15 業務開拓
夜になり宿へと戻ると、勇馬はいつもの時間にベッドに入った。
今日はこれまでになく多くの仕事をこなしたため流石にちょっと疲労を感じた。しかし、肉体的な疲れであり魔力については未だ枯渇しそうな感じはない。
勇馬は疲れからか直ぐに眠りに入り、うとうととしていた。
『ぐごー、ぐごー』
壁の向こうから地響きのような音が響いてきた。どうやら隣の部屋の宿泊客のいびきのようだ。
(うっ、うるさい……)
勇馬は布団をかぶって寝ようとするが一度気になると眠れなくなるから不思議である。
「ああ、もうっ! 明日もあるんだからいい加減にしろよな!」
そうは言っても怒鳴り込んでいく勇気もなければ生理現象である以上注意しても始まらない。
「付与魔法で何とかできないかな?」
勇馬は宿の壁に付与魔法を施して音が伝わらないようにできないかと考えた。
(ものは試しだ。取り敢えずやってみよう)
勇馬はマジックペンを顕現させると隣の部屋との間にある壁に『完全防音』と書き込んだ。
するとその壁からはいびきは聞こえなくなった。
(まだ他の壁を通じて聞こえてくるな)
音源が大きいからなのか宿の構造からなのかはわからないが壁一つだけでは完璧ではなかった。
ものはついでと他の3方の壁にも『完全防音』の付与を施すと地響きのようないびきはすっかり聞こえなくなった。
(これで問題なく眠れそうだな……)
いつもの静けさを取り戻した勇馬はそうして眠りに落ちた。
次の日。
朝から付与魔法ギルドで仕事をし、昼過ぎにはできる仕事もなくなったため勇馬は宿へと戻ってきた。
2階の自室の前までくると廊下で2人の男が何やら話をしていた。
「あっ、彼がこの部屋のお客様です」
年配の眼鏡をかけた男が勇馬を指さして隣に立つ体躯のしっかりした浅黒の男にそう伝えた。
「それで何のご用でしょう?」
年配の眼鏡をかけた男はこの宿のオーナーでオルドス、もう1人の浅黒の男は建築屋でロッシュだと名乗った。
話によると昨日宿泊したと勇馬の隣部屋の客のいびきがうるさくてその周囲の部屋に泊まっていた宿泊客から眠れないとクレームがついたというのだ。
(あ~、それはそうだろうな~)
被害者になるはずであった勇馬はそのすさまじいいびきを思い出すとすぐさま納得した。
「それでどうして私に話が?」
いびきの客はこれから1週間宿泊する予定とのことだ。
それを聞いた他の宿泊客たちは「だったら宿を変わる!」と騒いだという。
オルドスは頭を抱え、緊急に防音工事ができないかと建築屋を呼んで対応を検討していたのだ。
「建築屋さんが言うにはあなたの泊まっていた部屋の壁に防音の付与魔法が掛かっているということでして」
件の宿泊客が泊まった部屋を確認したとき、ロッシュは壁の1つだけに付与魔法が掛かっていることに気が付いたという。
「ちょっとあなたの部屋を見せてもらいたいんだが?」
隠すものもないため勇馬は「どうぞ」と自室に招き入れる。四方の壁を視たロッシュは感嘆の溜息を洩らした。
「端的に聞くがこの付与はあなたがしたのか?」
「はい。流石にうるさ過ぎて眠れませんでしたから」
「もしよろしければ部屋を代ってもらえないでしょうか? お隣の方をこの部屋にさせてもらえれば周りには音が漏れませんから」
勇馬の施した付与が1週間有効期間の付与であるため今回のことを緊急的に回避できればそれでというオルドスからの申出であった。
特典として料金は据え置きでワンランクグレードの高い部屋にしてもらえるという話にすぐに頷きそうになったところで勇馬は考えた。
(あれっ? これって商売のチャンスじゃないか?)
「部屋を替わるのは構いませんがもっといい方法がありますけどいかがでしょうか?」
勇馬の言葉に2人は顔を見合わせた。




