22 仕事開始
歓迎の宴の翌朝、勇馬は迎賓館の奥にある居住スペースで目を覚ました。
前日の宴では軽い飲酒はしたもののそこまでの深酒はしていない。
獣王国側には勇馬を害するメリットはないためよほどのことは起きないとは思うものの、戦争中のこの国ではいつ何が起きるかわからない。それこそ獣王国と敵対関係にある神聖国の息の掛かった者が襲ってくる可能性もある。
そのため勇馬自身も護衛のアイリスたちも周囲の警戒はしておくということを確認している。
勇馬は2階の寝室で目を覚まし、身支度を整えてから1階のリビング・ダイニングへと降りるとアイリスが朝食の支度をしているところであった。
「主様、おはようございます」
「おはよう。今日も早いな」
「もう少しで朝食ができますのでもう少しお待ち下さい」
勇馬は席について待つことにした。
アイリスをはじめとする護衛たちは、夜通し交代で勇馬の部屋の入口で警護をしていた。
アイリスもいつもよりは寝不足であるはずだがそれを感じさせる様子はない。
今日の勇馬付きの護衛はエクレールが担当である。今もエクレールは勇馬を視界に納めながら勇馬の邪魔にならない位置で護衛として控えている。ちなみにクレアは朝食までの間、建物の周りを巡回している。
勇馬たちの世話係となっているルナールは、初日から朝食作りを申し出たが勇馬が食事については自分たちでするからとやんわり断った。
食文化の違いを理由にはしているが本音はルナールたちをまだ完全には信用できていないというところも少なからずある。歓迎の宴に参加しておいて今さらではあるがある程度ポーションを納めた段階で手の平を返されるという危惧がまったくないとは言えないため念には念を入れた形だ。
その一方で掃除や洗濯についてはルナールに手伝ってもらうことになっている。
朝食を終えると勇馬は臨時の作業部屋となった一室へとやってきた。
この部屋は錬金室という扱いとなっていて、勇馬は自分以外の者の立ち入りは禁止している。
マジックペンの存在を知っているアイリスはまだしも、そうではないクレアとエクレールとのことがあるため、護衛たちにも『作業中は危険だから』という建前で部屋への入室を禁じた。
この部屋には昨日依頼を出したポーション用の空き樽がサイズもいろいろ多数用意されていた。
他にもポーションの原料となる薬草類やガラス器具なども置かれている。
勇馬にとってはポーション作りに原料は必要ないのであるが、怪しまれることを防ぐために用意されていたポーションの原料は荷物に隠して持ち帰ることにしている。
勇馬はいつものとおり、右手に白色キャップのマジックペンを顕現させるとポーション作りを始めた。
一方、勇馬の世話係のルナールは午前中、宿泊エリアで掃除と洗濯をしていた。
今日は午後からポーションの瓶詰作業をする獣人が2名、昼過ぎにやってくる手筈になっている。
そのため、ルナールは作業エリアにときどきやってきては錬金室のドアの前で勇馬の護衛として待機しているエクレールに不足がないかの確認をしていた。
ちょうどそのとき錬金室の部屋が開き、勇馬が部屋から出て来た。
「ユーマ様、ご休憩ですか?」
勇馬が朝食後に錬金室に入ったときからまだそこまで時間は経っていない。
お昼にはまだ早いし、ちょうど休憩というタイミングなのだろうと錬金術について詳しく知らないルナールはその程度のぼんやりとした認識だった。
「いえ、今日の分は作りましたのでポーション樽を錬金室の外まで運ぼうかと思いまして。すみませんがうちの他の従者たちを呼んで来ていただけませんか?」
「えっ、今日の分……ということはもう300本分のポーションを作られたのですか?」
約束では1日最低300本のポーションを納入するということになっている。
予想外の仕事の早さにルナールはあっけにとられながらも勇馬の頼み通り、アイリスたちを探して勇馬からの言葉を伝えた。
アイリスたちが錬金室へと呼ばれてしばらくして、錬金室からは台車でポーションが入っているのであろう樽が運び出されてきた。
「……これ全部にポーションが入っているのですか?」
ルナールの目の前には大中小の樽が一つずつ置かれている。
「大きい樽には初級ポーション、中くらいの樽には中級ポーション、そして小さい樽には上級ポーションが入っています。これをそちらで瓶詰めして下さい。後はそちらの工程になりますから私の仕事は以上です」
ルナールはぽーっとした表情で勇馬の話を聞いている。
きちんと理解しているかどうか怪しいルナールの様子に勇馬は苦笑した。
勇馬としては目算で今日のノルマは達成し自分のやるべき仕事は終えたつもりだが初めて使う樽であったためこの樽で何本分のポーションになるのかを正確には把握できていない。
そのため初日の今日は不足が生じる場合に備える必要があるため作業をしてくれる獣人たちにはできれば早めに作業をしてもらいたいというのが本音だった。
今回の依頼は獣王国側にとって重要であるためよほどのことは起こらないとは思ったものの、初日ということもあるため勇馬は午後の瓶詰作業に立ち会うことにした。
結局この日は瓶詰めに来た二人の作業員たちは休憩なしで何とか全ての瓶詰を終えることができ合計で600本ものポーションを作ることができた。
大樽は瓶300本分、中樽は瓶200本分、小樽は瓶100本分の容量があることが分かった。
ルナールから初日の報告を受けたヴォルペは大いに喜び、次の日から作業に余裕を持たせるため瓶詰めの作業開始時間を前倒しすることになった。




