姿に目を凝らした。


 その身体には真っ白なバスタオルを胸のあたりからお尻のあたりまで巻きつけているため、その色白で美しい身体の大部分は隠されている。

 しかし、入浴用に髪をアップにしたその姿は勇馬にとっては新鮮だった。


 それだけではない。剥き出しの色白の肩は艶めかしく勇馬には輝いて見えた。


「…………」


「主様、どうかされました?」


「……んっ、ああ、いや……」


 ぼーっとしていた勇馬にアイリスが声を掛けると勇馬は一瞬呆けたようにあたふたとしてしまった。

 アイリスの裸を見るのはアイリスを買ったその日に風呂上りのアイリスの全裸をチラっと見て以来である。

 そのときも『見た』と言っていいかどうかは今振り返っても疑問であるほどで、こうしてアイリスのあられもない姿をしげしげと見るというのは初めてであった。



(う~、主様、こっちを見てます……)



 ぼーっとしていたかと思えば一転、じっと熱い視線を送ってくる勇馬にアイリスの心は落ち着かない。


 浮き出ている鎖骨、身体を隠すバスタオルを押し上げる二つの膨らみ、身体に巻き付けているためはっきりとわかるくびれた細い腰にきゅっと引き締まっている小さなお尻。


 そのすべてを舐め回すように勇馬は瞬きさえも忘れているのではないかと思うほどにじっと見続けた。


「主様、その、お背中をお流ししますので……」


 いたたまれず変な空気を変えようとアイリスは勇馬にそう促した。


 誰が持ち込んだのか既に浴室には木でできた桶や椅子がいくつか置いてあった。


 おそらく難民たちの誰かが置いたのだろう。


 ありがたくそれを使わせてもらうことにして勇馬は傍に置いていた白地のタオルを手に取る。そして、湯船からの立ち上がりざまそれで大事なところを隠しながら自分の腰に巻いてから洗い場に降りた。




「主様、かゆいところはないですか」

「いや、大丈夫……」


 ――シュッシュッシュ


 アイリスは手に持ったボディータオルに石けんで泡立てると勇馬の身体を洗い始めた。


 アイリスの小さな手が勇馬の背中をこする。



(主様の背中、大きいです)



 男としてはそこまで身体が大きいとまでは言えないはずの勇馬ではあったが、アイリスが勇馬に実際に触れて感じたのは勇馬はやはり男であり女性とは明らかに違うということだった。


 アイリスもこれまで他の女性たちと風呂場で一緒になることはあったし、ときには身体を洗いあうこともあった。

 そのためその身体つきの違いをはっきりと認識することができた。


「…………」

「…………」


 お互いに無言の時間が続く。

 それでもアイリスは特に居心地の悪さを感じることはなかった。

 しばらくの間、一緒にいなかった時間があったからだろうか。

 こうして一緒にいるだけで何とも言えない安心感が心を満たし、温かな気持ちになった。






「主様、こっちを見ないでくださいね」

「ああ、わかってるよ」


 勇馬の背中を洗い終え、さすがに前は勇馬が自分で洗って再び湯船に浸かった。


 勇馬が「お返しにアイリスの身体を洗おうか?」と下心満載でそう申し出たもののアイリスは「主様に奴隷の身体を洗わせるわけにはいきませんから」と断固拒否して勇馬はしぶしぶと湯船に戻った。

 そんな勇馬は洗い場で身体を洗うアイリスに背を向けてその音だけでその様子を妄想する。


 シュッシュッと身体を洗う音、バシャっと身体を流す音。


 その音を立てる一挙手一投足にその聴覚を集中させる。


 アイリスが身体を洗い終え湯船に入ろうとすると勇馬は「湯船にタオルを浸けることはまかりならん!」と領主命令を発動したのでアイリスはしぶしぶ体に巻いたタオルを外してから湯船に浸かることになった。



「主様、こっちを見ないでくださいね」

「ああ、わかってるよ」


 先ほどと同じやりとりに勇馬は苦笑した。


 そんな勇馬のことを知ってから知らずかアイリスはそっと湯船にその細くしなやかで色白な足を浸す。


 広い湯船ではあるもののアイリスは自分に背中を向ける勇馬のすぐ傍まで来るとそこでゆっくりと腰を落とし始めた。


「んんっ……」


 少し熱かったのかアイリスが唇をきゅっと噤みそんな艶めかしい声を漏らす。


 ゆっくりと肩まで湯に浸かるとアイリスはその背中を少しずつ後ろに倒した。


「!?」


 勇馬の背中に温かい何かが触れた。


 この場所には勇馬以外あと1人しかいない。


 それが誰かは考えなくてもわかることだ。


 そんな勇馬の背中にアイリスはゆっくりと自分の背中を預けた。


 どうしてそんなことをしたのかはわからない。


 こんな熱い湯の中でわざわざ他人にくっつく必要は本来ない。


 しかし、このときは無性に勇馬に触れたいと思った、思ってしまった。




「あ~、いい湯だな~」

「そうですね~」


 二人しかいない浴室は静かだ。


 空を見上げれば天井がないため闇夜とはるか彼方でまたたく星々が見える。


 この異世界から見える星はやはり地球からのものとは違うのだろうかと思いながら勇馬は夜空を眺めた。


「…………」

「…………」


 二人の間に言葉はない。


 自分のものか、それとも背中の向こうのもう1人のものか。


 とくんとくんという心地いい心臓の音だけが静寂の中で大きな音をたてる。


 静かな時間、のはずだった。





『カリナ、今どうなってるの?』

『わかんない、お湯に浸かる音がしたから二人とも湯船に入ってると思うけど』

『あ~、もうじれったいなぁ~、ユーマさんもぐずぐずしないでさっさと押し倒したらいいのに』

『いや、実はもう湯船の中で抱き合ってくんずほぐれつかもしれないわよ』

『なるほど、浴場で欲情ってやつね』


 浴場の周りを囲う幕の外からヒソヒソと話す女の子たちが囁き合の声が聞こえてきた。


 誰の声かは勇馬もアイリスも直ぐに気付くことができた。


 そんな二人の声に勇馬は苦笑いを浮かべアイリスは右手で自分の眉間を押さえた。

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