18 舞台裏
「代官からの提案を受けようと思う」
勇馬は自分のテントに戻るとエクレールとクレアを前にしてそう宣言した。
その言葉に二人はお互いに顔を見合わせる。
「ご主人様、本気なの?」
「主殿の決定に口を挟むべき立場にないとわかってはいるけど本当にいいのかい?」
二人の言うことはもっともである。
二人からすれば勇馬は泥船に乗って大海へ漕ぎ出そうとしている様にしか見えないのだろう。
そんな二人に対して勇馬は自分の思っていることを伝えた。
国という存在が安定しないこの世界では自分の身を自分で守る力を持つ必要があること。
特に亜人種と呼ばれる者たちの立場は人族の国ではひどく不安定で、ハーフなどの混血種に至っては人族の国でも亜人種の国でもそれ以上に立場が弱いこと。
そんな者たちをきちんと受け入れることができる受け皿となる場所が必要だと思うこと。
メルミドから逃れてきた友人たちを助けたいという気持ちも勿論あること。
「一番はアイリスちゃんのことなんでしょう?」
勇馬が一通り思いを伝え終わるとエクレールがそう言って勇馬の目を見た。
「……否定はしない」
勇馬は顔を背けつつ、ぶっきらぼうにそう答えた。
「なるほど。主殿と一緒にいる間はいいかもしれないが……」
クレアが手を顎に当てて考え込む。
勇馬に近しい者たちで最も立場が不安定な者はハーフエルフのアイリスであることに3人は疑いを持たない。
ハーフ種であるとはいえエルフの血をひくアイリスは特に何もない限りは十中八九、勇馬よりも長く生きるだろう。
「で、ご主人様には勝算があるわけ? この辺りは荒野でところどころ水場はあるみたいだけど多くの人たちが生活できるだけの水源はなさそうよ?」
「ああ、それは大丈夫。まあ見ていてくれ」
勇馬はニヤリと笑みを浮かべた。
勇馬が決断するわずかばかり前。
勇馬はマジックペンのステータス画面を開いていた。
(結局コレ頼みなのは情けないけどそんなことは言ってられないからな)
このマジックペンは異世界転移特典のチートスキルの代わりなのだから何も恥じることはないと自分に言い聞かせながらメニュー画面を確認する。
果たしてそこにはレベルアップによる新しい能力が付与されていた。
――マジックペン(レベル6・ラインマーカー)
『線で囲ったエリアをペンで記載した任意の状態に変更させることができる。変更の程度に応じて魔力を消費する。キャップの色は焦げ茶色』
これでいったい何ができるのかと勇馬は人目を避けて試してみた。
ここで街を作るのに一番欲しいのはやはり水源だ。
この荒野にも水源と呼ぶことができる水場があるにはあるが小規模であるため長期間、多くの人たちの生活を支えることができるかは心もとない。
勇馬は焦げ茶色のマジックペンを顕現させると地面に〇を描いた。
そしてその〇の中に『水源』と書き込む。
すると――
こぽっ、こぽこぽっ!
ただの赤茶色の地面だったその場所が突然十数センチ窪んだかと思えば次の瞬間その底から澄んだ湧水が溢れ出してきた。
「よしっ、これなら何とかなりそうだ」
水質が気にならなくはないがそこは恐らく大丈夫だろう。
これまでのマジックペンに対する信頼から勇馬はそう結論付けた。
こうして勇馬は一世一代の決断をすることになった。
決めたならば何事も早い方がいい。
勇馬は早速クライスを訪ね、正式に自分の街を作りたいと回答した。
「ユーマ、わたしから提案をしておいて何だが本当にいいのか? 勿論、途中でとん挫したとしてもこちらに損はないので一向に構わないがきみにとってはそうはいかないぞ?」
「ええ、それはわかっています。うまくいかなかったからといって代官様を恨むということはありません、そこはお約束します。ですから以前におっしゃった約束については順守をお願いします」
「ああ、わかっている。きみから買うエリクサーの代金で街づくりや当面の難民たちの生活に必要な物資を提供しよう。他に街づくりの専門家を派遣するし治安維持のための兵士たちも引き続きこの場に駐屯させよう」
「ええ、あと将来のことも」
勇馬はそう言ってクライスの目を見た。
「ああ、勿論だ。きみの判断で独り立ちできると思ったらいつでも独立してくれて構わない」
クライスはそう言うと直ぐに部下に命じて上質な羊皮紙を用意した。
そこに勇馬とラムダ公国との間での取り決めを書いていく。
内容は先ほど話した内容の通りである。
独立する際には国と国との約束として条約を締結することやその内容として相互不可侵などの条件を書いていく。
それを勇馬は何度も見直してこれまでの話と相違ないこと、内容も取り立てて問題がないことを何度も確認した。
「この内容で問題ありません」
「わかった。では同じものを2通作成しよう」
こうして締結された約定に基づき、勇馬は正式にこの地に自分の街を作る権利を得ることになった。




