21 演出
「え~っと、ここが農場エリアです」
難民たちを集めて街の建設予定地の郊外になるその場所で勇馬はそう説明した。
勇馬の前には女性や老人、子供を中心とした着の身着のままの者たちが集まっている。
「ご領主様、ここ、と申されますとこの一面の赤茶けた大地のことでしょうか?」
老人の一人が声を上げた。
勇馬が農場エリアと称した場所はやはり何の変哲もないただの荒野である。
赤茶けた大地にところどころに草木が生えていて大きな岩も他の場所ほどではないもののゴロゴロと転がっている。
こんな土地を開墾しようとすれば作物の育つ農地とするのに一体どれだけの時間がかかるのか想像もつかない。
勇馬の言葉を聞いた難民たちの多くはうんざりするような表情を浮かべている。
言外に『あなた農業やったことがあります?』という心の声が聞こえそうだ。
「ご心配いりません。農具もきちんと用意していますので」
そう言って勇馬は馬車いっぱいに積まれた農具を指差した。
これは勇馬がクライスから購入したもので、主にラムダ公国内で使い古された農具をかなり安く購入したものだ。
勇馬によって強度強化の付与がされているので力のない人たちでも作業ができやすいように配慮されている。
しかし、そんな勇馬の言葉に『そういう問題ではない』と思ったのだろう。
老人は表情を曇らせた。
「それ以前に水はあるのでしょうか? 農業をするのであれば何を植えるかにもよりますがいずれにしても水は不可欠です」
中年の女性もそう声を上げた。
不満を言う、というよりも果たして自分たちのすることに意味があるのか。
将来の見通しがきちんと立つ見込みがあるかを心配しているようだ。
「あー、まあ、みなさんが心配するのも無理はありません。そこは今から用意しますのでまあ、見ていて下さい」
勇馬はそう言って何ともわからない作り笑いを浮かべると難民たちに背を向けて農場エリア予定地へと歩き出した。
時間は遡って数日前。
街の建設予定地で大岩を消したその日の夜。
セフィリアの希望で勇馬は彼女と二人だけで話をしていた。
「御使い様、嗚呼、やはりユーマ様は御使い様でした。何とっ、何と有難いことでございましょうか!」
そんなセフィリアは勇馬の足元で五体投地。
勇馬から見れば自分に土下座をしているのと同じで正直かなり落ち着かない。
興奮冷めやらぬセフィリアを落ち着かせてようやく座らせることができたところで本題に入った。
話とはこれからの農地作りのことだった。
「ユーマ様、そのお力で荒地を農地に変えられるのでしたら是非とも民たちの目の前で行ってくださいまし」
「しかし、事前に農地を作っておいた方が効率の面でもいいんじゃないか?」
いくらステルス機能のあるマジックペンであるとはいえ、小市民勇馬にとっては人目のあるところでそれを使うということは精神衛生上あまりよくはない。
そんな思惑もあってか勇馬は夜陰に紛れてこっそり農地作りをしようと思っていた。
この日セフィリアたちの目の前で使ったのはそろそろ自分の力を知っておいてもらった方がいいという検討の結果だ。
見ず知らずの者たちの前で使うのはまだ抵抗はあったというのが本音であった。
「いえ、民たちの目の前ですることに意味があります。民たちは今迷っているのです」
「迷っている?」
「はい、故郷を、住み慣れた家を追われ放浪の身となり、自分たちは神に見捨てられたのはでないか。そう思い込み疑心暗鬼となって心の病になっている者たちもいるようです」
今は毎日を生きることが精いっぱいでそんなことを思う余裕がない者たちも多いかもしれない。
しかしセフィリアの経験上、ある程度落ちついた段階でそういう病が出ることが多いという。
専門的な知識がなく本当のことはわからないが勇馬は否定するだけの根拠を持ち合わせているわけではない。
「なるほど。難民たちの前で俺が奇跡を演出するというわけか」
「さすがはユーマ様、御慧眼恐れ入ります」
ワンパターンだな、と思いつつもそれが最も効果的なことは勇馬にも十分理解できた。
セフィリアは勇馬の起こす奇跡を元に、難民たちに優真教への改宗を含めて新しくできる街、ひいては勇馬へ従属させることを目的にしているのだろう。
しかし、多くの難民たちを抱える最大のリスクである治安の悪化を防ぐためにはそれはもっとも都合が良いことだ。
科学技術が発達した日本にいたときでさえ、奇跡のようなことを演出して信者の獲得に励む新興宗教はそれなりの数が存在した。
この世界で効果がないわけがない。
しかも勇馬が起こす奇跡は、神から授かった神具による本物の奇跡なのだ。
勇馬は仕方なくセフィリアの筋書き通りの演出に付き合うことにした。




